第十二話 首抜き童子
二重肘がロックジャベリンを〝履いて〟蹴りを放つ。
改造セパレートポールと圧空を用いたスカイの防御の前に、二重肘が脚につけたロックジャベリンは衝突した直後に砕け散った。
スカイの防御力であれば、二重肘のロックジャベリンを用いた攻撃も効果が薄い。
だが、スカイのそばにいる俺たちにとっては堪ったものじゃなかった。
砕け散ったロックジャベリンの破片が降り注いでくる。
俺はディアの角に隠れ、ディアの胴体でパンサーとミツキを守る。パンサーは伏せの状態で姿勢を低くし、ミツキもディアの体の陰に完全に隠れるようにして降り注ぐ破片をやり過ごした。
「ヨウ君、離脱するよ!」
「言われなくても!」
二重肘の攻撃の合間を縫って、全力でスカイと二重肘の戦闘から距離を取る。
スカイはハンマーを使って二重肘に反撃しているが、ことごとく避けられていた。
二重肘の反射神経が他のギガンテスの比ではないのだ。
一対一では分が悪いが、かといってほかの精霊人機も手が空いていない。
ミツキと一緒に一度森の中へ避難して、戦場を見る。
ギガンテスが八体、しかも首抜き童子と二重肘がいる。どちらも精霊人機と一対一で勝負しており、他のギガンテス六体が竜翼の下の精霊人機二機へ殺到していた。
竜翼の下は元々防衛戦が得意な開拓団でもあり、重装甲を頼みに六体のギガンテスの猛攻に耐えながら少しずつ街道を移動していた。
ギガンテスの集団を引きつけて手強い首抜き童子や二重肘を飛蝗の戦闘員の援護を受けた精霊人機で倒すつもりだろう。
人間の攻撃では例え魔術を使っても大型魔物であるギガンテスたちに効果がないが、それでも目くらましなどで精霊人機が戦いやすく援護を行う事は出来る。
森に入った事で、飛蝗の戦闘員が首抜き童子たちの行動を阻害できるように動き始めているのが分かった。
こればかりは俺たちの手には負えない。
ひとまず戦場となっている街道から離れ、森の中に姿を隠した俺とミツキは武装を確認する。
魔導手榴弾が二個に対物狙撃銃の弾が十発。自動拳銃はまだまだ銃弾に余裕があるものの、中型、大型の魔物しか残っていない現状では役に立たない。
「狙撃するしかない気がするな」
「ゴライアだけでも始末をつけておくの?」
ミツキの疑問に頷きで返して、対物狙撃銃を構える。
残っているゴライアは七体。精霊人機の動きを阻害しようと氷の手斧を投げているゴライアに鉛玉を一発ずつプレゼントしていく。
俺の姿は見つけられずとも、潜んでいる方向には気付いたらしく、ゴライアが石の壁を生み出した。
しかし、狙撃に気を取られたゴライアの背中に、飛蝗の戦闘部隊が次々とロックジャベリンを撃ち込んで殺していった。
動きやすくなった精霊人機たちだが、依然としてギガンテスの数に押し負けている。
というか、負けるんじゃないのか、これ。
スカイを操るボールドウィンの腕も、飛蝗の精霊人機操縦者の腕も悪くないはずだが、首抜き童子と二重肘は魔術を織り交ぜながら翻弄している。
俺は打開策を模索しながら、しばらく観察に徹した。
「目晦ましを警戒しているような気がするね」
ミツキに言われてみれば、首抜き童子や二重肘は定期的に火球を生み出す魔術を使用していた。攻撃目的ではなく、牽制に放つような大きさも勢いもない火球だ。
ミツキと一緒にデイトロさんたち回収屋の依頼に同行した時、デュラで回収屋とはぐれる直前に首抜き童子が放っていた火球の魔術と同種の物だろう。
月夜の中で度々放たれるその火球は、周囲を照らすことで飛蝗の戦闘員の位置を探りつつ、不意に光の魔術などをぶつけられても明順応しやすいよう目を慣らしているようにも見えた。
なおも観察を続けていると、ようやく打開策も見えてくる。
「相手を入れ替えた方が良いな」
「だね。スカイが首抜き童子の相手をした方がよさそう」
首抜き童子は魔術を織り交ぜた近接格闘を主体にしており、飛蝗の精霊人機の槍の間合いに飛び込んで一方的に攻撃を繰り出している。首抜き童子の攻撃を避け、あるいは槍の柄で巧みにさばいている精霊人機の操縦技術は卓越したものだが、どうしても攻撃に転ずることができずにいる。
一方、スカイはと言えば、ハンマーを振り回しても二重の肘と石の壁を利用した威力相殺とで攻めを無効化され、二重肘のロックジャベリンを履いた足技で距離を稼がれてしまって体当たりによるシールドバッシュもできずにいる。
格闘戦ができる首抜き童子の相手をスカイが、ロックジャベリンを利用して中距離から攻撃する二重肘は槍を使う飛蝗の精霊人機が、それぞれ相手をした方がよさそうだ。
直接戦っているスカイたちもそれを理解しているらしく、互いの邪魔にならないよう距離を測りながら、相手を入れ替える機会をうかがっている。
「どうやって相手を入れ替えるかが問題だね」
首抜き童子たちも相性の良さを理解しているらしく、隙を作らせようとしない。
やはり、首抜き童子と二重肘だけはギガンテスの中でも頭のよい個体なのだろう。
隙の作り方を考えていると、隣でミツキがごそごそとパンサーの収納スぺ―スから何かを取り出した。
何を取り出したのかと思えば、ミツキが持っていたのは魔導核を書き換えるときに使用する道具一式だった。
「なにか思いついたのか?」
「隙を作るだけで倒さなくてもいいなら、やりようはあるかなと思って」
そう言って、ミツキは残っていた魔導手榴弾を分解し始めた。
いくつかのねじを外せば魔導核が顔を出す。
「爆発が効果なくて、目くらましも利きそうにないなら、まぶたを閉じたままにしてみようよ」
「あぁ、そういう作戦か」
ミツキの考えが分かって、俺はミツキの作業を見つめる。
書き換えるのは爆発させるためのフレイムボムの魔術式だ。
手早く書き換えて魔導核を戻し、ふた代わりのカバーを閉じてねじを回す。
即席だが、きちんと発動するはずだ。少なくとも、魔術式に間違いはなかった。
「後は投げるタイミングなんだけど」
「俺が狙撃で二重肘の右目を狙う。銃声が聞こえたらすぐに投げつけろ」
「オッケー」
ミツキは気軽に返事をして書き換えた魔導手榴弾改を宙に放る。
魔導手榴弾をフワフワと浮かせたまま、ミツキがパンサーを走らせた。
俺は対物狙撃銃をディアの角に乗せる。
残弾は少ないが、この距離なら外すこともない。
ミツキが配置についたのを確認して、俺はスコープ越しに二重肘を観察する。
銃弾を撃ち込む一瞬の隙さえあればいい。
スカイがハンマーを横に薙ぎ、それを二重肘がロックジャベリンを履いた足でミドルキックを放って相殺した瞬間、俺は引き金を引いた。
音速を超えた弾丸は狙い過たず二重肘の目玉をとらえた。
しかし、ただでさえ頑健な体に身体強化を強く施した二重肘は砂でも入ったようなしぐさで目玉を軽く閉じた。
そこへ、ミツキの魔導手榴弾改が投げつけられる。
スカイの足と足の隙間を通り、俺が銃弾を撃ち込んだせいで一時的に瞬きが多くなった右目側の死角を的確に通る、カーブする魔球だ。
時速百キロ以上で投げつけられた魔導手榴弾改が二重肘の顔面に直撃する。
魔術式を書き換えていなければまったく効果のない爆発を見舞って終わりだったであろうその魔導手榴弾は、次の瞬間、二重肘の右目周辺を氷で覆った。
魔導核に刻んでいた魔術式をフレイムボムからアイシクルへ書き換えたためだ。
突然右目の視界を閉ざされた事で、二重肘に一瞬のすきが生じる。
スカイが素早くハンマーを振り抜いて二重肘をけん制しつつ、走り出す。
スカイは槍持ちの精霊人機と交戦中の首抜き童子へと側面から攻撃を仕掛けた。
しかし、首抜き童子はその巨体からは想像もつかない俊敏な動きでスカイのタックルを躱し、後ろへ飛び退く。
槍持ちの精霊人機はこの隙を逃さずスカイの後ろへと回り込み、二重肘と相対した。
「ホウアサさん、お見事!」
ボールドウィンがミツキを褒めつつ、首抜き童子へしつこく体当たりを仕掛けた。
街道が狭い事もあって、首抜き童子はスカイの体当たりをやり過ごすために魔術で牽制しながら退くしかない。
首抜き童子と二重肘の距離が開き、槍を振り回すだけの空間ができたとみるや、飛蝗の精霊人機が猛攻を開始する。
右目の視界が利かない二重肘へしつこく死角から槍で攻撃する精霊人機を援護するように、飛蝗の戦闘部隊がロックジャベリンなどを放って二重肘の足を狙った。
二重肘はしつこく足元を狙われるせいで得意の足とロックジャベリンを使った攻撃を繰り出せず、右側からの攻撃に防戦一方となる。
精霊人機と戦闘部隊の連携は密に展開されており、俺が不用意に狙撃で参加しても邪魔になるだけだ。
「コト、こっちに手を貸してくれ! そろそろ魔力が切れる!」
スカイから焦ったようなボールドウィンの声がする。
無理もない。途中で何度か魔力を補充して誤魔化しながらやってきたが、港町まで行って港の防衛戦に参加した後、マライアさんたちと合流、その後にこの激しい戦い。
如何にスカイの平常時の魔力消費が少なくとも、まともに魔力を補充せずに魔力袋持ちの大型魔物を相手に転戦すればガス欠にもなる。
それに、魔力が心もとないのは俺とミツキも同じだった。
「ミツキ、右から回れ!」
「分かった。足元を崩す作戦で!」
「了解!」
短く作戦を組み立てて、俺はミツキとは反対側、首抜き童子の左側に回り込み、ディアの背中からアイシクルを放つ。
氷の矢の形をしたアイシクルは首抜き童子の足元の地面を瞬く間に凍らせる。
だが、首抜き童子は着地後すぐに飛び退るなど、一所に足を落ち着けて地面ごと凍らされないように立ち回っていた。
こちらの考えを見透かしているようだ。
「ヨウ君、このまま進むと竜翼の下にぶつかる!」
街道沿いに進んでいけば、他のギガンテス六体を引き連れて交戦している竜翼の下の戦場に首抜き童子を連れて行ってしまう。
「ボールドウィン、これ以上押し込むな!」
通常の精霊人機ではありえない速さでハンマーを自在に操り、首抜き童子を無理やり下がらせているスカイに声を掛ける。
「ちっ、一気に仕留めたかったんだが……」
ボールドウィンが拡声器越しに悔しそうな声を零した。
何はともあれ、ここで腰を落ち着けて首抜き童子の相手をすれば、二重肘を仕留めた飛蝗がやって来るはず。
しかし、俺たちの考えをあざ笑うように、首抜き童子は挑発的にスカイを見つめながらじりじりと後退を始めた。
「こいつ、攻撃を誘ってやがる」
スカイが仕掛けてこないのならば、このまま身を翻して竜翼の下の戦場へ駆けこもうという意思を首抜き童子はこれ見よがしに見せてくる。
俺たちを手玉に取ろうとしているのだ。
だが、悔しい事に仕掛けざるを得ない。
いま首抜き童子を行かせてしまうと竜翼の下でも耐えきれなくなる可能性が非常に高い。
スカイがハンマーを構えると、首抜き童子が後ろに大きく飛んだ。
「狡猾だ、な!」
スカイが大きく踏み込み、ハンマーを横に振り抜く。
首抜き童子はやはり、距離を測りながら後退していく作戦らしい。
堂々巡りだ。しかも、巡り巡った先には竜翼の下がいる。そうなれば戦況が人間側の不利となる。
戦場を俯瞰した戦術眼とも呼べるものを、首抜き童子は確かに有していた。
いまのスカイの残存魔力では、首抜き童子と他のギガンテスが合流した場合に反撃を受ければ、すぐに機能停止に追い込まれる。セパレートポールや圧空を用いたスカイの防御力は確かに高いが、魔力を大きく消費する欠点がある。
首抜き童子とギガンテスたちを合流させるわけにはいかない。
俺は対物狙撃銃を構え、首抜き童子を狙った。
スカイが大上段から振り下ろしたハンマーを首抜き童子が後ろに退いて避けた瞬間、俺は引き金を引いた。
爆発音がして、首抜き童子の額に銃弾が当たるが、傷一つ付かなかった。
この距離から撃っても首抜き童子には全く効果がないらしい。
しかも、首抜き童子は対物狙撃銃の銃声を聞いた途端ミツキの動きを横目で確認していた。二重肘が右目を塞がれるまでの一部始終を見て学習し、ミツキを警戒しているらしい。
たった一度で攻撃の流れを学習する。本当に頭のまわるギガンテスだった。
首抜き童子に見せた戦術はもうだめだ。対処されると考えて、今まで見せていない戦術を使っていくしかない。
俺はディアの残存魔力を測り、決断する。
「一か八か、カノン・ディアを劣化版で撃つ」
カノン・ディアは真空砲塔内で圧空を複数発動する多薬室砲だ。
つまり、真空砲塔内で発生させる圧空の数を減らせば、威力が落ちる代わりに魔力消費量が少なくなる。
「おそらく、倒すのは無理だ。だが、傷くらいは負わせる。できた隙を見逃さずにハンマーを叩き込めるか?」
スカイを見上げて問いかける。
「なるべく早く頼む。もう残りの魔力はいくらもない」
「俺は狙撃地点に回る。ミツキ、スカイの援護を頼む」
「頼まれたから行っておいで!」
ミツキたちに一時の別れを告げて、俺はディアの索敵魔術をオフにする。もう魔力を無駄使いできない。
森の中を疾走し、街道の先へ出る。竜翼の下が戦っているらしい戦闘音が僅かに聞こえてくるが、まだ首抜き童子とスカイやミツキの姿は見えない。
俺はディアから降りて腹のレバーを引き出し、ディアの背に乗ってカノンディアを撃つ体勢に入る。
少しでも魔力を温存するため、ぎりぎりまで真空砲となる石の銃身は出現させない。
街道の先に首抜き童子が現れる。その向こうにはスカイと、森と街道のはざまを縫って首抜き童子にアイシクルを撃ち込み牽制するミツキとパンサーの姿。
俺は息を細く吐き出しながらカノン・ディアを発動させた。
強く身体強化を施している首抜き童子に、劣化版のカノン・ディアがどれほどの効果を発揮するのかは分からない。
それでも、これに賭けるしかないのだ。
「行くぜ、相棒」
鋼鉄のシカからの返事はない。
それでも、俺は何かに勇気づけられながらカノン・ディアを発動させる。
ロックジャベリンを変形させた高度な魔術式による真空の銃身が生み出され、対物狙撃銃に連結される。
激しく動き回ってスカイの魔力切れを誘う首抜き童子に、俺は今までの経験を総動員して狙いを定める。
魔力消費を抑えるため、照準誘導の魔術は使用できない。
大丈夫だ。外れることはない。
今までだって、俺は外さなかった。
いつも通りに狙って撃てばいいだけだ。
慎重に狙いを定める時間はない。魔力がないから試射もできない。
スカイが俺へ頷き、ハンマーを上段に構える。
隙だらけのスカイに、反撃の時来たれりとばかりに踏み込んだ首抜き童子に銃口を向けて、俺は引き金を引いた。
轟音が大地を、森を揺らす。
俺の放った銃弾は首抜き童子の背中に吸い込まれ、貫通して腹部から飛び出した。
「ガアアッ」
首抜き童子が初めて悲鳴らしい悲鳴を上げる。銃弾が飛び出した腹部は侵入口である背中よりもずっと大きく傷口が開き、血が噴き出した。
「スカイ、やれ!」
俺は声を張り上げる。
腹部の貫通銃傷を片手で押さえ、首抜き童子がしまったとばかりにスカイを見る。
しかし、スカイはハンマーを頭上に掲げたまま、微動だにしなかった。
スカイの周囲を漂っていた遊離装甲、セパレートポールが支えを失ったように落下する。
いや、事実、セパレートポールは支えを失っていた。
スカイの魔力が切れたことによって、遊離装甲を維持する魔力膜が消失したのだ。
「……嘘だろ、おい」
首抜き童子がゆっくりと立ち上がる。
動作の緩慢さが腹部の怪我に起因するものではない事はすぐに分かった。
首抜き童子はスカイが動けなくなったことに気付き、勝利を確信しているのだ。
首抜き童子がスカイの頭に手を伸ばす。いつもの獲物に対してするように、首を引き抜こうとしている。
首抜き童子の指が動くことのできないスカイの頭に触れた時――
生肉がはじけ飛ぶ、湿って重く鈍い音がして、首抜き童子の腹が爆発した。
「――残り物には福があるのよ」
ミツキの声は首抜き童子に聞こえただろうか。
傷口へ正確に投げ込まれた正真正銘最後の魔導手榴弾に臓腑をめちゃくちゃにされ体内を焼かれた首抜き童子は執念を込めた指先でスカイの頭にくっきりと指の跡をつけ、息を引き取った。




