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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第四章  二人の世界は外界と交差する

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第二十五話  追われている商人

 ガランク貿易都市は新大陸有数の巨大な都市だ。

 人口二十万弱と言われ、姉妹都市トロンクと合わせると五十万に届くとされる。

 上下水道が完備され、馬車での通行に制限もかかっており、街中は清潔に保たれている。ポイ捨てにも罰則がかかるとの話だ。

 種々の貿易商品が集まり、新大陸産の珍しい野菜や香辛料、魔物のはく製が売られている。

 商品管理の一環として、都市を清潔に保っているようだ。

 周囲にぐるりと張り巡らされた二重の防壁は高く、大型魔物の攻撃にも対抗できるよう作られている。

 防壁と防壁の間には防衛軍の詰所、精霊人機のガレージが存在し、更に畑が広がっている。この畑で栽培されているのは都市の人口を支える食料ではなく、旧大陸へ輸出される香辛料や野菜だ。しかし、いまだ栽培方法が確立されていない品種も多く、半ば実験的な農場であるらしい。当然、出入りは制限されている。

 ガランク貿易都市に入るためには二重の防壁を潜らなければいけないわけで、その防壁の間に立ち入り制限を設けられた実験農場がある以上、外側の門でチェックを受けるのだが……。

 ――門前払いですか。ですよねぇ。

 怪しい物に乗っている、と言われて武器まで持ち出されて追い払われた俺たちは、仕方なくガランク貿易都市の防壁を半周して実験農場ではない精霊人機のガレージが乱立する区画に回り込む事になった。

 幸い、ガレージ側では追い払われることもなかったが、あからさまに警戒された。

 二重の防壁を潜ってガランク貿易都市内に入ると、広い道路に出た。


「ギルドは東西の二か所だったな」

「西側の方が近いね」


 案内板を見ながら進むと、馬鹿でかいギルド館が見えてきた。

 二階建てのギルド館が三つ並び、後ろには精霊人機等を収容するガレージの屋根が見える。ギルド館の左右には倉庫と待合所らしきものがあった。

 護衛の依頼が多いため、通行の邪魔にならない様に依頼人との合流をギルドの敷地内で行えるよう配慮されているらしい。

 裏手に回り込んでガレージにディアとパンサーを停める。あからさまに顔を顰められたものの、直接文句は言われなかった。

 ガレージから渡り廊下で繋がったギルド館に入ると広々としたエントランスがあった。

 高級ホテルのような内装に加え、職員もみな清潔な制服に身を包み、慌ただしさを感じさせない優雅な足取りで品よく働いている。


「ミツキ、回れ右」

「了解、ヨウ君」


 俺たちは足早にギルド館を後にした。

 山越えをした直後で泥跳ねなども目立つ姿で入るには気後れしてしまう雰囲気だったのだ。


「護衛依頼が多い町だから、信用第一って事で身なりを整えて心証を良くしてるのかな」

「町ごとにギルドも特色があるもんだな」


 どこぞの港町にはラブホまがいのギルド館が建っているくらいだし。

 ガレージに取って返してディアに跨り、道路に出る。


「先に宿を取って、着替えてからまた来よう」

「宿を取れるといいけどね」

「最悪、家を借りるしかないな」


 宿を数件たらいまわしにされて、最終的に防壁側の宿と呼ぶと他の宿屋に怒られそうなボロボロの安宿に一室借りた。

 安宿でもガレージがきちんと整っており、俺たちは片隅にディアとパンサーを停めて、借りた二階の部屋に直行した。

 手早く布で体を拭いて、服を着替える。

 部屋で着替えをしているミツキを廊下で待っていると、見覚えのある顔が階段を上がってきた。

 向こうも俺に気付いたらしく、頭を下げてくる。

 街道で会った、運搬車両を故障させて立ち往生していた青年商人だ。

 青年商人は俺をじろじろと見ながら、部屋の扉に目を移す。


「ギルドへ行かれるんですか?」

「一度行ったんですけど、あんまり小奇麗だったので出直そうかと」

「なるほど」


 青年商人は納得したように一度頷くと、西を指差した。


「もしかして西側ギルドに行きました?」


 質問の意図が分からず首を傾げながら、俺は首肯する。

 青年商人は苦笑した。


「西側ギルドは大手開拓団が護衛依頼を受けるギルドですよ。東側が小規模開拓団や成り立ての開拓者さん向けの依頼を出しています。明確に規定があるわけではないですけど、住み分けてるんです」

「あぁ、それであんなに広くて綺麗なんですか」


 ある程度の財力と実力を持ち合わせた開拓者しか入らないから暗黙の内にドレスコードみたいなものができていたと気付いて、俺は納得する。


「教えてくれてありがとうございます」

「いえ、少しでもお役にたてたなら幸いです」


 青年商人は謙虚に言って、彼の借りたらしい宿の一室へ入って行った。

 ちょうど、ミツキが着替えを終えて廊下に出てきた。


「誰と話してたの?」

「街道であった商人だよ。西側のギルドは大手開拓団専用みたいになってるから、東側に行った方が良いって教えてくれたんだ」


 ミツキに説明しながら階段を下り、ガレージを横目に見る。

 青年商人はきちんと運搬車を点検に出したらしく、ガレージはディアとパンサー以外停まっていなかった。

 ギルドまで精霊獣機に乗って行くとまた顔を顰められるだろうから、ディアとパンサーはガレージに置いたまま街を歩く。

 人通りが多く、車の行き来もあるものの、道幅が広いおかげでかなり余裕を持って歩くことができる。

 幾つかの路地を曲がって到着した東側のギルドは、西側を見た後だと見劣りしてしまうものの、それなりに立派な建物だった。

 すくなくとも、ピンク色のホテルではない。これ大事。

 ギルド館に入ると、西側のギルドとは異なり雑然とした印象を受ける。

 椅子やテーブルの配置一つでこんなに印象が変わるのかとおかしな感心をしてしまった。

 カウンターで到着の手続きを取り、防衛拠点ボルスから開拓団〝月の袖引く〟が連絡してくるかもしれない事を告げ、連絡があったらすぐに知らせてくれるように頼む。


「はいはい、わかりましたぁ」


 やる気のなさそうな態度のギルド職員に不安を覚えた。

 手続きを済ませて、不安を抱えながら報告書を出したい旨を告げる。


「報告書ですか? 用紙どこやったかな。っていうか、なんでそんなもの書きたがるんですか?」


 書類の位置を覚えていないどころか探すことさえ面倒くさがった職員が、理由を訊ねてくる。


「テイザ山脈で大型のスケルトン種を発見したので、その報告をしたいんです」

「あぁ……そんなものいないでしょ。はい、おわり」


 終わりなわけあるか。

 しばらく押し問答してようやく出させた報告書に大型スケルトン種の発見場所を詳しく書き記し、発見場所までの道筋などを記載する。

 職員に提出すると、鼻で笑われた。


「見栄を張るのは良いですけど、この報告書が事実ならテイザ山脈を越えてきたことになりますよ?」


 報告書をひらひらと振って、馬鹿にしたような顔で見てくる職員。

 もう呆れてしまって、俺はため息を吐き出した。


「詳しい道順も書いてある。確かめてみればわかる話だ」

「確かめる? 誰が? テイザ山脈越えなんて自殺志願者でもやりませんよ」


 本格的に駄目だ、こいつ。


「余計な仕事を増やさないでくださいねぇ」


 職員は馬鹿にした態度でそう言って、報告書をファイルの中へ無造作に放り込んだ。

 俺はミツキと一緒にカウンターを離れ、手近なテーブルに着く。


「職員の態度が悪いね」

「東側ギルドは成り立ての開拓者や小規模開拓団向け、対する西側は大手開拓団向け。東側のギルドは軽んじられてるのかもな」

「ギルド内の確執に巻き込まれる身にもなってほしいけどね。それとも、東側ギルドの開拓者は早く西側のギルド館に入れるように頑張るぞって思うのかな」

「さて、どうかな」


 俺はギルドホールを見回す。

 職員の態度に不満を持っている開拓者は多くいるように見える。

 けれど、彼らの多くは仲間を集めて大規模開拓団を設立しようと考えているようには見えなかった。同じ開拓者の間での会話は皆無だ。


「仲間を募るより、どこか別の街に活動拠点を移しそうだな」


 ガランク貿易都市としては東側ギルドの開拓者が何人町を出て行っても構わないのだろう。防衛軍もいるし、街の基礎である貿易で活躍する護衛は西側の大手開拓団がいれば事足りる。


「それで、どうする? ボルスから月の袖引くの連絡がくるまで暇になるよ?」

「暇つぶしに依頼を受けてもいいと思うが……」


 俺はカウンターの職員や他のギルド職員を観察する。どいつもこいつもやる気がなく、開拓者に声を掛けられるまで仕事を始めようとはしない。中には書類仕事をする振りをして開拓者の呼びかけを無視する者までいる始末だ。

 このギルド、潰れた方が良いと思う。


「あの様子を見ると、ボルスから連絡が来ても俺たちに伝えるのを面倒くさがりそうなんだよな」

「ないと断言できないのが怖い所だね」


 かといって、連絡が来た時その場に居合わせる確率がそう高いとも思えない。ここで張り込んでいればあるいは、と思わないでもないが、連絡が西側ギルドに行ったら万事休すだ。


「外堀から埋めるしかないな。面倒くさくても動かずにいられない様にさ」

「依頼を受けて名を上げるって事だね」


 二人で依頼の張ってある掲示板の前に立つ。

 護衛依頼がメインだという西側と違って、東側で張り出されている依頼のメインは魔物の討伐だ。それも、はく製を作るために可能な限り大きな個体を綺麗に仕留めるよう要求されている。

 他には香辛料の採取、生息地域の調査、常時張り出されているらしい新種の香辛料を求めるもの。

 報告書に信用が必要になる調査関係の依頼は避けて、香辛料の採取依頼を見ていく。料理に使った事のある香辛料に関係する物もちらほらと見かける。未だ栽培方法が確立されていないため、市場に供給されているのはこうして依頼を受けた開拓者が採取してきた物がほとんどらしい。

 生息条件の特定もされておらず、発見された群生地はとある大手商会が牛耳っている。


「ひとまず依頼を受けるのは明日にして、今日は宿で疲れを取ろうよ。山越えで疲れたし」

「途中でこの辺りの詳細な地図を買って調べておくか」


 依頼掲示板から離れて、ギルド館を出る。

 昼用に串焼きを買い、地図を購入して宿に戻った。

 新聞を広げている店主の老人に帰って来た事を告げて、二階の部屋へあがる。

 ほとんどの宿についている簡易調理台すらないこの部屋では外の屋台で買ってきた串焼きだけで昼食を済ませるしかない。

 テーブルの上に串焼きを広げ、俺は一本手に取って齧る。羊肉を自家製のたれに漬け込んで焼いたものだ。数種類のスパイスが混ざり合った辛みと香りが羊肉の臭みを消している。


「ミツキの手料理と比べるとどうしても味が劣るな。なんでだろ」

「愛情が入っていないからだよ、ヨウ君。深みと奥行きのある繊細な愛情が料理の味を決めるの」


 ミツキが立てた人差し指を左右に振りながら講釈を垂れる。

 けれど、ミツキが語るような精神論ではなくて、もっと具体的に何か説明が付きそうな気がするのだ。

 俺は串焼きの匂いを嗅いでからゆっくりと咀嚼する。


「これ、要らないスパイスが一種類入ってるな。羊肉の臭み取りに必要なんだろうけど、雑味がある」

「スパイスの選択を間違えてるんだよね」


 精神論を語っていたミツキさんが現実的な意見にシフトしたようです。

 しかし、考えれば考えるほどスパイスの選択肢がこれ以外になかった事にも気付く。あの屋台のオッチャンも苦肉の策だったのではないだろうか。

 串焼きについて意見を出し合っていると、階下で足音が幾重にも木霊した。

 なんだろう、と思いながら耳を澄ませる。


「――ビスティって若い商人がここに泊まってるはずだ。部屋に案内しろ!」


 がなり立てる男の声、老人が断ろうとする弱弱しい声が聞こえてくる。


「埒が明かない。捕まえて来い!」


 男がそうがなり立てた直後、階段を上がってくる慌ただしい音が聞こえてきた。

 ビスティという名前に聞き覚えはないが、若い商人というと頭に浮かぶ顔がある。

 ミツキと顔を見合わせた時、部屋の扉がぶち破られた。

 バタンと音を立てて扉が倒れた。

 もちろん、倒したのは階下で騒いでいる男の仲間らしき男だ。見るからに裏稼業の人間ですというこめかみに傷のある体格のいい男である。

 どこかで見た覚えがあると思ったら、東側のギルドにいた開拓者だった。

 串焼きを片手に反応に困っている俺に目を留めた開拓者は、階下に向かって叫ぶ。


「若い男を見つけました。女連れです!」

「ちょっと待て、人違い――」

「まとめて連れて来い!」


 俺の声を遮る様に、階下からがなり立てる男の声。

 命令に従ってか、こめかみに傷のある開拓者が部屋に乗り込んでくる。


「どうせ拉致るんだ。意識なんかいらねぇだろ」


 そう言って、開拓者が右拳を固めて振りかぶった。


「――圧空」


 俺が何をするかをミツキに知らせるために呟き、俺はいつもポケットに入れている魔導核に魔力を流し込む。

 瞬時に暴風が巻き起こり、開拓者が部屋の外へ吹き飛ばされた。

 ミツキが串焼きの包み紙を開拓者に投げつける。特製のたれがべっとりと付いた包み紙が開拓者の顔に張り付いた。

 騒ぎを聞きつけて階段を上がってきた別の開拓者にもう一度圧空をお見舞いして階下におかえりいただく。ごろごろと階段を転がり落ちて全身を打ちつけた開拓者は後続の仲間を一人巻き込んで気を失った。

 俺は部屋を出て、串焼きの包み紙を顔から引き剥がした開拓者に護身用に持っている自動拳銃を突きつける。


「動くな。人違いだって言ってんのに襲ってきやがって」


 俺の後ろではミツキが自動拳銃を階段の下に向けている。

 突きつけられた銃口に固まっている開拓者に、俺は問いかける。


「それで、ビスティって誰だよ」

「――それ、僕です」


 声が聞こえてきて、ちらりと横目を向ける。

 そこには案の定、青年商人が立っていた。



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