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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第四章  二人の世界は外界と交差する

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第二十三話  研究内容

 ウィルサムと所属不明の軍との戦闘が終わるまでの間、暇を持て余した俺たちは資料を読む事にした。

 隠れ家で手に入れたバランド・ラート博士の研究資料に加え、ボルスでベイジルから渡された軍内部におけるバランド・ラート博士に関する資料だ。

 宿でゆっくり読みたかったのだが、まぁ、仕方がない。森での戦闘は激しさを増すばかりで終わる気配を見せないし、終わるまで暇なのだ。

 俺はディアの収納部からバランド・ラート博士についてまとめた資料を取り出す。


「最初から整理しよう。バランド・ラート博士は精霊研究者で研究内容が精霊人機にも一部流用される有能な学者だった。新大陸では軍に所属しながら、同時に開拓者ギルドに登録している」


 精霊研究者であり、軍人であり、開拓者でもあったバランド・ラート博士についての経歴はデュラの開拓者ギルドにおける登録書類から発覚した。


「そう言えばあの書類どうなったんだろうね」


 ミツキが森での戦闘を双眼鏡で観戦しながら呟く。

 デイトロさんが回収依頼を半ばで断念した後、代わりにデュラに開拓者が向かったという話は聞かない。


「おそらくはギルドの一階に俺たちが運び込んだままの状態だと思う」

「当時のデュラにウィルサムがいたとしたら?」

「目的が分からない以上何とも言えないが、バランド・ラート博士の足取りをたどる手掛かりになる以上、持ち出されている可能性はあるな」


 デュラに関しては調査も始まっているが、資料が持ち出されていませんでしたか、と職員に聞いても答えてはくれないだろう。


「バランド・ラート博士の新大陸での足取りに関してはいくつか裏が取れた」


 バランド・ラート博士は二十年前デュラで開拓者として登録した後、マッカシー山砦に二年間滞在している。

 マッカシー山砦に滞在していたかどうかについては司令官であるホッグスの反応などから間違いないとは思っていたが、今回新しく情報が手に入った。

 俺は防衛拠点ボルスでベイジルから渡された資料を取り出す。


「バランド・ラート博士がマッカシー山砦に滞在した事はワステード元司令官が調べてくれた。これに関してはホッグスや新大陸派も隠してないみたいだな」


 問題は滞在理由だ。

 ミツキが資料を見て首を傾げる。


「国からの依頼による、出生率低下原因の究明?」

「それがマッカシー山砦におけるバランド・ラート博士の滞在理由らしい。国からの依頼なら、軍の施設に開拓者であるバランド・ラート博士が二年間も滞在できたというのも頷ける」


 また、ホッグスや新大陸派がバランド・ラート博士の滞在を隠していなかった理由もこれでわかる。

 軍の資料ならばともかく国の資料となると迂闊には手が出せないからだろう。

 ホッグスが俺たち相手にバランド・ラート博士を知っているそぶりを見せていたのも、国の資料を見れば同時期にマッカシー山砦にいたことが判明してしまうからだ。ホッグスには他人の振りを出来ない事情があった。

 他人の振りができないから、バランド・ラート博士について調査する俺たちをけん制するにとどめた。


「でも、出生率低下の原因調査になんで精霊研究者が関わってるの?」

「出生率が低下しているのは人間だけじゃないからな」


 新聞記事でもたびたび報道されている事だ。

 世界的に人間のみならず動物や魔物まで出生率が低下している。

 とても緩やかではあるが、あまりにも長期にわたって下がり続けているため国も無視できなかったのだろう。


「これが人間だけならともかく世界中の生物となると、環境要因を考えざるを得なくなる。環境の一要因として精霊があげられて、バランド・ラート博士にお呼びがかかったんだ。資料の最後の方に同じようにマッカシー山砦に呼ばれた研究者の名前が挙がってる」


 微生物学の権威やら気象学、天文学者なんかもいる。

 しかし、これらの高名な学者、研究者を一所に留めておくだけの予算はかなりの額に上ったらしく、二年間でいくつかの分野に見切りが付けられた。


「二年で見限られた分野の一つが精霊で、バランド・ラート博士はマッカシー山砦をでて大工場地帯ライグバレドに向かった」


 大工場地帯ライグバレドには五年間滞在しているようだが、この間の生活はまだわからない。少なくとも、この時点で国の契約は打ち切られていた。

 だが、ワステード元司令官が調べてくれた話では、このライグバレドでの生活の間、新大陸派の軍人がライグバレドを訪ねている記録があった。


「ライグバレドでの生活中、新大陸派との繋がりがあったってこと?」

「そうなるな」


 だが、新大陸派との関わりもこの五年間で切れてしまったのか、バランド・ラート博士はまた活動拠点を移す。

 それがここ、ガランク貿易都市とトロンク貿易都市の間にある隠れ家だ。

 開拓者ギルドにおける記録では、バランド・ラート博士のガランク・トロンク姉妹貿易都市での生活は二年間。

 俺は隠れ家のある谷を見る。

 森での戦闘は谷から離れた場所で未だ行われていた。


「ウィルサムの足なら追っ手を撒くくらい簡単だと思うんだけどな」

「谷から引き離すために囮になっているようにも見えるね」

「隠れ家にはもうめぼしい資料はないんだけどな」


 俺は隠れ家から持ち出したバランド・ラート博士の研究資料をディアから取り出す。


「そう言えば、あの隠れ家には人口統計の資料もあったな」

「マッカシー山砦での研究を継続してたのかな?」

「かもしれないな」


 バランド・ラート博士が隠れ家で行っていた実験のひとつは蛇を使った人工的な魔力袋発生方法の研究だ。

 魔力袋が精霊と呼ばれている生物の魂からできているのだとすれば、魔力袋、またはそれを加工した魔導核が増えるほど世界の魂の総量が減るのではないだろうか。

 生物の構成要素として魂が必要だとして、なおかつ魂の総量が増えない事を前提にした推論だらけの考え方だが、これを発展させると全世界で生物の出生率が下がっている事に説明がつく。

 俺が考えを話すと、ミツキはバランド・ラート博士の日記の最終ページを開いた。


「出生率低下を抑えるために精霊を魔力袋から解放する必要があったから、魔力を流して魔力袋を消失させる方法を編み出したのかな」

「だが、バランド・ラート博士は精霊を解放する方法を公表しないまま、ガランク・トロンク姉妹貿易都市で二年間を過ごした後、港町デュラから旧大陸へ渡った」

「それで八年後に宿で何者か、多分ウィルサムに殺害されて、ヨウ君に最期の言葉を残したんだね」


 バランド・ラート博士の最後の言葉は「異世界の魂が新大陸にあると分かったのに……こんなところで」だった。


「こんなところで、なんて言葉はやり残したことがないと出ない台詞だよね」


 ミツキの言う通りだ。

 バランド・ラート博士は異世界の魂を発見した上でさらに何かをするつもりだった。


「こうなると、ウィルサムが殺害現場で持っていた革のスーツケースの中身が気になるな」

「さっきも持ってたけどね。宿で持っていたのと同じものだった?」

「見た目は同じだと思うけど、特徴的な汚れとかもなかったから判断付かないんだ」


 革のスーツケースがバランド・ラート博士のものだという確証もない。


「ウィルサムを捕らえることも視野に入れた方が良いかもしれない」

「でも、精霊獣機相手に競走するような超人だよ? 番付に出れるよ、きっと」

「いや、魔術を使ったら反則じゃないか?」


 逸れてきた話を戻すため、俺はまだ調べていないバランド・ラート博士の研究資料を取り出す。


「まずは手元の資料を全部読み解く事から始めた方がよさそうだな。まだ読み終わってないのは日記と、この魔術式が羅列された資料だけど」

「日記は私が読むよ」

「そうしてくれ。ただ、この魔術式、難解すぎて意見を求めると思うけど」

「その時は任せなさい」


 ミツキが薄い胸を叩く。

 資料を読み始める前に、森の戦闘に目を向ける。

 すでに谷からはかなり離れた場所で断続的な戦闘を繰り返しているようだ。軍の方は人数がいるからともかく、ウィルサムは一人でよくもあれほどの長時間戦っていられる物だと感心する。


「蓄魔石を使ってるんだろうけど、よく集中が切れないな」

「並みの軍人さんよりよほど動けそうだよね」


 感心を通り越して呆れながら、俺は手元の資料を読む。

 やはり複雑な魔術式だ。開拓学校で使われている魔術式大全を引っ張り出しても訳が分からない。

 まさかと思うけど、この魔術式のほとんどが既存の魔術式の大幅改変やバランド・ラート博士が新規開発した魔術式だったりしないだろうな。

 しばらく魔術式と睨めっこしてかろうじて読み解けたのは、指定範囲に何かがあるかを確認する魔術式だ。精霊人機の遊離装甲の魔術式を改変したらしいこれだけは、ミツキの開発したマッピングの魔術式と構造が似ていたため読み解くことができた。

 裏を返せば、他の魔術式はすべて意味不明だ。本当に何が書いてあるのか分からない。

 知恵熱が出るほど悩んでから、俺は魔術式を読み解くのを諦めてミツキに声をかけた。


「日記はどうだ?」


 日記の記述から何を研究していたかが分かれば魔術式を読み解くヒントになるかも知れない。そう思って声をかけた俺は、ミツキの険しい顔を見て思考を切り替える。

 ミツキの表情から、何か核心的なことが日記に書かれている事を悟ったからだ。


「何が書いてあった?」

「……最低なこと」


 珍しく吐き捨てるような声で呟いたミツキが日記を差し出してくる。

 かなり読みにくい悪筆極まる文字列を読んでいく。

 バランド・ラート博士は、魔力袋の中で休眠状態になった精霊をそのまま魔導核に加工してしまう事が出生率の低下原因だと考え、魔力袋から精霊を解放するために魔力を流す方法を考案した。

 さらには一度魔導核にした後でも特定の処理を施すことで精霊を休眠状態から覚ますことができるようになったらしい。

 だが、この世界における魔導核は生活必需品だ。

 大型魔物に対抗できる兵器、精霊人機はもちろんの事、ほとんどの家庭に普及しているコンロなどの器具にも魔導核は使用されている。

 いまさら、魔導核を捨て去る事は出来ない。

 そのため、バランド・ラート博士は研究成果を公表しなかった。

 ――ここまではいい。

 俺は日記のページをめくって、そこに書かれた内容に思わず舌打ちした。

 バランド・ラート博士は精霊が魔導核にされてしまって活動中の魂の総量が減ったのなら、いまある魔導核や魔力袋から精霊を解放しつつ、外部から魂を呼び込めばいいと考えたらしい。

 この世界における文明を守るための犠牲として、外部から魂を呼び込み、魔力袋を発生させ、魔導核に加工、流通させる。

 バランド・ラート博士は、異世界の魂を魔導核の原料としか見ていなかったのだ。


「……ゲスだな」


 日記を見る限り、バランド・ラート博士の研究で召喚された異世界の魂は二つ、つまりは俺とミツキのみ。大工場地帯ライグバレドで召喚を行ったようだ。

 しかし、召喚したはいいものの、どこに召喚されたか分からずに失敗したと考えたらしい。

 あの谷底の隠れ家で行っていたのは異世界から魂を召喚する方法ではなく、魂を召喚できたかどうか、できたとすればどこに召喚したかを特定できるようにする魔術式の開発。

 谷底の隠れ家で行った魔術式の開発結果から、大工場地帯ライグバレドにおける異世界の魂の召喚は成功したと確信し、召喚した異世界の魂を探すために隠れ家を出て行ったところで日記は終わっていた。


「デュラでミツキがバランド・ラート博士に見つからなくてよかった。こんなことを言いたくないが、宿でバランド・ラート博士を殺害した犯人に感謝だな」

「見つかってたら何をされたか分からないね。蛇の生餌になりたくはないよ」


 ともかく、これでバランド・ラート博士が何を研究していたのか、異世界の魂をどうしたかったのか分かった。

 俺は森に目を向ける。すでに戦闘は終わったようだ。


「このバランド・ラート博士の研究資料、広まるとかなり不味いな」

「私たちみたいに異世界から魂が召喚されて、魔導核に加工される可能性があるね。新大陸派だけじゃなく、この世界の全ての人に、魔導核を生産する動機がある」


 魔導核は生活に無くてはならない物だが、作ると自分たちが生まれ変われなくなる。

 ならば、別の世界から、この世界の誰にとってもまったくの赤の他人の魂を利用して魔導核を作れば、この世界の誰からも苦情が来ない。そんな考えの下でバランド・ラート博士は異世界の魂を召喚する術を研究していた。

 よくもまぁ、こんなに傲慢なことを考えたものだ。精霊獣機を作って乗り回す俺たちに言われたくないんだろうけど。

 俺は静まり返った森を見ながら、立ち上がる。


「身の振り方を考えないとな」

「バランド・ラート博士の研究資料をかき集めるのは決定だけどね」


 ミツキと頷き合って、俺はディアに跨る。


「新大陸派が異世界の魂召喚についてどれくらいの情報を得ているのかも知りたい。もしかすると、連中で独自に魂を召喚している可能性もある」


 救い出さなければいけない、なんて正義の味方面する気はないけど、同じ異世界の魂持ちとして何とかできるのならしておきたい。明日は我が身という奴だ。


「新大陸派を探るってことはワステード元司令官の発言力復活とかも視野に入れた方が良いね」

「そうなる。場合によってはワステード元司令官を含む旧新大陸派閥すべてを相手取る事になるけどな」


 魔力袋を人工的に発生させる技術は、精霊人機に高品質の魔導核を使用する軍や開拓者にとって喉から手が出るほど欲しいだろうし。


「異世界からの魂召喚についての対策も考えないと」

「うわぁ、やること一杯だね」

「一つずつ片付けるしかないさ」


 ミツキに答えて、俺はディアを起動する。

 行き先はガランク貿易都市だ。



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