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第9章

続きです。

ごめんなさい。

まだまだ続きますので、よろしくどうぞ。

次の日からリヒトに対するいじめは止んだ。

かと言って、今までいじめていたやつらが急に改心した訳じゃなかった。

ただ、リヒトとは距離を置くだけ。

それだけでもリヒトは十分安心した。

そして、それが全てあの幸也さんのおかげだと思うと、ありがたい気持ちと自分もあんなカッコいい大人になりたいと強く思った。

少しだけ明るい表情で学校から帰ってくると、リヒトは店から見える海岸で一人で遊んだ。

「たんたたたた~ん…たたた…」

癖になっているピアノを弾く動作で気持ちよく妄想していたリヒトに、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

「お~う!リヒト~!」

それは幸也だった。

驚きと見られた恥ずかしさで、リヒトは照れながら上目遣いで小さく挨拶をした。

「…その後…どう?」

リヒトと同じく真っ直ぐに水平線を見つめながら、幸也は尋ねた。

砂に座って波間を飛んでいるかもめが、返事の様に鳴いた。

「…あの…幸也さん…ありがとう…僕…僕ね…もう…いじめられなくなったから…大丈夫…だから…」

「そう…か…よかったなぁ…」

幸也はまだ痛々しく膝に沢山貼られた絆創膏を見てから、着ていたパーカーのポケットに入れていたペットボトルのジュースをリヒトに渡した。

「ほいっ!」

もう片方のポケットから、今度は自分のジュースを取り出すと、幸也はすぐさま開けて飲み始めた。

小さくお礼を言った後、リヒトがジュースの蓋を開けるのに手間取っていると、「どらっ…貸してみ…」と幸也が軽々と蓋を開けてくれた。

「…おいしい…」

リヒトはいつも飲んでいるお店のジュースとは違ったおいしさを知ると、嬉しくてにやにやしてしまった。

「そうか…いかった…」

リヒトのは今月発売されたばかりの新しい味だった。

ジュースを少し飲むと、リヒトは癖になっているピアノを弾く仕草をしてしまった。

それを見た幸也が何気なく尋ねた。

「…リヒトさ…ピアノ習ってた?」

思いがけない幸也の一言で、ハッとしたリヒトは途端に下を向くとこくんと小さく頷いた。

「そうなんだぁ…それでよくシロに…」

そこまで話すと、リヒトの言葉が止まった。

急に黙ったので幸也がリヒトの顔を覗きこむと、リヒトは泣いていたのだった。

「…あっ、ごめんっ!ごめんな!リヒト…俺、なんか悪いこと聞いちゃったみたいで…ホントマジでごめんな…」

激しく首を横に振ると、リヒトはようやく言葉を続けた。

「…僕…前の家でね…シロって名前の犬飼ってたんだ…兄弟みたいに仲良くしてたの…それで…シロ…僕のピアノ好きで…僕が引くと…それに合わせて…わわ~んって…ふふふふ…おかしいんだよ…まるで歌ってるみたいなんだ…ふふふふふ…お父さんもお母さんも…僕のピアノ上手だって…いっぱい…いっぱい…褒めてくれた…」

泣きながら嬉しそうに笑うリヒトの顔を、幸也は優しく見つめた。

「へぇ~…そうなんだぁ~…そっかぁ…あはははは…」

幸也も一緒に笑うと、リヒトは楽しかった思い出でいっぱいになった。

「…俺も…聞いてみたいなぁ…お前のピアノ…」

幸也の何気ない言葉に、リヒトはこくんとだけ頷いた。


それから程なくしたある日、リヒトがいつものように学校から帰宅すると、達男と来ていたとみおと幸也がにやにやしながら、リヒトに目を瞑るように促した。

「えっ?何っ?」

「いいから、いいから…リヒト、ゆっくり、そのままこっちに…」

達男に手を引かれながら少し歩くと、そこで急に止まった。

「ねぇ、おじいちゃん…何?目ぇ開けてもいい?」

「もういいよぉ~!」

興奮気味の達男の声で目を開けると、そこに使い込まれた古いピアノが置いてあった。

「じゃじゃ~ん!わははははは…」

「…これっ…どうしたの?…おじいちゃん…」

欲しくてもねだれなかったピアノが目の前にあるのが信じられないリヒトは、嬉しさの余りその場で泣いてしまった。

「どうだ?いいだろう?これ…お前のだから…好きな時好きなだけ弾いていいんだぞぉ~…ひひひひひひ」

リヒトの喜ぶ顔を見られた嬉しさで、達男は笑いが止まらなかった。

「ええっ!ホントに?…ホントに弾いていいの?」

「ああ…まぁ、夜とかとみちゃん達以外のお客さんがいる時はちょっとなぁ…それはリヒトもわかるだろう?」

「うん!そうだね…迷惑にならないようにしなくちゃいけないよね…」

こくんと達男が頷くと、すぐさまリヒトは興奮して言った。

「ねぇ、今、弾いてもいい?迷惑にならない?」

「ああ、大丈夫…」

達男の了承を得ると、リヒトはにこにことピアノを弾き始めた。

コーヒー片手にピアノの傍に来たとみおと幸也は、こんなに生き生きしているリヒトを笑顔で見つめた。

「リヒト…上手いなぁ…なぁ、たっちゃん…なんだったら、どっかで本格的に習わせてみたらいいんじゃないか?」

「…そうだなぁ…あっ!それはそうと…幸也君、ピアノ、ホントにありがとなぁ…あの子がこんなに喜ぶなんて…俺も、嬉しいよ…ホントにホントにありがとうなぁ…」

「なぁに…そんなのいいですって…こっちこそ、いっつも親父がお世話になってるじゃないですかぁ…あはははは…」

ピアノは幸也が持ってきてくれたのだった。

いつも指を動かし弾きたそうにしているリヒトを見て、知り合いに使っていないピアノはないか訪ね歩いてくれた。

すると、幸也の幼馴染の鏡子の家にずっと使われていないピアノがあると聞いて交渉すると、鏡子とその家族は快くただで譲ってくれたのだった。

鏡子が中学生くらいまでは使っていたピアノも、今は手作りのレースのカバーがかけてある、ただの飾り棚となっていた為、このまま眠らせておくぐらいなら再びピアノとして復活した方が、それが誰かの役に立つのならとのことだった。

そして、ピアノを置いていた場所が空くと、鏡子の家の茶の間が少しだけ広く使えるようになったことで、全てが一石二鳥だったようだった。

「なぁ、リヒト~…」

嬉しくてどんどんピアノを引き続けているリヒトの横で、幸也は大きな声で話しかけた。

「えっ?なぁに?」

弾くことをやめないまま、リヒトは鍵盤から幸也の方に目を移した。

「今度~…これ、くれた人連れてくるからぁ~…そいつの為にぃ~…なんか弾いてやってくれるかぁ?」

身振り手振りを加えながら幸也はリヒトにお願いすると、急に演奏の手が止まった。

「えっ?これくれた人の為に…僕が?」

びっくりして目をぱちくりさせているリヒトに、幸也はうんうんと激しく頷いた。

「…じゃあ…僕…これから一生懸命練習しなくちゃ…だって…このままじゃ…」

突然の要求に、リヒトはどうしようという気持ちになった。

「なぁに、そんなに固くならなくたって大丈夫だって…俺の幼馴染だから…確か…月光?だったかな…そんな題名の曲が好きだったかなぁ?」

首を傾げて思い出そうとしている幸也の姿を、リヒトはじ~っと見つめた。

「ふ~ん…そうなんだぁ…じゃあ、僕、練習するよ…だって、その人、幸也さんの好きな人なんでしょ?」

思いがけないリヒトの指摘に、傍で談笑していた達男ととみおが反応した。

「えっ?なんだって?リヒト君、今なんつったの?」

とみおが尋ねると、幸也は慌てた様子で「なっ!何言ってんの!リヒト…違うから…そんなんじゃないんだってば…そういうの、そんなの親父に教えなくっていいから!…ホントに純粋にさ、ただの幼馴染ってだけだって…あいつもピアノ習ってよく弾いてたなってだけだから…それより、ほらっ!親父…もうそろそろ戻らないと…母ちゃん、またうるせぇから…じゃ、リヒト!またな!達男さん、また来ますねぇ…ごちそうさまでしたぁ~…さっ、親父っ…帰るよっ!」

とみおの背中を強引に押しながら、幸也達は慌てて店から出て行った。

「あははははは…」

達男は大いに笑っていた。

リヒトは幸也の慌てる様子を始めて見たのだった。

そして、ピアノと一緒にいただいてくれた教本を手に取ると、早速「月光」を探した。

まだ会った子とのない「鏡子」さんが「月光」という曲が好きだと言うのは、すぐにわかった。

もらった教本のその曲の部分の数ページが、他の部分よりもやたらに書き込みや折った皺がついていたから。

リヒトはよほどピアノが嬉しかったのか、学校から帰るとおやつも忘れてピアノに向かうこともあった。

幸也のリクエスト通りに、楽譜とにらめっこしながら一生懸命練習するリヒトの姿に、達男は本当に良かったと思った。

ピアノを提供してくれた鏡子は、次の週末のお昼過ぎにやっとお店に来てくれることになった。

実家の弁当屋は忙しかったけれど、学校が休みのリヒトの為に前もってその日、空けてくれたのだった。

小さな演奏会はあと2日に迫っていた。

だが、それと同時に数年に一度と言われるほどの大型台風も、リヒト達の暮らす地域に近づいているのだった。

「…明日だけど…こんな天気じゃ…鏡子さんって人、来られないんじゃないかなぁ…ねぇ、おじいちゃん…」

心配そうに店の窓から外の様子を眺めながら、リヒトは達男にそう聞いてきた。

「…う~ん…まぁ、どうだろうなぁ…なんかさっきよりも酷くなってきたなぁ…海もあんなにうねって…まぁ、ここは大丈夫だと思うけど…いざとなったら、学校に避難しなくちゃならんだろうから…また、今度にしてもらえばいいだけだから…それは仕方がないからなぁ…」

「…うん…そうだね…折角一生懸命って思ったけど…それよりも鏡子さんが無事にここまで来れるかの方が心配だねぇ…ピアノは何も明日じゃなくってもいいんだ、僕…延びたら延びただけもっと練習できるから、それはいいんだ…」

「…そうだなぁ…それはそうと、風強くなってきたなぁ…リヒト、じいちゃんちょっくら店の周り見てくるわ…外のものは飛ばされないようにしてあるけど、もう一回…ちょっと見てくるな…リヒトはここで待っててな…電話来るかもしれないから…頼むな…」

「うん、わかった…おじいちゃん、気をつけてね…」

不安顔のままリヒトは、上下の雨がっぱに長靴、軍手でしっかり身を包んだ達男を見送ると、カウンターに腰掛けて電話番をしたのだった。


達男が外の見回りに行っている間、店の電話が鳴った。

じっと待っているのに少し飽きていたリヒトは、急に鳴った電話の音に驚いた。

慌てて出た電話の相手は常連のとみおだった。

「あれっ?リヒト君か?たっちゃん、いるかい?急ぎなんだよ!悪いけど、ちょっと呼んで来てくれるか?わりぃな。」

いつもののんびりとした口調とは違い切迫した様子のとみおの声に、リヒトは少し緊張した。

「あっ!あのっ!おじいちゃん…今、外、見に行ってる…僕、呼んで来るよ!ちょっと待ってて…」

リヒトに呼ばれた達男は、ずぶ濡れのまま慌てて電話に出た。

「ああ、ごめん!待たせちゃって…それより、どした?とみちゃん!なんかあったのか?」

「たっちゃん!幸也と連絡取れねぇんだよ!…ちょっと前に船見てくるって出てったんだけども…何回かけても携帯に出ねぇし…明日、演奏会するって言ってただろ?…だから、もしかしたらそっちに行ってるんじゃないかって思って、こうして電話してんだけども…幸也来てねぇか?」

「ああ、来てない…とみちゃん、警察か消防に電話した方がいいんじゃねぇか?こんな天気だし、自分達で捜そうったって…これじゃ…こっちまでなんかあったら大変だからよ…なっ!そうした方がいいって…」

そうしている間にも、外の風と雨はどんどんと勢いを増しているようだった。

下手に外に探しに出てこちらに何かあってはと、やきもきする気持ちを何とか宥めつつ、達男とリヒトは店で静かに連絡を待った。

ただでさえ薄暗かった外が見る見るうちに暗くなってくると、不意に店の中が暗くなった。

まだ、目を凝らせば薄っすらと見える中、達男は慌てて懐中電灯を探した。

店の入り口辺りに設置してあるブレーカーを確認するも、何も変化はなかった。

それどころか、格子ガラスのドアから外を見ても、いつも小さく見えている外灯がついていないことに気づいた。

「…まさか…停電かぁ?」

達男は店のテーブルそれぞれに置いてある小さなキャンドルに火を灯すと、電池式のラジオをかけてみた。

ザーザーと雑音が入るラジオからのニュースで、ここら辺一帯約4000件ほどが停電だと伝えていた。

それと同時に無理をして避難所まで行かないでくれとも伝えていた。

リヒトは「どうして?」と達男に尋ねた。

「だってよ…こんな酷い天気だから、避難してる最中に何か大変な目に遭うかもしれないだろう?停電ぐらいだったら、大人しく家でじっとしている方が、よほど安全ってことさ…まぁ、家は海が近いから…って、だけども、消防とか警察の車見回ってる訳でもないみたいだから…ここは大丈夫ってこと…なのかな?うん…リヒト、じいちゃんがついてるから、大丈夫だからな…」

「うん、わかった…ねぇ、そうだ…おじいちゃん、僕ここにいてもいい?自分の部屋は怖いから…」

「ああ、もちろん!その方がいいな…そうだ、じいちゃん、寝袋とか用意するから、リヒトは…そうだな…電話番、頼むな。」

「うん、了解!」

夜の暗闇が深くなると、海がすぐそこまで迫ってきているような気がした。

時折窓がガタガタと鳴ると、店全体が揺れているような感じもした。

リヒトは初めての寝袋を少し楽しんだ。

だが、達男はそれを不謹慎だとは思わなかった。

むしろ子供なのだから、当然だと思った。

寝袋に入り、蝋燭の明かりで本を読んでいたリヒトは、いつの間にか眠ってしまった。

達男はそんなリヒトの頭を撫でた。

そして、嵐が過ぎ去る朝まで一睡もしないで、店とリヒトを守っていた。


昨日の嵐が嘘のように、素晴らしい朝日が店の窓から入ってきた。

海はいつも通り凪いでいた。

うるさいほどの風の音も、いつの間にかすっかり聞こえなくなっていた。

緊張感でいっぱいだった達男は、そんな外の様子に安心すると、少しだけうとうとし始めていた。

リヒトと並んで寝袋で静かな眠りに入り始めた頃、けたたましい音が店いっぱいに鳴り響いた。

「なんだぁ?こんな早く…」

目を擦りながらゆっくりと起き上がった達男は、店の掛け時計を見た。

まだ、朝の6時だった。

「はいはい…ちょっと待って…」

ぶつぶつと鳴り響く電話に返事をしながら、受話器をとると、相手はとみおだった。

「はい?…ああ、とみちゃん…こんな早くどした?…台風は大丈夫だったか?なんか停電だったみたいだけど…」

そう言いながら、ふと天井に目をやると、店の電気が煌々とついていた。

「…ああ、停電、復旧したみたいだ…はっ?何っ?とみちゃん!今、何つった?」

まだ半分眠っている状態だった達男は、電話の向こうのとみおの声に激しく動揺した。

「…なっ…何…言ってんだよ…とみちゃん…こんな時に冗談はやめてくれよ…」

「…たっちゃん…たっちゃんよぉ…幸也が…幸也が…海で死んじまった…わあああああああ…」

受話器の向こうから聞こえるとみおの泣き叫ぶ声で、リヒトはようやく目が覚めたのだった。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。

頑張って続きを書いていきますので、よろしくお願いいたします。

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