第三章:海の向こうから4
「我らが神が、この二人の愛に永遠の祝福を与えんことを。」
天窓から差し込む日の光が、祝福するかのように二人を照らし出した。
式は、滞りなく進んだ。
愛らしいエミリーと東の美しい貴公子シャンリが、相手に一目で好意を持ったのも式が終わる頃には、お互いすっかり夢中になってしまったのも、誰の目にも明らかであった。
式が終わった後のガーデンパーティーでも片時も離れず、話し込む仲睦まじい二人を遠めに見ることが出来た。
賑やかなガーデンパーティーから抜け出した私は、屋敷の裏手にある小さな池の淵に腰を下ろした。
水面に浮かぶ睡蓮は、静寂の中、穏やかに息をしており、水の中に手を差し入れると、広がる波紋に身を任せ、微かに揺れた。
何もかもが、満ち足りているような気分であった。
シャンリ様の鮮やかな緑の瞳が、愛しげにエミリーに注がれているのを見た私は、とても安心した。
最近、カイの存在が、私の中で、小さくなりつつあるのは、分かっていた。
冷え冷えとした王宮に閉じこもるように暮らしていた私は、どこか彼の存在を心の拠り所にしていたように思う。
けれど、もう必要ないと確信できた。
初々しい二人は、過去を吹き飛ばすくらい眩しい未来を私に予感させた。
以前の私だったら、他人のことでこんな風に考えることも救われることもなかっただろう。
人と関わるということは、こういうことなんだろう。
もう一度、水面を覗き込んだ私の目に映った少女は、しっかりと私を見返している。
どこか虚ろで周りの全てを恨むような瞳は、もうそこにはなかった。
恐る恐る、口元を緩めてみた。
完璧で、けれど冷たい微笑の代わりに、不細工でぎこちない笑みが、浮かぶ。
「変な顔。」
・・でも、もう一度試してみる。
たとえ、変でも、あの二人の前では、「私」自身が、笑いたかった。
「確かに変だな。」
ふいに、人の気配がしたかと思うと、マハナ語特有の歯切れのいいイントネーションが、聞こえた。
水面に映った顔が、さも可笑しそうに崩れている。
振り返ると、背の高い男が、私を見下ろしていた。
開いた胸元から覘く裏地に幾何学模様が見えていることや肩まで伸ばした黒髪を首元で結んでいる様子から見るに、王子の付き人の一人であろう。
態度は、いやに大きいが。
「私が、変な顔でも、あなたには、関係のないことでしょう。放っておいて下さい。」
ぴしゃりと言い放つと、男は、驚いたように私を見た。
「・・随分と流暢なマハナ語を話すんだな。西方特有の訛りもない。」
「最近では、珍しいことではありませんよ。」
私は、立ち上がると、ドレスを整えて、その場を立ち去ろうとした。
「名前は?」
男も、足早に私の後に続く。
「キティです。失礼ですが、付いて来ないで頂けますか。お話なら、主のエミリー様とお願いします。」
粗雑な振る舞いをしていても、男の身分が、高いことは、分かっていた。
シャーレン国では、王族の付き人及び身辺警護は、信頼できる血縁者を指名するのが、慣習である。
血縁者とは、すなわち高貴な貴族を指す。
実際、この男の容姿もそれと分かるほど、シャンリ様に似ていた。
東方では、珍しくない黒髪に加え、腹の立つことに、男の切れ長の目も緑色をしていた。
王族の存在が、疑問になりつつある西方では、考えられないことだが、東方の国々では、貴族達は、王族の護衛になることを誇りにしており、命を奉げることさえいとわないとまでいわれている。
まだ、王制が、生きているのだ。
「俺は、君に話しかけているのに、どうして君の主人と話さなくてはいけないの?」
「いけないとは、言っておりませんが、こういう場では、身分相応の方とお話すべきだと申し上げているのです。」
「身分相応ねえ。」
男は、ニヤニヤしながら、私を眺めた。
「・・・失礼します。」
なんだか無性に腹が立った私は、お辞儀をすると、逃げるように駆け出した。
なぜだか、心が、ひどくさわいだ。