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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第四章  二人の世界は外界と交差する

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第二話  魔力袋持ち

 町を出発してすぐ、俺とミツキは街道を外れて森へ入った。

 車両を持つ回収屋や飛蝗の戦闘部隊は道なりに進まないと木々に阻まれて立ち往生するが、精霊獣機に乗る俺とミツキの場合は森を突っ切る方がはるかに速い。

 木の枝を避けるためにディアの後ろにミツキの乗るパンサーがつく。

 俺は後ろのミツキを振り返った。


「この辺りなら、俺の後ろにつかなくても枝が邪魔にならないだろ」

「ディアの後ろを走っていた方が空気抵抗を減らせるから、魔力の消費も抑えられるでしょ」

「それもそうか」


 ミツキが不便を感じていないなら別にいいか。


「それに、ヨウ君の三歩後ろを歩いていた方が良い女っぽいでしょ?」

「時代錯誤だろ、それ」


 この世界で通じるかどうかも怪しいし。

 言葉を交わしている内に目的の村の近くまでたどり着く。

 ディアとパンサーの索敵魔術に反応はない。


「村の周囲を回って安全を確かめてから、村の様子を観察しよう」


 ミツキの提案に賛同して、俺はディアの頭を左に向ける。

 村の周囲を時計回りに一周して安全を確かめてから、森の中でディアの足を止めた。


「ミツキは周囲の警戒を頼む」

「分かった」


 パンサーの重量を軽減してから木に登って行くミツキを見送って、俺は対物狙撃銃のスコープ越しに村の様子を窺った。

 こじんまりした建物がまばらに立つ村だ。総人口二百人程度だったと聞いているが、人口密度はかなり低かったのだろう。

 畑は荒らされた後のようだ。いくらか作物が残っているが、周りを囲む柵は倒されている。

 索敵魔術に反応していない就寝中の魔物がいるかと思ったが、確認できない。

 建物の大きさも考えると、この村に魔物がいたとしてもせいぜいゴブリンくらいだろう。


「建物の中にゴブリンが潜んでいる可能性はあるが、一応安全みたいだ」

「デイトロさんたちへの報告に行く?」

「いや、どうせこっちに来るんだから、待っていれば――」


 ミツキに言葉を返している途中で、ディアが鳴き声を上げた。

 索敵魔術に反応があったのだ。


「デイトロさん達……にしては少し早すぎるな」

「魔物みたいだね」


 反応が街道方面ではなくデュラ方面だったことから確信を深めて、俺は対物狙撃銃を構える。

 村全体を見通すことができるこの森の中は、絶好の狙撃ポイントだった。移動するのは一発撃ってからで十分だ。

 スコープ越しに村を観察すること二分強、デュラ方面から重たい足音と共に人型魔物の集団が現れた。

 四メートル近い体高の人型魔物ゴライアが一体、その周囲には十体ほどのゴブリンが従っている。

 唐突にゴライアがかがむと、地面から何かを拾い上げた。スコープ越しに確認してみると、村に巣食っていたらしいネズミを捕えたらしい。

 ゴライアはつまみ上げたネズミを躊躇なく口の中へ放り込んだ。スナック感覚で丸呑みしている。


「踊り食いかよ。趣味が良いことで」

「周りのゴブリンも同じ趣味みたいだよ」


 ミツキに言われてゴライアの周りを固めるゴブリンを見る。こちらは虫を捕まえると大喜びで食べていた。

 ここまでの道中、あの調子で捕まえる度に一口で食べてきたのだろうか。


「ネズミの仇から取るか」


 対物狙撃銃の照準をゴライアの眉間に合わせ、引き金に指を掛ける。

 村の畑を見つけたゴライアがゴブリンたちより早く食事にありつくために駆けだした。


「……ミツキ、離脱の準備」

「分かってる」


 木から降りてきたミツキがゴライアの後方、ゴブリンの集団を注視する。

 何度か見たことがあるからわかる。


「あの一団、全部魔力袋持ちだ」


 人型魔物は走り出すときのフォームが魔力袋持ちとそうでない個体とで違ってくる。

 身体強化の魔術を使用して加速する魔力袋持ちの個体は急加速でバランスを崩さない様に重心を落とす。

 その特徴に照らし合わせれば、ゴライアに加え、後ろのゴブリン十体も身体強化の魔術を使用していた。それは、彼らの加速力も証明している。

 魔力袋を持つ個体は持たない個体よりはるかに強い。魔術の習熟度合いによって強さにばらつきはあるものの、小型魔物なら同種の中型に匹敵する戦闘力を有する事もある。

 それが十体。


「あのゴライアに一発撃ちこんで、すぐに離脱する。通常弾で効くかどうかは正直分からないけどな」


 身体強化の魔術には皮膚を頑健にする効果もある。あのゴライアが身体強化の魔術を施している限り、その防御力は大型魔物ギガンテスと同等になる可能性が高い。


「カノン・ディアは?」

「効果はあるだろうけど、カノン・ディアは反動が大きすぎて一発撃つと硬直時間がどうしてもできる。ゴブリンが魔術で反撃してくると避けられない」

「なら、通常弾でゴライアを狙うしかないんだね」


 意見をまとめて、俺は頭蓋骨に守られているゴライアの眉間から腹部に狙いを変える。

 畑に到着して気が緩んだ様子のゴライアに向けて、俺は引き金を引いた。

 ディアの首が反動を完全に相殺する。

 銃弾はどうなった、そう思うより先に、俺は悪寒を感じてディアを操作し、その場から飛びのいた。

 俺がいた場所に手斧のような形をした氷の塊が飛んでくる。


「アイシクルの変形魔術!?」


 氷の手斧を見て悪寒の正体を悟り、すぐにディアの重量軽減の魔術効果を強化し、飛び上がる。

 近場の木の幹を蹴り飛ばして大きく離脱し、俺は氷の手斧が突き立った地面を見る。

 手斧を中心に、半径五十センチほどの地面が凍結していた。

 強度がロックジャベリンを始めとした石系魔術に劣る氷系の魔術は直接的な威力が低い。しかし、着弾箇所の周辺を凍結させる副次効果が厄介だった。


「ヨウ君! ゴライアが動くよ!」


 ミツキの声に視線を飛ばせば、腹を押さえたゴライアが煮えたぎった怒りを宿した目で俺を睨んでいた。

 ゴライアは腹部から血を流している。効果はあったようだが、致命傷には程遠い。

 しかし、ゴライアがこれから反撃に転じるという事は、先ほどの氷の手斧はゴブリンが投げたのか?


「厄介すぎる。ミツキ、デイトロさんたちと合流するぞ」

「了解!」


 脱兎のごとくその場を逃げ出す俺たちに、ゴブリンたちは身体強化で上昇した筋力で追いかけてくる。

 精霊獣機でなければすぐに追いつかれていただろう。

 なかなか追いつくことができずに苛立ったゴブリンが足を止めて氷の手斧を投げてくる。しかし、木々が遮蔽物となる森の中で、逃げ回る俺たちに投擲武器は当たらない。

 それでも、時折俺のそばの木に氷の手斧が当たる。遮蔽物さえなければ命中率はかなりの物なのだろう。

 ボルス防衛戦で戦った甲殻系の魔物と違い、反射神経が良い人型魔物が魔術を使ってくるとかなり厄介だ。

 ある程度距離を取ったところで進行方向を変えて、デイトロさんたちのいる街道方面に向かう。

 デイトロさんたちはすぐに見つかった。

 整備車両と運搬車両の左右にデイトロさんの愛機レツィアともう一機の精霊人機、さらに三十人の飛蝗の戦闘部隊だ。索敵魔術に引っかかるのはすぐだった。

 森から飛び出した俺たちに戦闘部隊が身構えたのは一瞬、俺とミツキの姿を認めるとすぐに通常の警戒態勢に戻った。

 灰色の精霊人機レツィアからデイトロさんの声がする。


「慌ててどうしたんだい? デイトロお兄さんが恋しくなったのかな?」

「冗談を言ってる場合じゃないかもしれませんよ」


 ディアに騎乗したまま臨戦態勢を解かずに言葉を返すと、デイトロさんの声が真剣味を帯びた。


「報告を聞かせてもらおう」

「魔力袋持ちのゴライアが一体、更に魔力袋持ちのゴブリンが十匹の集団と遭遇しました」

「全部が魔力袋持ちの人型魔物の集団? それは怖いなぁ」


 冗談めかして言っているが、デイトロさんの声は苦々しい。


「使用してきた魔術は?」

「身体強化と手斧の形に変形した氷魔術アイシクルです」

「アイシクル……報告にはなかったんだけどなぁ」


 デイトロさんが呟くと、整備車両の上に座り込んでいた飛蝗の戦闘部隊長が舌打ちした。


「どっかの間抜けな開拓者がギルドに無断で戦闘して披露しやがったな。人型魔物は真似するから範囲魔術を見せないのが鉄則だってのに」


 不機嫌な戦闘部隊長が手近にいた戦闘員に後方のマライアさんたちへの伝言を頼み、レツィアに乗るデイトロさんを見上げた。


「どうします、兄貴?」

「まずは兄貴呼びをやめて! お兄さん、はい、復唱してみよう。お兄さん!」

「どうでもいいんで、兄貴、早く指示をくれ」

「だぁあもう! いいよ、兄貴になるよ! 戦闘部隊は三人一組で街道の幅限界まで広がれ。ゴブリンは見つけ次第ロックジャベリンで殺せ。ゴライアはこのデイトロ兄貴が仕留める」


 素早く指示を出したデイトロさんの声はいつもの飄々とした調子からきりっとした凄みのある調子になっていた。いつだったか、ギルドの職員を軽く脅した時の声だ。

 飛蝗の戦闘部隊が「うっす」と声を揃えて返事をしたかと思うと、流れるように三人一組となって周囲に広がった。

 対魔物の前線基地だった防衛拠点ボルスに詰めていた兵と遜色のない練度だ。

 ミツキが下手くそな口笛を吹いた。


「これはすごいね。心強い」

「こんなのが三百人以上か。雑賀衆もびっくりだな」

「さい……何?」


 ミツキが首を傾げた。歴女とかいう奴ではなかったらしい。

 説明する前に、ディアとパンサーの索敵魔術に反応があった。

 すぐにデイトロさんや戦闘部隊長に警告する。


「魔物が来ます。注意してください」

「便利だな。姉御が参加させたがるわけだ」


 部隊長が俺のディアに横目を向けて呟き、戦闘部隊全員を戦闘に備えさせる。

 数分ほどで、俺たちを追ってきたらしいゴブリンとゴライアが街道に飛び出してきた。

 飛び出すと同時にゴブリンたちは用意していた氷の手斧を投げ込んでくる。


「盾!」


 戦闘部隊長の命令一下、一斉にロックウォールが展開され、ゴブリンの投擲した氷の手斧を防ぎきる。

 ほぼ同時に、レツィアが大鎌をゴライアに向かって投げつける。たった一投でゴライアの首を落としたレツィアは大鎌に繋がる鎖を引き寄せて手元に大鎌を戻した。

 ロックウォールが解除され、司令塔のゴライアを失って混乱状態のゴブリンたちがさらけ出される。


「狩れ」


 一言、部隊長が命じた瞬間、戦闘部隊が大剣の柄をひっつかんで駆けだした。

 身体強化を使用して走り込んだ戦闘部隊は、混乱から立ち直って反撃に移ろうとしたゴブリンたちに斬りかかる。

 ゴブリンたちは手に持った氷の手斧で大剣の一撃を受け止めようとしたが、刃渡り二メートル近い大剣を受け止められるはずもない。

 一瞬の後にゴブリンの集団は全滅していた。


「怖っ……」


 ミツキが呟いた一言に、俺は頷く。

 俺は確かに見た。

 大剣をひっつかんでゴブリンたちへ駆け出した戦闘部隊が全員、楽しそうな笑みを浮かべていたのを。

 部隊が一時停止し、屠ったゴライアやゴブリンを解体して魔力袋を確認する。

 どの個体からもかなり大きな魔力袋が摘出された。

 回収屋のグラマラスお姉さんが血まみれの手袋を脱ぎながら眉を顰める。


「長く生きた個体ほど魔力袋持ちの可能性が高いものだけど、この集団はちょっと異常だね」

「魔力袋持ちだけで構成された魔物の集団ですからね」


 魔力袋は後天的に発生する器官だ。発生メカニズムは不明で、あまり発生頻度も高くない。

 そもそも、小型の魔物ほど発生確率が低い傾向にある。十匹のゴブリンが軒並み魔力袋持ちというのは異常だ。

 それもある、とグラマラスお姉さんが首を振る。胸が揺れる。俺はミツキに太ももをつねられる。


「このゴブリン、多分だけど生後半年に満たないんだ。歯を見ると大体わかる」

「デュラ陥落後に生まれた個体?」


 ミツキがゴブリンをしげしげと見つめる。

 グラマラスお姉さんの見立てが正しいなら、あまり長く生きた個体とは言えない。それでも魔力袋持ちとなると、デュラに巣食っている人型魔物の危険度も跳ね上がる。


「こんなのがわらわらデュラに巣食ってるなら、ギルドがマライア姐さんを呼んだのは正解だったね」


 苦笑したグラマラスお姉さんはゴブリンの死骸を道の脇に掘られた穴に放り込んだ。


「デイトロ兄さん、ここからは、魔物全てに魔力袋持ちがいると仮定して動いた方が良いよ」

「やっぱり兄さんとかお兄さん呼びがしっくりくるよね!」


 デイトロさんが嬉しそうに的外れな答えを返す。

 しかし、すぐに真剣な顔で俺とミツキに向き直った。


「状況が変わったけど、単独行動で大丈夫かい?」

「状況が変わったことを理解したので、二人で行動しても大丈夫です。いつもより遠距離から仕掛ける事にしますから。ただ、魔力袋持ちのゴライアは対処が難しいので、処理をお願いすることが多くなると思います」


 ご迷惑をおかけします、とミツキと揃って頭を下げると、デイトロお兄さんは肩透かしを食ったような顔で頭を掻いた。


「いやいや、大いに頼ってくれていいよ。デイトロお兄さんはカッコよくて頼りになる強い団長だからね!」


 親指を立てて白い歯を見せてくるデイトロさんから視線を逸らして、グラマラスお姉さんを見る。


「デイトロさんが調子に乗りすぎないようにするにはどうすればいいですか?」

「適度に冷たい態度を取りなさい」

「ひどい!」


 グラマラスお姉さんの教えに、デイトロさんは悲鳴じみた声を上げた。



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