第二十九話 裏切り者
防衛拠点ボルスは前回に来た時よりも人が多くなっていた。
大通りには幅広い年齢層の軍人が行きかっているが、平均値を取ると二十代半ばになるだろう。
それもそのはず、リットン湖攻略隊には旧大陸にある開拓学校の卒業生が多く参加するため、実戦経験の少なさからくる実力不足を、人数を揃えることで補おうという意図があるらしい。
ボルスのそばにある湿地帯では毎日のように訓練が行われている。
「ワステード副司令官がホッグス司令官にねじ込んだらしいんですよぉ」
前回も来た料理屋にミツキと一緒に入ると、看板娘が説明してくれた。
もう夜も遅く、料理屋の客は俺とミツキの二人だけ。ちなみに、ビスティはギルドで香辛料の栽培方法や新種の花を登録している。
「それでそれで、旧大陸派閥の小隊の連携強化とか、精鋭の選抜とかしてるらしいです。新大陸派閥も対抗してボルスの逆側で訓練してるんですよ。一緒にやればいいのに」
「対立が深まってるんですね」
「そうそう。リットン湖攻略隊も完全集結して、双方ともにこれ以上人数が増えないという事で遠慮なく睨み合っている感じです。敵に増援の影なし、これより攻撃を開始する、みたいな」
斥候役のつもりなのか、片手で目の上にひさしを作って周囲を見回すような素振りをする看板娘。
炙ったシカ肉のジャーキーが乗った皿を差し出すと、看板娘は「どうもどうも」とぺこぺこ頭を下げながら笑顔で一枚とって齧る。
「ベイジルはどうなりました?」
水を向けてみると、看板娘はジャーキーを飲み込んで水を一口飲むと話し出す。
「防衛拠点ボルスが手薄になるといけないから残るように命じられたらしいですよ。おかげで旧、新大陸派のどちらでもないボルス居残り組中立派がこの店に来るようになりました」
どうやら、ワステード元司令官の目論見通り、ボルスの防衛戦力が残される運びになったらしい。
だが、防衛戦力として残れるのは元々ボルスにいた兵だけで、マッカシー山砦からホッグスが連れてきた新大陸派や、開拓学校卒業者で構成される旧大陸派は軒並みリットン湖攻略隊と出発するようだ。
ジャーキーを与える度にお喋り度が増していく看板娘が、犬のように人懐こい笑みを浮かべて続ける。
「今回のリットン湖攻略隊の内訳は凄い強力ですよ」
「どんなふうに強力なんですか?」
ミツキがパスタをフォークで絡め取りながら先を促すと、看板娘がミツキに粉チーズの入った小瓶を渡した。パスタにかけると美味しいらしい。
チーズを掛けたパスタを口に運んだミツキが目を丸くすると、看板娘が楽しそうに笑う。
「リットン湖攻略隊には、なんと、ワステード副司令官率いる雷槍隊全六機と、ホッグス司令官率いる赤盾隊全六機、計十二機の専用機が一斉出撃するんです!」
看板娘は勢いよく言って、何故か自慢げな顔で胸を張る。
しかし、専用機が十二機とは奮発したものだ。ただの精霊人機でも十二機あればかなりの戦力だというのに。
リットン湖攻略戦ではさらに、ロント小隊のように通常の精霊人機を有する小隊も複数参加するとの事で、軍の意気込みがうかがえると看板娘は大興奮だ。
何機帰ってこれるか分からない、なんて口が裂けても言えない。
敵が魔物だけなら負けなしだろうけど、内部に敵を抱えている状態で軍としてまともに機能すると考えるのは難しい。
ホッグスが赤盾隊を出すのは、軍にどれほど被害が出ようとも自分だけは専用機の力で生き残れるようにという打算が働いているからだろう。
なおも看板娘から情報を聞き出していると、店にビスティが入ってきた。
「各種特許が仮取得できました。審査に三日ほどかかるそうです」
ビスティが俺たちのいるテーブルに着くと、看板娘が注文票を取ってきて、ビスティにメニューを渡す。
ギルドで食事を摂っていなかったらしいビスティはメニューを開いてボリュームがありそうな料理をいくつか頼んだ。
厨房へ注文を告げに行く看板娘を見送って、ビスティに声をかける。
「審査結果が出るのが三日後なら、ラックル商会はもう間に合わないな」
俺やミツキが精霊獣機を使っても、テイザ山脈を使わないルートではガランク貿易都市からボルスまでは四日から五日ほど掛かる。
車両では森の中を突っ切る事も出来ないためさらに日数が必要になるだろう。
俺たちがビスティを連れてガランク貿易都市を出て今日で二日が経っている。後三日で審査結果が出るのなら、ラックル商会は間に合わない。
実質、俺たちの勝ちだ。
「祝杯でも挙げるか?」
「遠慮します。明日にはテイザ山脈に分け入って新しい新種の生物を発見したいので、二日酔いになるのは避けないと」
意気込みも新たにテイザ山脈に目を向けるビスティに苦笑する。
「一日くらいゆっくりしないか?」
「道中で目をつけておいた新種らしき花や実を早く確認に行きたいんです!」
「ミツキ、どうする?」
ミツキはパスタを食べる手を止めて、首を横に振る。
「明日は月の袖引くに到着を知らせたりしないといけないから、すぐには動けないよ。携帯食も少ないし、買い出しにも出ないと」
「という事だ。ビスティ、明日の出発は諦めろ」
ビスティは俺の決定に不満があるようだったが、俺とミツキの協力なしにテイザ山脈へは入れない事も理解しているのだろう。渋々と言った様子で頷いた。
不満を隠しきれていないビスティに苦笑を深めつつ、提案する。
「すぐに開拓村を立ち上げるつもりじゃないんだろう? ボルスで村を一緒に立ち上げる仲間探しとか、村の事業計画みたいなものとか、あとは新種の植物を管理するための研究所兼自宅みたいなものを借りるとかしたらいい。テイザ山脈を調べるなら拠点はこのボルスになるし、家を借りるのもそう悪い選択じゃない」
前向きに明日やることを提案すると、ビスティは「それもそうですね」と呟いて悩み始めた。
ビスティは行商人だが、拠点をボルスに構えるならどことどことをつなぐ行商をするかも重要になってくる。香辛料の栽培方法の特許が下りれば、以前見せてもらった用途が多そうな香辛料を栽培して農家みたいなこともできるだろう。
ビスティはしばらく考えてから、結論を出す。
「開拓村を一緒に立ち上げる仲間探しを始めようと思います。特許を取った僕をラックル商会が諦めてくれたなら良いですけど、そうならない場合の事も考えないといけないので」
「自分の身を守ってくれるくらい強い仲間を募るのか?」
「そうなります。ちょうど、ボルスは開拓の最前線でもありますし、開拓村を立ち上げようと考えている開拓団も探せば見つかると思いますから」
ビスティの言う通り、開拓の最前線であるボルスなら村を作ろうと志す開拓団もたくさん見つかるだろう。
だがそれは、平時の場合に限る。
「いまは派閥争いの件もあって、ボルスにいる開拓団はキャラバンの護衛を生業にしているような小規模開拓団だけど、大丈夫なのか?」
小規模とは言っても精霊人機を持つ開拓団も多数ある。だが、そういった開拓団の多くはまだ戦闘のノウハウを溜め込んでいる途中だったり、資金集めに奔走しているところだったりするものだ。
近いうちに開拓村を作るため活動している開拓団はまずないだろう。
「月の袖引くに声かけてみる?」
ミツキが食べ終わったパスタの皿にフォークを置いて、提案する。
「そっか、月の袖引くなら開拓村を作れるようにいま動いてるな」
だが、あの開拓団は団員の生い立ちが少々特殊だ。
ラックル商会に狙われているとはいえ、行商人として生きてきたビスティを受け入れるか分からない。
「俺たちが口を挟む事でもないだろう。ビスティの村の住人はビスティが見つけるべきだと思う」
「それもそうだね」
当人なのに加わる前に決着がついた俺とミツキの話に、ビスティがきょろきょろする。
釈然としない顔で、ビスティは運ばれてきた料理を食べ始める。
料理をすべて運び終えると、看板娘は再び俺たちのテーブルに着いて駄弁り始めた。
他にお客もいない上、俺とミツキも嫌がっていないからだろう、前回来た時のように厨房から叱責されることもなく、看板娘はのびのびと話している。
「それでこの間、店を借り切った開拓団の方がですね――」
看板娘の話が軍の派閥争いから逸れ始めた時、店の入り口に人が立った。
もうすぐ店も閉まるこの時間に誰だろう、と看板娘が不思議そうな顔で椅子から立ち上がる。
「すいません、もうすぐ店を閉めるんですけど」
「ここに鉄の獣がいるって聞いてきました。会わせてください」
「――この二人の事だよ」
店に入ってきた青年に、ビスティが俺とミツキを指差す。
青年はつかつかと俺たちのテーブルに歩いて来たかと思うと、深々と頭を下げた。
「力を貸してください!」
下げられた頭を見て、俺は記憶を探る。
どこかで見覚えのある顔だけど、誰だったか。
……喉元まで出かかってるんだけど。
「もしかして……リンデ?」
ミツキが目を細めて、青年に問いかける。
リンデ、という名前から連鎖的にマッカシー山砦発のキャラバンを護衛してヘケトに襲われ、精霊人機の大破の原因その他の責任を押し付けられた一連の事件を思い出す。
髪が短くなっていて気付かなかったが、目の前で俺たちに頭を下げている青年は確かにマッカシー山砦所属、旧大陸派の青年随伴歩兵、リンデだった。
近くでガタリと音がして目を向けると、ビスティが肩を跳ねさせた。
かなり冷たい目をしてしまっていたらしい。
取り繕うためにコップの水を飲んで一息ついてから、俺はリンデを見る。
「こんな店の中で頭を下げて、何のつもりだ?」
他に客もいないしもうじき閉店だから店に迷惑は掛からないだろうけど、俺とミツキの外聞は悪くなる。
とりあえず、頭を下げる理由をリンデの口から語らせようと考えつつ、俺はリンデの出方を注意深く観察した。
リンデは開拓学校卒の旧大陸派閥とはいえ前回のキャラバン護衛で俺とミツキを裏切っている。つまりはマッカシー山砦の新大陸派に屈したのだ。
だから、警戒せざるを得ない。
ホッグスから俺たちの様子を探る様に言われたスパイの可能性がある。
腹に一物隠し持っているのなら、何らかの反応があるだろう。
ミツキも細めた目でリンデを観察している。
リンデが頭を上げた。
「次のリットン湖攻略戦で、マッカシー山砦の旧大陸派の兵が軒並み前線配置になってるんです。被害がボルスの兵に偏らない様にしつつ、マッカシー山砦内の派閥を新大陸派一色に染める狙いがあるんだと思います」
このままだと前線で使い潰されるという事らしい。
筋はそれなりに通っている。
俺が目を細めると、リンデがまた頭を下げた。
「お願いします。二人の索敵能力があれば、敵わない相手を確実に避けられるはずです。力を貸してください!」
頭を下げるリンデと、狼狽えながら成り行きを見守っているビスティと看板娘。
店の中をぐるりと見回してから、俺はため息を吐いた。
「お断りだ」
俺が短く告げると、ミツキが深々と頷いた。
「前回裏切ったことを謝りもしてないのに力を貸してほしいっていうのは虫が良すぎるよね」
リンデが下げた頭は力を貸してほしいという懇願のためでしかない。裏切ったことを謝罪する言葉は聞こえてこなかった。
反省していないのなら、力を貸せるわけがない。
「また裏切られたくないんだよ。今度は司令部みたいな安全地帯で裏切ってくれるとは限らないからね」
ミツキが冷たく言い放ち、看板娘に勘定書きを要求する。
俺は財布を取り出しつつ立ち上がった。
「前回の裏切りについては俺もミツキも誰かに話したりはしていない。他の開拓者に頼めば引き受けてくれるかもな。リンデたちが開拓者に協力を募るのを、俺たちは邪魔しないと約束する。それがリンデに対してやれる、俺とミツキの最大の力の貸し方だ」
慌ててやってきた看板娘に代金を渡し、俺はミツキと一緒に店を出た。
次にどんな顔してこの店に入ればいいんだか。
後ろからビスティが追いかけてくるのを待って、俺たちはギルドに向かった。




