第五話 封鎖作戦
封鎖予定の北門周辺にはゴライアとゴブリンがうろうろしていた。
派手に動くことになる精霊人機を使うとゴブリンたちに囲まれかねない、と判断したデイトロさんが、俺とミツキ、飛蝗の戦闘部隊のみで北門周辺の魔物を狩る作戦を提案してきた。
「幸い、魔力袋持ちのゴライアが相手でも逃げ切れるアカタガワ君やホウアサちゃんがいるからね。ギガンテスがいた場合は問題だけど――」
「俺とミツキでギガンテスを優先的に釣り出して、デイトロさんたちに仕留めてもらいます。それでいいですか?」
「そうだね。ギガンテスの排除が済み次第、戦闘部隊と鉄の獣でゴライアとゴブリンを殲滅しよう。危ないと思ったらすぐにデイトロお兄さんのところに帰ってくるように」
作戦が決まり、俺はディアに跨って北門へ先行する。
北門前に陣取っている人型魔物の集団は無視して、昇り始めた太陽に向かって森に入る。
一通り東や西に行ったり来たりしたが、ギガンテスの姿は見えない。デュラの中にいるのだろう。
「好都合だね。デイトロさんたちに教えて、作戦を開始しよう」
ミツキに言われて、俺たちはデイトロさんの下に取って返した。
ギガンテスがいない事を報告すると、待ちわびていたように飛蝗の戦闘部隊が動き出し、北門を起点に森の中へ分け入っていく。彼らはゴブリンを優先して排除してくれるはずだ。
デイトロさんが愛機であるレツィアに向かう。
「デイトロお兄さんは遠くから北門を監視するよ。ギガンテスが出てくるとすれば、北門を必ず通る。大型魔物はこちらに被害が出る前に素早く仕留めたいからね」
「まだ北門にはゴブリンもゴライアもいますよ?」
「もちろん、北門から幾分離れたところで狩るよ。大丈夫、仲間を呼ばせるようなへまはしないさ」
デイトロさんが言うなら、実際にやってしまえるのだろう。何しろ、死亡率が極端に低いとギルドに太鼓判を押されている開拓団だ。無茶をするはずもない。
「では、北門を任せます。俺たちは戦闘部隊の人たちを援護しつつ、ゴライアを狩るので」
「魔力袋持ちに気を付けるんだよ。危ないと思ったらすぐに帰って来るんだ。デイトロお兄さんが華麗かつ見事にかっこよく倒して見せ――」
「つべこべ言ってないで持ち場についてください」
言葉を遮ると、デイトロさんはしょんぼりしながらレツィアの操縦席へ歩き出した。
整備車両に乗り込もうとしていたグラマラスお姉さんが俺に向かってサムズアップしてくる。
どうやら、デイトロさんのあしらい方はさっきので正解だったらしい。
「ヨウ君、行くよ」
ミツキに声を掛けられて、俺はディアを操作する。
北門周辺の森はゴライアやギガンテスが頻繁に出入りしているせいか枝が折れ曲がっている木が多く、倒木もちらほら見受けられる。
射線を確保しやすいが、魔物からも発見されやすい環境だった。
不意打ちを受けないように索敵魔術の範囲を最大にして、森へ入る。
飛蝗の戦闘部隊が暗殺者じみた動きでゴブリンを殺害している。悲鳴も上げさせない。
「手馴れてるね」
ミツキが戦闘部隊の動きを見て微妙な顔をする。当然の反応だろう。
ゴブリンを暗殺しながら口元に笑みを浮かべて、血塗れた大剣を肩に担ぎ直し、次の獲物を探している大男なんて仲間でなければ、見た瞬間俺だって逃げ出す。
ディアとパンサーが索敵魔術の反応を告げ、俺は戦闘部隊にゴブリンの処理を任せてゴライアを亡き者にするべく狙撃ポイントへ移る。
狙撃ポイントから見下ろすと、ゴライアが慎重に森の中を進んでいた。
戦闘部隊が悲鳴を上げさせずにゴブリンを暗殺していても、森の中で起きている異変にゴライアは気付いたのだろう。
ミツキが双眼鏡でゴライアの位置を確認し、周辺に他のゴライアやゴブリンがいないか探す。
「あの一体だけで行動しているみたい」
「取り巻きのゴブリンが戻ってこないから探しに来たってところか」
たった一体のゴライアは時折屈んで目線を低くし、ゴブリンを探している。
ミツキが双眼鏡を下ろした。
「悲鳴を上げさせないように一発で仕留めてね」
「身体強化を使っているみたいだから、目玉を狙うか」
身体強化を使用すれば目玉だろうとなんだろうと強化されるが、元々の強度が低いため他の部位よりも銃弾が貫通しやすい。
ゴブリンを探してひっきりなしに動いているゴライアの目玉に狙いを定め、引き金を引く。
距離にして七百メートル。狙撃に気付くことなくゴライアは銃弾に頭の中をかき回されて倒れ伏す。
「またつまらぬものを撃ってしまった」
「価値あるものを撃って台無しにするよりいいんじゃない?」
「そういう意味じゃないと思うんだが」
微妙にずれた会話を繰り広げて、次なる狙撃ポイントへ。
それにしても、人型魔物の数は多いがどことなく違和感のある配置だ。
ゴブリンとゴライアの比率がいつもと違う気がする。具体的にはゴブリンが多すぎる。
ゴライアを十三体ほど屠った頃、太陽が中天に差し掛かった。
目につくゴライアはあらかた倒したし、ゴブリンの方も戦闘部隊が順調に片付けている。もう北門周辺にいる人型魔物は北門そのものを守護しているらしい番兵のようなゴライアが二体とゴブリン二十体ほど。
デイトロさんや飛蝗の戦闘部隊長と合流し、北門の状況を報告する。
飛蝗の戦闘部隊長が頭を掻いた。
「そいつは厄介だなぁ。一度に仕留め切るには難しい数だ」
デイトロさんが腰に両手を当てて北門を睨む。
「デイトロお兄さんが見張っている間に、番兵役の人型魔物たちが二回、人員交代をしているのを目撃したよ。しかも連中、時計なんかもないから交代時間はバラバラだ」
「交代直後でもない限り、次の番兵役が近くにいるかもしれねぇのか。兄貴のレツィアなら一度に薙ぎ払えないか?」
戦闘部隊長に兄貴呼ばわりされて、デイトロさんは何とも言えない顔をする。
作戦行動中だからいちいち呼び方の訂正をするわけにはいかないけれど納得もできない、という何とも面倒くさくてどうでもいい葛藤が見え隠れしていた。
デイトロさんの葛藤を見抜いたのか、グラマラスお姉さんが呆れたようにデイトロさんのわき腹を肘でつつく。
デイトロさんがため息を吐き出した。ひとまず葛藤を脇に置くことにしたらしい。
「交代直後を狙うとしても、ゴライア二体を瞬殺するのは難しいね。北門付近は視界が良すぎる。精霊人機だとどうしても接近に気付かれて声を上げられてしまうよ」
精霊人機は目立つ。
デイトロさんの愛機レツィアは回収屋としての仕事をこなすために静穏性、隠密性に重点を置かれた機体だが、精霊人機らしい巨人のような大きな機体だけはどうしようもない。回収屋はもう一機、精霊人機を所有しているが、こちらも大きさは変わらない。
番兵役を置いているくらいだ。北門を守護しているゴライアやゴブリンが助けを呼べば、ギガンテスが飛んでくる。
デイトロさんの視線が俺とミツキに向く。
「できる?」
短い問いかけ。
俺はミツキと一緒に頷いた。
「邪魔をしないで頂ければ」
「じゃあ任せるよ。分かっているだろうけど、門を固めているゴライア二体もゴブリン二十体も、魔力袋を持っていると思った方が良い」
「問題ないです。都合よく一塊になってますし」
なぁ、とミツキに話を振る。
ミツキは右手を握ってからぱっと花が咲くように右手を勢いよく開いた。
「三つかな」
「それでいい」
パンサーの新武装を使ってしまえば、魔力袋持ちのゴブリンが二十体でも瞬殺できる。
「念のため、戦闘部隊も同行をお願いします。まだ森の中にゴブリンが潜んでいる可能性があるので」
北門を固める魔物を排除しても、森の中からゴブリン達が帰ってきたら意味がない。戦闘部隊を配置してデュラの中へ帰らせないようにしなくてはならない。
マライアさんを呼んでくるという回収部隊と別れて、俺はミツキと並んで北門が見える森の中へ身を潜める。
しばらくして、ディアに乗る俺の横にいた戦闘部隊長が配置完了を教えてくれた。
ゴライアたちは森の中の異変に気付きつつも襲撃されている確信を持てずにいるらしく、周囲を警戒しながらも仲間を呼びに行く素振りがない。
俺は対物狙撃銃を構える。
「……この距離でゴライア二体を仕留められるのか?」
戦闘部隊長が半信半疑と言った様子で訊ねてくる。
北門はここから距離にして六百メートル程度。
魔導銃があまり普及していないこの世界では対物狙撃銃を使用する開拓者や軍人も皆無で、六百メートル先から成人男性の手のひら大のゴライアの目を正確に撃ちぬく狙撃手はいない。
しかも、狙撃対象が二体、声を上げさせずに仕留めるという厳しい条件も付いている。
戦闘部隊長が不安に思うのも仕方のない事だ。
しかし、俺の相棒であるミツキはしくじるなどと欠片も思っていないらしい。
ミツキが戦闘部隊長を見る。
「ヨウ君は外さないよ」
確信を持って言い切ったミツキは笑みを浮かべ、パンサーのレバー型ハンドルを握る。俺の狙撃が成功した直後に駆け出すためだ。
「じゃあ、ミツキの期待に応えるとしますか」
俺は静かに引き金に指を掛ける。
気負う必要なんてどこにもない。
俺はただ、引き金を引くだけだ。
対物狙撃銃が火を噴いた。
俺は狙い撃ったゴライアの末路を見届けず、もう一体に素早く照準を合わせる。
立て続けの狙撃にもかかわらず、ディアの照準誘導機能もあって、銃口は正確にゴライアの目玉を捉えた。
再度の発砲と同時に、ミツキを乗せたパンサーが駆け出す。
俺に目玉を撃ちぬかれたゴライアが二体とも、何が起こったかも理解していない顔で倒れていく。
ゴブリンはゆっくりと倒れるゴライアに何事かと不思議そうに視線を向けた。
ゴブリンとの距離が三百メートルを切った時、ミツキがパンサーの肩にある小さなカバーを外し、中からこぶし大の鉄の球体を三つ、取り出した。
ゴブリンたちがゴライアの死亡に気付き騒然とすると同時に、パンサーに気付く。
だが、もう遅い。
ミツキがパンサーを急停止させる。パンサーの四肢が地面を削り、砂埃が上がった。
完全に停止しきる前に、ミツキは鉄の球体を強く握り込んで軽く上に放り投げる。
空中に放り出された鉄の球体はミツキの頭上十センチほどで停止し、フワフワと漂う。その動きは遊離装甲と全く同じものだ。
「――どかん」
ノリノリでミツキが口にすると同時に、宙を漂っていた三つの鉄の球体が撃ち出されるようにゴブリンたちへ殺到する。
球速は最大時速二百キロ。直撃するだけで即死する鉄の球体だが、ただ投げつけるだけの武装ではない。
ゴブリンたちの中央へ吸い込まれるように撃ち出された鉄の球体は、地面に落ちた瞬間――爆発した。
爆風でゴブリンたちが吹き飛び、宙を舞う。
さらに、立てつづけに着弾した二つの鉄の球体が突然の爆発に唖然としている他のゴブリンをまとめて爆破する。
「……なんだ、あれ」
俺に問いかけてくる戦闘部隊長の声が震えている。
それはそうだろう。遠距離で爆発する物なんて魔法しか知らないはずだ。
まぁ、ミツキが投げた鉄の球体も魔法で爆破させてるんだけど。
「魔導手榴弾ですよ。爆発の魔術式を刻んだ魔導核を内包した鉄の塊です。パンサーの索敵範囲外に出ると、ああして衝撃を受けた瞬間爆発します」
威力は炎系の魔術フレイムボムと同等、しかしパンサーの索敵魔術と連動しているためにピンポイントに投げ込む事が出来、火薬を使用していないため誤爆や誘爆はしない。かつ、周囲に鉄の破片をまき散らす。
「いろいろあって、防衛拠点ボルスの防衛戦に参加したんですが、自動拳銃だと威力が低い上に群れを相手にするのが難しかったんです。甲殻系の魔物は硬いですから、なおさらきつかった」
だから、多数を一度に薙ぎ払うための武装を考え、パンサーに搭載したのだ。
二十体のゴブリンを魔導手榴弾で瞬殺したミツキが帰ってくる。背後にはばらばらになったり鉄の破片が無数に刺さったゴブリンの死骸が横たわっている。
「二つでよかったかも。効果の大きさが良く分からないから、もう少し練習しないとかな」
「甲殻系の魔物用に作ったから、ゴブリン相手だとオーバーキルっぽいな。おいおい、慣れていこうか」
何はともあれ、これで北門付近の魔物は一掃した。
遠くからレツィアとマライアさんの愛機グラシアの真っ赤な機体が迫ってくる。
「派手な暴れ方したみたいだねぇ。あたしは好きだよ、こういうの」
でしょうね。
グラシアが北門の前まで走り込んで足を止める。
「離れてな。北門を封鎖するよ!」
グラシアの両腕の赤い外部装甲に白く縁どられた飛蝗の絵が浮かび上がった。
直後、北門に巨大な石の壁が出現する。
見上げるような高さの石の壁は北門を埋めるようにそびえ立ち、防壁に連結した。
グラシアが生み出した石の壁は重厚で、見るからに頑丈そうだった。
「さぁ、用は済んだ。撤退するよ」
マライアさんの号令を受けて、森の中から飛蝗の戦闘部隊が出てくる。
俺もミツキと一緒に森を出た。戦闘部隊長も一緒だ。
戦闘部隊長がパンサーを見る。
「派手好きの女は姐御だけで十分だったんだがなぁ……」
「いや、魔導手榴弾はミツキじゃなくて俺の発案だ」
事実を教えると、戦闘部隊長は俺とデイトロさんが乗るレツィアを見比べる。
「兄貴って呼ばれることに興味はあるか?」
「――ねぇよ」




