序章
雑踏の中で昔の名前を呼ばれたような気がした。
とっさに辺りを見渡したけれど、目に映るのは、忙しなく動く人の波。
安堵と共にこみ上げるのは、孤独感だろうか。
その名を知る人は、もう誰もいない。
それでいいのだと、何度も自分に言い聞かせた。
☆
現在の大陸において、王制が廃止される国は、珍しくない。
大陸のほとんどの国を巻き込んだ大戦が起きた後、それぞれの君主の力は、急速に弱まっていった。
小国では、特に人々の不満を抑え切れなかった君主達は、その地位を剥奪されていった。
有る者は、国を追われ、有る者は、命を奪われた。
そして、私の父もその命を奪われた君主の一人である。
父を王座から引きずりおろした国民を憎んでいるかと問われれば、そうでもない。
王制という名の一つの時代が終わっただけのことだ。
そんなことも今の私にとっては、まったく意味を成さない。
今の私は、ただの15歳の娘。
名前は、キティ。
小さな頃、よく読んでもらった本に出てくる悪戯っ子の妖精の名前。
背中に生えた美しい羽で、軽々と飛び回る妖精は、誰の目にも留まることなく、そこに生きる人々にちょっかいをかけながら、旅をする。
キティの行動は、人々にとって、善いことにもなるが、時に悲劇を巻き起こしたりする。
けれど、そんなことキティには、関係ない。
彼女は、ただ気の赴くままに飛び回るだけなのだ。
決して誰の目に留まることなく。
初めまして。雨月えみと申します。私の初めての小説を読んでいただき、ありがとうございます。頑張って書きますので、これからもお付き合いくださると光栄です。