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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第四章  二人の世界は外界と交差する

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第三十三話  割とまともな意見

 ノリノリでホワイトボードに書いてある現在の問題点を読む。


「つまり、湿地帯で足を滑らせて転倒するから、解消するための改造を施したいという話ですね」


 第一の問題点としてあげられている転倒への対策を頭の片隅で考えつつ、俺はボールドウィンとタリ・カラさんを見る。


「訓練の方はこれからも続けていくんですよね?」

「もちろんです。ただ、リットン湖攻略隊の出発までもう日がない事も考えると、打てる手を打っておいた方が良いと、うちの整備士が言ってまして」


 かつての月の袖引くならば整備士から意見が出てくることもなかっただろう。

 順調に団内の空気が変わっているようでなによりだ。ビスティのためにも。

 意見を出した整備士をミツキが見つけ出す。


「ホワイトボードの前に立って、考えられる改善個所を挙げてください。他の整備士の方は後ほど、挙手した上で意見をお願いします」


 整備士の話では、現在使っている精霊人機では上半身に重心が寄っているため、重心を下げるべきだという。

 他の整備士たちの意見もおおむね同じものではあったが、単純に錘を使用して重心を下げる案や計算の上で外部装甲を増設する案、逆に上半身、特に腕部の装甲を薄くする案などが出ていた。

 会議の書記役として、レムン・ライさんがホワイトボードに意見を書き記していく。


「他に意見は……ないようですね。次に移りましょう」


 次に挙げられている問題点は攻撃力の不足だ。

 月の袖引くの精霊人機は現在シャムシールと呼ばれる湾曲した片刃の剣を使用している。旧大陸南方で親しまれている武器であり、南方で戦う精霊人機の操縦士も時折使う標準的な武器だ。


「リットン湖周辺は甲殻系魔物の縄張りです。シャムシールは熟練者が扱えば中型の甲殻魔物でも両断が可能です。前団長はアルマルを撃破した実績があります」


 レムン・ライさんが部外者である俺たちと青羽根に説明してくれる。

 アルマルはアルマジロのような形をした中型魔物だ。中型魔物の中ではぴか一の防御力を誇り、生身の人間では狩ることができないとされている。精霊人機で撃破する場合でも、ハンマーを使用して叩き殺すのが基本戦術だ。

 そんなアルマルをシャムシールで両断したというのだから、月の袖引くの前団長は相当な腕前だったのだろう。


「あの時はカッコ良かったよなぁ」


 月の袖引くの戦闘員が思い出話をするように呟くと、周囲の団員が深く頷いた。

 レムン・ライさんが咳払いして、会議に集中させる。


「団長の腕ならばタラスク以外の魔物をシャムシールで倒すことは十分可能でしょう」


 レムン・ライさんの言葉をタリ・カラさんが肯定する。

 しかし、それでも攻撃力が足りないという。

 ボールドウィンが腕を組んだ。


「タラスクを仮想敵にしてるなら、考え直した方が良いぜ。タラスクはハンマー使いでも並みの出力じゃ弾き返される。大型魔物の中でも上位の堅さの持ち主だ」


 カメ型の大型魔物、タラスクは精霊人機の出力検査でその甲羅が使用されるほどの硬度と重量を持つ。

 剣の類は刺さらず、ハンマーで滅多打ちにして倒すのがセオリーだ。

 しかし、甲羅が頑丈なだけで首や足などはそれほどでもない。剣でもある程度の出力があれば斬ることができる。

 もっとも、魔力袋を持つ個体ともなると身体強化を使用してさらに硬くなり、並みの攻撃を寄せ付けないばかりか無尽蔵の魔力で攻撃魔術による反撃を仕掛けてくるため単機で相手するのは危険な相手だ。

 青羽根の整備士長がボールドウィンの言葉に頷く。


「シャムシールで斬り殺すのは難しいだろうな。甲羅の隙間に刺し込めば別だろうが、タラスクが身を捩ったら刃が曲がるし、最悪の場合折れちまう。ハンマー使いに任せる方が無難だ」


 青羽根はロント小隊長から月の袖引くが受けている依頼の内容を知らないため、友軍がいる事を前提にして話している。

 だが、事情を知っている俺とミツキは月の袖引くの攻撃力の不足という点に深刻さを感じていた。

 ロント小隊の救援に赴いても、中、小型魔物しか相手に出来ないのではあまり役に立たない。救援として駆けつけた時にロント小隊の精霊人機が動ける状態かもわからないのだ。

 最悪の場合、タラスクのみならず未知のカメ型魔物を相手取らないといけない可能性もある。

 ロント小隊の精霊人機は三機、すべてが動けない状態になっているとは考えにくいが、用心に越したことはないだろう。

 月の袖引くの攻撃力強化は必須だ。

 ホワイトボードを見つめていたミツキが立ち上がる。


「現在のところはその二点を重点的に、あとはタリ・カラさんの実力を見つつ調整を加える方向で考えようか」


 方向性がまとまり、まずは機体を拝見しようという事でガレージ奥で駐機姿勢を取っている精霊人機を見る。

 体高七メートルの鉄の巨人。やや女性的な丸みを帯びた形状が特徴的な機体だ。


「ラウルドⅢ型か。良い機体だな」


 青羽根の整備士長が月の袖引くの精霊人機を見上げて呟く。

 ラウルドⅢ型、市街戦で力を発揮した旧式の機体だ。

 初代ラウルドやラウルドⅡ型の後継機であり、ずば抜けた耐久性を誇るため現在でも使用者が多い機体である。

 洗浄液と潤滑油だけで十日間の防衛戦を戦い抜いたという記録も残るこのラウルドⅢ型は部品点数が極めて少ない事でも有名で、整備が非常に容易という特徴がある。

 ついたあだ名が口減らし。理由は、少人数で整備できるから。

 あまり出力は高くないし燃費もよろしくないが、ずば抜けた耐久性と整備の簡単さから軍よりも開拓団の間で愛用される名機である。


「改造をしてないまっさらな状態のラウルドⅢ型なんて早々お目にかかれないぜ。これでアルマルを両断したって、月の袖引くの前団長はめちゃくちゃ腕が良かったんだな」


 ボールドウィンが感心したように機体からタリ・カラさんに視線を移す。

 ラウルドⅢ型は部品点数が少ない。その特性故にさまざまな改造に耐えることのできる機体でもあり、開拓団は独自のカスタマイズを施している場合がほとんどだ。

 いや、本当に名機なんだけどね。


「――この機体があの悪名高きⅡ型の後継だっていうんだから、世の中分からないもんだよなぁ」


 しみじみ呟く声に振り返る。

 倉庫の入り口にベイジルといつか見たあの整備士君がいた。どうやら、呟いたのは整備士君らしい。

 ボールドウィンがすっと目を細めて、ベイジルと整備士君を睨む。


「ここは開拓団月の袖引くの借り受けた倉庫だ。なんで軍人が入ってきてる」

「外に見張りがいれば声をかけたんだけど、誰もいなかったから直接声を掛けざるを得なかったんだよ。こっちも好きで来たわけじゃ――」

「よしなさい。自分たちはケンカをしに来たのではありませんよ」


 ボールドウィンに言い返そうとした整備士君をやんわりと窘め、ベイジルが倉庫内を見回してタリ・カラさんとレムン・ライさん、ボールドウィン、それに俺とミツキを手招いた。


「リットン湖攻略戦の間、この防衛拠点ボルスの指揮を執ることになった、ベイジルです。もしも魔物が襲ってきた際には防衛戦への参加をお願いします」

「まさか、それを言うためだけにわざわざ?」

「ボルスは軍事基地、軍に任せておけば何とかなるだろうと考える開拓者も多いですから、きちんと協力を取り付けておこうと思いましてね。それと、こちらはワステード副司令官からの手紙です」


 そう言ってベイジルがワステード元司令官のサインが入った手紙を俺に押し付けてくる。おそらくはこの手紙を渡すのが本当の訪問理由だろう。

 開封してミツキと一緒に読んでみると、リットン湖攻略隊の予定進路が書き込まれていた。

 軍事機密だろ、これ。


「ワステード元司令官も救援希望かな。子供を危険地帯に送りたくないなんて言ってられなくなったんだね」

「そんなところだろうな。まったく、人の事を救助犬みたいに走り回らせやがって」


 ラム酒の入った樽でも持って行ってやろうか。

 俺たちが手紙を読んでいると、ベイジルが月の袖引くの精霊人機を眺める。


「懐かしいですね。アーチェに乗る前はラウルドⅡ型を操縦していましたよ。信じられないでしょうが、正式な設計図に〝原因は不明ながらこの部品を外すと腕が上がらなくなります〟なんて記述があったりしてね」


 ベイジルは笑いながら語っているが、それが悪名高きラウルドⅡ型の実態だ。

 設計者でさえ意義が分からない部品が組み込まれ、外すと不調をきたす。衝撃に弱く、部品の噛み合わせも悪く、整備に手がかかる。

 ついたあだ名が整備士殺し。整備士が何人いても起動成功率が七十パーセントを超えなかったというある意味伝説の機体である。

 むろん、生産はストップしている。

 まぁ、Ⅱ型に寄せられた苦情やら設計の不備の指摘をまとめて作成されたのが後に名機となるラウルドⅢ型であるあたり、何がどう作用するか分からないものだと思う。

 ベイジルがタリ・カラさんを見る。


「見学させていただいても構いませんか? 数時間ここにいるように、とワステード副司令官に言われていましてね」


 タリ・カラさんは、これから改造を施す精霊人機をちらりと振り返り、困ったような顔をする。

 しかし、レムン・ライさんが何事か耳打ちすると、小さく頷いてため息を吐いた。


「ここで見たことは他言無用です。それだけは守ってください」

「もちろんです。自分もこれから防衛戦を共にするかもしれない開拓団から恨みを買いたくはありませんので」

「――ベイジルさん、なんだってこんなところで時間潰さなきゃならないんですか」


 整備士君が文句を言いながら、ちらりと俺とミツキを見る。


「ベイジルさんと鉄の獣が一緒にいるところを見られたりしたら、士気に関わりますよ」

「開拓者たちが中立派であることを印象付けるためです。自分と同じ場所にいれば、派閥争いに巻き込まれる心配も減りますからね」


 ベイジルに言い返されて、整備士君は不満そうな顔をしつつ口を閉じた。

 相変わらずベイジル大好きっ子な整備士君は放置して、俺はワステード元司令官の手紙をポケットに仕舞いこみ、月の袖引くと青羽根の面々を振り返った。


「さて、改造を施そうと思う。いまのところ、具体的な意見としては重心を下げることによる安定性の確保が挙げられている」


 全員が頷いたのを確認して、俺は温めていた意見を口にする。


「俺は重心を変更することに反対だ。転倒しにくい機体なんてまだるっこしいこと言ってないで、転倒しない機体を作ろう」

「――だからコトたちを混ぜたら碌なことにならないって言っただろうが!」

「そこ、うるさい」


 青羽根の整備士長を指差して黙らせる。


「まずはスラスターによる姿勢制御を提案する」

「……まともな意見が出た、だと?」

「まだだ、まだ安心するのは早い」


 青羽根の整備士たちが口々に言う。

 月の袖引くの整備士たちが俺の意見を聞いて首を横に振った。


「実は、スラスターの採用に関してはすでに話し合ったんだ。スラスターキットも売ってるくらいだし、取り付けそのものは半日もかからないで済む。ただ、問題が多すぎて断念した」


 精霊人機の姿勢制御スラスターはいくつかのメーカーが改造キットとして販売しているほどポピュラーな物だ。

 だが、精霊人機のスラスターは空気系と燃焼系の二つがあり、どちらも欠陥を抱えている。

 ベイジルの横にいた整備士君がそんなことも知らないのか、と言わんばかりの眼を俺に向けてくる。


「空気系スラスターは吸排気孔を確保するために遊離装甲を一部取り払う必要が出てくる。機体内部に空気管を通す関係もあって機体全体が肥大化する。常時吸気を行う事もあって魔力の消費量も大きい。足場が悪すぎる岩場などでない限り、まず使用されない形式だ。燃焼系は遊離装甲を焼かないように取り外し、随伴歩兵を焼き殺さない様に単独行動が求められる。極力使用しない方向で設計し、操縦士の腕を高めるのが常識なんだ」

「説明ありがとう。でも、一般論とかどうでもいい」


 意見を一蹴すると、整備士君が口を半開きにして驚いた後、食って掛かってくる。


「じゃあどうするっていうんだ。まさか、一からスラスターの新しい理論でも考えて精霊人機に応用するっていうのか?」


 整備士君がうるさいのでベイジルに目くばせする。

 ベイジルは苦笑しながら整備士君を押しとどめた。

 しかし、整備士君の疑問は青羽根や月の袖引くも抱いていたらしく、不審そうな目で俺を見つめていた。


「青羽根ならわかると思うけどな」


 俺がポケットにいつも忍ばせている魔導核を取り出すと、スカイを持つ青羽根の整備士たちはすぐに正解に辿り着いたようだ。

 青羽根の中でも直接スカイを操縦するボールドウィンは一番早く気付いたようで、呆れたように俺の持つ魔導核を見る。


「圧空の魔術の汎用性高すぎだろ」

「俺もそう思う」


 言い返して、俺は笑みを月の袖引くに向けた。



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