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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第四章  二人の世界は外界と交差する

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第三十二話  改造の依頼

 タリ・カラさんに湿地帯での精霊人機の操作方法を教えることに、ボールドウィンは快く応じてくれた。


「そうか、俺もついに人に教えられるほどの器になったか」

「変なところで調子に乗るな」


 整備士長にくぎを刺されながら、ボールドウィンはタリ・カラさんに自己紹介する。


「開拓団青羽根、団長のボールドウィンです」

「開拓団月の袖引く、団長のタリ・カラです。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく」


 ボールドウィンとタリ・カラさんが互いに頭を下げ合う光景を、レムン・ライさんがほんわかした顔で見ている。孫娘か姪っ子の恋でも見ているつもりのようだ。

 少なくとも、今のところは恋に発展する様子はないけど。

 タリ・カラさんに一目ぼれしたビスティの様子を横目で窺うと、書類に猛烈な速度で筆を走らせている。こちらに早く合流して点数稼ぎをしようと考えているようだ。


「胸キュンの予感……!」

「ミツキ、その予感は心の中にしまっておけ」


 ボールドウィンがタリ・カラさんと精霊人機の操縦について話している間に、俺は整備士長に声をかける。


「鹵獲した精霊人機はどうなるんだ?」

「盗難品でなければ青羽根の物になる。盗難品なら返す代わりに謝礼が俺たちの懐に入ってくる」

「ラックル商会が購入した物だろ?」

「おそらくな。俺たちが捕まえた奴らが口を割ればラックル商会も無事じゃすまない。今頃、足がつかないように書類を燃やして無関係を装う準備でも進めてるんじゃないか?」


 ギルドにやってきた官憲に引き渡される襲撃者を見送りながら、整備士長がにやりと笑う。


「精霊人機二機が手切れ金とは、ラックル商会も奮発してくれたもんだ」


 迷惑料としてもらうつもり満々でいる整備士長に苦笑する。

 襲撃を掛けてきたのはラックル商会の方だから、同情はしない。


「全員開拓学校卒業生って事は、精霊人機の操縦もできるんだろ?」

「一通りはな。ボールの奴が一番うまいけど」

「乗るのか?」

「整備の手が追いつかない。一機は売り払って、もう一機は基本的に予備って扱いになる。ほんと、人手が欲しい」


 ガランク貿易都市でもラックル商会に睨まれたせいで人を集めることができなかったらしい。

 話をしている内に、書類を書き終えたビスティが駆け寄ってきた。

 よほど慌てていたのだろう、服の袖にまでインクの汚れが付いている。


「い、今どういう状況ですか?」


 ビスティが訊ねてくる。

 説明すると、ビスティが悔しそうにボールドウィンを見た。

 続けざまに俺を見てくる。


「精霊人機の整備もできるんですよね?」

「できるけど」

「教えてください!」


 面白いくらいまっすぐだなぁ。

 だが、教えようにも俺たちは精霊人機を持っていない。


「現物がないと無理だし、数日で身につくようなものでもない」


 俺たちは三日で基礎をある程度こなせるようになったけど、宿屋で勉強したり、現物を前にしていたからだ。

 ただでさえ機械関係は苦手だと言っていたビスティには難しいだろう。

 ビスティがしょぼくれる。


「機械に疎くても、知識があるだろ。新種の植物を見つけたりさ」

「開拓団の維持には必要ない物じゃないですか」

「ビスティの目標は開拓団の維持じゃなくて開拓村の設立と維持だろうが。何でもかんでもできるようになろうとするな」


 恋は盲目という奴だろうか。ビスティは当初の目的を忘れているらしい。

 ビスティの能力は開拓団の維持にはあまり貢献しないが、開拓村を立ち上げた場合には必須の能力だ。経理や商人との交渉といった技術は、ギルドから依頼を受ける形で報酬を得ている開拓団ではあまり養われない。

 アピールポイントをまた見失っている。

 俺はビスティにだけ聞こえるように声を小さくする。


「そんなに焦らなくても大丈夫だ。月の袖引く内部の問題は解消しつつあるみたいだし、ひと月くらい待ってから申し込めば、入団を許可されるかもしれない」

「どんな問題か知ってるような口振りですね」

「知ってるけど、教えられない。気になるなら本人たちに聞いてくれ」


 ビスティは思案顔でタリ・カラさんを見る。

 そのまま質問をぶつけるかと思いきや、諦めたように頭を振った。


「テイザ山脈に入るのは明日で最後にしましょう」


 唐突なビスティの言葉の真意が分からず、俺は首を傾げる。


「どうして?」

「やるべき事が出来ました」


 今までのやり取りを思い出し、ビスティが見つけたらしい〝やるべき事〟に見当をつける。


「実績作りか?」

「はい。新種の花の栽培を成功させて、その花で作った花束で告白します」


 ……あれ?

 何か微妙にずれている気がするのは気のせいだろうか。

 いや、実績作りをするのは間違ってないし、その実績を目に見える形、花束にするのも洒落が利いていて面白いとは思うけど。

 あれぇ?

 俺が混乱している内に、ビスティはボールドウィンと話しているタリ・カラさんの下へ歩き出す。

 何をしようとしているのか分からないけど止めた方が良い気がする。それも切実に。


「ちょっと待――」

「僕があなた方の役に立つと証明するために、時間をください!」


 ビスティが勢いよく言いきって頭を下げたことに、タリ・カラさん、レムン・ライさんのみならずボールドウィンたちまで驚いて目を向ける。

 突然何を言い出したのか分からない、そんな顔だ。

 事情を知らないのだから当然だろう。

 ただ、さっきのビスティの言葉は少なくとも愛の告白には聞こえない。その点は杞憂でよかった。

 ビスティにとっては宣戦布告のようなものだからだろう。きりっとした顔をしてギルドホールの出口に向かって歩き始めた。


「……変な人」


 タリ・カラさんが心底不思議そうに呟く。

 ビスティの宣戦布告は逆効果だったようだ。

 失敗に終わったとも知らず、ビスティは満足げな顔ながら勇ましく見えるように顔の筋肉を引き締めている。


「アカタターさんたちも行きましょう」


 最後に名前まで間違えるのか。

 指摘せずにビスティに付いて行く。

 その時、レムン・ライさんに呼び止められた。


「後程、私共の借りている倉庫へ来てくださいませんか?」

「構いませんけど、どうかしたんですか?」

「精霊人機に関して、少々ご相談したいことがございまして」

「分かりました。後で向かいます」


 落ち合う約束をして、俺はミツキと一緒にビスティを追い駆ける。

 すでにギルドを出ていたビスティは、小さくガッツポーズしていた。


「決まった……!」


 小さく聞こえてきたビスティの呟きに、ミツキが笑いそうになった口元を抑えている。さすがに笑うのは失礼だ。


「これからどうするんだ?」


 俺が訊ねると、ビスティは慌ててガッツポーズを解く。


「まずは家を借りたいと思います」


 防衛拠点ボルスは軍事基地として作られているが、リットン湖攻略が成功した後に入植者を一時的に受け入れる施設としての機能も期待されている。

 そのため、空き家も確保されており、宿や料理屋を始める際には補助金まで出る。

 ビスティの場合、補助金は出ないだろうが家を借りるくらいは問題なくできるだろう。


「家を借りるにしても、新種の植物の栽培ができるほどの広さは確保できないと思うよ。栽培方法を盗むために覗き見られたりもするし」

「実際に栽培する必要はないです。生息地に関するメモがありますし、標本や土壌のサンプルまであるんですから。後は資料としてまとめて、報告書を作り、それを月の袖引くに渡すことで、僕の有用さを示します」


 確かに、資料をまとめてきちんとした報告書にする能力は開拓団の中でも上位の人間しかもっていない。

 しかも、月の袖引くは元々訳アリの者達が集まって立ち上げられているため、事務能力のある人間も限られる。

 良い目の付け所だと思った。


「協力するよ。サンプルが足りない場合は俺とミツキでテイザ山脈へひとっ走りして取ってくるし」

「お願いします。それと、護衛の件なのですが、家を借りた後でも必要になると思いますか?」


 ビスティが不安そうに訊いてくる。

 香辛料の栽培方法などはすでに特許を取得しているが、ビスティはまだ後ろ盾を手に入れていない。

 青羽根が襲撃者を捕縛している事もあり、ラックル商会が諦める可能性もある。


「護衛はまだ必要だろ。ただ、俺とミツキが護衛を務めていると、この先後ろ盾を得る際に不利になる。別の開拓者に護衛を頼んだ方がいいかもしれない」


 第一印象は大事だから、と今までの経験を踏まえて話す。

 ミツキが俺の服を引っ張った。


「護衛を引き受けてくれそうな人に心当たりがあるんだけど」

「誰?」

「デュラの偵察任務の時に同行してた凄腕の二人」


 一瞬、誰だっけと考えて、素人開拓者をまとめていた二人の事を思い出す。


「さっきギルドにいたんだよ。多分、ロント小隊長が呼んだんだと思う」

「それなら、カモフラージュ代わりに受けてくれる可能性はあるな」

「というわけで、ビスティ、心当たりがあるから、あとで紹介しようか?」

「信用できる方なら大歓迎です」


 話がまとまり、俺たちはビスティが家を借りるまで護衛して、ギルドに戻った。

 すでに月の袖引くと青羽根の両開拓団は倉庫に戻ったらしく、団員の姿はない。

 ギルドホールを見回していると、依頼掲示板の前に凄腕開拓者を見つけた。


「お久しぶりです」


 声をかけると、一瞬怪訝な顔をして振り返った凄腕さんたちは俺たちの正体に気付いて目を丸くする。


「こんなところでお会いするとは奇遇ですな」

「護衛依頼を受けてガランク貿易都市から戻って来たばかりなんです」


 俺は一歩横にずれて、ビスティを手で示す。


「不躾なお願いで申し訳ないんですけど、この人の護衛をしばらくお願いできませんか? 俺とミツキだと色々と問題が出てきそうなので、代わりを務められる方を探しているんです」


 凄腕開拓者二人は顔を見合わせて頷きあうと、ビスティにいくつかの質問して護衛を承諾した。

 これで晴れてお役御免というわけだ。


「リットン湖攻略の状況によっては護衛を続けられない恐れもあるので、ご了承を願いたい。いささか、義理がありましてな」


 どこかで聞いたような申し出に、やはり、と思いつつ口は開かない。

 連携を取る必要があるのならロント小隊長から何か言ってくるだろう。

 凄腕二人にビスティの護衛を任せて、俺はミツキと一緒に月の袖引くの倉庫に向かう。


「ロント小隊長、なりふり構わずって感じだね」

「竜翼の下にも声をかけてそうだけど、こっちに来れるかな」


 竜翼の下は回収屋のデイトロさんと同じく港町の防衛戦後にすぐ別の依頼を受けて出立している。依頼内容は知らないが、防衛戦に定評のある竜翼の下の特性を考えると、一日二日で終わるような依頼ではないだろう。

 竜翼の下はおそらく、こちらに来れない。


「ロント小隊長のポケットマネーも心配だね」

「かなり懐が寒くなっているだろうな」


 町外れの倉庫に到着する。

 現在倉庫を借りているのは月の袖引くと青羽根だけのようだ。


「ギルドの戦力の少なさを痛感するな」


 通常、町のガレージ兼倉庫は大規模開拓団が使用する。それも、精霊人機を持つような一定以上の戦闘力を持つ開拓団だ。

 ただの歩兵であれば俺たちのように宿に泊まった方が安上がりだから、当然ともいえる。

 スカイのような特殊な機体でなくとも、開拓団は精霊人機の整備などを人目につかない様に行う。整備状況は機密事項だから、当然だ。

 したがって、街の倉庫の使用率を見ればその町のギルドがどれくらいの戦力になっているか分かるのだ。


「本来のボルスならこの状態でも危機感を覚えたりしないけど、これからリットン湖攻略隊が出発するって事を考えると寒気がするね」

「ギルドの戦力はスカイと月の袖引くの精霊人機が二機、それにギルド所有の機体が一機あるんだったか」


 ロント小隊の救援依頼が始まれば、ボルスのギルド支部における戦力は実質的に精霊人機二機。


「何事もない事を祈るしかないな」


 話していると、月の袖引くの倉庫に到着する。


「お邪魔します」


 倉庫内に声をかけ、足を踏み入れる。


「……勉強会でもしてるんですか?」


 月の袖引くと青羽根の団員が椅子に座って、ホワイトボードを睨んでいた。

 異様な光景にドン引きしていると、レムン・ライさんに手招きされる。


「我が開拓団の精霊人機では湿地帯での戦闘が難しいと判断し、改造する提案が整備班から出されたのです。しかしながら、整備の経験はあれど改造した事はございませんので、青羽根の方々から意見を頂いておりました」

「もしかして、俺たちが呼ばれた理由は……?」


 レムン・ライさんがにこやかに頷く。


「改造の手ほどきをしていただければ、幸いです」


 ほほう。

 俺はミツキと顔を見合わせる。


「ミツキさんや、これはキタんじゃないですかね」

「ヨウ君、コレはもう、乗るしかないと思うよ」


 俺はミツキと笑いあい、月の袖引くと青羽根の面々に笑顔を向けた。

 青羽根が俺とミツキの笑みを見て頭を抱える。

 構うものか。

 俺は袖をまくりつつ宣言した。


「――恨みっこなしですよ?」



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