第十一話 デュラ街道の戦い
爆心地には凄惨な光景が広がっていた。
手足をもがれたゴブリンやゴライアの死骸が転がり、血臭がむせるほど漂い、肉の焼け焦げた不快臭と混ざり合っている。
直前まで人型魔物たちが張っていた石の壁のおかげで周囲の森への延焼は免れており、明かりと言えば月が頼りだ。
そんな薄暗い街道で、ほぼ無傷で生き残っているギガンテス十三体と満身創痍のゴライアたちが理不尽な爆破攻撃に雄たけびを上げている。
戦意は萎えてないようだ。
俺はディアを走らせながら、対物狙撃銃でゴライアを狙い撃った。
木々の梢を縫った銃弾がゴライアに到達し、爆破を耐え抜いた強靭な体を突き破り、命を奪う。
俺の狙撃を合図にしたように、街道へレツィアが躍り出た。
レツィアが投げつけた大鎌はゴライアの左わきから右肩へと抜けて、ゴライアの横にいたギガンテスの脇腹に浅く突き立つ。
「堅いね、やっぱ」
デイトロさんの呟き声がレツィアから漏れる。
鎖を引いて大鎌を手元に戻したレツィア目がけて、ギガンテスたちが走り出す。
しかし、走り出したギガンテスの側面を回収屋の所有するもう一機の精霊人機が強襲した。
ギガンテスの列を割るように食い込んだ精霊人機は剣を大きく薙いでギガンテスの列を完全に分断する。
ギガンテスが乱入者へ対応しようとした時、青い機体がギガンテスの一体を体当たりで弾き飛ばし、ハンマーを振り抜いて他のギガンテスをけん制した。
ボールドウィンが操る精霊人機、スカイだ。
「うわっ。港にいた奴らより頑丈だな」
体当たりで弾き飛ばしたはずのギガンテスが受け身を取ってあっさりと立ち上がる姿を見て、ボールドウィンが感想を口にする。
直後に開拓団飛蝗の精霊人機が槍を地面と平行に構えて突撃してきた。
ゴライアを二体串刺しにしてギガンテスへと肉薄した槍の穂先は、横から飛んできた別のギガンテスの拳にはじかれる。
飛蝗の精霊人機はあっさりと槍を引いて身のこなしも軽やかに森へ戻った。
森へ戻った精霊人機の操縦者らしき声が聞こえてくる。
「兄貴たちお三方はもう魔力残ってないでしょ。二体ほど釣ってここを離れてください」
「助かるよ。少数ずつ切り取る作戦でいこう」
デイトロさんが答えると、レツィアが街道をデュラ方面へ移動する。
レツィアを追い駆けたギガンテスは三体。回収屋の精霊人機も後を追う。
遠ざかるデイトロさんがレツィアの拡声器越しに指示を飛ばしてきた。
「スカイはギガンテスをこちらに近付けないように足止め、アカタガワ君たちはスカイの後ろからゴライアを始末するんだ。スカイの周囲に並みの歩兵は近づけないからね」
さすがに特性を良く分かっているデイトロさんの指示に従って、街道に仁王立ちするスカイの後ろに回り込む。
「もうゴブリンがいないから、私はあんまり役に立たないんだけど」
ミツキがつまらなそうに呟く。
爆破の影響でゴブリンは全滅したらしく、残っているのはギガンテスとゴライアだけだ。
用意していた魔導手榴弾も爆破作戦でほとんど使い切ってしまったため、あと三発ほどしか残っていない。
「ミツキは集団のゴライアに対処してくれ。狙撃だとどうしても集団を一度に仕留め切れない」
言ってる側から、三体のゴライアがスカイの足に抱き着いて動きを封じようと腕を大きく開いて走ってくる。
ゴライアの後ろからギガンテスが一体ついてきていた。ゴライアがスカイの動きを封じた直後に攻撃するつもりらしい。
「ボールドウィン、ギガンテスにだけ注意しろ!」
「おぅ、コトたちはゴライアを頼んだ」
ハンマーを構えるスカイを視界の端に捉えつつ、先頭を走るゴライアの右太ももを狙撃する。
身体強化をしていた事もあって足ごと吹き飛ぶという事はなかったが、それでも明らかに速度が落ちて後続のゴライアともども渋滞を形成する。
渋滞で密になったゴライアの足元を爆破するべく、ミツキが魔導手榴弾を放り上げた。フワフワとパンサーの頭上に魔導手榴弾が浮かぶ。
だが、一直線に投げつける事は出来ない。
スカイの周りには突風が吹いているため、風に流されることも考慮する必要があるからだ。
「誤爆はやめてくれよ?」
スカイのカメラにも、ミツキが魔導手榴弾を準備する姿が映ったのだろう、ボールドウィンが声をかけてくる。
先ほど、人型魔物を吹き飛ばした火柱を見ただけに心配なのもわかる。
「心配するな。誤爆してもスカイには効かない」
誤爆するつもりもないけどな。
ミツキがパンサーの肩に手を伸ばし、ボタンを押す。
直後、パンサーの上の魔導手榴弾が回転しながら森のほうへ飛んで行った。
しかし、魔導手榴弾はスカイの横に到達すると方向を変えてスカイの向こうにいるゴライアたちへ飛んでいく。
カーブしたのだ。
急激にカーブしてスカイを迂回した魔導手榴弾はゴライアたちの足元に着弾し、爆発、ゴライアの足を吹き飛ばした。
ただでさえマライアさんの主導による大爆発を受けた後で満身創痍のゴライアたちはかろうじて手放していなかったその命を散らしていく。
三体のゴライアの屍を乗り越えながら、ギガンテスは目を殺意と闘志で爛々と月夜に輝かせ、まずは正面の青い邪魔者を排除しようと拳を繰り出す。
ギガンテスが突き出すその拳の先にはアイシクルを変形させたと思わしきナックルが嵌められていた。
体温を持たない鋼鉄の巨人である精霊人機が受け止めればたちまち凍りつき、動きを阻害されるだろうその拳は、
「――補佐が仕事だからな」
俺が狙撃で打ち砕いた。
アイシクルでできたナックルが砕け散り、ただの裸の拳となったそれに対して、スカイは防御もせずハンマーを構える。
それは、自らの防御力に対する絶対的な信頼から来る、反撃の構え。
ギガンテスの拳が空を裂き、スカイの表面に浮かぶセパレートポールにぶつかる。
次の瞬間、セパレートポールの内側に生み出された圧縮空気が破裂して衝撃を完全に殺しきった。
まさか一切効果がないとは思わなかったのだろう。ギガンテスが驚愕に目を見開く。
「ほら、お礼だ!」
ボールドウィンが勇ましく言ってハンマーを振る。
ギガンテスが慌てて距離を取ろうとした。素晴らしい反射神経だ。並みの精霊人機が振るうハンマーなら余裕を持って避けられただろう。
だが、スカイのハンマーは並みの精霊人機とは比較にならない速さで振るわれる。
圧空の魔術で生み出された指向性のある突風を受けて、ハンマーは回避途中でバランスの崩れているギガンテスの右肩を砕く。
バキバキと音を立てながら右肩を砕かれたギガンテスが左によろける。
振り抜いた体勢のスカイを見て、次の攻撃が来るまでに余裕があると考えたらしく、右肩の骨折も気にせずに左拳を固めて突き出した。
しかし、スカイのハンマーは振り抜いた後の硬直が極端に短い。
圧空の魔術が発動しハンマーを持ち上げ、ギガンテスの反撃の左拳を側面から叩きあげた。
右肩を骨折し、左拳を側面から砕かれたギガンテスは苦し紛れに蹴りを放とうとする。
しかし、スカイがショルダータックルを繰り出す方が早かった。
体当たりによって発動した遊離装甲、セパレートポールによるシールドバッシュがギガンテスを正面から襲う。
吹き飛んだギガンテスは後方のゴライアを巻き込んで激しく転倒し、血を吐いてのたうった。
シールドバッシュを正面から受けたために肋骨が折れ、肺にでも刺さったらしい。
スカイは慈悲もなくハンマーを振り下ろし、転倒しているギガンテスの頭を叩き潰した。
「――まず一匹!」
ボールドウィンが張り上げた声の意味は分からずとも、頭を砕かれた仲間の死骸にギガンテスたちが怒る。
その時、左右の森が揺れた。
ギガンテスたちを挟んだ向こう側に、竜翼の下の重装甲精霊人機ガンディーロとバッツェが現れた。
全長七メートルの精霊人機が全身を隠せるほど巨大なタワーシールドを前面に押し出し、街道の左右の森から飛び出した竜翼の下の精霊人機たちはスカイに気を取られていたギガンテスを挟み撃ちにする。
タワーシールドの裏から繰り出した長剣でギガンテスを斬り殺した竜翼の下の二機がタワーシールドを構えて街道に陣取った。
ちょうど、スカイと竜翼の下の精霊人機でギガンテスを挟み撃ちにした形だ。
この場には残り八体のギガンテスがいる。ゴライアはまだ十体ほどいるが、すでに重傷を負っていて動きが鈍くなっていた。
動きの鈍いゴライアたちは、ギガンテスの目をかいくぐって森の中から飛蝗の戦闘員が放った投げナイフの形をしたアイシクルに足を凍りつかされ、続いて放たれたロックジャベリンで少しずつ数を減らしている。
脅威となるのはほぼ無傷で残っているギガンテスたちだ。
ギガンテスたちもスカイと後ろのガンディーロとバッツェに対応するべく四体ずつの二手に分かれ、背中合わせになっている。
と、そこへ森の中から槍を持った飛蝗の精霊人機が飛び出し、攻撃を仕掛けた。
スカイたちにギガンテスの注意が分散したところを狙い澄ました不意打ちだ。
しかし、ギガンテスのうちの一体が不意打ちを読んでいたように素早くロックジャベリンを手元に出現させ、力任せに振った。
飛蝗の精霊人機が間一髪で気付いて槍を合わせる。
硬質かつ重量級の物体がぶつかり合う、鈍い音が大きく響く。
ロックジャベリンを握っているギガンテスの右手には薬指がなかった。
「首抜き童子だ!」
精霊人機から声がする。
精霊人機を援護するべく、森の中から飛蝗の戦闘員が生み出したロックジャベリンが飛んだ。
しかし、首抜き童子は力任せに精霊人機を押し返すと身を屈めてロックジャベリンをやり過ごし、更には足元にロックウォールを展開した。
屈めていた体を起こすと同時に全身のバネを使って跳び上がった首抜き童子は、先ほど生み出したばかりの石の壁に片足をかけて踏切台とし、さらに高く跳躍する。
跳躍した首抜き童子の手には、巨大な氷の斧が握られていた。
精霊人機の頭越しに森の中を睨んだ首抜き童子は、巨大な氷の斧を力任せに森へと投げ込む。
森の中へ巨大な氷の斧が落ちると、強烈な冷気が吹き抜け、森の一部を凍りつかせた。
森の中に潜む、ギガンテスにとってはちっぽけな生身の人間を一瞬で無力化したのだ。
確かに、精霊人機と戦いながら森の中の人間を一人ずつ倒すよりはるかに効率的だろう。
他のギガンテスとは魔術の特性に対する理解力が段違いだ。
さらに、首抜き童子ほどでなくともギガンテスは知能が高い。
首抜き童子の行動を食い入るように見ていたギガンテス一体が、手元に巨大な氷の斧を生み出していた。
「頭上に壁を展開しろ!」
森の中から飛蝗の戦闘員の声がする。
ギガンテスが大きく振りかぶって森に氷の手斧を投擲した。
一瞬で森の一部が凍りつき、その一帯にいた飛蝗の構成員がとっさに生み出した石のドームをも凍らせる。
首抜き童子が魔術の使用方法を考え、それを他のギガンテスが真似をしたのだ。
「首抜き童子を最初に倒した方が良いね」
「あぁ、そうしたいのは山々だけど」
首抜き童子はギガンテスたちの真ん中あたりにいる。
そしていま、俺たちの前、スカイの正面にはもう一体の厄介なギガンテス、二重肘が仁王立ちしていた。




