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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第一章  何故に、彼と彼女は手を離さないか
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第七話  マッピングと圧空

 職員さんの個人的なお話に効果があったのかは定かではないものの、俺と芳朝が昼食を終えてラブホ……ギルドの建物に戻ると、すでに開拓団〝竜翼の下〟の副団長が待っていた。

 副団長リーゼさんは長い金髪を編み込んだおしゃれで清潔感のある背の高い女性だ。赤縁の細い眼鏡をかけていて、見るからにできる秘書風のオーラを漂わせている。

 リーゼさんは俺たちを見て、他に人がいない事を確認する。


「あの依頼料から想像した年齢よりずいぶんとお若いですね。無理をしたのであれば、減額にも応じますよ?」


 まさか依頼を受けた当人から報酬の減額を提案されるとは思わなかった。

 ありがたい申し出ではあったが、芳朝が首を横に振って断る。


「正当な報酬だと考えていますので、減額はしません。どうか、ご教授ください」


 俺は芳朝と一緒に頭を下げる。

 芳朝の礼儀正しい態度は好感触だったらしく、リーゼさんは口元をわずかにほころばせた。


「分かりました。報酬に見合う仕事を約束しましょう。今日から三日はこの町に滞在しますので、その間、精霊人機の整備方法をお教えします。今日から始めますか?」

「お願いします」

「では、こちらへ」


 リーゼさんが颯爽と歩き出す。

 俺は芳朝と一緒にリーゼさんの後を追って歩き出した。

 その時、芳朝が俺の肩を叩いてくる。


「この開拓団とは三日間の付き合いだけど、大丈夫? きちんと話せる?」


 俺のコミュニケーション能力を心配しているらしい。

 俺は正直に首を横に振った。


「多分、無理だ。でも、仲良くなる必要はないから問題なく過ごす事は出来ると思う。開拓団の人には少し不快な思いをさせるかもしれないけど……」

「私がフォローするよ」

「頼んだ」


 芳朝がにんまりと笑って平たい胸を叩く。


「任せなさい。大いに頼りなさい」


 芳朝も結構な社会不適合者のはずだが、まともに人と会話できる点で俺より優秀なのも事実だ。

 したがって、芳朝の偉そうな態度に文句を付けられない。

 リーゼさんに案内されたのは港に面して並ぶ倉庫の一つだった。

 周囲の倉庫では商会に雇われた荷運び人が船と倉庫を行ったり来たりして商品を運んでおり、とても賑やかだった。

 開拓団〝竜翼の下〟が借りたという倉庫の中では、赤と白に塗装を施された精霊人機が片膝をついた駐機姿勢で格納され、団員による整備を受けていた。

 防衛依頼を主に受けている開拓団が所有している精霊人機だけあって、重厚感のある装いだ。重装甲が売りらしく、倉庫の端に安置されている装甲板は教科書で見た外装甲の中でも最大厚で、外装甲を支える板バネなども増設されている。

 精霊人機の特殊装甲ともいえる遊離装甲は、分厚さもさることながら湾曲させる事で飛来物を自然と受け流せるようになっている。

 二機の精霊人機の横に置かれているのは下辺が短い台形のタワーシールドで、特殊な軽金属が使われているという。その隣には鈍色に輝く幅広の大剣が横たわっている。

 リーゼさんが精霊人機を指差す。


「戦闘時にはあの二機が身を挺して大型や中型魔物の侵攻を阻み、他の戦闘員は後方で罠を駆使しつつ中型魔物の数を減らし、小型の侵攻を阻む戦術を取っています。だから、我々〝竜翼の下〟の精霊人機は腰部と脚部の調整がかなりシビアで、脚部のキャンバー角とトー角の調整技能は国軍の整備班にだって負けません」


 キャンバー角にトー角って……車かよ。

 どうやら、精霊人機におけるキャンバー角は内股や外股、がに股やO股の設定、トー角は膝や爪先の内向きや外向きを設定するという。

 設定次第で走行時や直進、方向転換を行った時の安定性や、最高速度や加減速の性能、攻撃を受けた際の踏ん張りに影響する他、人間の骨格に相当する内部装甲の摩耗の早さなどに影響が出るという。

 脚部は操縦者の癖が非常に大きく影響するため、よく取る姿勢へ速やかに移行できるようあらかじめ足に角度を加えておくのだそうだ。

 リーゼさんの話では、竜翼の下が運用する精霊人機は脚部の故障や不具合、破損といった事故が極端に低い事で有名らしい。


「たまにバカな同業者が我が団の女性に、一晩中ヤッても大丈夫なのか、などと下品な質問をしては足腰立たなくなるまでボコボコにされる事件が起きるのが困りものです」


 なにそれ、こわい。

 リーゼさんは片手を頬に当ててため息を吐く。


「そもそも、男の方が一晩立て続けられないでしょうに……ナニがとは言いませんけど」


 言ってるじゃん。

 芳朝が耳まで真っ赤になって俯いている。引き籠りには刺激の強すぎる話だもんな。

 さっきは平たい胸を反らして自信満々だったくせに、なんて口が裂けても言うまい。


「……ごめん」


 芳朝が小さく呟いた。

 俺はため息を飲み込んでリーゼさんに声を掛ける。


「すみません。そんな事より早く整備方法をお教え願いませんか?」


 何とか言い切って、俺は息を吐き出す。

 失敗した。今の言い方は態度が悪い。

 芳朝も横で顔を顰めている。

 仲良くなりたくないと頭の片隅で思っているせいか、自然と突き放すような言い方になってしまった。

 内心頭を抱える俺の予想に反して、リーゼさんはプロらしく笑顔で受け流すと整備班を呼びつけた。


「この二人に精霊人機の整備方法を基礎から教えなさい。期限は三日。別の開拓団にこの二人が加わった時、我が団の名前を出されても恥ずかしくないくらいにみっちりと教え込むこと。いいですね?」


 リーゼさんの言葉に、整備班の目がギラリと光った。


「三日で一人前か。上等だ」


 整備班長らしき髭の男が呟き、肩を回す。


「おい、誰か眠気覚ましになる物を買ってこい。三日間ぶっ続けで動けるようなきつい奴だ」

「へい、了解」


 整備班長の言葉を受け、若い男が倉庫の外へかけていく。

 整備班長がにやりと笑って俺の首に腕を回した。


「うちの整備技術を学ぼうっていうんだ。半端は許さない。どこに行っても整備士として即戦力になれるくらいの実力を身につけない限り、この倉庫からは出さねぇからそのつもりでいろ」


 そんなこんなで、開拓団〝竜翼の下〟による整備士養成短期講座が始まった。

 最初に教えられたのは工具の扱い方と部品の名称及び俗称だった。

 宿にこもっている間に教科書を読んで予習していたおかげで躓くことなく名称などを覚えることができたが、工具の扱いとなると別だった。

 まさか工具を使うのにも魔力を使う事になるとは思わなかった。

 精霊人機の巨大なパーツを固定するには、身体強化の魔術を施しながら工具を扱う必要があるのだ。

 工具の扱い方だけで丸一日使った後、魔導核に刻まれた魔術式の説明と調整方法を教えてもらう。

 一番学びたかったことだけあって、俺たちも気合を入れて取り組む。


「魔導核に刻んだ魔術式は発動範囲を指定しておく必要があってだな――」


 整備班長の説明を聞きながら、俺はノートにメモを取る。

 魔術式をいくつも刻む事ができるほど高品質の魔導核はなかなか手に入らないらしく、精霊人機の量産に歯止めがかけられる原因でもあるという。

 精霊人機の起動に必要な魔術式だけでもかなりの数に上るが、世の中には超高品質の魔導核を使用した専用機と呼ばれる特殊な機体も存在する。

 国軍がそのすべてを管理している専用機は魔導核に刻まれている魔術式の数が多く、特殊な技能を持っていたり、基本スペックが大幅に高いなどの特徴がある。

 あくまでも民間人である開拓者には手に入るべくもない専用機だが、諦めきれないのが人情というものだ。


「低品質の魔導核を複数個使用した並列魔導核システムも研究された事があるが、成功していない。どうしてもシステム系が巨大になりすぎて、精霊人機の内部に収めることができないからだ。だから、高品質の魔導核を使用する以外に精霊人機を起動する方法はない」


 整備班長の説明は教科書にも載っていた事だった。

 魔導核の最小直径はおおよそ六センチ。一般的な精霊人機に使用される魔導核は直径七十センチであり、原料となる魔力袋はごくまれに中型魔物から取れるものの、基本的には大型魔物から採取されている。魔力袋そのものが後天的に発生する臓器であり、大型魔物の腹を捌いたからといって確実に見つかるものではない。

 高品質の魔導核は貴重品なのだ。


「高品質の魔導核を大量生産する技術が開発できれば億万長者になれるってのが研究者の間でまことしやかに語られる定番ジョークだ。言われたら愛想笑いを忘れるな」


 整備班長、それはあきらかに無駄知識です。

 ただでさえ詰め込み教育で頭の中に知識が氾濫しているのに、要らないものまで突っ込もうとしないでほしい。

 隣では芳朝がノートにジョークを書き込んでいた。ここ笑うところ、などと注釈を入れないといけない時点でジョークとして破綻している事に気付け。


「それじゃあ、実際に魔術式を刻んでみろ」


 整備班長はそう言って、安物の低品質魔導核を放り投げてくる。

 俺は空中でなんなくキャッチしたが、芳朝は受け取り損ねて額にぶつけていた。運動神経が悪いのではなく、ノートにジョークを書き込むために俯いていて反応が遅れたのだろう。


「痛つつ……」


 額をさすりながら渡された魔導核を見て、芳朝が整備班長に質問する。


「刻む魔術式は何でもいいですか?」

「好きにしろ。どうせ一つしか刻めないが、刻んだ魔術式を書き換える事もできる」


 初めてなのだから失敗するのが当然という考え方なのは教わる側としてもありがたい。

 俺は専用のナイフに魔力を込めて、特殊なインクに漬けた後、魔導核に魔術式を刻む。

 刻む魔術式は頭の中に入っている。

 風魔術の一つ、コンプレッションエア。空気を圧縮するだけの魔術だ。

 風魔術は一般的に戦闘には向かず、帆船を動かす際に使用する魔術と認識されている。火や水、岩といった魔術と違って既に存在する大気に働きかけるため、魔力の消費量が少ないという利点がある。

 地面の砂を巻き上げて目潰しに使うなどの使用例はあるが、風魔術そのものを使用して相手を傷つけるのはまず不可能だというのがこの世界での認識である。

 そんなわけで、仮に刻み方を失敗しても大惨事を引き起こすことはない安心で安全な魔術だ。

 もっとも、そのまま刻むのでは芸がないので、俺は今後の事も考えて応用を加えた。

 ちまちまと刻んでいると、芳朝が先に魔術式を刻み終えて整備班長に確認してもらっていた。


「多分発動できると思うんですけど」

「こいつは……」


 芳朝が差し出した魔導核を見て、整備班長の眉間に皺がよる。

 そういえば、芳朝は宿でずっと魔導核の教科書を読みこんでいた。

 俺が精霊獣機こと獣型の精霊人機を設計している間、ずっとだ。

 整備班長が顔を上げる。


「ギルドで特許を取った方が良い。これはかなり有用な魔術式だ。よく考えたな」

「教科書を読む機会がありましたから」


 芳朝はにっこりと笑って、俺にだけ見えるように拳を握って親指を立てた。

 詳しい話は後だと言い置いて、整備班長が魔導核を芳朝に返す。

 俺が魔導核に魔術式を刻むのを待ってから、ギルドに特許を出願しに行くという。

 隣に戻ってきた芳朝に、俺は小声で訊ねる。


「何をした?」

「魔術式を自作してみたの。といっても、既存の魔術式の応用だけどね」


 芳朝の話によれば、精霊人機の特殊装甲である遊離装甲の魔術式を改変して、精霊人機を起点とした周囲の地形を一瞬でマッピングする魔術式を作ったという。周囲に魔力を飛ばすため魔力消費量が多いが、開拓者という仕事を考えれば非常に有用な魔術だ。


「芳朝って頭良かったんだな」

「前世で学内模試トップだったって言ったでしょう」


 そんなことも言ってたな。

 しかし、芳朝がハードルを上げてくれやがったせいで、安全第一で刻んでいた俺の魔術式がかなり見劣りする結果になった。

 何かを期待している整備班長の瞳にたじろぎながら、俺はコンプレッションエアの魔術式を改良して生み出した魔術、圧空を刻んだ魔導核を差し出した。

 俺が差し出した魔導核を見て、整備班長はしょんぼりした。


「発動するだろうが、威力の割に効果範囲が限定的すぎるな。まぁ、初めてならこんな物だろう。だが、風魔術の利点は魔力消費が少ない事だ。空気を生み出すのは魔力の浪費が大きすぎるだろ」


 駄目だししてから俺に魔導核を返した整備班長は、芳朝と俺についてくるように言って、開拓者ギルドへ歩き出した。

 ……いつか見返してやる。


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