第二十六話 癒着したギルド
標的らしいビスティの登場に開拓者たちが喚き始める。
聞き苦しい悪罵の類がほとんどだった。
ひとまず開拓者連中はアイシクルの魔術で手足を拘束し、一階の隅にひとまとめにする。
「店主さん、すみません。官憲とギルドへ連絡をお願いします」
「それは構わないが、店の中で人死にはごめんだ。殺すなら他所でやっとくれよ」
外でな、と何故か念押しして、店主は官憲とギルド職員を呼びに行ってくれた。
ビスティと一緒に開拓者連中を見張りつつ、俺はミツキに声を掛ける。
「どうする?」
「厄介ごとに巻き込まれた感じだね。事情を聴くのは嫌」
「そんなぁ」
情けない声で会話に割って入ってきたビスティを横目に見る。
何が理由で開拓者なんかに狙われているのか知らないが、俺たちに関係があるとは思えない。
というか、昨日の夜街道に護衛も付けずにいたのは開拓者に狙われているのが理由だったのだろう。
一応ビスティの事はミツキが警戒してくれている。
「そもそも、厄介ごとに関わっている暇が今の俺たちにはないしな」
「いつボルスから連絡が来るか分からないもんね」
リットン湖攻略がうまくいけば俺たちの出番もないのだが、情勢を考えると出番がないとも考えにくい。
「ボルスに伝手があるんですか?」
何故か食いついてきたビスティに戸惑いながら、頷く。
「知っている開拓団がボルスにいるんだ」
ロント小隊長からの依頼などは教えずに言葉を返すと、ビスティは何か考え込み始めた。
その時、宿の戸口に人影が立つ。
呼んでいた官憲がやって来たのかと期待を込めて視線を向ける。
「やっほー。コトたちいる? ――ってなんじゃこりゃ」
「……ボールドウィンか」
ガランク貿易都市にいるのは知っていたし、あとで会いに行こうとも思っていたけど、まさか向こうから来るとは。
「え、まじでなにこれ?」
アイシクルで手足を拘束された開拓者を見て首を傾げているボールドウィン。その後ろにはぞろぞろと青羽根のメンバーが連れ立っていた。
予想外の増援に、延々と悪口を繰り返していた開拓者連中が口を閉じる。
ビスティが説明を求めるような目を向けてきた。
「青羽根と知り合いなんですか?」
「知り合いだけど、ビスティこそなんで青羽根のこと知ってるんだ?」
「商人や開拓者で知らない人を探す方が難しいですよ。新型機持ちですから」
「耳が早いんだな」
青羽根がこのガランク貿易都市に到着してまだ数日のはずだ。それでも情報が出回るほど注目度が高いという事だろう。
注目の開拓団という話にドヤ顔をしているボールドウィンは無視して、俺は青羽根の面々に開拓者に襲われた事を話す。
静かに話を聞いていたボールドウィン達だが、俺が話し終えると首を傾げてアイシクルで手足を拘束されている開拓者を見る。
「こいつら、開拓者じゃないと思うぜ」
「え?」
だって開拓者ギルドで見かけたんだけど。
意味が分からずに首を傾げると、青羽根の整備士長が近くの椅子を引っ張り出して座りながら、口を開く。
「こいつら、東側ギルドに配置されている、ラックルっていう大手商会の子飼いだ。小規模開拓団が運よく新種のハーブなんかを見つけても、こいつらに圧力をかけられて発見報告が受理されない。それで、ギルドから出たところをこいつらに拉致られて、新種のハーブについての情報諸々を吐き出させられて、権利ごと奪われる」
あんまりな話に口をぽかんと開けていると、ボールドウィンが指差して笑ってくる。
「コトでもそんな顔するのな。めっちゃウケる。まぁ、それはそれとして、東側のギルドの職員はラックル商会から裏金を貰ってるらしい。ラックル商会自体が新種ハーブや香辛料に関する利権をいくつも持っている事もあって、誰も表向き抗議できない有様だ。コトもホウアサさんももう目をつけられたぜ?」
首を突っ込む気のなかった厄介ごとに、気が付いたら両足からどっぷりと浸かってたらしい。
ミツキと一緒にため息を吐く。
「まずいな。ボルスからの伝令が俺たちに届かない可能性が格段に高くなった」
東側ギルドと癒着しているラックル商会に目をつけられた俺たちに、ギルド職員が何かしてくれるなんて期待しない方が良い。
こちらの状況をボルスにいる月の袖引くへ知らせようにも、ボルスのギルドには軍のスパイがいる可能性があるため、迂闊な事は出来ない。ただでさえ、俺とミツキはボルス暫定司令官のホッグスに目をつけられている。
こうして振り返ってみると、我ながら敵が多い。
「ヨウ君、関わり合いになっちゃったんだから、ひとまず事情だけでも聞いてみよう。解決できる問題なら手を貸せばいいし、手に余るものなら他の方法を考えるしかないよ」
「仕方がないか。ボールドウィン達は聞かない方が良い。お前たちまで目をつけられたらいやだろ?」
「それが、もう遅いんだなぁ」
整備士長が嘆息しつつ、ラックル商会の子飼いを見る。
「到着初日にスカイの情報を渡せって脅してきたこいつらを追い返したんだ。少し手荒な方法で」
「……それでラックル商会と子飼いについて異様に詳しかったのか」
青羽根も被害者だったらしい。
ボールドウィンが壁に背中を預けてにやりと笑う。
「いっそ街を出て行こうかとも考えたけど、鉄の獣が歩いてたって噂を聞いて証言を辿ってここまで来たんだ。知恵を借りたいと思ってさ」
「ボールドウィン達が乗り気なら別に止めないけど、話を聞いた後で、はい、さようならってわけにもいかないからね?」
ミツキが注意すると、ボールドウィンだけでなく青羽根の面々は全員頷いた。
平均年齢が十代後半の若い開拓団という事もあり、無茶をしたがるのかもしれない。
俺は青年商人ビスティに向き直る。
「事情を話してくれるか?」
「助けてくれるなら願ってもないですけど、話せない事もありますよ?」
「会ったばかりの俺たちに話せる内容だけでいい」
ビスティはラックル商会の子飼いたちを気にする素振りを見せながら、話しだす。
「僕は父の代から行商をしているんですが、いつかは開拓村を立ち上げようと思ってあるものを研究していたんです」
話しながら、ビスティはポケットから赤い実を取り出した。胡椒を一回り大きくした程度の小さな実だ。
「砕くと甘い香りがする香辛料の一種です。お菓子の他にお酒の香りづけや香水の原料に使える実なんですけど、栽培方法が確立されていなくて、発芽条件も特定されていませんでした」
「その香辛料を研究していたってこと?」
ミツキの問いにビスティは頷く。研究内容や成果については話せないという。
「僕はこの香辛料の安定的な栽培方法を確立しました。資金を得るために栽培して市場に卸していたんですが、ラックル商会に嗅ぎつけられて……」
ビスティが追われることになった背景は分かった。ラックル商会の子飼いたちも何も言わないところを見ると、ビスティが自分に都合の良い嘘を言ってる可能性も低そうだ。
それにしても、ビスティの話を聞く限り狙ってくださいと言わんばかりの金蔓ぶりだ。
「ガランク貿易都市を出て、ラックル商会の勢力圏から出てしまえばよかったんじゃないのか?」
「そうしたいのは山々だったんですけど、販路を考えるとガランク貿易都市が資金集めに一番適していたのでしばらくここに滞在していたんです。そうするうちにラックル商会に嗅ぎつけられて、護衛も雇えない状態になってしまいました」
ビスティがラックル商会の子飼いたちを横目に見る。
ラックル商会は東側ギルドに影響力がある。もしも雇った護衛がラックル商会と取引していたとすれば、ビスティは背後から刺されることになる。
「仕方なく、昨日の晩に一人でガランクを出ようとしたんですけど、立ち往生してしまいまして」
俺たちと街道で出会った時の事だろう。
途方に暮れたビスティはガランク貿易都市に取って返してこの事態になった、という話らしい。
「東側ギルドがダメなら西側ギルドで栽培方法の特許を取るのは?」
「新種のハーブや香辛料の発見や特殊な栽培方法の確立に関する特許は審査が必要なんです。ガランクでの審査は東側でしか受けられない上に審査員が、その……」
「買収されている、と」
本格的に潰した方が良いんじゃないかな、東側ギルド。
俺はラックル商会の子飼いたちを見る。
人数は四人。俺とミツキの部屋の扉をぶち破った男と、階段を上ってきた男二人、一階で店主を脅していた一人だ。精霊獣機に乗っていない俺とミツキにあっさりやられるほど弱かったが、商人を一人拉致するのならば十分だろう。
おそらく、昨夜ビスティがガランク貿易都市を一人で出ようとしたため、焦ったラックル商会が強硬手段に走ったのだ。
「ひとまず、いつでもここを逃げ出せるようにするしかないね」
ミツキが自動拳銃を太もものホルスターに収めて、部屋に荷物を取りに行く。
「俺はガレージから精霊獣機を出してくる」
ミツキに声をかけて、俺はガレージに走る。
ディアとパンサーを起動して宿の前に戻ると、ミツキが荷物を渡してくれた。
整備車両を回してくるという青羽根と別れて、俺はディアに顔を顰めているビスティを手招く。
「ギルドがラックル商会の味方になっているなら、これから来る職員にも注意した方が良い。ラックル商会は官憲の方にも影響力を持ってるのか?」
ビスティは首を横に振った。
「官憲は一割くらいがラックル商会と癒着していると言われてますけど、実態は分からないです」
「敵の可能性もあるって事か。事情聴取を求められてもここから動かない様にしよう。取調室みたいな密室だと何をされるか分かったもんじゃないからな」
ディアの背に座って、宿の店主が呼んでくれた官憲とギルド職員を待つこと数分、青羽根の整備車両が到着すると同時に道路の逆方向から官憲らしき若い男二人とアイロンがけを欠かしていないと思わしきピシッとした衣服に身を包んだギルド職員を連れて店主が帰って来た。
俺とミツキに加えて青羽根の整備車両まで止まっている物々しい宿の前を見て、店主がため息を吐く。
「噂の青羽根に伝手があるとはね。またでかい客が泊まったもんだよ」
愚痴を言う店主の後ろに立つ職員の身なりを見て、俺は驚きながら店主に声を掛ける。
「もしかして、西側ギルドから人を呼んでくれたんですか?」
「ラックル商会の子飼いを店の中で一網打尽にされたなんざ、東側ギルドで報告できるわけないだろ。殺して街の外にでも運んどいてくれれば面倒もなかったんだがね」
物騒なことを口走りながら、店主は後を任せたと言って宿の中へ入って行った。
西側ギルドの職員はラックル商会の子飼いを見て眉を顰める。
「また東の鼻つまみの仕業ですか。どうせ、捕えてもすぐに釈放するのでしょう?」
西側ギルドの職員が官憲を横目でにらみながら問いかけると、官憲二人は額の汗をハンカチで拭いてため息を吐く。
「自分らに言わんでください。内部調査を進めてはいますが、連中はなかなか尻尾を出さないんですよ。被害者もラックル商会に睨まれたくないから及び腰ですし。今回は現行犯なので期待しましたけど関係者さんが……ちょっとねぇ」
意味ありげに俺とミツキを、正確には俺たちが乗る精霊獣機を見て、官憲はため息を吐く。
「苦情が来てるんですよ。町の景観を損ねるから退去させてほしいってね」
宿で追い返される事などはあったが街から退去しろと言われたのは初めてで、俺は思わずミツキと視線を交わす。
「もう、ガランクにいても無駄な気がしない?」
ミツキに同意を求められて、俺は頷いた。
「とはいえ、伝令の件もあるからなぁ」
ギルド職員立会いの下で官憲から事情聴取を受けながら、俺は今後の予定を組み立てる。
一つだけ、案が浮かんだ。
事情聴取が済み、官憲に引っ立てられるラックル商会の子飼いを見送り、俺はギルド職員とビスティに声を掛ける。
「ビスティ、俺とミツキに護衛の依頼を出してくれ」




