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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第四章  二人の世界は外界と交差する

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第三十一話  青羽根到着

 テイザ山脈の山頂で、俺は周囲を見回した。

 高山だけあって周囲の草は背丈が低く、火山だけあってあちこちに苔むした火山岩が転がっている。

 吹き抜ける風は肌寒く、ミツキは俺のパーカーを借りて着込んでいた。


「――スケルトン種は魔術を使えませんよ?」


 テイザ山脈の山頂で高山植物の採取をしていたビスティが、俺とミツキの会話に割り込んできた。

 夢中で高山植物の新種を採取したりスケッチしたりと忙しく動いていたから、話なんて耳に入っていないと思ってたのだが、聞き耳を立てる余裕くらいはあったらしい。


「常識的にはそうなんだけど、実際にはスケルトンも魔術を使ってるでしょう?」


 遊離装甲の魔術の話を引き合いに出そうとしたミツキに、ビスティは首を振った。


「あれは鳥が飛んだり、魚が水中で呼吸したりするのと同じような物ですよ。魔術で再現が可能なだけで、魔術ではありません。その証拠に、スケルトン種は魔力袋を持っていないでしょう?」


 そういう区分になるのか、と俺は目からうろこが落ちたような気分だった。

 人型兵器があったり、車があったり、コンロがあったり、ワクチンがあったりするこの世界だが、変に魔術が絡んでややこしい科学体系が完成している。

 魔力なんてない世界の科学知識を学んできた俺やミツキとは根本的に考え方が違うというのをいまさらながらに痛感した。

 だが、スケルトン種が持つ魔力膜を遊離装甲として再現するために調べた精霊研究者もいる。


「スケルトン種の魔力膜が魔術かどうかって議論はないのか?」

「昔はあったらしいですよ? 精霊人機が開発されるよりも前の話だと思いますけど」


 議論されていたが、次第に魔術ではないという意見が大勢を占めてしまい、決着がついたらしい。


「魔力袋を持つスケルトンの個体が今なお確認されてないですからね。魔術も使えないですから、魔力膜だけが魔術って考えるのはやっぱり無理があるんですよ」


 というビスティの意見が、今の研究者たちの間での通説であるらしい。

 確かに、筋は通っている。

 通っているけどいまいち腑に落ちないのは、俺が科学世界の人間だからなのか。

 そもそも、この世界の鳥が航空力学の恩恵で空を飛んでいるとは限らないし、魚だって鰓呼吸していると決まったわけではない。


「うーん、納得がいかない」


 唸っていると、ビスティが不快そうに眉を寄せた。


「生まれつき魔術を使えるのは人間だけです。精霊に愛されてる人間だけが魔力袋なしに魔術を使えるんですよ。あんまり人と獣や魔物を同列に語ると、精霊信者に刺されますよ?」


 何それ怖い。

 バランド・ラート博士みたいにはなりたくないな。

 ミツキが「怖い、寒い」と言いながら俺の腕に抱き着いて暖を取りつつ、ビスティに質問する。


「魔力袋を持つスケルトンっていないの?」

「確認されてないですね。そもそも、内臓が存在しない魔物ですから、魔力袋が生成されても転がり落ちるんじゃないですかね」


 ぽろぽろと魔力袋を零しては慌てて拾うスケルトンを想像してむせる俺を、ビスティが怪訝な顔で見る。

 だが、ミツキは俺ともビスティとも違う反応をしていた。


「隙間があって魔力袋が零れるなら、魔力袋の原料だって零れるはずだよね」


 不意に日本語で呟いて、ミツキが俺を見る。

 未知の言語を話しだしたミツキを見て、ビスティが首を傾げる。

 だが、俺はミツキの言いたいことに見当がついて、日本語で応じる。


「蛇の鰓に巻かれていた包帯の事か?」


 バランド・ラート博士は蛇に生きたネズミを丸呑みさせる事で魔力袋を人工的に作り出す実験をしていた。

 実験に際し、蛇の鰓に包帯を巻いている。


「鰓から魂が抜け出るのを防ぐための処置だったのか?」

「蛇みたいに細長い生き物だと、体内に魔力袋が生成されたら生存に不利でしょ? だから、魂を逃がすための器官として鰓が発達したんじゃないかなって」


 面白い仮説だった。

 話に加われずにいじけたビスティが新種の植物を掘り起こし始める。

 俺はディアの索敵魔術の範囲や感知強度を変更して、周辺に蛇がいないか調べてみた。

 それらしい大きさの生き物が次々見つかる。


「ミツキはここでビスティの護衛をしててくれ。俺は蛇を捕まえてくる」

「噛まれない様にね」


 ビスティをミツキに任せ、俺はディアを森の中へ走らせた。

 対物狙撃銃は肩に掛けたまま、右手に魔力を集中する。

 索敵魔術に引っかかった小動物を次々確認して、蛇を探す。

 数分で蛇を発見し、俺は右手に集中させていた魔力でアイシクルを発動し、蛇に撃ち込む。

 蛇は逃げる暇もなく氷漬けとなった。

 凍っている蛇を持ち上げて、ミツキの下に戻る。


「捕ってきたぞ」


 捕まえた蛇を掲げると、いじけて新種の植物を調べていたビスティが顔を上げ、俺が捕まえた蛇をまじまじと見つめた。


「それ、猛毒を持ってる蛇ですよ?」

「解剖するだけだから、大丈夫だ」


 この蛇が猛毒持ちだってことくらい、俺だって知っている。開拓者になる前に毒を持つ生物は全部暗記した。


「か、解剖ですか」


 ドン引きしているビスティは無視して、蛇を観察する。

 頭の付け根にある鰓をよくよく調べてから、解体用のナイフで鰓の付け根を切り取り、胴体部分を手で押さえる。


「よっと」


 鰓をナイフの刃先で押さえ込んで胴体を引っ張ると、鰓がくっついている内臓ごとズルリと出てくる。


「箸があればもっと楽なんだけどね」

「口から刺してぐるっと回す奴か」


 魚のさばき方がこんな形で役に立つとは思わなかった。

 引っ張り出した内臓を水魔術でざっと洗い、血を落とす。

 何故かビスティが唖然とした顔で中身空っぽの蛇の死骸と俺が引っ張り出した内臓付きの鰓を交互に見比べている。


「なんですか、今の裏ワザみたいなの」

「内臓は抜きたいけど魚の形も崩さず調理したい時のワタ抜きの方法」


 調理関係の学校に行くと習ったりする。

 ビスティが感心したような顔で俺を見た。


「二人とも料理が上手いと思ってましたけど、実家が料亭だったりしますか?」

「いや、俺の実家は男爵だけど」

「男爵!?」

「いろいろあったんだよ」

「色々なかったらお貴族様がこんなところで開拓者やってるはずないですよ。人は見かけによりませんね」


 見かけによらないか。貴族っていう顔はしてないけどさ。

 さて、引っ張り出した鰓を観察してみる。


「肺に繋がってないな」


 細長い肺へ血管が繋がっているが、それとは別に太い管が胃に接続されている。

 おそらく、丸呑みにした獲物を胃で溶かしつつ、太い管を通して魂を鰓から排出する機構なのだろう。

 他に獲物を丸呑みする生物としてはカエルなどが思い浮かぶ。


「ヘケトに鰓はあったか?」

「成体しか見たことないけど、なかったはずだよ」

「あの大きさになると魔力袋が発生しても生存に不利にはならないからか」


 魔力袋の最小直径は六センチ。中型魔物に分類されるヘケトの大きさなら、体内に精製されたところで生存に不利にはならず、むしろ魔術を使用して狩りの成功率を上げられる。

 魔力袋が生成されると体内の他の臓器を圧迫するような小動物で、なおかつ獲物を丸呑みする生態を持つモノでないといけない。


「魔物じゃない普通のカエルは鰓を持ってないしな」

「食性の問題もあるかもね。虫程度だとだめなのかも」

「一寸の虫にも五分の魂があるだろうに」


 バランド・ラート博士の研究でも、蛇に与えるのはある程度の年月を生きたネズミだった。

 虫では寿命が短すぎるのかもしれない。


「サンショウウオとか大型魚類を捕まえればいいのか」

「そうなるね」


 今ここで調べるのは難しいと結論を出して、俺は蛇の死骸を埋めて手を合わせておいた。



 テイザ山脈に籠って二日が経ち、そろそろビスティが申請した香辛料の栽培方法の特許や新種の植物の登録が済んだ頃だろうと、ボルスに帰還した。

 ボルスのギルド館に入ると、職員が飛んできてビスティに申請書類が受理された事を告げる。


「新種の植物に関してはギルドから大手商会に口利きをすることもできますが、いかがいたしますか?」


 大手商会は定期的にギルドへ依頼を出す代わりに、新種の植物などが見つかった場合に開拓者との仲立ちをしてもらう。持ちつ持たれつの関係が根付いているらしい。

 これがラックル商会とガランク貿易都市のギルド支部が癒着した原因なんだろうな、と思いつつ、俺はビスティを見た。

 ビスティは特許書類を鞄の中のホルダーに収めて、職員を見る。


「先に、新種の植物と香辛料の発見報告をしたいので、書類を持ってきていただけますか?」

「――え?」


 職員が呆気にとられたように言って、すぐに我に返るとカウンターへ引っ込んだ。

 たったの三日で新種の植物や香辛料を新たに見つけてくるとは思っていなかったのだろう。

 人跡未踏のテイザ山脈に入れるからこそ、こんなに早く新種を見つけている。


「今日は月の袖引くの方はこちらに来てますか?」


 職員が持ってきた書類に記入しながら、ビスティが職員に訊ねる。

 職員は首を傾げて俺とミツキを横目に見た後、ビスティの質問に答える。


「昨日、今日といらっしゃってませんが……護衛を変更するのでしょうか?」

「いえ、入団したいな、と思っているので……」


 ビスティが気恥ずかしそうに言うと、職員は不思議そうに俺とミツキを見る。


「三人組を結成したのでは?」

「俺とミツキは二人組で活動してるだけで、ビスティは依頼者ですよ」


 開拓村の立ち上げとかも興味がないから、ビスティの力にはなれないのだ。

 職員は納得顔で書類に目を移す。


「これほどの植物に関して発見や香辛料の栽培特許を持っているなら、もっと大きな開拓団にも引く手あまただと思いますけど」

「月の袖引くが良いんです!」


 ビスティの勢いにびくりと震えた職員は、気圧されたようにコクコクと頷いた。


「よ、呼んできます」

「あ、いえ、大丈夫です。来ていたら声をかけようと思っていただけなので」

「え、あ、そうですか」


 お互いに相手の行動に予想が付けられず、困っているビスティと職員。

 その時、ギルド館に併設されているガレージに続く扉が開き、団体客がギルドホールに入ってきた。

 団体の先頭にいた青年が俺に気付いて手を振ってくる。


「コトたちも無事だったみたいだな」

「ボールドウィン達もな」


 団体の先頭にいるボールドウィンに手を振り返し、そのままハイタッチを交わす。

 ミツキが青羽根の団員が連れている縄を打たれた五人組に目を留めた。


「その人たちはラックル商会の?」

「あぁ、ガランクを出てすぐに精霊人機で襲撃を掛けてきたからとっ捕まえた。二機も鹵獲してどうしようかと思ってんだ」

「二対一で勝ったのか?」

「こっちはスカイだからな。襲撃がある事も予想してたから、向こうが仕掛けてきてすぐに整備車両から飛び出して反撃したんだ」


 なんでも、改造の施されていない精霊人機で操縦士の腕も未熟だったため、スカイに攻撃を仕掛けてもシールドバッシュで威力を相殺されるどころか弾き返されて転倒したらしい。

 転倒した精霊人機の腕と足をスカイがハンマーで粉砕、操縦席を守る胸部装甲を引き剥がして操縦士を無傷の内に拿捕したとの事だった。


「二重肘とか首抜き童子より断然動きが遅ぇんだよ。拍子抜けしたぜ」


 初の精霊人機相手の実戦で気合を入れたにもかかわらず、相手がへぼすぎてげんなりしたという。

 整備士長も苦笑しながら肩を竦めた。


「まぁ、被害がなかったのはよかったけどな。盗賊という事でギルドを通じてボルスの官憲に引き渡す。誰か、書類を貰ってきてくれ」


 ラックル商会との繋がりはボルスの官憲が尋問して聞き出してくれるだろう。ここはガランク貿易都市と違ってラックル商会の影響範囲から出ている。

 五人組の命運は尽きたようなものだろう。


「ビスティの運搬車両は?」

「荷物を積んで持ってきた。あの五人組の精霊人機の部品もばらして積ませてもらってるけど」


 油で汚したりしないように注意してあるため、運搬車両の中は綺麗なままだという。

 ビスティが立ち上がってボールドウィン達に頭を下げた。


「荷物の運搬、ありがとうございました」

「いえ、こっちも仕事なんで。依頼書にサインお願いします」


 受け取り印代わりに署名してもらって、ボールドウィンはカウンターへ依頼の完了手続きを取りにいく。

 ビスティや青羽根が各種手続きを済ませる間、手持無沙汰になった俺とミツキが壁際で待っていると、声を掛けられた。


「今日は賑やかですね」


 青羽根やビスティなど、若者ばかりのギルド館を物珍しげに見まわして俺たちに声をかけてきたのは、タリ・カラさんだ。

 レムン・ライさんが若者たちを目で追いながら、ロマンスグレーの髪を撫でる。


「溌剌としていいですな。これぞ開拓者、という感じがいたします」

「わたしは若々しさが足りないと言いたいの?」


 タリ・カラさんが笑みを浮かべてレムン・ライさんに問いかける。


「滅相もございません。お嬢様は若くお綺麗でいらっしゃいます」

「ありがとう」


 タリ・カラさんとレムン・ライの気安いやり取りはとても自然だった。

 この様子なら、団内の空気も団長至上主義から脱却している事だろう。

 俺はタリ・カラさんに声をかける。


「何か新しい情報とかありますか?」

「いまのところは何も。お二人が仰っていたテイザ山脈の魔物が見当たらない件ですが、軍は対策を取らないようです。防衛戦力は以前のまま、ですね」

「そうですか」


 ベイジルがいれば大型スケルトンを相手にしても問題はないと思う。

 そもそも、スケルトン自体はあまり強い魔物ではない。魔力膜以外の魔術を使わないため遠距離攻撃の手段がないためだ。

 俺とミツキにとっては厳しい相手というだけで、精霊人機にとっては倒しやすい相手だ。

 これ以上は俺たちが騒いでもどうにもならないから、放置するしかない。

 タリ・カラさんはテイザ山脈の方角を指差す。


「この二日間、テイザ山脈で魔物は見ましたか?」

「見てないです。山頂まで登っても一体も出てきませんでしたね」


 タリ・カラさんは深刻な顔でレムン・ライさんを見る。


「リットン湖周辺の沼地で甲殻系の魔物とスケルトン種、同時に襲われるのが、考えられる最悪の状況ね」

「訓練の回数を増やしますか?」

「そうしましょう。少なくとも、戦闘行動中に転倒しない様に気をつけないと」


 転倒リスクか。

 月の袖引くの精霊人機の操縦者であるタリ・カラさんは実戦を始めてまだ二年、湿地帯での戦闘は経験がない。

 ある意味、軍の新大陸派の精霊人機操縦士と変わらない。


「操縦技術は俺もミツキも口出しできないですけど、そこのボールドウィンが開拓学校の卒業者なので相談してみたらどうですか?」


 俺がボールドウィンを指差すと、タリ・カラさんは一瞬躊躇するそぶりを見せた。

 しかし、すぐに俺に軽く頭を下げてくる。


「紹介してくれませんか?」

「いいですよ。救援部隊として一蓮托生ですから、月の袖引くが強くなってくれるのは大歓迎です」


 それこそ、スケルトン種の群れに襲われでもしたら頼りきりになる。

 俺は立ち上がり、ミツキとタリ・カラさんを連れてボールドウィンの下へ足を運んだ。



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