第三章:海の向こうから2
シャーレン国の一行は、予想に反して慎ましいものだった。
向こうもこちらの国勢を踏まえてくれたのか、迎えるこちらの方が、少々派手な出迎えをし過ぎたと反省するほどだった。
私もカイと私の婚約式が、シャーレン国で行われた時は、随分と盛大なものだったので、今回もそれなりの団体がやってくるだろうと思っていたので、意外だった。
まず、この日のために王都からやってきたイデルの父親で現当主であるクラリモン卿が、王子の一行を迎えた。
婚約式の期間は、家庭教師である私は、はっきり言って用無しなのだが、エミリーの切実なる願いにより、衣装担当であるポーラの手伝いとして、お屋敷に止まることになった。
そうは言っても、私とポーラには、東方の王子を間近で見る機会もなく、エミリーでさえも婚約式の当日までは、顔を合わせてはいけないことになっているので、三人で色々と想像してみるくらいしかできなかった。
「顔は良いに越したことはないでしょう。」
ポーラが、エミリーの髪に簪を挿しながら、言った。
「整った顔立ちで、目鼻立ちが、はっきりした方がいいわ。」
エミリーもうっとりと言った。
「エミリー様は、イデル様を見慣れていらっしゃるから、難しいかもしれませんよ。イデル様以上に顔が整った方を私は見たことないですからね。」
ポーラは、エミリーの顔にせっせと化粧を施しながら、答えた。
「あまり御顔のことは、おっしゃらない方がよろしいのでは。」
あんまりの言い様に思わず、咎めると、二人の少女は、不満げに私を見上げた。
「何よ。重要なことじゃない?キティみたいに恋愛オンチに言われても、説得力ないわよ。」
「そうよ。キティったら、私の結婚相手が、不細工でもいいっていうの!?」
二人の少女は、鼻息荒く迫ってくる。
「そ、そんなことは・・・。ただ、大切なのは、内面ですから・・・」
しどろもどろに答えると、二人も眉がつり上がった。
二人の口が再び開きそうになった時、ノックの音がした。
「その位にしておけよ。廊下にまで声が、漏れているぞ。」
ドアを開くと、呆れ顔のイデルが、立っていた。
「それから、キティ。人の内面は、ある程度、外見に表れるものだ。今日の説は、いまいちだな。」
どうやら、イデルは、先ほどまで話をほとんど聞いていたらしい。
「勘違いしないで下さい。別にあなたを納得させる為に話しているわけではありませんから。」
「そうよ。それにお兄様が、そんなこと言っても、はっきり言って、説得力に欠けますわ。」
エミリーが、からかうような笑みを浮かべて言った。
最近、エミリーは、少し変わったように思う。
婚約者のことを夢見がちに話してくれた初めの頃より、なんとなくしたたかになったというか、こう言ってはなんだが、可愛げがなくなったというか。
どうやら、貴族の社交界のパーティーで、夫人達からあることないこと吹き込まれたらしい。
小国とはいえ、一国の王子と婚約するエミリーへの妬みなのか、ただの親身の忠告なのかは分からないけれど、妙な偏見を植え付けないでほしい。
勝手な言い分かもしれないが、私も夢見がちなエミリーでいてほしかったのが、本音である。
「いつから、男性をそんなに厳しい目で見るようになったんだ、エミリー?ずっと素直でいてほしいものだよ。まったく、素直さと慎みを忘れた若い娘ほど、怖いものはない。」
最後の一言が気になるが、イデルも同じ思いのようで、悲しそうな声を上げた。
「お言葉ですが、イデル様。女性にだけ、素直さを求めるなんて、少々理不尽では?男性の方が、陰でこそこそと何やら余計な企みをするからこそ、女性が、賢くならざる得ないのでは?」
黙って聞いていたポーラが、棘のある声で参戦してきた。
初めの内は、遠慮があったものの、持ち前の豪胆な性格であっという間に馴染んだポーラは、最近では、イデルにもはっきりと物を言うようになってきた。
「賢い?それが、賢さだとすれば、ずる賢さに他ならないね。」
これ見よがしに鼻で笑いながら、イデルも負けじと言い返す。
「まあ!言ってくれましたわね、お兄様。」
「聞き捨てなりませんね!女性に対する偏見です!」
カンカンになったエミリーとポーラの声が、部屋中に響いた。
「あ、あの皆さん。」
睨み合う両者の間に恐る恐る、声を上げる。
「「「何?」かしら?」」
三人の尖った視線が、一斉に私を捕らえた。
こういう時、いかに自分が、世間知らずだったかと思い知らされる。
こういう話に疎い私は、三人を納得させて、黙らせる言葉を知らないのだ。
「・・もう少し、声を抑えた方がよろしいかと。」
気まずい沈黙が、流れた。
私に言えることは、これぐらいだ。
男女の沙汰や恋愛に関しての私の知識は、情けないほど少ない。
これらの討論に明確な答えがあるならば、知りたいと思うが、誰も教えてくれなかったし、教えてくれそうな人は、ここには、一人もいないようだ。
もちろん、本にも書いていないし、もしも答えのないものなら、いくら考えても無駄な気がする。
忌々しげ顔を逸らす三人も見ていたら、不毛だと心底思う。
「言っておくがな、エミリー。お前が、そんな態度なら、教えてやらない。」
咳払いをしたイデルは、先ほどより大分小声で宣言した。
「何を教えてというのかしら、お兄様?」
エミリーは、冷ややかながらも、好奇心を抑えきれないようで口を開いた。
「シャンリ殿についてだよ。聞きたいだろう?」
「え!?」
エミリーの声が、打って変わって、弾んだ。
「お兄様は、ご覧になったのね。どういう方だった?」
面白いほど単純にエミリーは、食いついた。
「どうしようかな?もうさっきのようにこの兄をからかわないと約束してくれるかい?」
「するわ。神に誓います。」
エミリーは、腕を組んで誓いのポーズをとった。
こんなことで誓われては、神の立場がないではないかと、いささか不安になった。
こんなことで、四日後の婚約式で神の御前に立ってよいのだろうか。
「うん、いいだろう。」
残念ながら、私感じた不安をちっとも感じていないらしいイデルは、満足気に頷いた。
この兄弟は、無邪気にも程がある。
「それで、イデル様。シャンリ様の御髪の色は?」
エミリー同様怒っていたはずのポーラもいつの間にかイデルに詰め寄っている。
「ずるいわ、ポーラ。それは、私の台詞よ。婚約者の私に最初に尋ねる権利があってよ。お兄様、シャンリ様の御髪の色は?」
「黒だ。艶やかで癖の無い漆黒だ。」
「「まあ。素敵。」」
エミリーとポーラのうっとりした声が重なる。
「御身長は?」
「俺より、少し低い位だな。でも、成長期だ。まだまだ、伸びるだろう。」
「鼻は、高いかしら?」
「筋の通った高い鼻だ。」
「眉は?」
「整った美しい眉だ。」
美しい眉って、どんな眉だろう?
なんだか、頭が痛くなってきた。
「ねえ、お兄様。瞳は?」
「涼しげな目元だ。」
「色は?」
少し、どきりとした。
緑の瞳の王子・・・。
「緑だよ。神秘的な緑の瞳だったよ。」
心臓が、大きく鳴った。
兄弟だもの。
もちろん、似ているはずよね。
興奮のあまり黄色い声を上げるエミリーとポーラの声が、少し遠く感じた。
少しだけ、シャンリ様に興味が湧いた。
きっと、大きくなったカイに良く似ているはずだ。
もう私とカイとは、関係ないのに、一度婚約者だったというだけで、こんなに気になるものなのだろうか。
もしかしたら、シャンリ様が笑っている顔を見れば、このモヤモヤとした気持ちは治まるのだろうか。
私の願いは、今もカイが笑っていることだから。