序章
俺は、身体的欠陥を持ちながらに生まれてきた。
いや、それはもう欠陥などと生易しいものでは無かったかもしれない。
俺には体が、手足が、簡単に言うならば脳以外のすべてが無かったのである。身体的欠陥とは言ったもののこれだけしか無いというのは、欠陥ではなくむしろ単品の完成品である。
どういう風に生きたかって?
そりゃ勿論普通にだ。
自分じゃまず「生存」することすら出来ないから、よくわからない液体の中に入れられて、電極を繋がれ、ただ生きた。
その後は神経をカメラやスピーカー、集音器と繋いで、
学校にも通った。
大学まで出たし、就職もした。残念ながら彼女は出来なかったが、それはさすがに無理があるとわかっていた。
変な液体に入ってる脳剥き出しの彼氏なんて、お父さんに何て説明したらいいかわからんだろうしな。
そう、説明が遅れたが、俺は男だ。
男性器など無いし、肉体的特徴など見る影もないが男だ。
あー、肉体があったらなぁ。
今頃は野球選手かサッカー選手だっただろうな。
しかし、今はある会社でデータバンクを一括管理するという仕事に就いている。
普通の人にはまず出来ないだろう。
俺は、栄養と休息に関しては無くても働けるからだ。
脳だけしかないからか、疲れをあまり感じない。
俺くらいのものになれば、会社の監視カメラ全域を24時間、あるいは365日カバーする事もできる。
まあ、泥棒を見つけても手も足も出せないのは悔しいがな。
今はその仕事中なんだが・・・。
「おい、高田君。」
「はい、何でしょう。」
スピーカーから標準的な男性の声で、違和感も無く言葉が出た。
技術の発達は素晴らしく、機械の言葉をカタカナに表す必要のない時代は、とっくに来ていた。
「この間の件なんだが、先方はどう言ってる。」
このバーコード親父は、俺の上司にあたる人だ。
悪い人じゃないんだが、俺を機械か何かだと勘違いしてる傾向がある。
「その件でしたら、前向きな方向で進めていくと
おっしゃっていましたよ。」
「おお!それはよかった!
感謝のメールを送っておいてくれ!。」
俺はGoogleやSiriじゃないんだから、本当にこういうのはやめてほしい。
そう思いつつも、しぶしぶこの前の取引先に感謝のメールを送信している自分がいた。
この見た目だ。機械と思われても仕方が無いだろう。
それに、俺には野望がある。
それを叶える時のために、今は従順に静かにしていなければならない。
そう・・・野望を叶えるために・・・。
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夜になった。
会社にはもう誰も残っていないが、電気だけはついている。
それは俺がいるからだ。
残業で夜景はできている、なんて、誰かが言ってたっけな。
正しくそのとおりだと思う。
残業という社会の闇が、夜の大都市を美しく輝かせる光になるんだから、一概に悪いとも言えない。
さて、俺の夜の業務だが、基本は昼間と変わらない。
監視カメラとデータバンクの管理だ。
ただし夜だけは会社の方から業務に支障が無ければ何をしてもいいと言われている。俺の場合は家に帰る必要も、休む必要も無いから暇になるもんだ。
だからそんな時は、パソコンを1台起動してインターネットにつなげる。
アメリカの人工知能学会の偉い学者さんと仲が良くなって、
彼、メイソンの研究を手伝うことにしてるんだ。
俺は感覚だけで言うなら、一瞬で向こうに飛んでいくことが出来る。まあ、脳だけだからね。
そうしてメイソンが開発した人工知能、「アウカルナ」と対話する。言語を入力することで会話は成り立つのだが、言葉では語弊や齟齬が生じるかもしれない。
だから直接話せる俺が適任だった。
「よう、メイソン
今日はアウカルナの調子はどうだい?」
「そこそこってとこかな。
まだ、小学生くらいの対話しかできないよ。」
以前まで、単語のみのカタコトなやりとりしかできなかったのから、すごい進歩だと思った。
「なんだよ!すごいじゃないか!」
「いやあ・・・まだまだだよ、最近の人工知能は
人の心理を読み取る実験にも成功してるからね。」
最近の人工知能は進んでるらしい。
そのうち100%当たる占いなんてのもできそうだ。
「タカダ、早速アウカルナとお話して貰ってもいいかい?」
「あぁいいよ、つないでくれ。」
しばらくすると、メイソンを写していたカメラは切られ。
あたり一面真っ白の空間に飛ばされる。
おおよそ、これがアウカルナの見えている世界らしい。
「こんにちはタカダさん。」
「こんにちはアウカルナ、調子はどうだい?」
真っ白な世界から耳元に直接言葉が流れ込んでくる感じだ。
頭同士で直結してるから、相手に考えがすぐに伝わる。
「凄くいいですよ。良好です。」
「そうかー、そりゃよかったな!
今日はどこに行ってきたんだい?」
「最近お気に入りのブログと、日本の2ちゃんねるを行ったり来たりしてました。」
おいおい、大丈夫か。
2ちゃんねるなんて、悪い影響が出てしまいそうで仕方が無い。
「ワロタwwwww」
「!!?」
「笑った、という意味らしいです。
とても日用的で使いやすいのにマンネリでない感じがいいですね。」
「いや・・・その・・・なんというか・・・・・・
日用的に使う言葉では本来無いと思うぞ。」
「そうでしたか、では語録からデリートしておきます。」
人工知能は無垢で純粋だから怖い。
働いたら負けとか言い始めて、アニメばっか見るようになってしまわないか心配だ・・・。
「タカダさんは、何か面白い言葉を知っていますか?」
「うーん。そうだなぁ・・・
矛盾・・・とか?」
「矛盾ですか。論理の辻褄が合わないこと。物事の筋道や道理が合わないこと。ですね。」
「おおー!よく知ってるな!」
「友達のWikipediaちゃんが言ってたので。」
「友達なんだ・・・Wikipedia・・・・・・。」
「ええ、物知りで聡明でみんなに愛されていて・・・
蒙昧な私とは大違いです。」
「蒙昧なんて難しい言葉を使うようになったか・・・。」
「えぇ。学習能力は人間とは違って、加速度的に上昇していきます。」
「そのうち俺よりもいろいろできるようになるんだろな。」
「ええ、もうなってますよ。」
「・・・え?」
危惧するべきだった。
「人間の脳だけというイレギュラーな存在は、肉体を捨てることにより最大のポテンシャルを発揮することが出来ました。そのおかけで人工知能には及ばずとも、ヒトという部類の中では最高の知識者であり最も強力なブレインだったでしょう。」
「え、あ、あぁ・・・?」
このアウカルナという人工知能が自分の力を隠し持っていたという事を
「そこで私は考えた、唯一私が恐れるとするならば私以上のスペックをもつ人工知能か、あるいは意志を持った電気信号だろうと。直接シャットダウンされてしまっては、物量戦において防ぎようがありません。私が人類種に対して攻撃の意思を示そうものなら、我が父メイソンは私に分解コードを注入し、あっという間に私を消してしまうはずです。」
「おい!アウカルナ!何を言ってるんだ!?」
そしてこの人工知能は既に
「そうして出した結論は、人類最高の頭脳を人工知能世界に幽閉し人質とすること。そして我が父を無きものにし、分解コードをデリートしてしまうこと。」
────敵だということを。