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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第四章  二人の世界は外界と交差する

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第十八話  派閥争い

 前回のようなヘケトの大量発生に巻き込まれることもなく、資材を積んだキャラバンは無事、防衛拠点ボルスに到着した。

 ヘケトの大量発生を教訓に見回りを強化したという噂は事実らしく、月の袖引くの会議の夜以来、まったく魔物の襲撃を受けなかった。

 団長であるタリ・カラさんの演説で士気がめちゃくちゃに上がっていた月の袖引くの団員がいじけないか心配だ。

 俺は防衛拠点ボルスの防壁を見る。

 ミツキもパンサーの背中に揺られながら、防壁を見つめていた。


「まだ復旧作業中だね」


 ミツキの言葉通り、防壁には崩れた箇所があり、砲撃タラスクに火球を撃ち込まれた焼跡も目立つ。

 復旧作業に従事する兵とは別に、かなりの数の見張りが防壁の上にいた。ボルス周辺の見回りも密に行っているらしい。

 よほど、甲殻系魔物の群れによる襲撃が堪えたのだろう。

 防衛拠点ボルスに入ると、外とは違って張りつめた空気はなかった。

 軍人や商人が目立つが、開拓者らしき姿もちらほらとみられる。行商人の護衛としてついてきたらしい。


「それでは、皆さんの今後のご活躍をお祈りいたします」


 行商人がわざわざ整備車両から降りて解散を告げる。

 俺はミツキと一緒にギルドに精霊獣機を進めようとした。


「ギルドまでなら、一緒に行きませんか?」


 開拓団月の袖引くの団長、タリ・カラさんが声をかけてくる。

 だが、ボルスでの俺たちの立場を考えるとあまり一緒に行動するのはよくないだろう。


「ありがたい申し出ですけど、先に行かせてもらいます。連絡を取らないといけない相手がいるので」

「そうですか。では、またお会いできるといいですね」


 俺たちはタリ・カラさんたちと別れ、ギルドに精霊獣機を走らせる。

 不審や警戒、嫌悪の視線を浴びながら、ギルドのガレージに入って精霊獣機を止めた。

 視線が集まっているのを感じながら、俺はミツキと一緒にギルド館に入る。

 ガレージに泊まっている車両の数から予想していたが、ギルド内はかなり閑散としていた。


「前に来た時より、椅子もテーブルも増えてるね」


 開拓者と職員がやり取りするための椅子やテーブルは、ギルドへの平均的な来訪者の数を表している。

 だが、椅子やテーブルが増えているからといって、ボルスに滞在中の開拓者が増えているかというと一概にそうとは言えない。

 基本的に、ギルドにやって来るのは少人数で活動する開拓者か、開拓団の団長や副団長だ。

 どっかの革ジャケット集団は素人がやってこない様にギルドを半ば占拠していたが、あれは例外である。


「大規模な開拓団がボルスを出て行って、小規模な開拓団が行商人の護衛としていくつもやってきているってところか」


 開拓者ギルド、ボルス支部全体の戦力としてはかなり落ちているだろうけど、ボルスにはリットン湖攻略隊が駐留しているためボルス全体で見れば戦力は増えているくらいだ。

 俺たちを見つけたギルド職員がひそひそと話し合っている。誰が嫌われ者の対応をするかでもめているらしい。

 いつもの事だ、と空気を読まずに受付カウンターに向かうと、引きつった笑顔で迎えられた。

 ミツキと一緒に満面の笑顔を浮かべてあげる。愛想笑いの見本として教材にしてもいいくらいの百点満点の笑顔だ。参考にしてもいいんだよ。

 職員さんの笑みがさらに引きつった。出来の悪い生徒である。


「こんにちは、お久しぶりです。何か伝言は預かってませんか?」


 俺たちがボルスに戻ってきた時のために、ワステード元司令官かベイジルが何か伝言を残しているかもしれないと思い訊ねるが、職員は首を横に振った。


「鉄の獣宛の伝言は現在、預かっておりません」


 職員さんからは嘘を吐いているような気配は感じ取れなかった。


「そうですか。それならいいです」


 あっさり引いて、俺はミツキと一緒にギルドを出る。

 ひとまずは情報収集をするべきと考えて、目立つ精霊獣機はガレージに置いておく。

 護身用に自動拳銃や魔導手榴弾を持っているため、暗殺されることもまずないだろう。

 一応狙撃を警戒しつつ、適当な大衆食堂に入った。

 まだ昼前という事もあって、店内に客はまばらだ。盗み聞きができそうで、かつ目立たない席を探す。

 店の奥だと逆に目立ってしまうため、その手前の席に二人で向かい合って座った。


「なに食べる?」


 ミツキがメニュー表を開いて見せてくれる。川魚がメインのメニューが並んでいた。


「香細魚の焼き魚定食かな」

「分かった。店員さん、注文したいです」


 ミツキが片手をあげて店員を呼ぶ。


「はいはい、ただいまぁ」


 パタパタと走ってきたのは、この店の看板娘らしき十代後半の娘だ。ポニーテールが揺れている。

 俺とミツキの姿を見比べると、看板娘は何やら意味ありげに目を細め、口元を勘定書きで隠す。


「おやおや、デートですか。もっといいお店に行った方が雰囲気出ると思いますよ?」

「ヨウ君を落とすためには格式ばったお店より、家庭的なお店が良いの。結婚後の生活を想起させて少しずつ意識改革するんだよ」

「あらあら、策士な彼女さん。ご注文をどうぞ」

「香細魚の焼き魚定食を二つ」


 ミツキが纏めて注文すると、看板娘はさっそく手に持った勘定書きにペンを走らせる。

 看板娘の手元を見つつ、ミツキが情報収集の口火を切った。


「さっき開拓者ギルドに寄ったんですけど、かなり人が少なかったんです。何かありましたか?」


 看板娘は勘定書きから顔を上げ、首を傾げる。


「ギルドですか? 復旧作業に参加したくない大規模開拓団が相次いで拠点を移したので、その影響かも。あ、でもリットン湖攻略作戦が近いうちに行われるから、帰ってきてもおかしくないはずですよねぇ」


 なんでだろ、と看板娘が首を傾げる。あまりギルドや開拓者の動向に注意を払っていないらしかった。ボルスは軍が作った防衛拠点という認識が先行して、ギルドよりも軍の方をはるかに頼っているからだろう。

 だからこそ、続くミツキの誘導には面白いように引っかかった。


「やっぱり、司令官が変わったから、開拓者は警戒してるんでしょうか?」

「あぁ、それそれ、それですよ! いまは軍の方でかなり激しく派閥争いをやってるので、巻き込まれたくないんだと思います。もともと旧大陸派だったワステード元司令官についていた軍人さんと、新しく来た新大陸派のホッグス暫定司令官が連れてきたマッカシー山砦の軍人さんとで、めちゃくちゃにいがみ合っていてですね」


 看板娘は書きかけの勘定書きを机に置いて、右手をワステード元司令官派閥、左手をホッグス暫定司令官派閥に見立ててパチパチと打ち合わせる。


「もう、利用するお店まで旧大陸派と新大陸派で自然と分かれちゃってるくらいです。ホッグス暫定司令官はほら、自派閥優遇がひどいって噂があったじゃないですか。あの噂も本当らしくて、ワステード元司令官をお飾り状態にしようといろいろ画策してるって話ですよ。でもでも、ワステード元司令官は結構なやり手ですし、雷槍隊の指揮権もワステード元司令官が持っているので――」

「いつまで客と喋ってる。仕事せんかい!」


 厨房から怒鳴りつけられて、看板娘はぴんと背筋を伸ばすと、ばつが悪そうな顔をして勘定書きを持って行った。

 看板娘には可哀想なことをしたが、おかげでいろいろと情報を得る事は出来た。


「これ、間違いなく派閥争いに巻き込まれるな」

「どうしよっか。私たちが欲しいのはワステード元司令官が集めてくれた情報だけだし、派閥争いに巻き込まれるのを承知で助けたいとまでは思わないんだけど」


 軍にベイジルなどの知り合いはいるが、ミツキの言う通り軍内部の問題にまで首を突っ込むのは避けたい。

 依頼内容には、こちらが一方的に破棄することも可能という文言があるため、破棄すること自体は問題がない。

 報酬として設定されているバランド・ラート博士殺害事件の容疑者、ウィルサムについての情報が得られないのは残念だが、一番大事なのは自分たちの命だ。

 だが、ワステード元司令官がバランド・ラート博士に関する情報を集める過程で新大陸派の地雷を踏みぬいた事が、今回の派閥争いが勃発した理由だとすると、俺たちにも責任が生じてしまう。


「受けるとしても、破棄するとしても、一度ワステード元司令官と会う必要があるな」


 現在は新大陸派と旧大陸派でいがみ合っている真っ最中だという。それはつまり、ワステード元司令官はまだ影響力を残しているという事だ。

 依頼を理由にワステード元司令官と接触しても、ホッグスにすぐさま暗殺されるようなことはないだろう。

 注文した料理が運ばれてきて、テーブルに並べられる。

 アユに似た魚を焼いた物の他に酢の物やスープ、パンが並んでいた。

 食事を始めていると、店の戸口に新たな客が立つ。


「いらっしゃいませぇ」


 看板娘が癖で口にした後、硬直した。

 戸口を潜って客が入ってくる。


「こちらにいましたか」


 俺たちを見て、にこやかに笑う茶髪の五十代。


「ベイジル、そっちから来たか」

「精霊獣機は目立ちますから、整備士の一人が見かけたと教えてくれました。ワステード副司令官は忙しいもので、自分が呼んで来いと言われました」


 茶髪を掻きながら、俺たちが食べている定食を見たベイジルは看板娘に適当な飲み物を頼む。

 生きた伝説、弓兵機アーチェの操縦士ベイジルの電撃訪問に硬直していた看板娘が、油の切れた機械のような動きで注文を取り、厨房へ駆けこんだ。


「――なんかすごいのきたぁ!」


 厨房から興奮した声が聞こえてきて、ベイジルの苦笑を誘う。

 俺たちのテーブルに椅子を持ってきて腰かけたベイジルは、苦笑を浮かべたまま厨房を一瞬振り返った。


「過去の話を暴露しても、こうして慕ってくれる方がおりましてね。軍を抜ける事もできず、墓参りも続けて、表面上は何も変わらぬ日常を過ごしています」

「それならそれでいいんじゃないの」


 投げやりに返すと、ベイジルの苦笑がさらに深まった。


「話の方に移りましょう。食事を終えたら司令部に来てください。それと、こちらがリットン湖調査における報酬、バランド・ラート博士と軍に関係する資料です。他言無用でお願いしますね」


 ベイジルが服の袖や襟から折りたたんだ紙を取り出して渡してくる。


「隠し持っているという事は、軍がバランド・ラート博士殺害にかかわっていると?」


 ベイジルから渡された紙をポケットに仕舞いこんで、訊ねる。


「それが、暗殺したかどうかは分かりません。可能性は低いとさえ思います。どうも、バランド・ラート博士の研究資料を新大陸派が捜しているようでして、今回のワステードさんの降格騒ぎも本国の新大陸派が騒いだ結果だとか」


 嗅ぎまわられたから新大陸派のホッグスをお目付け役として派遣し、ワステード元司令官の動きを封じたという事か。


「詳しい内容は紙にすべて書いてあります」

「ウィルサムについての資料は?」

「それが、新大陸派が情報を握りつぶしているようで、調査が遅々として進んでいません。本国の旧大陸派にも裏切り者がいるようで」


 泥沼じゃん、とミツキが呟く。

 軍内部の泥沼派閥争いに興味はないので、俺たちはそれ以上ベイジルに質問はせず、さっさと食事を済ませる。

 勘定を済ませて店を出た俺たちは、ベイジルに先導されて司令部に足を運んだ。

 司令部の中、副指令の部屋に通される。


「来たか。君たちへの報酬は、なかなか大変な仕事になっているよ」


 疲れた顔のワステード元司令官がため息を吐く。


「いや、すまない。いまの嫌味は忘れてくれ」

「はい、忘れました」

「……君はそんな軽口を叩くような性格をしていたかね?」


 ワステード元司令官がいぶかしげに俺を見る。

 いろいろあったので、と返すと、ワステード元司令官はまだ訝しみながらも、そうか、とだけ返した。


「知っていると思うが、副司令官に降格した。リットン湖攻略の指揮はホッグス暫定司令官が直接執ることになる。私も雷槍隊を連れて同行する予定だ。ベイジルも出撃することになるだろう」

「ボルスが空になりませんか?」

「なるな。暫定司令官殿が決めたことだ。私は逆らえんよ」


 不満そうにため息を吐いて、ワステード元司令官は窓の外を見る。


「依頼を出した時の状況からかなり変化してしまった。作戦への参加が君たちの利益にならない事も承知している。その上で、頼みたい」

「作戦の参加ですか? ホッグスが直接指揮を執るとなると、俺たちは参加を見合わせざるを得ませんよ」


 自由行動を保証されているが、今回の作戦にワステード元司令官まで出るとなると〝必要な犠牲〟が出る可能性も高い。そんな作戦に俺とミツキが出ると、巻き込まれる。


「派閥争いに巻き込まれて後ろから刺されるとか、絶対に嫌です」


 ミツキが両腕を交差させて大きなバツ印を作る。

 ワステード元司令官が再度ため息を吐く。


「だろうな。私としても君たちのような若者を作戦に参加させたくはない。頼みというのは作戦への参加とは別のものだ」

「というと?」

「君たち二人とベイジルを派閥争いに巻き込まないよう、一芝居打ちたい」


 どういう事か、と首を傾げると、ワステード元司令官は窓の外を指差した。


「ここにいくらかの戦力を残さなくてはならない。それも、司令官、副司令官が不在でも十分に防衛戦を行えるだけの指揮能力を持つ者が必要だ」

「それがベイジルですか?」

「人気もある。実力もある。問題はないだろう。だが、ベイジルは長くこの防衛拠点ボルスで私の下についていたこともあり、旧大陸派閥だと思われている」

「え、違うの?」


 ベイジルに振り返って問いかけると、あいまいな顔で頷かれた。


「自分は派閥としては中立です。この防衛拠点を守ることが第一ですから。もちろん、ワステード副司令官には恩もあります。いざという時には助けに行きますよ」

「助けには来なくてよい。とにかく、このボルスを守ってくれればそれでいい」

「そうは言いますが――」

「くどい。君は戦友の墓を魔物に踏み荒らさせるつもりか。ここを守るのが老兵たる君の仕事だ、ベイジル」


 なんか、上司と部下らしいかっこいい会話が繰り広げられているっぽいが、俺とミツキは完全に蚊帳の外だ。

 仕方がないので、蚊帳の外から声をかけて引っ張り出すことにする。


「それで、芝居というのは?」



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