第三十四話 価値観に合わせた提案
「スラスター買ってきました!」
月の袖引くの団員が運搬車両を倉庫前に乗りつけて報告する。
倉庫へ搬入される精霊人機用のスラスターを観察する。
取りつける精霊人機が旧式という事もあり、規格が合うスラスターが手に入るか不安だったが、問題はなさそうだ。
「流石は開拓の最前線だけあって、部品関係は豊富だな」
「部品単位で改造する気満々の奴に言われてもメーカーは嬉しくないと思うけどな」
青羽根の整備士長の突っ込みは気にせず作業に取り掛かろう。
「青羽根のみんなは使用しない吸気孔と一部の配管の取り外しを頼む。月の袖引くは排気孔の設定位置を確認する前に出力検査だ。魔導鋼線を接続するから設計図を持ってきてくれ。ミツキ、魔術式の書き込みは?」
「もう終わってるよ」
ミツキが精霊人機から降りてきて、月の袖引くの整備士を捕まえた。
「魔術式を最新のものに大幅改変するから、魔導核の設定担当者を呼んできて」
ミツキが設定担当者を呼び出すという事は、魔導核は購入当時の設定のままか。
俺はディアの腹部収納スペースから紙と筆記具を取り出して、ミツキに渡す。
「ありがと。少し講義をしないといけないから、青羽根からも誰か欲しい」
「魔導核の設定が購入時のままだったのか?」
「そう。バージョンアップも何にもなし。ラウルドⅢ型って時点で嫌な予感はしてたけど、整備能力が低いから月の袖引くの結成当時は他の精霊人機だと扱いきれなかったんだろうね。魔導核は不用意に手を加えると事故の元だし、簡単に勉強できるものでもないから仕方ないけどさ」
ミツキがやれやれと肩を上下させて、月の袖引くの設定師をホワイトボードへ案内する。俺が渡した筆記具はミツキの手から設定担当者に渡された。
俺は青羽根の整備士長を呼んで、ミツキのもとに派遣する。
「ミツキは基礎部分の説明をすっ飛ばす事があるから、解説を挟んでくれ」
「まさかこんなに早く教える側に回る日が来るとはなぁ」
数か月前に開拓学校を卒業したばかりで教師役をすることに戸惑いながら、整備士長はミツキのフォローに回ってくれた。
意外にも、ミツキの講義を一番熱心に聞いていたのはレムン・ライさんだった。
魔術師ではあるが魔導核や魔術式に関しては門外漢らしい。自身の魔術のみで戦う古いタイプの魔術師だったのだろう。
魔導核のバージョンアップはミツキの講義が終わってからにして、俺はスラスターの出力検査に移る。
通常ならば吸気孔から取り入れた空気を圧縮しつつ排気孔から勢いよく噴出するこのスラスターだが、いまは排気孔とそれにつながる配管だけになっている。
「カタログスペックの排気量から換算すると圧空の魔術の威力は――」
ミツキが書き込んでくれた圧空の魔術式に威力の設定を書き込む。
整備士たちにスラスターから距離を取らせ、魔術を起動した。
「おぉう、この排気音、脊髄に来る良い音だ」
「コト、そんな恍惚とした顔で言うなよ」
近所迷惑なので適当なところで停止させる。
排気量や風力の計算などをしていると、ベイジルと一緒に見学していた整備士君が近付いてきた。
「ボールドウィン、近づけさせるな」
「おうよ」
ボールドウィンが整備士君の行く手を塞ぐ。
「機密なんで、魔導核の設定は見せられないな」
「盗み見ようなんて思ってない。質問したいだけだ」
整備士君が俺を指差して言う。
「答えられるものなら答えるよ」
俺は計算の手を止めずに整備士君に質問を促した。
「この改造スラスターを使った場合の燃費はどうなってる?」
「改造前の三倍弱じゃね」
「……三倍?」
同じ出力を出した場合、改造後のスラスターは改造前に比べて魔力消費量が三分の一程度で済んでいる。
実戦ともなればここまでいい数値は出ないだろうし、精霊人機に組み込むと魔力のロスなども出るだろうけど、それを込みで試算しても燃費ははるかにいい。
「そもそも、既存のスラスターの魔力消費量が多いのは常識なんだろ? なんで魔力消費量が多いかって考えたことあるか?」
俺の問いに、整備士君は眉を寄せながらも答えてくれる。
「風魔術で広範囲から空気を取り込むためだろう。その上で取り込んだ空気を圧縮、指向性を持たせて放出するからいくつかの魔術式を併用することになって、魔力の消費量がその分大きくなる」
「そう。俺はその問題を解消しただけ」
圧空はたった一つの魔術式からなる。
本来、空気を生み出す圧空は、周囲の空気に働きかける風魔術よりも魔力の消費量が多い。
だが、精霊人機で発動する風魔術は広範囲に働きかける魔術だ。規模に比例して魔力消費量が跳ね上がる。
一定の規模以上になると、圧空の方が魔力消費量を少なく抑えることができるのだ。
加えて、吸気や配管が不要なため、部品の簡略化も図れる。
だが、俺は圧空の魔術そのものを公開する気がないので整備士君には教えない。
スラスターの改造は順調にできたので、そのまま取り付けられる状態で倉庫の片隅に安置した。
「すぐに取りつけないんですか?」
タリ・カラさんが不思議そうに聞いてくる。
「軍関係者がいる前で精霊人機にスラスターを取り付けるなんて、技術を盗んでくださいって言ってるようなものですよ。取り付けは後でいいんです。今日はもう時間もないですからね」
ミツキの魔導核講座も終わったようなので、魔導核に記述されている魔術式を実際に最新のものに変更してもらう。
ミツキは魔術式の書き込みを月の袖引くに任せて俺のところにやってきた。
「てっきり、最新の制御系の魔術式に手を加えると思ったんだけどな」
「先に基礎から覚えてもらった方が良いと思って、月の袖引くの団員さんに任せることにしたの。それに、スカイを改造した時みたいに大事にしないよう、改造自体も控えめにするでしょう?」
スカイを改造した際には、軍が所有する専用機と同等以上のスペックが認められるとの事で、情報公開を求められた経緯がある。
スカイを持つ青羽根がマライアさん率いる開拓団〝飛蝗〟の傘下に入る事で事なきを得たが、今回は飛蝗やそれに類する強力な開拓団は存在しない。
だから改造も控えめにしないと、月の袖引くに迷惑がかかってしまうのだ。
「正直、やりたいことはもっとたくさんあるんだけどな」
これでも自重しているのだ。
現状で進められる作業をすべて終えると、再びホワイトボードの前に集まる。
議題は攻撃力をどうするかだ。
「二年間シャムシール一筋って話だから、いまさらハンマーに持ち変えるのは難しいだろうな」
精霊人機の操縦に深くかかわる議題だけあって、ボールドウィンが口火を切る。
タリ・カラさんが申し訳なさそうに頷いた。
「打撃武器となると使い勝手が全く変わるので、せめて一年は修練を積みたいです」
「開拓学校での修業課程でも精霊人機の武器の扱いは一年かけてみっちり仕込まれる。独学で扱いの難しいシャムシールを扱えるようになっただけでもすごいと思うぜ。いまは役に立たないけど」
「ボール、一言多い」
整備士長に窘められて、ボールドウィンは慌ててタリ・カラさんに謝った。
ミツキがタリ・カラさんに声をかける。
「長剣とかも駄目なんですか?」
「シャムシール自体が癖のある武器なので、他の武器はどれも取り回しが難しく感じるんです。剣の形状ならばある程度は使えますけど」
自信はない、と。
上手く扱わないと刃こぼれしてしまうし、そもそもタラスク相手に斬撃はあまり効果がない。
やるなら、刺突だろう。
それも、甲羅に手足を引っ込めるのさえ間に合わないくらい超高速かつピンポイントの鋭い刺突だ。
なおかつ、普段はタリ・カラさんが扱うシャムシールの動きを阻害しないような構造か、大きさであればよい。
あれこれと考えを巡らせていると、青羽根の整備士たちが俺をじろじろと見てくる。
「……おい、誰か話しかけろよ」
「やだよ。好奇心は身を滅ぼすから気をつけろってばあさんの遺言なんだ」
「怪談話とか好きだけど、実現可能な寒気のする発想はちょっとな」
人の事をパンドラボックスみたいに言いやがって。
何か言い返してやろうとした時、ボールドウィンが声をかけてきた。
「コトは何か思いつかないのか?」
「思いついた物はあるけど、実現可能かどうか考えさせてくれ」
再度、頭の中でイメージを固めていると、青羽根の整備士たちの会話が聞こえてくる。
「……ボール、マジ空気よめねぇ」
「躊躇いもなく好奇心をさらけ出す命知らずめ」
「根本的にどっか抜けてんだよな。放っておけねぇわ」
おい、迂闊でダメな子扱いされてるぞ。
俺が横目を向けても、ボールドウィンは気付いていないのか首を傾げるだけだ。
「もしかして、意見がまとまったのか?」
あぁ、確かに放っておけないな。
「意見はまとまった。だが、軍の関係者がいる場所で説明するのはまずい」
この装備一つで新型機とみなされることはないだろうが、この世界では考慮されていない武装だろう。
俺は立ち上がって、会議を続けてもらえるようみんなに言ってからミツキを倉庫の端に手招く。
タリ・カラさんと話していたミツキが俺のもとに駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
「新武装を考えたんだが、魔導核の容量とかで色々相談したい」
新武装の原理その他を説明すると、ミツキはなるほどと頷いてから難しそうに眉を寄せた。
「ディアに使ってる照準誘導の魔術で補助するのは必須だと思う。後は圧力とか、間合いとか、考えることは多そうだね。でもなにより、月の袖引くの魔導核設定担当者の力量だと維持ができないと思う」
「教えられそうか?」
「三日か四日は見た方が良いかな」
「教えられるなら教えてしまおう。今後の月の袖引くの活動のためにも、魔術式については詳しく学んだ方が良いと思う」
「分かった。ヨウ君は試作を進めて」
意見がまとまって、俺たちはホワイトボードの前に戻る。
その時、倉庫に軍人が一人やってきて、ベイジルに何事か耳打ちして去って行った。
ベイジルが名残惜しそうな顔で倉庫を見回す。
「もう少し開発風景を見ていたかったのですが、上から呼ばれてしまいました。自分はこれで失礼します」
ベイジルが一礼して、整備士君ともども倉庫を出ていく。
すぐにボールドウィンが青羽根の団員に目配せして外に見張りを立たせた。
肩の荷が下りた気分で、俺はため息を吐く。
「これで技術流出を気にせずに作業ができるな」
「派閥争いに巻き込まないように、ベイジルも善意でやってくれてるんだろうけどね」
ミツキが苦笑する。
俺は精霊人機の攻撃力強化のための案が書き連ねられたホワイトボードの前に立ち、挙がっている案を調べる。
武器を早く振るために腕部のバネを増設する案を起点にどう増設するかを話し合っている段階のようだ。
「――だが、どうしても今よりバランスが悪くなるだろう。転倒防止にスラスターをつけたのに、元の木阿弥じゃないか?」
月の袖引くの整備士が意見すると、一瞬静まり返る。
「わかってるんだけど、他に方法がないだろ。武器を変えない以上、扱う機体の出力を高めるくらいしか手がなくなる」
苦々しい顔で青羽根の整備士長が言い返すと、誰も反論の声を上げなかった。
俺はホワイトボードを軽く叩いて注目を集める。
「聞こう。いつから武器を変えてはならないと錯覚していた?」
議論を最初期に後退させる俺の発言に、ミツキを除く全員が眉を寄せる。
俺はさらに続けた。
「そもそも、タリ・カラさんがシャムシール以外の武器を扱えない事に先の錯覚は端を発しているわけだ。では、タリ・カラさんがシャムシール以外の武器を同時に使用できるようにするのも一つの手だとは思わないか?」
新しい切り口を用意すると、二つの開拓団の整備士たちはすぐに思考を切り替えたようだ。
しかし、すぐに青羽根の整備士長が首を横に振る。
「シャムシールは通常武装として残して、対タラスク用の武器を別途用意して持ち変えるって事だろ? それは現実的じゃないだろ」
「惜しい。シャムシール以外の武器を扱えない事も解消する必要がある」
「ますます実現から遠のいてるじゃねぇか」
突っ込みを入れながら、整備士長は俺が具体案を口にするのを待っている。
「コトならどうせ、すでに実現までの道筋は立ててあるんだろ。とりあえず話してみてくれ」
俺はホワイトボードをひっくり返し、まっさらな面にペンを走らせる。
「要は、シャムシールと併用できて扱いが容易な武器であればいい。それも、雑に扱っても壊れなければなおのこといい」
そう、壊れなければいい。もしくは、壊れてもいい武器だ。
「そんなもの、一から作るより魔術を使えば早い」
俺はホワイトボードにこれから説明する武器を理解するための理論を書き込む。
ボールドウィンが首を傾げて意見を口にする。
「タラスク相手に並みの魔術は効果が薄いぜ。ロックジャベリンを甲羅の隙間に撃ち込めば効果もあるだろうけど、狙うのが難しい。魔力持ちの個体なら、ロックジャベリンの発動を見てから防御に回って完璧に凌いだりもする」
「既存の魔術は使わない。それに、狙いに関しては俺が開発した照準誘導の魔術で補う」
精霊人機を操作しながらピンポイントで魔術を放つのは難しい。魔術そのものが魔力消費の激しい攻撃手段という事もあり、精霊人機の稼働時間を大幅に縮めるリスクがある。
どこかの飛蝗が持っているマジックキチガイ機でもない限り、精霊人機の魔術は武器を破壊された際に、その場から離脱するために牽制として使用するのが一般的だ。
精霊人機が相手にする大型魔物に有効打を与える攻撃力を魔術に求めると、自然と巨大化する傾向にあるため、これは仕方ない事だともいえる。
ベイジルが扱うアーチェは弓を別に用意する事でロックジャベリンを撃ちだして魔力消費量を減らす工夫がなされている。
「だが、武器の威力は大きさや重量だけで決まるわけじゃない。速度だって極めれば十分な攻撃力になる」
そんなわけで。
「せっかく人型なんだから、血管とか欲しくないか?」
俺はスラスターの未使用配管を横目に、月の袖引くに武器を提案した。




