第二十二話 ウィルサム
資料の類をディアとパンサーの収納部に仕舞いこみ、俺はミツキと一緒に隠れ家を出た。
「精霊研究者、バランド・ラート博士か」
「魔力袋と精霊の関係なんて考えたこともなかったけど、この魔力袋の発生手順を考えると、精霊の正体は……」
「生き物の魂とかだろうな」
魂、そう聞いて思い出すのはバランド・ラート博士の最後の言葉だ。
「異世界の魂が新大陸にあると分かったのに、そう言ってバランド・ラート博士は亡くなったんだよね?」
一攫千金になり得る魔力袋の人工的な発生方法。魔力袋の正体が休眠中の精霊。そして、精霊の正体が生き物の魂であるとするなら……。
「異世界の魂で何をしようとしてたんだろうな」
「しかも、バランド・ラート博士は軍と関係があるんでしょう? それで軍は派閥争いの真っただ中。すごくきな臭いね」
異世界の魂で魔導核を量産して軍事利用、そんなシナリオがぱっと思いつくくらいきな臭い。
暗い崖の中の通路をディアの背に揺られて歩く。
何故こんなところにわざわざ隠れ家まで作ったのか不思議で仕方がなかったが、研究内容の流出を警戒したと考えれば説明はつく。万が一にでも研究資料を盗まれない様にと考えたのではないだろうか。
しかし、それほど厳重に隠ぺいを図っているにもかかわらず、隠れ家には資料が残っていた。
「バランド・ラート博士はもしかして、この隠れ家に戻ってくるつもりだったのかな?」
「可能性はあるな。隠れ家をなぜ出て行ったのか、日記に書いてないか?」
「まだ全部を読んでないから何とも言えないよ。ガランク貿易都市に到着したら宿を取ってゆっくり読み進めたいね」
「他の研究資料もあるしな」
隠れ家にあった研究資料の中には蛇を使った魔力袋の発生方法の他に、俺とミツキでも読み解けない複雑な魔術式をいくつも使った何かの実験を行ったらしい記述があった。
異世界の魂を召喚するための魔術に関する物ではないかと俺は思っているが、バランド・ラート博士が悪筆なせいでぱっと見では何をしているのか説明文を読んでもまったくわからない。
「とにかく早めにガランク貿易都市に向かおう。もうじき日も暮れる」
崖の中を通るこの通路からでは分からないが、隠れ家を出た時点で午後五時を回っている頃だった。
いくら通路上の坂道で崖の上に登れるとはいえ、足元も見えない暗闇で崖を登るのは怖い。
通路の出口が見えてくる。
「ガランク貿易都市って夜でも防壁の門を通行できるのかな?」
「貿易都市っていうくらいだから人の出入りは激しいだろうし、夜でも門は開いてるんじゃないかな。商会とかは夜でも緊急の連絡が来たりするだろうし――」
ミツキに答えている途中で、今まで歩いてきた通路の奥から何かが壊れる音が響いてきた。
足元が僅かに揺れる。
すぐにミツキが通路の奥に向けて魔術で作り出した光を向けるが、異常は見当たらない。
ディアとパンサーの索敵魔術にも反応がない事から、破壊されたのは近くに存在する物ではなさそうだ。
俺たちに向けた攻撃でないのなら、この通路に隠れていた方が無難だろう。
俺はミツキに目配せして魔術で生み出していた光を消し、耳を澄ませる。
幾度かの破壊音と共に、何かが爆ぜるような音がした。
同時に、通路の下の方から煙が上がってくるのが見える。
「焦げ臭いんだけど」
「一酸化炭素中毒って知ってるか?」
「熱膨張なら知ってるよ」
馬鹿なやり取りをしつつも、危機感が煙とともに足元から這い上がってくる。
換気なんて考えてもいないだろうこの崖の中の通路で煙にまかれたなら、一酸化炭素中毒で死ぬのは目に見えている。
「隠れていたかったけど仕方がないな。一気に崖の上まで駆け上ろうか」
ディアのレバー型ハンドルを握り、崖の上に向かって一気に加速する。
鉄の蹄が地面をたたく音を通路に響かせ、出口に飛び出した。
ちらりと谷底の隠れ家を見る。
「火事?」
「燃やされたみたいだな」
あのまま隠れ家にいたら巻き添えを食らっていたのか。
谷底には俺たち以外の人間はいなかった。つまり、隠れ家を燃やした犯人は谷の上にいる。
俺は自動拳銃をホルスターから抜いて臨戦態勢をとった。
崖の壁面に沿って伸びる坂道をディアの鉄の健脚に任せて駆け上がり、谷の上に出る。
隠れ家を燃やした犯人を捜して視線を巡らせるが、それらしき者は見当たらない。
ディアの索敵魔術も、続いてあがってきたパンサーの索敵魔術も反応はなかった。
「逃げられた?」
ミツキが銃口を空に向けて周囲を見回し、呟いた。
確かに、隠れ家を何らかの形で燃やされてから俺たちが崖の上にくるまでの間にそれなりの時間がかかっている。通路の中に隠れていた時間も踏まえると、犯人がこの場を立ち去った可能性はある。
だが、人の住んでいない隠れ家を崖の上から燃やしたということはまず間違いなく魔術を使用している。ファイアーボールか何かを打ち込んだはずだ。
獲物のいない隠れ家に向けて魔術を放つ魔物はまずいない。つまり、隠れ家を燃やしたのは人間だろう。
人間が理由もなく隠れ家を燃やしたとは思えない。ただ破壊するのが目的ならばこの場を立ち去る可能性もあるが、おそらくは焼却したい何かがあったはずだ。
バランド・ラート博士の隠れ家にある何かを焼却する事が犯人の目的ならば、本当に燃えたかどうかを確認するはず。
確認するためには谷底へ降りなければならず、崖沿いの坂道を利用しようと考えるのは想像に難くない。
そんな時、坂道を駆け登ってくる俺たちを見た犯人が何を考えるか。
焼却予定の何か、バランド・ラート博士の研究資料などを俺たちが持ち出している可能性だろう。
待ち伏せされている、と考えが到った瞬間、ディアとパンサーが一斉に索敵魔術の反応を告げた。
同時に、ディアの首が自動で動き、森の中から飛んできた氷の矢を角で弾き飛ばす。
角が凍りついたのを確認し、俺は森との間にロックウォールを展開した。
「ミツキ、離脱の準備!」
「分かってる!」
殺傷能力の低いアイシクルを放ってきたとはいえ、言葉を交わすこともなく攻撃してくる相手が友好的だとは思えない。
相手の数も分からない以上、離脱を優先して考えた方が良い。
街道方面にディアの頭を向けた時、そいつは森から飛び出した。
赤茶色の外套を羽織り、白いキャップを被り、革のスーツケースを提げた男。
男の顔に見覚えがあった。
「――ウィルサム!?」
バランド・ラート博士殺害事件の容疑者、俺が犯行現場の宿の階段ですれ違った男だ。
ウィルサムの灰色の瞳と視線がぶつかる。
しかし、ウィルサムは俺から視線を外すと、ディアを見て憤怒の形相で叫んだ。
「我らを侮辱するか、人でなしめ!」
直後、ウィルサムを中心にロックジャベリンが十本発生する。
先端が三又になったロックジャベリンの矛先はすべてディアに向けられていた。
「ちっ!」
ロックウォールを展開して盾にしつつ、ディアを後方へ飛び退かせる。
アイシクルからロックジャベリンに切り替えたウィルサムの判断は正しい。
カノン・ディアの反動に耐えるために首を強化してあるディアでも、質量の大きなロックジャベリンを十発真っ向から迎撃できるほど頑丈には作っていない。
「ヨウ君、森へ!」
ウィルサムに会話を聞きとられない様に、ミツキが日本語で叫ぶ。
俺はミツキに頷いて、ディアを森へ駆けこませた。
何故ここにウィルサムがいるのか、おおよその見当はつく。
ウィルサムはバランド・ラート博士の研究資料を処分するためにここへ来たのだろう。
森の中を駆け抜けながら、俺は背後を振り返る。
枝避けのためにディアの後ろを走るパンサーのさらに後ろに人影が見えた。
「おいおい、冗談じゃないぞ」
時速六十キロは軽く出しているディアとパンサーに、ウィルサムは離される事なくついてきていた。
身体能力を強化しているのだろうが、それにしたってあんな無茶な強化をしていればすぐに魔力が尽きるはずだ。
というか、精霊獣機相手に競争するほどの練度で身体能力強化を施す人間なんて初めて見た。むしろ、そんなことが可能だと初めて知った。
普通なら、強化した体の動きについて行けずに筋肉を傷めるはずだ。
何らかのからくりがあるのだろうか、突き止めている暇はない。
「ミツキ、これ使ってくれ」
ポケットから魔導核を取りだし、後ろのミツキに投げ渡す。
魔導手榴弾を投げる際に展開するパンサーの魔力膜で魔導核を受け取ったミツキが、後ろに向けて魔術を起動した。
瞬時に暴風が吹き荒れ、追い風となって俺とミツキの背中を押す。同時に、ウィルサムは向かい風を受けて大きくバランスを崩した。
一瞬にして大きく差が開き、俺は安心して前を見る。
後ろから、ウィルサムの声が追いかけてきた。
「逃げるな! 貴様らが貶めているモノが何かわかっているのか!?」
逃げるなと言われて逃げない奴はまずいない。少なくとも俺の知り合いではマライアさんくらいだ。
マライアさんなら、嬉々として迎え撃つだろうけど、俺もミツキも飛蝗魂は有していない。
ウィルサムを引き離すためにさらなる加速をディアに命じようとした時、どこか遠くから重たい足音が聞こえた。
すぐにディアとパンサーが索敵魔術の反応を告げる。
反応は俺たちの進行方向、街道のようだ。
ウィルサムの仲間の可能性が脳裏をかすめる。
索敵範囲外から音を響かせたという事は、音の主は大型魔物か精霊人機だ。
どちらが相手であっても、俺がカノン・ディアの射撃体勢に入る前にウィルサムに攻撃を仕掛けられてしまう。
「ヨウ君、ウィルサムが!」
音の反対方向に逃げようとした時、ミツキに呼び止められた。
振り向くと、ウィルサムの姿が見えなくなっている。
「逃げた?」
「そうみたい。音が聞こえたらすぐに踵を返して谷の方に」
という事は、この音の主はウィルサムの味方ではないのか。
「どこかで音の主を確認しよう。敵の敵は味方、なんて考えられるほど単純な世の中ではない事だし」
「そうした方がよさそうだね」
資料の類はすでに隠れ家から持ち出したが、今後もバランド・ラート博士について調べるならウィルサムと鉢合わせる事もあるだろう。
ロックジャベリンを十本瞬時に発動したり精霊獣機を追い駆けられるほどの技量を持つウィルサムが逃げる相手とは何か、確認しておいた方が良い。
俺は隠れ家を見つける前に走り回った周辺の地形を思い出しながら周囲を見回し、テイザ山脈に目をつける。かなり離れているが、ディアとパンサーなら問題ないだろう。
すぐにディアをテイザ山脈に向けて、走らせる。
念のため後方への注意も怠らず、奇襲に備えて索敵魔術の設定を変更する。
何もテイザ山脈を登り切る必要はない。中腹にも届かない辺りでパンサーを木の上に登らせてミツキが双眼鏡をのぞき込めば状況を把握できるだろう。
森の中を駆け抜けて、急な坂を上り始める。
隠れ家のある谷からやや外れた森の中から戦闘音が聞こえてきた。
度々光の魔術を打ち上げて連絡を取り合っている様子を見る限り、人間同士が争っているようだ。
「この辺りでいいか?」
「登ってみるね」
ミツキがパンサーの重量軽減の魔術を強化し、するすると木を登る。
ポシェットから愛用の双眼鏡を取り出したミツキが暗くなり始めた森の中を覗き込む。
「精霊人機が二機、軍用の整備車両と運搬車両が街道に一両ずつ。森での戦闘の様子はちょっと分からないけど、かなり派手にドンパチしてるみたい」
「ウィルサムを追っている軍ってことは新大陸派か?」
「そこまでは分からないけど、精霊人機の所属は……駄目だね。布をかぶせてある」
「お忍びデートで指名手配犯を見つけましたってか」
この状況には覚えがある。
「デュラでの回収依頼の時と似てるね」
「あぁ、あの時もデイトロさん曰く、所属不明の軍がやって来たらしいからな」
デュラにはバランド・ラート博士も立ち寄っている。隠れ家同様、ウィルサムが現れる可能性のある土地だ。
あの時にもデュラにウィルサムが来ていたのだろうか。
ミツキが木から降りてくる。
「接触してみる?」
「いや、目をつけられたくないし、ここは無視しておこう。ウィルサムには囮になってもらうとして、俺たちは戦闘が終わるまでここで待機がベストだな」
出合い頭に俺たちへ攻撃を仕掛けた罰だと思って、ウィルサムにはしっかり逃げ回ってもらおうか。




