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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第四章  二人の世界は外界と交差する

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第十六話  内情

「それでは出発しましょう」


 体は丸で構成されていますという感じのふくよかな行商人が音頭を取り、町を出発する。

 行商人と開拓団〝月の袖引く〟の運搬車両計三台が並び、俺とミツキは車両の前でディアとパンサーを走らせる。

 歩兵も含めて運搬車両に搭乗しているため、速度は車両に合わせている。

 舗装もされていない道だが、デュラに代わる貿易港として発展し始めている港町から延びるだけあって地面が良く固められている。

 マッカシー山砦まで約一日。この間、人型魔物の残党と思われるゴブリンに数回出くわしたが、停止する事もなく俺とミツキで片付けて進んだ。

 マッカシー山砦の前を通ってそのまま防衛拠点ボルスへ向かう道の途中で、野営する。

 野営と言っても、テントすらない。行商人も開拓団〝月の袖引く〟も車両の中で眠るつもりらしい。

 夕食の調理などの食事はさすがに車両の外で行っているようだが、かなり適当な物だ。

 俺とミツキだけがきちんと調理したパスタを食べていると、行商人がやってきた。

 丸い。ひたすら丸い。やわらかそうなお腹だ。


「おぉ、これは美味しそうだ。いやぁ、品物の運搬中は魔物や盗賊の襲撃に備えて車内で取る事にしているので、食事は味気ないんですよ。反動で町に着くと美味しい物をたらふく食べてしまって、ほら、この通り」


 ぽよん、と柔らかな腹を叩いて、行商人はからりと笑う。

 気さくな人だ。


「よかったら、少し食べますか?」


 ミツキが小さな皿を用意すると、行商人は目を輝かせた。


「よろしいので? では、遠慮なく!」


 ミツキに差し出された皿を嬉しそうに受け取って、行商人はフォークでパスタを巻き取り、口へ運ぶ。

 トマトっぽい野菜とベーコンで作った簡単なパスタだが、行商人はお気に召したらしい。


「う、うまい」


 本当に驚いたような顔で、行商人はパスタを見下ろす。


「これはほんとうに美味しいですな。店を出せる腕だ」

「お粗末様です」


 ミツキが軽く頭を下げる。

 行商人が俺を見て、微笑んだ。顔も丸いおかげでかなりの愛嬌がある。


「この食事が毎日食べられるのは、彼氏さんが羨ましい」

「食事の度に幸せと一緒に噛み締めてますよ」

「はは、これは一本取られましたな」


 朗らかに笑った行商人はすっと商売人の眼つきとなった。


「さて、仕事の話に移りましょうか」

「何か問題が?」

「とぼけなくともよろしいですよ。お気付きでしょう?」


 行商人はそう言って、ちらりと開拓団〝月の袖引く〟のいる場所を見る。

 車両横で調理し、食事を始めた月の袖引くのメンバーは全体的に浮かない顔をしていた。

 まとまりがないわけでも、仕事をおろそかにしているわけでもない。いまも見張りに立っているくらいだ。仕事には真摯に取り組んでいる。

 だが、明らかに覇気がないのだ。

 出発前から気になっていた事ではあるのだが、月夜の下で見ると余計に覇気のなさが浮き彫りになる。

 少し離れた場所で食べている団長のタリ・カラさんは気まずそうに焼いたパンを口の中に押し込んで席を立つと、整備車両の助手席に向かって行く。その後ろを副団長のレムン・ライさんがついて行った。

 行商人が俺たちに視線を戻す。


「お二人は港町の防衛で歴史上初、精霊人機を使わずに大型魔物を討伐した実力者と聞いております。お二人の目から見て、開拓団〝月の袖引く〟の実力はどうでしょうか。……いざという時、役に立つと思いますか?」


 キツイ内容の質問だった。

 無理もない。

 命がけで荷物を運ぶのが商売の行商人にとって、命と荷物を守る護衛の士気が低いというのは看過できない事態だろう。


「統率は取れていますし、仕事に対しては真摯に見えます。後は基本的な実力次第ですが、たぶん大丈夫だと思いますよ」


 当たり障りのない答えを返すと、行商人は「そうですか」と短く言って、自分を納得させるように頷いた。


「少々、行商人の間でも噂になっていましてね。やる気も実力もあるのに頼りない開拓団だ。昔はこうではなかった、と」

「――昔?」


 問い返すと、行商人は意外そうに軽く仰け反った。


「知りませんでしたか。開拓団〝月の袖引く〟と言えば、やり手の開拓団だったんですよ。開拓に協力して魔物の討伐を行い、次の戦場へ、という開拓団らしい開拓団でした。一昨年から護衛を主に請け負って、行商人に吟遊詩人、旅の一座なんでもござれと、多少報酬が低くても構わず受けていて、安全第一に方針を転換したのだろうと言われてますが、この様子では団員はあまり方針の転換を快く思ってないのでしょうね」


 行商人は月の袖引くの団員に聞こえないよう声を落としてべらべらとしゃべった後、出方を窺うように俺とミツキを見た。

 同じ開拓者である俺たちに相談を持ちかける振りをして、月の袖引くの問題点を指摘してほしいのだろう。依頼主である行商人から声を掛けると要らぬ圧力をかけてしまい、余計に委縮させるかもしれないと気を回したのだ。


「俺たちから言っても角が立ちますよ」


 同じ開拓者とはいえ、付き合いはないのだ。

 事情も知らないのに何言ってんのお前、とか言われるのがオチだ。


「やはりそうですか。では、相談を持ちかけられたという事だけ伝えてきてください。ギルドから紹介されてこれでは、月の袖引くの今後に関わりますのでね」


 どうしても貧乏くじは免れないらしい。

 仕方がないと諦めて、貧乏くじを引くことを了承する。


「ありがとうございます。食事、美味しかったですよ」


 行商人はそう言って、腹を揺らして車両に戻って行った。


「悪い人ではないんだけどね」

「俺たちからするとたまったもんじゃないな」


 ミツキと苦笑し合って、食事を食べ切り、片付けを済ませてから月の袖引くの運搬車両の助手席に向かう。

 背もたれを倒して横になっている団長のタリ・カラさんを呼び出すと、運転席にいた副団長のレムン・ライさんもついてきた。

 眠気を宿した眼を擦りながらも警戒を滲ませた目で見てくるタリ・カラさんと、その後ろで執事然としてたたずむレムン・ライさんの二人と、整備車両の陰で向き合う。


「あなた方から覇気を感じられないが、何かあったのかと依頼主から相談を受けました」


 単刀直入に切り出すと、タリ・カラさんが小さくため息を吐いた。


「……謝ってきます」


 慣れたようにあらゆる順序をすっ飛ばして、タリ・カラさんが歩き出す。

 俺たちには何の説明もなしか。説明する義理はないと言われればそれまでなんだけど、置いてけぼりを食らった感がハンパない。

 というか、本当に何もなしか。

 そう思っていると、タリ・カラさんは不意に足を止めて振り返った。

 しかし、タリ・カラさんの視線が向かう先は俺やミツキではなく、副団長であるレムン・ライさんだ。


「ついてこないの?」


 疲れた目で、タリ・カラさんはレムン・ライさんに訊ねる。


「この開拓者二人と話したいことがございます。お嬢様は席にお戻りください。後程、依頼人に謝りに行きましょう」

「……そう」


 ちらりと俺とミツキを見たタリ・カラさんはそう言って助手席に戻った。

 助手席のドアが閉まったのを見届けて、レムン・ライさんが俺たちに向き直る。


「お願いしたいことがございます。お時間、よろしいですか?」

「ここで?」

「そうですね。少し場所を変えましょう」


 レムン・ライさんが森の中へ歩き出す。

 俺たちもディアとパンサーに乗ってついて行った。

 森に少し入ったところまで来て、レムン・ライさんが口を開く。


「お嬢様、タリ・カラは開拓団〝月の袖引く〟の二代目団長です。初代団長はお嬢様の父でしたが、一昨年、戦死しました」


 開拓団で人死にが出るのはそう珍しい事ではない。

 しかし、一昨年に団長が死んだというのが気になる。行商人が言っていた、月の袖引くの方針転換時期と被っている。


「タリ・カラさんが団の方針を転換したんですか?」

「はい。そして、その方針の転換こそが月の袖引くに覇気がない理由でもあります」


 レムン・ライさんが言うには、団の方針が変わって安全性が増した代わりに戦闘が激減し、開拓の手伝いという目に見えて成果が分かる仕事でもなくなったことで、団員の士気が下がったらしい。

 元々、月の袖引くはタリ・カラさんの父親が妻の元娼婦と共に後ろ指を指されずに住める場所を作ろうと旧大陸南部からここ新大陸に渡り、立ち上げた開拓団だ。団の名前もここに由来しているらしい。

 団員も犯罪者の子供や出自の分からない捨て子、精霊教徒から異端認定を受けた者など様々な訳アリが集まっている。

 ひとえに、開拓村を立ち上げてまっとうに暮らしたいという一心で集まり、活動してきた開拓団だという。

 だが、団長が変わった事で、今まで他の団の開拓を手伝うなどで溜めてきたノウハウを錆びつかせて二年間を過ごした。まっとうに、安定した暮らしを作る活動から遠のいて、今は護衛ばかりをこなしている。

 いつまでも夢に手を伸ばせないでいる徒労感が団員の覇気を失わせているのだ。


「なんで、タリ・カラさんは方針を転換したんですか?」


 ミツキが首を傾げると、レムン・ライさんは痛ましそうな顔で整備車両の助手席の方を見た。


「両親が戦死するところを相次いでみてしまいましたからね。戦うことそのものに恐怖があるのでしょう。遺言に従って団長を引き継ぎこそしましたが、精霊人機に乗るまで半年かかりました」

「他の団員が操縦すれば?」


 ミツキの提案にレムン・ライさんは首を横に振る。


「操縦技術を持つのは先代団長に教わっていたお嬢様だけです。それに、我々を受け入れてくれた先代の団長は精霊人機乗りでした。みな、お嬢様にも同じように先頭に立って導いてくれることを望んでいる。一種の信仰なのですよ」


 希望を押し付けられてるわけだ。

 ミツキと一瞬だけ視線を交差させる。考えている事は同じらしい。

 つまり、ベイジルと気が合いそう、である。

 とまぁ、ベイジルの事は脇に置いて、俺はレムン・ライさんを見る。


「それで、俺たちにお願いしたいことってのは何ですか? 話を聞く限り、俺たちに出来る事なんてなさそうなんですけど」


 どこまでいっても、開拓団〝月の袖引く〟内部の問題だ。


「蔑視されても戦い続け、居場所を勝ち取った鉄の獣でなければ、これを頼む事などできません」


 そう前置きしてから、レムン・ライさんは覚悟を秘めた顔で、俺たちへの願いを口にした。


「命をかけても叶えるべき夢がある事をお嬢様に教える手伝いをしていただきたい。もしもお嬢様が夢の価値を理解できないのなら――」


 一瞬の躊躇いを挟んでから、それでも決然とレムン・ライさんは続ける。


「――お嬢様を開拓団〝月の袖引く〟の団長の立場から下ろす手伝いをしていただきたい」



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