第八話 カノン・ディア
港に上がった仲間が次々と討ち取られていく光景を見て、さすがのギガンテスも不利を悟ったらしい。
満を持して、ギガンテスが沖から泳いでくる。しかし一体だけではなかった。
報告にあった七体のギガンテス。そのすべてが泳いでくる。
俺は素早く港に視線を走らせた。
レツィアとスカイ、防衛軍の精霊人機が一機、あとは歩兵だけの戦力。
「まずいな」
「実質的に三対七だもんね」
ギガンテスに対抗できるのは精霊人機のみ。ミツキが言う三とは防衛側の精霊人機の数だ。
「デイトロさん、策はありますか?」
「いやぁ、これは正直厳しいね。もう一機動ける精霊人機があれば別だったんだけど」
「回収屋のもう一機の姿は見えないですけど?」
「町の入り口を守ってもらってる。ギルドも防衛軍も港からしか侵攻はないと思って、港に精霊人機を集めちゃったからね」
街道沿いを進んでくる人型魔物が到着するまでまだ時間はあるはずだが、何しろ魔力袋持ちの個体が多い。身体強化を施されると一気に時間を短縮される可能性があるため、町の入り口に門番として残してきたらしい。
デイトロさんはスカイに乗るボールドウィンに声を掛ける。
「ギガンテスが上がってきたら海に突き落としてくれ。陸に上がったギガンテス三体までなら勝機もある。魔術が厄介だけど――」
「魔術は俺とミツキでなんとかしますよ」
「できるのかい?」
俺はレツィアに向かって頷いた。
この後に控えている街道での戦いを考えると魔力を無駄使いできないが、ミツキの魔導手榴弾や俺の対物狙撃銃であれば消費魔力も少ない上に破壊力がある。
ギガンテスそのものに効果があるかは疑問だが、魔術で生み出した石の槍などを破壊するくらいはできる。
「あの北門の惨状を作ったのはホウアサちゃんだったのか。それじゃあ、任せるよ」
デイトロさんの承認を受け、ギガンテスの襲撃に備える。
一キロの遠泳も体長六から八メートルの巨体をさらに魔術で強化したギガンテスにとっては苦労もないらしく、疲れた様子もなく埠頭に手を掛けようとしていた。
「――どかん」
ミツキが呟くと、パンサーが魔導手榴弾をギガンテスの指先にピンポイントで投擲した。
爆風で生み出された波により、ギガンテスが僅かに押し戻される。
頭を上げて状況を確認しようとしたギガンテスとスコープ越しに目があった。
「悪いね」
口を突いて出た言葉とは裏腹に、俺の指は無意識に躊躇なく引き金を引いていた。
半ば反射的な発砲だったが、銃弾は狙い通りの軌道を描いてギガンテスの目に吸い込まれる。
しかし、ギガンテスは突如瞼を強く閉じた。
身体強化で強度を増した強靭なギガンテスの瞼に、俺が放った対物狙撃銃の銃弾が弾かれる。
……ありかよ。
「やっぱり通常弾じゃ効果はないね」
ミツキが俺の銃撃の結果をオブラートにも包まず突きつけてくる。
「少し凹むんだけど」
「現実を見なよ」
いつだって現実は俺の心に突き刺さる。そう思いながら、ギガンテスが防衛軍の精霊人機へ投げつけようとしていたアイシクルを狙撃して粉砕する。
ちらりと視線を転じれば、港に上がってきたギガンテスにレツィアが大鎌を投げつけ、空中で掴みとられそうになっては引き戻すといった攻防を繰り広げていた。
レツィアは速度重視の機体であり、防御力のほとんどを二重の遊離装甲に頼っている。あまり接近戦が得意ではないため、遠距離から仕留める機会を窺っているようだ。
レツィアと対峙しているギガンテスは迂闊に間合いを詰める事も出来ず、魔術による投擲をしようとするたびに俺の狙撃で妨害されて良いようにあしらわれている。
倉庫の屋根の上から戦場を俯瞰すると、戦況はやや膠着しているのが分かった。
海に面した港では、海から這い上がろうとするギガンテスにミツキの魔導手榴弾が飛び、這い上がったギガンテスに対してはボールドウィン操るスカイが体当たりの要領で遊離装甲によるシールドバッシュを行い海に突き落とす。
港に上がって戦闘しているのは二体のギガンテス。片方はレツィア、もう片方は防衛軍の精霊人機が相手をしている。魔術を使用して形勢逆転を狙ってくるギガンテスだが、石の槍でも氷の斧でも、生み出した瞬間に俺が狙撃して破壊するため攻め手を失っている。
港へ入るための道にはゴブリンやゴライアが攻め込んでいるが、こちらは防衛軍と開拓者でどうにか抑え込んでいた。
スカイが埠頭を固めているのも、歩兵組の援護になっていた。スカイは衝撃に備えようとすると周囲に暴風をまき散らすため、体長一メートルのゴブリンは軽く吹き飛ばされて海に落ちていく。何度も海に戻された事で体力が尽き、おぼれたらしいゴブリンの死骸もちらほら見える。
膠着した戦況が傾き始めたのは、防衛軍の精霊人機が相手をしていたギガンテスを斬り殺してからだった。
「よし、次!」
威勢よく声を張り上げ、精霊人機はレツィアが相手をしていたギガンテスに横合いから斬りかかる。
完全に不意を打ったその一撃は、レツィアの大鎌の投擲による助力あってこそのものだ。
二体目のギガンテスが長剣の一閃で首を落とされる。
「やるね、君」
「そっちもな」
デイトロさんに気安く言葉を返して、精霊人機がレツィアから距離を取る。
精霊人機が持ち場に戻ったのを確認して、スカイが埠頭の防御を緩め、ギガンテスを通す。
五体に減ったギガンテスのうち、港に上がる事が出来たのは三体。他の二体はタイミングが合わずにスカイに突き落とされていた。
三体のギガンテスは仲間の死骸に憤怒の雄たけびをあげ、レツィアと精霊人機に襲い掛かる。
しかし、三体の足元に投げ込まれた魔導手榴弾が爆発し、ギガンテスのバランスを崩した。
魔導手榴弾の爆風を受けても火傷一つ負わなかった頑丈なギガンテスに、レツィアと精霊人機が躍りかかる。
体勢を崩していたギガンテスは防御姿勢すら取れないまま斬り殺され、地面に転がった。
「ホウアサちゃん、お見事だ。デイトロお兄さんも惚れちゃ……アカタガワ君! その冷たい目を止めて! ホウアサちゃんも真似しないで!」
「真面目にしないと、兄貴呼び広めますよ?」
「分かった、調子に乗ったのは謝るから。本当にその冷たい目はやめて。心臓に悪いから」
後半は泣きが入っていたので、俺はレツィアから視線を外す。
ミツキがレツィアに対して舌を出していた。
冗談でも言って良い事と悪い事はあるが、デイトロさんの発言は明らかに後者だった。
「私はヨウ君一筋ですよぉだ!」
追い打ちにこっぴどく振ったミツキを責める者などいるはずがない。いたら俺が許さない。
残りのギガンテスは二体、スカイが埠頭の防衛を止めて、ハンマーを構える。
しかし、ギガンテスは攻めてこなかった。港から五百メートルほどのところでこちらの様子を窺っている。
仲間が五体、立て続けにやられたのだ。撤退するのは賢い判断だろう。
「――って、撤退もしないのか」
しばらく待ってみたが、ギガンテスは海の中で立ち泳ぎをしてこちらの様子を窺うだけだ。
「街道を来る仲間が挟み撃ちを成功させるまで、ここで待つつもりみたいだね」
ミツキが分析する。
防衛軍の精霊人機の操縦士が舌打ちした。
「面倒だな。この距離だと魔術攻撃は避けられるか迎撃される。開拓者、何かいい案はないか?」
意見を訊かれたデイトロさんが難しそうに唸る声が拡声器を通して聞こえてくる。
「あいにくと、魔術戦が得意な機体じゃなくてね。スカイもそうだろう?」
「無理ですねぇ。近接も近接。魔術格闘型なんで」
手をこまねいている間に、歩兵組が戦っていたゴブリンやゴライアを全滅させたらしい。
余裕が出てきたが、まだ明確な脅威である大型魔物ギガンテスがすぐそこの海で泳いでいる。
しかし、攻撃手段がない。
「こうしている間にも、街道から別の群れが来てるって……」
歩兵の誰かが声を上げ、ギガンテスを指差す。
「早くあれを倒せよ!」
「できないって言ってんだろうが。素人は黙れよ」
防衛軍の精霊人機から、苛立った声が降ってくる。
声を上げたのは開拓者らしい。近くにキリーの父親がいるところから見て、デュラ出身者だろうか。
周りの防衛軍の歩兵は嫌そうに顔を顰め、デュラ出身者から距離を取っていた。
注目が集まったのを見て取って、素人開拓者が苛立たしげに、倉庫の屋根に乗っている俺とミツキを指差した。
「お前の銃で撃ち殺せよ!」
なんで命令してるんだこいつ、と少しイラついたが、無視する。
しかし、素人開拓者たちは俺を指差してまた叫んだ。
「知ってんだぞ。お前がデュラに来た日に人型魔物が襲ってきたんだ!」
「この疫病神が!」
「お前が餌か何か撒いてるんじゃねぇだろうな!?」
「それとも隣の化け物がまた何か得体のしれないもん作って呼び込んだのか!?」
「その乗り物も気持ち悪いんだよ!」
「ボルス防衛戦で儲けた癖にデュラの互助会に寄付もしてねぇだろ!」
「金がある癖に避難民に分け与える事もしないで独り占めしやがって!」
「お前らなんか――」
罵声を遮る様に、俺は空に向けて対物狙撃銃を発砲した。
「――黙れ」
俺はディアの背を下りる。
対物狙撃銃をさりげなくキリーの父親たちに向けると、防衛軍やまともな開拓者たちが距離を取った。
「そこまで言うなら、撃ち殺してやるよ」
ミツキがギガンテスを警戒しながら、俺を横目でちらりと見た。
「やっちゃうの?」
「あぁ、やってしまおう」
にやりと不敵に見えるように笑い返すと、ミツキはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「やっちゃえ」
ミツキの許可も頂いたことで、俺はディアの腹部に取り付けられているレバーを引き出した。
「お、お前みたいなガキが、人殺しなんてできるわけねぇだろ」
素人開拓者の一人が向けられた銃口を凝視しながら、震え声で言う。
俺は鼻で笑ってやった。
「誰がお前を殺すなんて言ったよ」
左右にレバーが飛び出したのを確認して、対物狙撃銃をディアの角に乗せつつ再びまたがる。
引き出したレバーを膝の裏に当て、ディアの背に腹這いになった俺は、一度深呼吸した。
ディアの両肩のボタンを同時に押す。
この場に居合わせた者は幸運だ。
常識を覆す新技術をその目に焼き付けて帰ることができるのだから。
「俺たちを馬鹿にしてきた者へ捧ぐ。これは――反撃の銃火!」
俺が声を張り上げた瞬間、この場に居合わせたすべての者が見た。
ディアの角に支えられた対物狙撃銃の銃身が伸びる、常軌を逸した光景を。
長さ一メートル五十センチの石の銃身が瞬時に生み出され、対物狙撃銃の銃身を延長したのだ。
「鼓膜を震わせ、目に焼き付け、脳に刻みつけろ。これが――」
笑い出しそうになる。
気分が高揚する。
眼下を見てみろ。
この町の人間も、デュラ出身の開拓者連中も、ほら、キリーの父親や、開拓団、回収屋に青羽根でさえ唖然としてる。
悲鳴を上げてみろ。どうせ全部掻き消える。
良く聞け。
「――鉄の獣の張り上げる銃声、カノン・ディア!」
引き金を引いた直後、暴力的な爆音が大気を震わせ、倉庫屋根をぐらぐらと揺らす。
ディアの首でも相殺しきれなかった反動が俺を襲う。
俺が膝の裏でとらえた左右のレバーが強力なバネで反動に抗いながらもなお後方へと持って行かれる。
俺の体もディアの背中の上を滑り、尻尾の近くまで来て、止まった。
狙い撃ったギガンテスに目を向ける。
海の上に、頭を失い、力が抜けたギガンテスの体が浮いていた。
即死だ。
身体強化を使用中の大型魔物、ギガンテスを即死させる威力。文句のつけようもない。
俺はすぐに膝の裏にとらえていたレバーを外し、ディアの肩の間にあるボタンを押してレバーの位置を元に戻す。
強烈すぎる反動に耐えるため、レバーが動いた時にはディアの全身が硬直してしまう。この硬直はレバーが元の位置に戻らない限りは解除されない。
一発限りの石の銃身が込められた魔力を失って掻き消える。
「もう一体のギガンテスを始末する。スカイ、そこを退け!」
俺はスカイに乗ったボールドウィンへ怒鳴りつつ、再び膝の裏にレバーを当てる。
対物狙撃銃の銃身をディアの角に乗せ直して、先ほどの反動で角が壊れていない事を確認しつつ、両肩のボタンを押した。
魔術で生み出された石の銃身が俺の愛銃に接続され、銃身を延長する。
何が起きたのかをようやく呑み込めたらしいギガンテスが俺に向かってアイシクルを変形させた氷の斧を投げつけようとする。
「……させないよ」
ミツキが放り投げた魔導手榴弾がパンサーの索敵魔術と連動した正確な投擲によって氷の手斧に命中する。魔導手榴弾が爆発し、氷の手斧は砕け散った。
「往生しろよ」
カノン・ディアの引き金を引く。
対物狙撃銃の爆発魔術で撃ち出された銃弾が鉄の銃身を潜り、その先にある魔術で生み出された石の銃身に到達する。
真空の石の銃身内を通る銃弾の真後ろで、完璧に発動タイミングを設定した圧空の魔術が炸裂する。
石の魔術ロックジャベリンと風の魔術圧空を完璧なタイミングで発動させる、ロングバレルの真空多薬室砲、それこそがカノン・ディアだ。
さらに、ディアの照準誘導の魔術が合わさり、命中率は高い。
ただでさえ音速を優に超える対物狙撃銃の銃弾が石の真空銃身の中でさらに加速し、威力と速度を高める。
石の銃身から飛び出した銃弾は、普段の倍以上の速度を有していた。
避けられるはずもなく、最後のギガンテスは首から上を吹き飛ばされ、ゆっくりと沈んでいく。
――それはこの世界で史上初の、歩兵による大型魔物の単独撃破が成された瞬間だった。




