店主の不満。(第32話)
イリスさんはリクシャリアさんと違い、グイグイと引っ張っていくのではなく優しくリードしてくれる人だった。
これぞ大人の女性といった感じで、今まで味わったことのない安心感が僕を包み込んでくれていた。
「ところで…えっと……なんとお呼びすればいいかしら……?」
そういえばまだ自己紹介をしていなかった。名前を名乗るタイミングを逃してしまったのだけれど、若干言い訳じみているような気がして仕方ない。
「ぼ、ぼくは華原凛と言います。喫茶店の店主をしていて、リクシャリアさんにはお世話になっています。」
しっかりした自己紹介とは言い難い自己紹介になってしまったが、超がつくほどの人見知りの僕にしてはそれなりの出来と言える。
それよりも心配なのが、イリスさんに女の子だと思われているかどうか。
なんの脈絡もなく男か女どちらかという質問をするのもおかしな話。
リクシャリアさんと同じように、会話をしていたらおのずと分かってくることだろう。
「リン、ですか。いい名前ですね。」
イリスさんは笑みを浮かべていた。リクシャリアさんやアイヴィスさんとはまた一味違った、キュンとしてしまうような笑顔だった。
「それにしても、ローザベルにも困ったものですね。こんなに可愛らしい子供を置いてどこかへ行ってしまうなんて……」
やはり姉妹というべきか、色々な所が似通っている。
髪の色や瞳の色はもちろん、人への接し方とか。
あとは、すぐに可愛いと言ってくるところ。
「可愛らしいって……僕、一応18歳なんですけどっ……」
とりあえず、誤解は正さないといけない。
年齢を伝えれば、多少なりとも印象は変わるはず。
「18歳……ふふ、大人っぽく見られたいのは分かりますが、ウソはよくありませんよ?」
全く予想していなかった反応が返ってきた。よもやウソと思われるなんて。
ウソではないとイリスさんに伝えようとしたが、イリスさんは言葉を続けた。
「それに、18歳未満は個人の商いが出来ないのはご存知でしょう?ウソをついても、私の目はごまかせませんよ。」
ついさっきこの国に来たばかりの僕は、法律なんて全くもって分からない。
さらに、18歳という年齢はウソなんかじゃない。れっきとした事実だ。
「ちょ……ちょっと待ってください!僕は、本当に18歳なんですっ!」
語気を強くして僕は抗議した。真実をウソと言われたショックで、僕の目に涙が浮かんでいるのがよく分かった。
イリスさんは若干面食らった顔で、僕の顔をじっと見つめてくる。
そして少し目を伏せて、僕に背を向けてしまった。
まずい、何かしでかしてしまったのだろうか。
イリスさんは騎士長のリクシャリアさんのお姉さん、つまり国にも何かしらの影響を与える事が出来るはず。
まずい。まずい。まずい。
取り繕うべきか、否か。僕の頭は未だかつて無いほど高速で回転していた。
(っ……なんですか、あの上目遣いっ……あんなの、反則でしょうっ……!)
涙目上目遣いですね、これはつよい。




