表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

第一章:始まりの足音

「おはよう、キティ。港に行く途中?」


絨毯屋の前を通りかかると、いつものようにポーラが、飛び出してきた。


ポーラは、革命の後、逃げてきたこの町で出会った最初の友達である。


父親が東方の出身なので、腰まで伸びた髪は、艶やかな漆黒である。


「うん。活きのいいタコを買いにね。」


手に持ったバケツを振って答えると、ポーラは、うれしそうに駆け寄ってきた。


最初の内は、気持ちが悪かったタコも今では、大好物だ。


「私も一緒に行ってもいい?」


バケツを私の手からもぎ取ったポーラは、甘えるような口調で言った。


「かまわないけれど、店番中じゃないの?」


「少しくらい大丈夫よ。それに今日は・・」


言いかけて頬を染めるポーラを見て、ああと頷いた。


 

霧のかかった港は、いつもより人が少なく、時々灯台から響く霧笛が、物悲しさを誘っていた。


「いやだ。なんだかお化けでも出そうな雰囲気ね。」


隣を歩くポーラが、おっかなそうに肩をすくめた。


「町では、霧なんて出てなかったのにね。あまりいい感じではないわね。」


重く響く霧笛に耳を澄ませながら、ぼんやりと呟くと、ポーラは、奇妙な顔をした。


「キティって、不思議な子よね。あんまり怖気づかないっていうか。」


「怖いものは、たくさんあるわ。」


驚いた。


私は、人にそうゆう風に思われていたのか。


心の中は、いつも拭いきれない不安と恐怖でいっぱいなのに。


客観的にみて、私とは、どういう人間なのかということに関心を持つようになったのは、城を出てからである。


身分が平等であるということが、否応なしに私に客観性の大切さを教えた。


王女であるがゆえに誰も何も言ってくれなかったあの頃とは、全てが違っている。


その上、望まれなかった子であった私は、ひたすら隠れるように生きていた。


客観性など身につくわけもない。


「そうよね。人間なんだから、当たり前だわ。」


ポーラは、少し笑うと、私の手を握った。


ポーラは、とても正直な子だから、すごく安心する。


王宮では、兄弟や異母兄弟は、沢山いたけれど、こんな風に一緒にいて安心できるような人は、一人もいなかった。


父も、母でさえ、とても遠い存在だった。


彼らの口から出る言葉は、優美で、そしていつも遠まわしだった。


「ポーラ。キティ。」


歌うような陽気な声が、私達の名前を呼んだ。


隣で、ポーラが、顔を輝かせるのが、分かった。


「久しぶりだな。相変わらず、仲がいいな。」


霧の中から現れた長身な青年は、端正な顔に人懐っこい笑みを浮かべて、私達を見下ろした。


明るい栗色の髪の毛は、くるりと巻き毛になっている。


「マシューも元気そうね。」


「ほ、ホント。ど、どうだった?今回の買い付けは?」


ポーラは、うれしさと緊張で少々舞い上がりぎみで、どもってしまっている。


マシューは、そんなポーラを見て、くすりと笑うと、ポーラの耳元に顔を寄せた。


「楽しかったよ。美しいものをたくさん見た。もちろん、君ほど美しいものは、見つけられなかったけれどね。」


ポーラは、真っ赤になり、私は、あきれたようにマシューを見た。


「なんだよ。キティ。そんな目で見るなって。お前も恋すれば、分かるよ。なあ、ポーラ。」


そう言いながらマシューは、ポーラの手をうやうやしく取った。


「無理よ。キティったら、町長の息子のマーティンを振ったのよ。町で一番良い男なのよ。顔も性格も経済的にも最高だったのに。」


ポーラは、わざとらしくため息をついた。


マシューもなんだか憐れな目で私を見ている。


「いいじゃない、別に。」


「そんなお堅いキティに朗報だよ。ちょっと帰りに王都に寄ったついでに貴族様を乗せてきたんだよ。その貴族様が、滞在中ガイドが、ほしいらしくてさ。俺は、キティが、適役だと思うんだけど。」


「ねえ、マシュー。貴族様って、男性?独身?」


ポーラが、鼻息荒く尋ねた。


マシューは、咳払いをすると、ちょっと得意げに答える。


「男性。独身。容姿端麗。」


きゃーとポーラが、歓声を上げた。


「チャンスよ、キティ。」


「嫌よ。他を当たって。」


冗談じゃない。


王都の貴族なんかに会ってもし正体がばれたら、利用されるか命を奪われかねない。


敵意と殺意の渦巻く生活なんて、もう二度とほしくない。


うんざりした私は、ポーラからバケツを奪うと、漁船の並ぶ方へと向きを変えた。


「ちょっと、キティ。」


「待てよ、キティ。」


後ろから二人の困惑したような声が響く。


逃れるように足を速めて時だった。


ふいに目の前が、暗くなったかと思うと、誰かにぶつかった。


「痛たたた。」


尻餅をついてしまった上に手に持っていたはずのバケツも見当たらない。


あせって辺りを見回すと、そばの船と船の間にぷかぷかと浮いているのを見つけた。


「・・・ウソ。」


呻くように呟いた時、初めて自分に注がれている視線に気が付いた。


しまった。


ぶつかったのを忘れてた。


恐る恐る顔を上げると、一人の男が私を見下ろしていた。


「前も見ずに人にぶつかっておいて、謝罪も無しか。」


ああ、こんな物言いする人を見るのも、久しぶりだ。


上等な服と大柄な物言いは、一目で身分の高い人間だと分かる。


年は、私より少し上くらいだろう。


赤みがかった金髪に鮮やかな空色の瞳が、人を引きつける。


でも、瞳に浮かぶのは、人を見下すような皮肉の色。


もうずっと目にしていなかった私の大嫌い目。


早く謝って、さっさと退散しようと思い、口を開こうとした時、後ろからマシューの声がした。


「申し訳ありません、イデル様。なにぶん作法のなっていない田舎者ですので、ご無礼お許しください。」


ポーラも走りよってきて、私を起こすと一緒に頭を下げた。


「ちょっと、キティ。さっきの訂正よ。あんたは、やっぱり怖いもの知らずだわ。」


私の頭を掴んで頭を下げさせながら、ポーラは、あきれたように囁いてきた。

 

確かに私には、怖いものはたくさんあるけれど、こんな風に踏ん反り返って生きている人間なんてちっとも怖くない。


きっと私は、こんな人間にとても近い存在なのだと思うと、恥ずかしくて、叫びだしたくなる。


目に見えるものを手離しても、私につきまとう影は、一生消せないのだと思う。


どんなに願ってもポーラ達と同じようには、なれない。


そんな風に考えていると、イデルと呼ばれた男と目が合った。


「何か言いたげな目だな。言ってみろ。」


「いいえ、何も。」


言葉を交わすのも嫌だ。


弱いくせに陰湿な本当の自分が、飛び出してきそうになる。


「はは。」


イデルは、私の素っ気無い反応を見て、なぜか可笑しそうに笑った。


「気に入った。お前が、案内をしろ。」


「私には、荷が重過ぎます。どうか他の者を。」


屈辱で震える声を抑えつつ、やっと断ると、イデルは、聞く耳を持たないという様子で、顔をそむけた。


「おい、マシュー。明日から案内するよう言っておけ。」


イデルは、そう言い残すと、最後に試すような視線を私に投げて寄こした。


手に入らないものをねだる子供のようなイデルの瞳に軽いめまいを覚えた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ