表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

第四章:戸惑いの行方

鳩が、豆鉄砲を食らったと言ったら、失礼だろうか。


私を見た瞬間のシャンリ様だ。


切れ長の目は、驚きでこれ以外ないほど大きく開かれ、露になった瞳は、エメラルドの宝石だった。


笑みを含むように柔らかに結ばれた口は、ポカンと大きく開かれていた。


『ティルカ?』


シャンリ様は、お化けに話し掛けるように恐る恐る私に声をかけた。


『何をおっしゃるの。彼女は、キティですわ。』


エミリーは、婚約者の不可解な反応に眉をひそめた。


『初めてお目にかかります、シャンリ様。キティと申します。それと、私は、「妖精」では、ございません。』


私の言葉にシャンリ様は、はっとして、赤くなった。


『いや、すまない。あなたは、本当に似ていたから。しかし、聞きしに勝る博識な女性だ。古代語まで分かるとは。』


『少しだけです。話せるほどではありません。』


微笑むと、シャンリ様は、少し落ち着いた様子で、椅子に座り直した。


『あら、ひどいわ。二人して分かった顔をして。ティルカって誰です?』


エミリーは、少し不満げにシャンリ様と私を見比べた。


『ティルカとは、東方の古代伝説に登場する妖精のことだ。気まぐれだが、気に入った国に繁栄をもたらすといわれる。東方では、一種の神のような存在だな。シャーレン国の王宮には、妖精を描いた絵が、たくさんあるんだ。その中の一枚にあるティルカに彼女が、そっくりだったから、つい驚いてしまったんだよ。』


『まあ、何だか素敵な偶然ね。』


エミリーとシャンリ様は、微笑みあったのを見て、心が温かくなった私は、クスリと笑った。


『どうかしたのか?』


シャンリ様が、不思議そうに私を見たので私は、小さく首を振ると答えた。


『申し訳ありません。お二人が、とてもお似合いですので、ついうれしくなってしまって。失礼致しました。』


『いやだ、キティったら。あなたのおかげよ。私が、こんなにシャンリ様とお話しできるのは、あなたにマハナ語を教えてもらったからだわ。』


エミリーは、本当にうれしそうに言うと、私の手を強く握った。


『私からも感謝する。正直言って、西方の婚約者に少し不安もあったのだが、エミリーのマハナ語を聞いたら、とても安心したんだ。』


『不安なんて、シャンリ様が、一目エミリー様をご覧になった瞬間に吹き飛んだようでしたけれど?』


からかってみると、シャンリ様は、顔を赤くした。


『言語も大切ですが、お二人が、目と目を合わせた時に感じたものが、一番の真理だと思います。この度のご婚約、心からお喜び申し上げます。』


心からの言葉は、二人の胸を打ったようで、しばらく優しい沈黙が、流れた。


『優美で、賢く、慈愛に満ちている。本当に魅力だな。正直言うと、エミリーが、あまりにも「キティが、キティが、」と話すものだから、少々焼きもちを焼いていたのだが、これなら頷ける。』


『だから、申し上げましたでしょう。キティなら、適任だって。』


『ああ。』


シャンリ様は、満足気に頷いた。


『あなたに一度会っておきたかったこともあるが、実は、頼みがあって呼んだんだ。』


シャンリ様は、顔を引き締めると、私に向き直って、切り出した。


『知っての通り私とエミリーは、婚約したわけだが、まだ父つまりシャーレン国への挨拶が、済んでいない。長旅になるだろうし、絶対安全とも言い切れないのが、事実だ。しかし、イデル殿が、東方視察を兼ねて付き添うと提案してくれたので、今年の秋には、シャーレン国への訪問を実現できることになった。イデル殿も話しておられたことだが、長期の訪問を予想するので、シャーレン国の社交界にもエミリーには、参加してもらうことになる。すると、やはりマハナ語を話せない侍女を連れていても心もとない。そこで、どうだろうか。キティ、あなたにエミリーのお供として、シャーレン国へ来てもらい、彼女をサポートしてもらえないだろうか?』


これまでの流れから充分に予想できた要望だった。


イデルの家でエミリーの家庭教師として働くようになり、エミリーが、シャーレン国の王子と婚約し、どんどんと昔の影が、濃くなっていくのも感じていた。


エミリー達と共にいるのは、苦しくなる一方救われたこともあって、結局ここを離れることが、できなかった。


足踏みしている内にとうとう未来にまで立ち込めてしまった。


『・・・申し訳ありません。お断りします。既にエミリー様からお聞きになられていらっしゃるかと思いますが、私は、元貴族です。革命で家族と地位を失くしました。辛いこともありましたが、今では、この平和な港町に住む一町娘のつもりです。私は、今の生活を失いたくありません。どうか、お供には、別の方をお願い致します。』


私の言葉を聞くエミリーの顔が、どんどん曇っていくのを感じた。


エミリーは、きっと私が、付いて来てくれるに違いないと信じていたのだろう。


傷つけている。


私を信じて慕ってくれた人を私は、傷つけている。


『そうか。残念だが、無理強いもできない。危険な旅になるだろうし、若いあなたの人生を振り回すようなことまでは、できない。』


シャンリ様は、少し残念そうに言うと、慰めるように傍らのエミリーの肩に手を回した。


当のエミリーは、俯いたきり何も言わなかった。


『ご期待に添えず、本当に申し訳ありません。』


私は、小さく頭を下げると、部屋を出た。


部屋を出ると、日が落ち薄暗くなった廊下に明かりが灯されていた。


ゆらゆらと揺れるランプの下に立っていた背の高い人物が、目に入った時、何かが終わるような予感がした。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ