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ドキドキの正体。(第28話)

コンサートの終わった市場は、コンサートが始まる前以上の賑わいを見せていた。

それこそ、油断すればはぐれてしまうほど。


こんな人の多さでは、リクシャリアさんと再び出会う確率はかなり低いだろう。


「……好都合ですね。さぁ、今のうちに。」


どうやらアイヴィスさんも同じことを考えていたようで、僕達2人は裏の路地から賑わう表通りへと戻った。


通りを巡ることおよそ20分。僕とアイヴィスさんはパンフレットなどが掲示されている掲示板の前にいた。


「…あ、アイヴィスさん。これ、さっきの楽団のポスターじゃないですか?」


「どれですか?」


僕がパンフレットを指さすと、アイヴィスさんは身を乗り出して覗いてきた。

真横に、アイヴィスさんの顔がある。

今までにない至近距離。息遣いやアイヴィスさんの香りまでもが、ひしと伝わってくる。


「…本当ですね。……『交響的組曲 海の涙』『世界終末紀行』『薔薇戦争より 戦場にて』ですか。どれも、聞き慣れませんね。」


「そっ…そう、ですね。僕も、聴いたことがないです……」


思わず声が詰まり、ようやく出た声は裏返っていた。だけど、無理はないだろう。なにせとびきりの美人が真横にいるのだから。


「……凛君?どうか、しましたか?顔が赤いですが……」


アイヴィスさんは僕の正面に立ち、白い手で僕の額にぴとりと触れた。その手はひんやりと冷たく、心地よかった。


「ひゃあっ!?だだだ、大丈夫ですっ!なんにも、ないですっ!」


「本当ですか?心なしか体温が高い気がしますが…」


「とっ、とにかくっ!ほんとに大丈夫ですからっ!ほら、行きましょう!」


恥ずかしさと嬉しさがごちゃまぜになった僕は、アイヴィスさんとしっかり手を繋いだ。

普通の手の繋ぎではなく、恋人繋ぎ。

だけど、そんなことを気にしている心の余裕すら無かった。とにかく、恥ずかしさを払拭したかった。


「ひゃ……ふふっ、大胆ですね。見かけによらず。」


アイヴィスさんがこの言葉を放った瞬間、僕の心は再びかき乱された。

恥ずかしさから逃げようととった咄嗟の行動が裏目に出て、より大きな恥ずかしさとなって返ってきたのだから。


「しょっ、そんなつもりはっ……」


「自分に嘘をつくのはよくありませんよ?ほら、ちゃーんと正直になりましょう。」


アイヴィスさんは綺麗で、それでいてどこか母親のような優しさを感じさせる笑顔で僕に微笑みかけた。

澄ました顔やリクシャリアさんに小言を言っている以外の顔を見なかったものだから、その差もあるのだろう。

その笑顔は、僕の心を鷲掴みにするには充分すぎた。


「え……えと……その……」


まるで自信の無い告白をするかのような、頼りない声で自分の胸の内を明かす。リクシャリアさんに抱き上げられた時よりも、友達に女装させられた時よりもドキドキしている。


「僕の、顔の横に……アイヴィスさんの……綺麗な…顔が……っ」


「あーっ!見つけたぞ2人ともっ!酷いではないかっ!私を置いて市場巡りなどっ!」


周りをはばからぬ大声を張り上げ、リクシャリアさんは僕とアイヴィスさんの元に詰め寄ってきた。

リクシャリアさんはたくさん文句を言っているが、僕の耳にそんなことは入ってこなかった。


言ったことはすべてアイヴィスさんに聞かれているだろう。そして、これから言おうとしていたこともアイヴィスさんはお見通しだっただろう。


リクシャリアさんの乱入はもう幾度となく経験したが、この時ばかりはいつもと違う胸の内でいた。


安堵でも、落胆でも、喜びでも、嫉妬でもない。

なんとも言えない、ぐちゃぐちゃの気持ちで心は満たされていた。




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