第十四話 山分け
借家で一日のんびりしていると、マライアさんたちが帰還したとギルドから報告があった。
眠気覚ましの白いコーヒーもどきを喉の奥に流し込み、ギルドへ向かう。
すでに魔力袋の下処理を始めているらしく、ギルドのガレージでは飛蝗の団員が慌ただしく動き回っていた。
ディアとパンサーをガレージの隅に停めて、ギルド館の中へ入る。
ギルドホールの一角に、金貨や銀貨がタワー状に積まれた一角があった。
「何、アレ」
「――鉄の獣、ようやく来たか」
マライアさんが金貨のタワーの横で俺たちに手を振っている。
「魔力袋を売り払うよ。こっち来て書類に記名しな」
渡された書類には、マライアさんの発案で足元から吹き飛ばしたゴブリンやゴライアを共同討伐として数え、魔力袋を売却した金額を各団で山分けする旨が書かれていた。
回収屋や竜翼の下、青羽根はすでに同意書を作成しているらしい。
俺たちが個別に倒した分は自分たちで交渉することになるとの事だった。
「凄い額ですね」
「このギルドの金庫を実質的に空にしたからね」
「酷いことしますね」
「そのうちギルド本部から補充されるさ」
ケラケラ笑って、マライアさんは俺たちが署名した同意書を受け取り、纏めてギルド職員へ渡した。
そして、後ろに山と積まれた金貨や銀貨を振り返る。
「さて、山分けだ」
「他の団の人が居ませんけど?」
「倉庫で寝てるよ」
同意書に署名だけして、さっさと休んでしまったらしい。
俺たちが一足先に町へ向かってからも、不眠不休で精霊人機への魔力供給などを行っていたらしく、疲れがたまっていたのだろう。
むしろ、何故マライアさんは元気はつらつとしているのか。
俺たちの分の金貨や銀貨を貰い、そのままギルドに預ける。
「首抜き童子の分の魔力袋は下処理してある。ガレージにあるから、あとで青羽根と相談して山分けするなりなんなりしな。まぁ、持っていても軍が買いたたきに来るだろうから、ギルドに売る方が良いだろうけどね」
専用機の魔導核として使える可能性が高いと思われる首抜き童子の魔力袋は、民間が所有できるものではない。
それはギルドも同じことで、結局は国が買い取ることになるのだが、少なくとも開拓者を束ねるギルドであれば国に買いたたかれるという事態は回避できる。
マライアさんがギルドの壁を横目に見て「それにしても」と話を変える。
「鉄の獣もしっかり暴れたもんだね」
「まぁ、ちょっとした有名人になってます」
ギルドの壁には今回の港町の防衛戦における戦功者が張り出されていた。
一等戦功者の中にはマライアさんたち飛蝗の名前や回収屋、竜翼の下、更には青羽根の他、防衛軍の精霊人機操縦者の名前が挙がっている。
すべて、ギガンテスを討伐した者やその所属団体だ。
一等戦功者には大型魔物を討伐しなければなれない。それはすなわち、精霊人機の所有者しか名前が載らない事を示していた。
――そう、今までは。
一等戦功者の中に、俺とミツキの名前があった。それまで必ず併記されていた所属団体や精霊人機の型番や名前の欄には、ディアとパンサーの名前のみが書かれている。
ディアとパンサーは精霊人機ではないため型番などあるはずもなく、俺たちは開拓団として登録していないフリーの開拓者であるため、所属団体も存在しない。
多くの空欄を持つ俺とミツキの部分は、情報の少なさが逆に異常性を際立たせていた。
情報が少なすぎるせいで、昨日は一日中借家の呼び鈴が鳴りっぱなしだった。新聞屋には質問をまとめさせて、文書で回答する旨を伝えて帰ってもらった。
「有名人ね。間違っちゃいないが、目立てば口さがない輩も出てくる。新聞に載った、歴史上初の精霊人機を使用しない大型魔物討伐者となればやっかみも多いだろう。どうだい、ここらで一つ、飛蝗に入団してみる気はないかい?」
「ないですね」
「そうかい。残念だ」
答えは分かっていたとばかりに肩を竦めて、マライアさんは声のトーンを落とした。
「マッカシー山砦の兵士があんたらの事を嗅ぎまわってる。なにが狙いかまでは調べ切れなかったが、あんたらの戦力を把握しようとしているようだよ」
「気をつけます。と言いたいところですが、野暮用があって防衛拠点ボルスに行って、リットン湖攻略に参加しないといけなくなってます」
マライアさんの目が細まる。
「断れないのかい?」
「事情があって、難しいですね」
「ボルスは軍内の派閥争い真っ最中だ。どっちの派閥につくのか知らないが、派手に動くのはやめた方が良い。さもなけりゃ、誰も逆らえないくらいに大暴れしな」
後者を選択肢として出すのはマライアさんくらいだろうな。
しかし、精霊獣機に乗る以上どうしても目立ってしまうし、派手に動くことになるだろう。
それなら、自重せずに派手に動くのは正解かもしれない。
依頼掲示板を見ていたミツキが俺のところに走ってきた。手には一枚の依頼書が握られている。
「防衛拠点ボルスへ資材を運搬するキャラバンの護衛依頼、出てたよ。盗賊に対処可能な者に限るって条件付きだけど」
「他に手頃な依頼もないし、それを受けるか」
「手続してくるね」
パタパタと走って行くミツキを見送る。
少し前までは俺のそばから離れることは絶対になかったのだが、今日のミツキは一人でてきぱき動いていた。
俺も、数日前であればギルド内でミツキのそばを離れることはなかっただろう。職員含め、どんな悪意を持って俺たちに近付くか分かったものではなかったから。
だが、町の防衛戦に参加したことが切っ掛けで一部を除いて開拓者も職員も俺たちを頭から否定することはなくなった。
警戒はするが、厳戒はしない。
マライアさんが椅子にドカリと腰を下ろしながら、口を開く。
「わざわざボルスに入るための依頼を受けるってことは、現司令官のホッグスに睨まれるのを嫌ったのかい?」
「もう睨まれてるんですけどね」
「それでマッカシー山砦が動いているんだとすれば、あんたらもずいぶんと怖がられたもんだ。ワステード、旧大陸派閥側に鉄の獣はつくんだね?」
「どっちの派閥に属すという気もないですけどね。こっちはこっちで目的があるだけなので、リットン湖攻略に参加して対価を貰ったら後は関わり合いになる気もないです」
状況がそれを許すかは分からないけど、と口の中で付け足す。
マライアさんは俺の言葉を聞いて何やら考えていたが、やがて顔を上げた。
「何も言わないつもりのようだから事情は聞かない。だが、あたしらの方で鉄の獣がリットン湖の攻略に向かったという事実を広めておこう。少なくとも暗殺されることはなくなるだろ」
「いいんですか?」
「軍が怖くて開拓者なんてやれないさ」
堂々と言ってのけて、マライアさんは鼻で笑った。男らしすぎる。
ミツキが係員を連れてやってきたのを見て、マライアさんは立ち上がる。
「青羽根を呼んできてやるから、少し待ちな」
そう言って、マライアさんはギルドを出て行った。
ミツキに連れられた係員は必要書類をテーブルの上に広げてため息を吐いた。
「いまボルスに向かう開拓者なんてほとんどいませんよ。軍の派閥争いに巻き込まれるのが目に見えてますからね。……本当に行くんですか?」
「さっきからそればっかり」
係員が心配して口にする質問を、心配し過ぎですよ、とミツキは笑って流す。
派閥争いに巻き込まれる可能性は重々承知の上で、それでも行くのだと告げると、係員は渋い顔で必要書類を渡してくれた。
「お二人はボルスで防衛戦にも参加していますから、扱いが悪くなることはないと思います。少なくとも、表向きは」
「ずいぶん心配しますね」
「いまのボルス司令官はマッカシー山砦のホッグスですからね」
係員はそう言って、周りを見回す。誰も聞いていないこと、新聞屋などがいない事を確認してから、口を開いた。
「いまはデュラに残っている人型魔物がいないか調査中ですが、もしいないと分かれば回収屋などに依頼して軍が回収したと思しき何かについて調べる手はずになっています。足元に火が付いたホッグスが何をするかは分かりません。この町で歴史的な戦果を挙げたお二人を人質代わりに密かに交渉をしてこないとも限りません。ボルスに味方になるような人はいますか?」
味方になるような人と言われて、ワステード司令官やアーチェの操縦士であるベイジルの顔が浮かぶが、二人とも立場のある人間であり、表立って俺たちを擁護できる立場ではない。そもそも、味方になってくれるほど親しいわけでもない。
俺がミツキと揃って首を横に振ると、係員は額を押さえた。
「お二人は精霊人機を使わずに大型魔物を単独討伐した、英雄の卵です。ホッグスでなくとも、利用しようと近付く輩は絶対に出てきますから、くれぐれも身辺には注意してください」
「私たちも周囲を甘く見ているわけではないですよ。今までが今までなので、警戒する事には慣れてます」
ミツキが嫌味にならないように口調に注意しながら言うと、配慮が伝わったのか、係員は苦笑した。
「心配しているのはこちらですよ。変な気を回さないでください。お二人が護衛するキャラバンに同行する開拓団はこちらで選定してもよろしいですか?」
「選定って、ギルドから声を掛けるつもりですか?」
俺たちに便宜を図りすぎではないだろうか。
しかし、係員は問題はないと頷いた。
「包み隠さず言ってしまえば、お二人を利用したいのは何も軍だけではないという事です。歩兵による、大型魔物単独討伐なんて、開拓者志望の新人が集まるちょうど良い広告塔ですからね。本部から便宜を図るように言われるのは間違いないので、今のうちに動いてしまっても褒められるだけでしょう。たとえそこに、町を救ってくれた英雄への個人的な恩返しと贖罪が含まれていても、ね」
忍び笑って肩を竦める係員。
「そんないい性格してましたっけ?」
つい疑問に思って聞いてみると、係員は一瞬きょとんとしてから誰にはばかることない大きな笑い声をあげた。
「お二人に頭を下げてからというもの、ギルド内での立場なんてどうでもよくなりましてね。お二人を見ていれば、最後に笑うのはやりたい事とやるべき事を誰の目も気にせずにやれる人間だと分かりましたから、自分も仕事に向き合う姿勢を変えたんですよ」
おかげで仕事が楽しくなった、と笑う係員に、何とも言えず俺は苦笑する。
ミツキも苦笑しながら「そんなにかっこいい事はしてないんだけどなぁ」と呟いた。
ミツキの言葉に半分同意しつつ、俺は係員が言う事もあながち間違っていないような気がしていた。
必要書類に記入していると、青羽根の面々がぞろぞろとギルドホールに入ってきた。
ボールドウィンが俺を見つけ、駆け寄ってくる。
「コト、聞いてくれよ! みんながさ、肝心な時に魔力切れを起こすなんて情けないとかいろいろ――」
「いや、情けないだろ。ついでに言えば死にかけたんだからな、お前」
「私が魔導手榴弾を投げなかったら、本当に死んでたよね、ボールドウィン」
うぐっと、ボールドウィンが胸を押さえる仕草をした。
呆れ顔でボールドウィンを見て、整備士長が肩を竦める。
「本当、鉄の獣がいなかったら死んでた。気を付けてくれよ、団長」
整備士長は愛称のボールではなく仕事上の団長呼びする事で、冗談では済まない問題なのだと突きつける。
ボールドウィンは顔をそむけた。
「反省はしてるけどさ、あの状況だとほかにどうしようもなかったというか」
「どうしようもなかったのは確かだな。全員ギリギリだった」
「でも、直前に魔力が切れた事を教えてくれれば、わたしも余裕を持って行動できたけどね」
ボールドウィンの言い訳はミツキのダメ出し一つで説得力を失い、青羽根の面々が揃ってため息を吐いた。
「整備士長だけじゃあ、戦場でのお目付け役がいないんだよなぁ」
「ガランク貿易都市でしっかり仲間を集めないと」
何やら決意している青羽根の仲間たちに、ボールドウィンが肩を落とす。頼りない団長だから仲間を増やそうと相談されれば落ち込むのも仕方がないだろう。
「もっと頼りになる団長に、デイトロ兄貴みたいになるしかないのか……」
「いや、それはどうだろう」
頼りないわけではないし、むしろ戦闘面でも団長としてもしっかり働いている人だと思うけど、デイトロさんはどうにも締まらない。
「なりたい自分になればいいんじゃない?」
あまりにもあやふやな助言をして、ミツキは無責任に「がんばれぇ」とやる気のない声援を送る。
ボールドウィンが自分探しを始める前に、俺は首抜き童子の魔力袋の処分について話を切り出すのだった。




