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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第一章  何故に、彼と彼女は手を離さないか
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第八話  壁の外側と内側

「本当に三日であらかたできるようになるとは……」


 開拓団〝竜翼の下〟の短期講習を終えた俺と芳朝は、精霊人機の整備だけならマニュアルを見ながらこなせるようになっていた。

 俺って実は才能があるんだろうか。

 自惚れる前に、整備班長に頭を小突かれた。


「まだまだ半人前だ、このたわけ」


 細かな微調整ができ、湿地や岩場などの戦地に合わせた仕様へ速やかに換装出来て初めて一人前だと言われた。

 だが、どちらも開拓団ごとの特色が色濃く出る事もあり、ここで教わっても意味がないらしい。

 整備長が倉庫の中へ視線を移す。釣られて目を向ければ、芳朝が整備班の人たちや精霊人機乗りたちと楽しげに話していた。

 別れを惜しむような空気ではあるが、同じ開拓者同士いつかどこかで会えるだろうという楽観的な魔法の言葉のおかげで湿っぽくはない。

 俺には理解できない空気だ。人間いつ死ぬか分からない。魔物の脅威が色濃い新大陸では二度と会えない可能性の方が高いくらいだ。

 関わらない方が精神衛生上、はるかに良いじゃないか。

 俺は整備班長に声を掛ける。


「報酬の方なのですが」

「ん? あぁ……」


 まだ隣にいたのかと言いたげな顔をした整備班長は芳朝達と俺を見比べてから、何か言葉を飲み込んだ。


「副団長に渡してくれ」

「団長さんに渡すべきだと思うんですが」


 そういえば、ここに来てから竜翼の下の団長に会った事がない。

 倉庫の中を見回してみるが、それらしい姿はなかった。

 はたと気づく。

 しばらくは俺も整備班の人間と一緒に倉庫で雑魚寝をしていて感覚がマヒしていたが、普通は宿を取ってそこで寝る。団長もこの町のどこかに宿を取っているのかもしれない。

 だが、俺の予想に反して団長は先に防衛依頼を出して来た開拓地に出向いて現場視察をしているらしい。


「まぁ、団長に金を渡しても結局は副団長に預けるんだがな。団長に金を渡すとケチりやがるから、部品も満足に買えなくて困る」


 整備班長が談笑を続ける芳朝達のところへ行くと、入れ違いに副団長ことリーゼさんがやってきた。

 俺は用意していた報酬をリーゼさんに渡す。

 といっても、報酬はトラブルを防ぐために前もってギルドに預けてあり、俺から渡すのは小切手のようなものだ。


「確かに、受け取りました」


 リーゼさんは報酬を受けとって頷く。


「お二人はこれからどこかの開拓団に入団するのですか?」


 眼鏡を外してレンズを拭きながら、リーゼさんが世間話を振ってくる。

 俺は無言で首を横に振った。


「……そうですか」


 少しの間、俺の言葉を待っていたリーゼさんが諦めたように呟いた。

 椅子代わりにしている木箱に座って、俺は芳朝の話が終わるのを待つ。

 木箱がきしむ音がして目を向ければ、リーゼさんが隣に腰掛けていた。


「あなたはずいぶん人と距離を取りますね」

「隣に座っているじゃないですか」


 俺が言いかえすと、リーゼさんが座る位置を俺から離してから、開いた空間をポンポンと叩く。


「では、ここに座ってください」


 俺はリーゼさんが叩いた空間を見下ろす。


「年の功ですか?」

「殴りますよ?」


 いい年なんだから、男の子のお茶目を許す度量を見せてくださいよ。

 いや、言わないけど。

 リーゼさんが膝に頬杖を突いて芳朝達を眺める。


「大きなお世話だというのは分かっています。しかし、あなたが人との間に壁を作った時、壁の内側にいるのは果たしてあなただけでしょうか?」

「壁を回り込んで向こう側との間を行ったり来たりできる奴がいるだけでしょう」


 俺はリーゼさんから視線を逸らし、芳朝を見る。

 リーゼさんは知らない事だが、俺と芳朝は最初から〝そういう関係〟として成立している。

 リーゼさんが俺を横目でにらむ。


「壁の向こう側とやらへ行ったっきり、帰ってこないかもしれないとは考えないんですね。私の目にはずいぶんと傲慢に映ります」

「その言葉を壁に投げている自覚はありますか? それとも透視能力ですか。怖いですね」


 これ以上話を続けるつもりはない。踏み込んでくるなという意思を込めて言葉を返す。

 しばらく俺を睨んでいたリーゼさんだったが、呆れたようにため息を吐いて立ち上がった。


「――いつか後悔しますよ」


 そんな台詞だけ残して、リーゼさんはそれっきり俺とは口を利かなかった。

 竜翼の下の面々に別れを告げた芳朝がやって来る。


「そろそろ帰ろうか」


 芳朝は俺とリーゼさんの間の重い空気を読み取ったのか笑顔を浮かべる。


「ほら、行くよ」


 芳朝が俺の手を掴んで引っ張り、無理やり立たせようとする。

 俺は立ち上がって、芳朝の後ろにいる竜翼の下の面々を盗み見る。

 リーゼさんはああ言ったが、別に俺は嫌われているわけではない。居ても居なくてもいい、そんな立ち位置にいるだけだ。

 だがら、追い払われるわけでもなければ惜しまれるわけでもない。


「お世話になりました」


 俺は芳朝と一緒に頭を下げて、開拓団〝竜翼の下〟の倉庫を後にした。

 肩越しに振り返ると、防衛依頼を請け負った開拓地へ出発するため、各員が慌ただしく動き始めている。

 今日中に、竜翼の下はこの港町を出発するだろう。

 そしてきっと、二度と会う事はない。


「お昼を食べてから宿に戻ろうか?」


 芳朝が俺の腕を取って気を引こうとする。気を使ってくれているらしい。

 だが、今回リーゼさんと喧嘩した原因は俺の態度だ。非は俺にある。

 俺には慰められる権利なんてなかった。


「そうだな。何か食べたいものはあるか?」

「奢ってくれるのかな?」

「割り勘だ。というか、マッピングの魔術式のおかげで一儲けしたくせに、たかるなよ」


 芳朝が開発したマッピングの魔術式はすぐにギルドに登録され、様々な開拓団が使用している。

 魔力消費が激しく精霊人機でなければ使用できないため需要は限られているのだが、それでも十分な儲けがあったらしい。

 芳朝はちょっとした金持ちになっていた。


「前世でも芳朝が引き籠っていた事に驚いてるよ。スペック高すぎるだろ」

「理由は話したでしょ。何かができるからって引き籠らないとは限らないの」


 大通りで見つけた大衆食堂に入ると、昼間だというのに結構な繁盛ぶりだった。

 しかし、暗い顔をしている人が多い。ほとんどの人がどこかに怪我をしていて、安酒をちびちびと飲んでいた。

 あまりいい空気とは言い難い。

 おそらくはデュラから避難してきた住人の内、頼る先がなくて開拓者になった者達だろう。見覚えのある顔が二、三人見受けられた。

 俺は無言で芳朝を背中に隠し、大衆食堂から出る。


「初期資金があった俺たちとは違って、苦戦しているみたいだな」

「……仕方がないよ。ついこの間まで魚を捕ってたりしてた人たちなんだから」


 国から委託されたギルドを通して支援金がいくらか支払われているはずだが、あの様子ではすぐに使い果たすだろう。


「デュラの奪還作戦はどうなってるんだろうな。重要な港町だから、奪還作戦が立てられるかもしれないって芳朝も言ってただろ?」

「ギルドに寄ってみればわかると思うけど、近付きたくないなぁ」


 芳朝が難色を示す。

 デュラの住人と鉢合わせする可能性が高いからだろう。

 昼間から大衆食堂で安酒を飲んでいる者がいるくらいだ。仕事にあぶれた者がギルドにたむろしていてもおかしくない。

 だが、もう一度宿に引き籠るというのも得策ではない。

 開拓者になったデュラの住人の仕事がうまくいっていないのなら、この町から拠点を移す資金もきっと持ってはいないだろう。

 デュラの住人がこの港町で腐っていけば、また俺や芳朝の金品を狙う者が出てくる。それも、今回は他に選択肢が残されていない食いつめ者が相手だから、持久戦は逆効果にしかならない。


「そろそろ犯罪に走る奴が出てもおかしくないな」

「考えたくはないけどね。この町の人もピリピリしているみたいだし」


 芳朝に言われて、俺はさりげなく通りを行きかう人を観察する。

 確かに、開拓者を遠巻きにしたり、近付くことを極力避けている住人の姿があった。


「芳朝、外食は中止して宿に戻ろう」


 俺は通りを曲がって宿に足を向ける。

 隣に並んだ芳朝が尾行や路地の陰に気を付けながら、口を開く。


「今日のところはそれでいいけど、根本的な解決にはならないよ?」

「分かってる。俺に一つ考えあるんだ」

「何をするの? って今は言えないか」


 尾行に気が付いて、芳朝が質問を引っ込めた。

 早足で大通りを進み、宿に逃げ込む。

 半ば走り込むようにして帰って来た俺と芳朝に店主が驚いていた。


「お、おかえりなさい」

「ただ今戻りました。驚かせてすみません。後をつけられていたもので」


 芳朝が店主に頭を下げている間、俺は宿の外に視線を走らせる。

 デュラからの避難途中で見た覚えのある二人組が通りを曲がっていくところが見えた。薄汚れたコートが翻り、腰に下げていたナイフの鞘が覗く。

 店主が顔を険しくして、見回りを強化してもらえるよう騎士団に頼むと言ってくれた。

 俺は芳朝と一緒に店主から部屋の鍵を受け取り、二階に上がる。


「時間がないな」

「予想以上にね」


 揃ってため息をついて、俺たちは部屋に入る。

 防犯設備は万全だと店主が太鼓判を押すだけあって、侵入された形跡はない。それでも念を入れてクローゼットなどを見て回り、ようやく一息ついた。

 俺は白いコーヒーもどきを淹れて芳朝に渡す。


「さっきの話だけど、一度デュラに引き返そうと思う」


 芳朝が怪訝な顔をする。


「デュラに? 魔物に占拠されてるでしょ」

「町が襲われてもう八日目だ。そろそろ魔物もばらけ始める」


 襲われた当日と違って脅威度は格段に下がっている。


「それに、この町を出てもデュラの住人がいる可能性が高い。それも、この町でくすぶらずに済んだ実力者だ」

「あぁ……」


 盲点だったと、芳朝は右手で目を覆った。

 芳朝は白いコーヒーもどきが入ったコップを回して、ため息を吐く。


「逃げ場がないね。でも、デュラに行く必要があるとも思えないかな」

「デュラに放置されている大破した精霊人機、それが倒したであろう中型や大型の魔物の死骸、宝の山だと思うんだ。特に魔導核を手に入れられるのが大きい」


 開拓団〝竜翼の下〟で整備技術を学んだ理由は、俺たちが使える精霊兵器を作るためだ。

 俺が設計した精霊獣機の部品で最も手に入りにくい物が魔導核である。

 大破していようと、精霊人機に使われていた魔導核ならば品質は問題ないから、起動実験にはもってこいだ。

 国に提出を求められたなら応じざるを得ないが、デュラで屍を晒している大型魔物から採取した魔力袋から作った魔導核であれば提出義務がない。

 俺が意味のある事だと説明すると、芳朝は考え込んだ。

 危険を考えれば当然の反応だ。地道にお金をためて高品質の魔導核を購入するという選択ももちろんあるのだから。

 考え込んでいた芳朝は、ふと俺の座る椅子を見て何かに気付いたようにほっと息を吐き出した。


「……あぁ、だからあの時、距離を置いて座ってたのね」

「何の話だ?」

「なんでもない。デュラの人たちから距離を取る赤田川君の案に賛成するってだけよ」


 見透かしたように笑いながら、芳朝はコーヒーもどきを飲んだ。


「どうせ、私が反対したら赤田川君だけでデュラに行っちゃうだろうし」

「行かないよ」

「理由がなくなるから?」


 芳朝に笑顔で訊ねられて、俺は窓の外に視線を逃がした。

 完全に見透かされているようだ。


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