第十話 飛蝗の女帝
「よくもまぁ、あんなこと考え付くよな」
夜道を慎重に進む人型魔物の集団をスコープ越しに観察しつつ、ミツキに同意を求める。
双眼鏡を覗き込んでいたミツキが深々と頷いた。
「最新の研究資料も読んでる証拠だよ。グラシアを開発したっていうから操縦士兼研究者だと分かってはいたんだけど、飛蝗の団長としての仕事もあるのによく時間が取れるよね」
ミツキは片手でパンサーの肩、魔導手榴弾の収納部分を撫でた。
「派手好きだよねぇ」
「だなぁ」
しみじみと認識を共有しつつ、俺は引き金を引いた。
スコープ越しに覗く人型魔物の集団、その先頭にいたゴライアが倒れ伏す。
怒りに燃えた目でギガンテスが周囲を見回すが、かわいそうに、暗くて俺たちを発見できないようだ。
人間にとって、魔物との夜戦は有利ではない。だが、それは精霊人機の話だ。
精霊獣機に乗る俺が遠距離狙撃すれば、人型魔物が俺たちの居場所を特定して反撃に移る前に夜闇にまぎれてしまえる。
夜戦で魔物相手に対物狙撃銃、反則的な組み合わせだ。あるいは販促的な組み合わせだ。
世界に広がれ狙撃手の輪。
などと思いつつ二発目、三発目、四発目、五発目とゴライアへ銃撃を加えていく。
距離七百メートル、風はなく、月明かりに照らされた街道を歩くゴライアはスコープ越しでもかなり不鮮明に見える
だが、俺の放った銃弾は次々とゴライアの頭を撃ちぬいた。
ディアの照準誘導は索敵魔術の応用だ。そして、索敵魔術は遊離装甲の魔術の応用である。
遊離装甲は周囲に魔力の膜を展開させている。おおもとの魔術である遊離装甲同様、ディアの照準誘導の魔術も魔力の膜を対象物まで広げる事で、位置情報をディアにフィードバックしている。
早い話、月があろうがなかろうが、ディアの照準誘導の魔術からは逃れられないのだ。
無論、明かりがあれば狙撃手である俺の目視でも狙撃対象を狙えるため精度は高まるから、明かりはあるに越したことはない。
弾倉を交換して、狙撃を再開する。
ゴライアたちもギガンテスたちも、狙撃手を探すより銃弾を防ぐ方が先決だと考えたのか、街道沿いに石の壁を張り始めた。
石の壁と壁の隙間を狙い撃つこともできなくはないが、今回の仕事はここまでだ。
「次の狙撃ポイントへ移動しよう」
「石の壁を張れば狙撃手は諦める。ここ、テストに出るよ!」
ミツキが人型魔物をびしりと指差し、聞こえもしない念押しをする。
苦笑しながら、俺はディアを次の狙撃ポイントへ走らせる。
それは、街道を一キロほど進んだところにあった。
森の中、俺はロックウォールの魔術を発動する。
急ごしらえの狙撃台の上にディアを跳躍させ、スコープを覗き込んだ。
街道までの間にある無数の木々と枝のせいで視界はかなり悪い。
だが、しばらくして現れた人型魔物が鬱蒼とした森に挟まれた道を悠々と移動する姿は確認できた。
今まで、周囲の枝の密度が高い場所では狙撃を受けなかった。だから、この場所を通っている間は狙撃がない、そう考えたのだろう。
残念、不正解。減点となります。
人差し指を少し動かすだけで、ゴライアが死亡する。
こんな場所でも狙撃があるなんて。奴め、どこに居やがる。
そんな心の声が聞こえてきそうなほど狼狽えている人型魔物たちへ、計五発、お見舞いする。
うろたえる人型魔物を右手薬指が欠損したギガンテス首抜き童子と肘が二重になっている奇形のギガンテス二重肘が一喝し、率先して石の壁を街道の左右に張る。
すると、統率を取り戻した人型魔物たちが石の壁を張り始めた。
「よくできました、と」
俺は対物狙撃銃を下ろし、肩に担いで、ディアを操作する。
狙撃台を下りた俺は、ミツキと一緒に次なる狙撃地点へ移動した。
次の狙撃地点は海の側から。もとは灯台だったという塔の上だ。
視界は良好。
狙撃を警戒しながら慎重に街道を進む人型魔物たち。
「ミツキ、この塔に気付かれた様子は?」
「大丈夫。ただ、早めに離脱した方が良いとは思うよ。見るからに怪しいし」
ひとまず、一発撃ってみよう。
そんな気軽さでゴライアの命を撃ちぬく。
度重なる狙撃でゴライアの数が減っていたが、それでもまだ両手両足を使っても数えきれない数が残っていた。
ゴライアが一体倒れて、周囲のゴブリンが反応する。
その間にまた一発。
狙撃されているという事実が人型魔物の群れ全体に伝播し始める。
三発目を撃ち込む。
三体目のゴライアが立ち眩みでも起こしたようにふらりと倒れ行くと同時に、街道沿いに石の壁が乱立した。
狙撃を中止して、俺は素早く塔を下りた。
塔の下で周囲を警戒したミツキが俺を出迎える。
「三発?」
「あぁ、計三発しか撃ちこめなかった」
順調に人型魔物は狙撃への耐性をつけている。
俺はミツキと笑い合って、次の狙撃ポイントへ移動した。
人型魔物は学習能力が高い事で知られている。
人が使った魔術を真似したり、街道沿いに村や町がある事を知って行動パターンを変えたりする。
もちろん、門を石の壁で塞がれればそういう魔術がある事を理解し、真似をする。
そう、人型魔物は知能が高い。
町で拾ったテーブルを盾代わりに手で持って構えて見たり、ロックジャベリンを投擲道具としてだけでなく、自らの足を延長して武器として使ってみたりする。
だから、石の壁を街道沿いに発動すれば狙撃を防げることを学習し、それが効果的であることを理解できる。
幾度となく繰り返すうちに、人型魔物たちは狙撃に反応して石の壁を生み出すようになる。
あたかも、パブロフの犬のように、思考を挟むことなく条件反射で行動するようになる。
狙撃ポイントに到着し、俺は人型魔物が通りがかるのを待った。
しばらくして、通りがかった人型魔物の群れを狙撃する。
たった一発の狙撃で、ギガンテスもゴライアも一斉に街道沿いを石の壁で防いで見せた。
「優秀な生徒を持った感想はどうだ?」
ミツキに問いかける。
ミツキは袖で目元を覆って見せた。
「もう教える事はないよ。彼らは卒業していくんだね」
「じゃあ、送り出そうか」
天国か地獄か、人型魔物の死後の世界は知らないけど、この街道の先に待つのは地獄だ。
俺とミツキは森の中を走り抜け、最後の狙撃ポイントに到着する。
待っていたマライアさんたちに仕掛けが完了したことを教えると、すぐに迎え撃つ準備を始めた。
精霊人機は飛蝗のグラシアともう一機、回収屋のレツィアとさらに一機、青羽根のスカイ。
そして、港町への移動を後回しにした竜翼の下のガンディーロとバッツェの姿もあった。
計七機の精霊人機が集結しているというのに、この場に整備車両や運搬車両は一台も存在しない。
いや、動かすことができないだけでガワだけは存在しているか。
各開拓団が有している全部で十両の車両はすべて蓄魔石と魔導鋼線を抜かれていた。
抜き出された蓄魔石はすべて飛蝗が所有している一両の運搬車両の荷台に詰め込まれ、そこから延びた魔導鋼線は街道に向かって伸びている。
青羽根の整備士長が自らの整備車両の助手席で男泣きしていた。
「みんなでバイトして買った整備車両がハリボテに……ハリボテに!」
ワンワンと泣いている整備士長を他の青羽根の団員が慰めていた。
ボールドウィンはスカイに乗っているため姿が見当たらない。
竜翼の下の整備車両ではこの世の終わりのような顔をしたドランさんが整備車両に背中を預けて放心していた。
「ギリギリ黒字……黒字になるはず」
「流石は〝飛蝗〟と罵声を浴びせられた開拓団。どの方面にも容赦がないですね」
冷静な振りしてドランさんの隣で眼鏡を押し上げ呟いているのはリーゼさんだ。でも顔が青い。
飛蝗、それはある種のバッタが群れを成すことで起こす災いだ。移動先の作物を喰い荒らし、時に被害は人が着る衣服にまで及ぶ。
その飛蝗の名を冠する開拓団は、該当地域のあらゆる魔物を殺戮し、開拓村を築き上げた。
軍を用いた国の介入すらも退けたその武闘派振りは凄まじく、様々な開拓団、ギルド、村から魔物駆除の仕事を依頼された。
しかし、この開拓団〝飛蝗〟はあらゆる魔物退治を生業とする開拓団とは毛色が違った。
すでに自らの手で魔物を駆逐した土地に大規模な開拓村を築き上げた彼女たちは金銭的な報酬に頓着しなかったのだ。
彼女たちが求めるのはひたすらに、腕が鈍らない事。
あらゆる手段を用いて魔物を駆逐する。そのためなら、たとえ赤字でも構わない。
「――鉄の獣、獲物が通るよ」
獰猛に、すべてを食らいつくす飛蝗の女王が笑った。
「攻撃開始だ!」
俺が街道を通る人型魔物の群れを狙撃した直後、人型魔物たちは街道の左右に石の壁を生み出し、壁と壁の内側に密集して身を隠す。
「ははは、吹っ飛べ!」
操縦者であるマライアさんの高笑いが聞こえたかと思うと、グラシアの両腕に飛蝗の絵が浮かび上がった。
直後、蓄魔石が積まれた整備車両の荷台にグラシアが魔術で生み出した熱湯が注ぎ込まれる。
最新の研究では、蓄魔石は一定温度以上になると魔力の排出量が上昇すると報告されている。
この蓄魔石の排出量上昇の性質は高価な蓄魔石そのものが融解する事からあまり役に立たない発見だと思われている。
だが、それは逆に、蓄魔石を使い捨てる覚悟があれば大量の魔力を一度に放出させる事が可能だともいえる。
整備車両の荷台にグラシアが注いだ熱湯は中に積まれていた蓄魔石を瞬時に熱し、融解させ――膨大な魔力を吐き出させた。
蓄魔石に繋がれていた魔導鋼線が魔力の過剰供給による青い火花をまき散らし、まるで導火線のように魔導鋼線が燃えていく。
青い火花があっという間に森の奥へ消えた。
そして、街道のど真ん中、人型魔物が石の壁を生み出して立てこもったその足元に仕掛けられた魔導手榴弾へ青い火花が到達する。
人型魔物の足元で魔力を過剰供給された魔導手榴弾が大爆発を引き起こした。
爆風は人型魔物が生み出した石の壁のせいで逃げ場を失い、密集して立てこもっていた人型魔物の間で荒れ狂い、その熱を逃がす場所を探しながら火柱となって夜空へ高く打ち上がる。
十両の車両から抜き出した魔導鋼線を繋ぎ合わせて距離を稼いだ俺たちにまで、熱風が僅かに届き、焦げ臭いにおいを森へ広げていく。
グラシアの搭乗口を開いたマライアさんは、眩しいくらいの光に照らされながら、それはそれはいい笑顔で満足げに頷いていた。
「これでゴブリンとゴライアの大部分が焼け死んだ。ギガンテスも無事じゃあ済まないだろ」
マライアさんは魔力切れのグラシアの肩に飛び上がると、精霊人機の操縦士、さらには部下の戦闘員にまで見えるように大きく右手を掲げ、首を落とすようなジェスチャーをした。
「野郎ども、一匹も逃がすな!」
飛蝗の戦闘員たちが雄たけびをあげ、身体強化を施した体で街道に向けて走り出す。
レツィアが、スカイが、ガンディーロにバッツェ、すべての精霊人機が街道へ駆け出す。
それ、すべての命を食い殺す飛蝗の如く。




