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偽りの住人  作者: momo
17/46

その17(遥)



 急に家を空けることになった。王子様が作ってくれた保管庫に腐りそうなものを目いっぱい詰め込んで蓋をして、入りきらなかった分は夜と朝に消費することにする。洗濯物を取り込んで洗い物を片付けて旅の準備をしながら、一人で何もかもをすることに慣れていない王子様を手伝う。サードさんは町に置かれた騎士団の駐在所に報告が必要だというのでそちらに向かい、翌朝合流することにした。


 こっちへ来るときは馬車を使ったけど、今度は馬に跨っての旅になる。絶対お尻が痛くなると思っていたけど、王子様が鞍に魔法で細工をしてくれたので想像よりもずっと快適だった。


 サードさんのように慣れた人が馬を走らせると五日ほどで都に到着するらしいけど、それなりに慣れていても基本的に馬車移動の王子様と、乗馬に素人のわたしがいるので八日の予定が組まれた。途中で野宿にならないようサードさんが行程を組んでくれて、なるべく不自由しないよう気を使ってくれる。さすがは騎士様と感心しながらの旅となり、大人しい馬の背に揺られながら二日目にはそれなりの余裕も出てくる。


 「ねぇ王子様、王女様ってどんな人なの?」


 王女様はわたしの身元を知らないのでどんな態度を取られるのか少しばかり心配でもある。今回の訪問はお城ではなくて公爵様のお屋敷だ。王女様は妊娠しているそうで王子様が姉の懐妊祝いに訪問するという設定。婚約者だったアイオライトが王女様の側にいるということなので、別の意味でも心配になるのは無粋と言うものだろうか。だけどどうしてもぐちゃぐちゃドロドロ純愛だか何だか分からない考えが頭から離れない。なので不仲らしい王子様と王女様の事前情報でも仕入れようと王子様に話しかけた。


 「姉は王女として失格だ、間違いなく王の血を受け継いでおきながら魔法が使えない。無能者など消え失せるべきと教えてやったのは何時であったか忘れたが、確か五か六の幼少期だな。以来姉は私を嫌い側に寄らぬし、私とて無能な姉など目障り故に自らかかわりなど持たなかった。」

 

 本当に最低な子供だったのだなと呆れてしまう。言いたいことはいっぱい出てくるが、それを一つずつ口にしていたら王子様は下を向いて泣いてしまうかもしれないので止めておいた。怪我をされて以来調子が狂ってしまったなと自覚しているけど、自分でも酷いと自覚したのか、もしくはわたしの顔色を窺っているのか、王子様の声が少しずつ小さくなるのは反省と受け止めよう。


 「王女様はそんなに魔法が駄目だったの?」

 「叔父ですら王族として恥ずかしい部類であったが、その叔父の足元にも及ばぬ平民並みだ。それから二年か三年した頃だったか、恐ろしく美しい顔をした騎士を拾って侍らせるようになった。それがアイオライトだ。」


 クリソプレーズは王族としては魔力が足りなくて蛮族と戦うことを選んだけど、王女様では王族として魔力が不足していると罵られても外に逃げ出すなんて出来なかったのだろう。わたしだって世界の果てにいる蛮族と戦えといわれても怖くて出来ない。蛮族に触られると腐るらしいので絶対に無理だ。


 魔法の力が強いとか蛮族と戦える以外にも王族としての務めが他に何かあるはずだ。姉弟の仲が悪いと公言する王子様の一方的な言葉だけを聞いていても、ただ魔法に疎くて綺麗な男性が好きな王女様という印象しか湧かばないのでサードにも訊ねてみた。


 「サードさんから見た王女様ってどういう感じですか?」

 「とても聡明なお方です。美しく気高いようでいて穏やかで。けして下々の物に無体をなさらない、まさに理想の女性像とも言えるかもしれません。」

 「そんな王女様がアイオライトさんに対して、本当に精神束縛の魔法をかけたと思いますか?」

 「解りません。もしかしたらグロッシューラ様の魔法使いが独断でというのも考えられます。けれどもしそうならグロッシューラ様とてお気付きになるはず。私も未だに信じられないのですが、アイオライトの異変はそうでなければ説明がつかないのです。」


 綺麗で気高いか。綺麗なのは王子様の姉なので分かるけど、理想と言うからには完璧な女性なのだろう。王子様の二つ年上だから十八歳。若いなぁと感じて天を仰いでいると王子様がサードの言葉を否定した。


 「何が理想なものか。それしか能がないから王族として理想の姿を演じていただけだ。それにアイオライトはもともと感情のない目で姉を見ていたのだぞ。あれは言い寄ってくる女共にすらそうであったし、そのせいで精神束縛の魔法をかけられているように見えるだけだろう。」


 酷い言われようだけど、果たしてどちらが本当の王女様なのか。


 「しかしハルカには懸命に縋り、王子である私すら恐れぬ態度で接していたな。」

 「それは世界の存亡がかかっていたからでしょ。」

 「……そうだな、すまない。」


 王子様は俯くとしぼんだ風船のようになってしまった。多分、今のわたしはここに来た当初とかなり違って王子様を恨んでいない。いろいろ見て納得するしかなかったのもあるけど、王子様が自分が怪我をしたり、もしかしたら命を落としてしまっていたかもしれないようなことをしながら、まるでそれを何でもないことのように思っているのが心に突き刺さってしまったのだ。


 最初のころと違って自分が許されたくて、上辺だけの謝罪をしていた王子様はいつの間にかいなくなっていた。今の王子様はわたしに対して本当に心からすまないと、悪かったと思っているのだ。そして自分の身を削ってもわたしをもとの世界に帰そうとしてる。そのせいでわたしは、王子様を犠牲にしてまで元の世界に帰してもらうべき人間なのだろうかと思うようになってしまった。


 馬を使っての旅は何事もなく過ぎていく。途中で後ろを振り返った時に気が付いたのだけど、同じように馬に乗った数人が後をついて来ていた。不安になってサードさんに訊ねると護衛というのでほっとする。王子様もいるし、わたしに何かあったらいけないというのも大きな所らしい。今回のことはサードさんの独断だったけど、行くと決めたのはわたしなのでサードさんが咎められることはないだろう。情に訴えられたのもあるし、サードさんが抱いていた一歳になる前の子供の可愛らしさを思い出して、あの子を不幸にしない為ならいいかなと寛容になる。子供の力は偉大だなと改めて思った。


 正式な訪問なので公爵家に入る前に準備を整えた。王子様は王子様に相応しい煌びやかで無駄な装飾がついた膝丈の上着を纏い、ベストも着込んで見惚れてしまう。背も伸びて騎士服姿のサードと並ぶと二人揃ってまるで美術館に飾られている絵画のようだ。対するわたしは一重で鼻の低いのっぺりとした日本人顔なので、借り物の白金の髪と青い目のせいで違和感が凄かった。胸元はカシュクールで床すれすれの薄い水色のドレス。最近は法服のような足首までの長さのダルマティカだったので、足さばきに慣れずに薄い布が纏わりついて無様な歩き方を披露してしまった。


 いつもより布地も上等で豪華だ。お城で着せてもらっていたドレスも上等だったけど、公爵や王女様の前に出るとなるとお風呂に入って髪や化粧もしっかりして身なりを整えなければならない。これが常識なのだと知ると同時に、最高権力者である王様と顔を会わせる時にもこんなことをしなかったなと思い出し、今から会うのが本当に高貴な方に位置づけられているのだと緊張した。相手はわたしがなんであるか知らないのだから、粗相をしたら誤魔化すのが大変そうだ。


 サードも緊張しているのか表情を消している。王子様は不機嫌そうだけど容姿のせいで凛々しく見えて羨ましい。王子様を引っ張ってきたのはわたしだけど、わたしが一緒じゃない方が上手く行くのではないかとすら思えた。


 「わたしって行く必要あるのかな。そもそも王女様はわたしを知らないのだから、行かない方がいいとかない?」


 王子様は王女様と上手く行っていないので、もし嫌味を言ったりしたら止められるのはわたししかいない。だから行かないというのはないのだけど、サードの緊張や王子様があまりにも堂々としているので気後れしてしまう。だけどわたしの考えに気付いたのか「なにを馬鹿な」と王子様は言い放った。


 「私は平民女に懸想したばかりか、認めない王に対して攻撃を仕掛け城から追い出されたことになっているのだ。そうまでして側に置く其方がいなくてどうする。」


 とんでもない言葉にわたしはぽかんと口を開けた。


 「は?」

 「事情を隠すために其方の身分を繕えないのだから仕方がないだろう。其方に身分を与えられたなら私が城を追われる理由がない。」

 

 それって王子様が何処の誰とも知れない女に惚れて、王様が許さないからお城を追われたということなのか。


 「そんな設定聞いてないんだけど?!」

 「言っていないからな。他にもあるぞ。私が重要な魔法書を全て処分したとか、奇行に走るようになったとか。」

 「その設定でいいじゃない!」


 実際に召喚に関わる重要な本を大量に持ち出しているし、奇行は傍若無人の王子様が大人しくなったことでいいのではないだろうか。


 「それらはあくまでも付随であって、其方が出所の知れない平民であるところが重要なのだ。」


 身分制度というものがしっかりしている世界だからそれも分かるけど、王子様がわたしに懸想って違和感しかない説明だと強く思う。


 「其方を城で囲い秘していた事実に理由付けが必要だったのだ。私の罪は露見させられないので全て噂として流しているだけで、事実としてあるのは王の怒りで城を追われたということだけだな。」

 「そういうのってさぁ、年上女が王子様を誑かしたって噂されるんだよ……」


 がっくりした。お城を出る理由とか構わないでいたけどまさかそんな噂を流されているなんて。噂って不確かだから余計に大きくなるのだ。王子様を伴ってお城を出ると決めたのはわたしだけど、考えてくれた人は他に理由が思いつかなかったのか。王子様が悪いように流された噂だけど、二十三歳の女と十六歳の王子様では、誰が聞いても女の方が王子様を誑かしたと思うに決まっているのだ。それにわたしの常識からしたら未成年となんて犯罪だし、恐ろしくてこれ以上聞いたら寝込んでしまうかもしれない。

 

 「其方の素性を知られないための処置だ。侍女に化けても繕えまい。ならば何もしなくて良い、近しい女としての役目が一番楽だ。それに其方が行かねば私は行けぬぞ。姉も私が其方を伴うから仕方なく迎え入れるのだから。」

 

 本当に仲が悪そうで先が思いやられるけど、これって他人がいれば仲が悪い姉と弟も繕いながら穏やかに過ごせるということかもしれない。


 「精神束縛の魔法って、王子様は見ただけでわかるの?」

 「姉の魔法使いはかなりの使い手だ。奴が術を使ったのなら簡単には分からぬだろうから、少しばかり時間が必要となる。」

 「どのくらい必要?」

 「すぐかも知れぬし、一日必要かも知れない。もし本当に術がかけられているとするなら、難解なパズルを解くようなものだから更に時間が必要だ。」

  

 自意識過剰の王子様なのだから一瞬と答えてくれるのを期待していたのにそうはならなかった。王子様の言葉にサードも不安そうに眉を寄せている。


 「アイオライトさんだけを呼び出すことって出来ないんですよね?」

 「難しいですね、グロッシューラ様の側を離れませんし。可能ならハルカ様よりアイオライトに命じて頂けないでしょうか。」

 「確かに、ハルカは何よりも優先される存在だ。アイオライトはハルカが何であるかを理解している。其方が命じて応じなければ術がかかっているということだろう。もしそうなら邪魔をされるだろう、術を解くのは厄介だな。」


 アイオライトが精神束縛の魔法をかけられているというサードの言葉を否定していた王子様だけど、可能性としてきちんと考えてくれていたようだ。自分中心で人の為には動かない王子様だったようだけど、わたしを召喚したことで反省して変わってきているのか。それが良い方向に向かうなら、無駄に召喚されただけのわたしにも意味があったのだと思えるかもしれない。

 

 この時のわたしは自分が帰れない可能性を認め始めていた。


 




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