第十八話 改造は進む
朝を迎え、ミツキの作ってくれた朝食を食べ、俺が淹れたコーヒーもどきを二人そろって飲みながらのんびりした後、倉庫へ向かった。
「それでは、本格的にいじくり回そう」
倉庫について開口一番、大きな声で宣言する。
一瞬の静寂の後、ボールドウィンが首を横に振った。
「いやいや、魔導核を大幅に書き換えて遊離装甲を換えるだけで飽きたらずに中身くり抜くような改造までして、腕のパーツを換装した昨日の騒動が本格的じゃないってのかよ。俺の愛機をどうする気だよ!」
「もういっそ、新型機みたいにしちゃおうかなって」
「しちゃおうかな、じゃねぇよ! なんでそんなに軽いんだよ!」
ボールドウィンが喚く。
俺はディアの背中から降りて、整備士長に声をかけた。
「それなら、この機体の整備記録を見せてくれ。その記録を見ながらボールドウィンに合わせて改造する」
「部外者に見せられるわけないだろ」
整備士長があきれ顔で肩を竦めた。
俺に協力するのが嫌というのもあるだろう。
だが、それ以上に機体の整備記録というのは組織の財産であると同時に機密資料でもある。
知識や経験がある者が見れば、その機体の消耗の仕方や部品の交換頻度から操縦者の癖を把握でき、破損記録から操縦者の弱点も見えてくる。さらに、整備不良や動作不良などは整備班の技量が現れ、交換された部品から機体スペック、交換されてからの期間で機体の詳細や弱点を調べることも可能だ。
ちなみに、ボールドウィンは精霊人機でハンマーを振り回す際、右から左に振り抜こうとすると肩の線が腰の線に対して斜めになる癖がある。
この癖のせいで、人間でいえば大腰筋に当たるサスペンションの交換頻度が左右で大きく違っているだろう。
昨日の試運転で見た範囲内での推測だが、そう大きく外れてないと思う。
整備士長が首を横に振る。
「絶対に整備記録は見せられない」
「――だと思った。だから、その整備記録が役に立たないくらい別物の機体にしてしまおう」
「なんでそうなるんだよ!」
別にいいじゃないか。マライアさんから許可は貰っているし、気に入らなければ元の状態に戻せる程度の改造にとどめるつもりなんだから。
「じゃあ、今日の改造を始めよう。まずは重心を下げる。その後は遊離装甲の魔術式を改変して、全体を調整。試運転をして問題が無ければそのままデータを取った後、腰や肩などの体幹に反動軽減するための部品交換や増設」
この期に及んでまだ部品を交換するのかと文句を言われたが気にしない。
俺は設計図と睨めっこしているミツキを応援してから、開拓団〝青羽根〟の精霊人機スカイに歩み寄る。
整備士長が色々諦めた顔で近付いてきた。
「重心を下げると言ったって、どこから手を付けるんだ」
「腰回りの外部装甲を厚くすればいいだろ」
「腕に魔導チェーンを増設した分の重量を相殺するほど外部装甲を厚くして重量を増やすのか? 精霊人機を動かすのにも魔力を使うんだ。そんなに全体重量を上げたら魔力が足りな――いや、昨日の魔導核の設定で魔力はむしろ有り余ってるのか……」
こういう事だったんだな、と整備士長がほっと溜息をついた。俺とミツキが考えなしにいじくり回しているわけではないと分かって安心したらしい。
遊離装甲自体の重量は増してるけど、支えるための魔術式は消費を最小限に抑えつつ、支点を限定、更には遊離装甲が占める体積分の魔力膜を削って魔力消費を抑えてある。
クッション機能が大幅に上昇し、外圧に対しての防御力は最低レベルの設定に変更したのだ。
鬱蒼とした森を抜ける際の設定よりもクッション性を上昇させたことになるが、当然敵の攻撃に対する防御力は遊離装甲に使われている金属の強度以上にはならない。
いまは、だけど。
整備士長が腕を組んで精霊人機スカイを見上げる。
「だがな、腰に錘代わりの外部装甲をつけるくらいなら全体に万遍なく板状の遊離装甲を纏わせる方が全体的に防御力は上がるだろ」
「それだと精霊人機の動きについてこれずに、遊離装甲がボロボロ振り落されるから駄目だ。それに、全体的な防御力はむしろ下がる。良い所なしだな」
「……は?」
整備士長が困惑したように聞き返してくる。
その反応だけでわかる。こいつ、スカイの魔導核にミツキが刻んだ魔術式を見ていない。
「今すぐスカイの魔導核を見て来いよ。分からないところがあれば、質問してくれ」
おそらく、これから作ろうとしている機体の設計思想で理解できないところがあるはずだ。魔導核を確認してからでないと話にならない。
しかし、俺の言葉を挑発と取ったのか、整備士長はむっとした顔をした。
「開拓学校に入れもしなかった奴が良く言う」
「教えてもらう事がそんなに偉い事だとは思わなかったなぁ。理解して、活用してこその知識だ。覚えたことを口にするだけなら聞きかじっただけでもできる」
門前の小僧、習わぬ経を読むってね。誤用だけど。
「開拓学校に入ってないからこそ学ぶこともあるんだよ。ほら、学び続けた人たちが来たぞ」
倉庫の入り口を振り返って指差すと、マライアさんを先頭にデイトロさん、ドランさん、リーゼさんと続く。そしてその後ろには各開拓団が誇る整備士たちがいた。
命がけの戦闘に精霊人機を送り出し続けた人たちだ。敗れれば開拓団が全滅しかねない強大な敵である大型魔物に対する唯一の対抗手段である精霊人機を〝確実に勝つため〟に整備し続けた人たちなのだ。
「あの人たちにさっきの台詞言ってみろよ。多分、鼻で笑う事さえしないと思うぜ」
整備士長は言葉に詰まり、視線を泳がせた後、活路を見出したように俺を見た。
「お前の言動の根拠に他人を使うなよ」
虎の威を借りてるのがばれてしまった。
なんて言い返そうかと思っていると、デイトロさんが歩いてくる。
「コト君、聞いたよ。ボルス防衛戦で中型魔物討伐数三十体超えだって? たった二人でまともに相手できる数じゃないよね。どうやったんだい?」
「どっからその情報を仕入れてきたんですか?」
「やっぱり事実なんだね。ロント小隊長にデュラの偵察結果を聞きに行かせていた飛蝗の団員が戻って来たんだよ」
偵察依頼に随行して索敵に当たっていた俺とミツキがボルス防衛戦でも活躍していたため、飛蝗の団員に聞かれたロント小隊長が話の俎上にあげたらしい。
それにしても、マライアさんの情報収集が徹底している。ボルスまで聞きに行かせるとは思わなかった。
「ベイジルっていう弓兵仕様の精霊人機乗りと一緒に、魔物との距離を維持して遠距離から削り切ったんですよ」
「魔物との距離を維持して戦い続けるのは歩兵の機動力じゃ無理なんだけどね。アレだとそういう事もできるのか」
デイトロさんがディアを横目に見て唸った。
「事実なら良いんだ。デイトロお兄さんは姉御と話があるから少し外すね」
「デュラ奪還作戦には参加しませんよ」
「そういう事を言われるとデイトロお兄さんは寂しいなぁ」
軽い口調で言って、デイトロさんはマライアさんの下へ歩いて行った。マライアさんもミツキから裏を取っていたらしく合流して二言三言デイトロさんと会話すると倉庫を後にする。
さて、デイトロさんに話の腰を折られてしまったけれど、整備士長に何と言い返そうか。
「――あれ?」
目を向けてみると、整備士長がいない。
どこに行ったのかと倉庫内を見回すと、精霊人機スカイの魔導核を覗いていた。
……まぁ、ミツキの書いた魔術式をちゃんと見てくれるならそれでいい。
「手の空いている整備士はこっちに来てくれ」
俺は遊離装甲セパレートポールの背面部分だった鉄板のそばに整備士たちを集める。
俺は鉄板を指差し、次にスカイの腰を指差す。
「この鉄板を全部スカイの外部装甲に流用する。ただし、外部装甲とは言っても形状はこうなる」
宿を出る前に描いておいた絵を整備士たちの前で掲げると渋い顔をされた。
「スカートかよ」
整備士の誰かが呟いたとおり、形状はフレアスカートに類似している。膝より少し上までの丈で腰回りを鉄板で囲む形だ。
「重心を下げつつ腰と股関節の防御を兼ねている。デザインに不満があるか?」
「まぁ、スカートっぽい装甲なら前例もあるし、あの獣型よりははるかにマシだけどさ」
「問題ないなら取りかかろう」
時間もないし、と整備士たちを働かせる。
ミツキが設計図を持ってきてくれた。
「やっぱり、重心の位置を考えると腰回りの装甲の配置はスカート状が一番だよ。丈も事前の打ち合わせ通りでいいみたい」
「鉄板の重なる範囲は二十センチくらいか」
日本語でやり取りしている俺たちに青羽根の整備士たちが首を傾げている。
俺は魔導核に刻む魔術式を確認して、ミツキに任せる。
これで重心を下げつつ魔導核の設定までは終わりだ。調整も必要だが昼を少し過ぎる頃には完了するだろう。
ミツキに魔導核の前を追い払われた整備士長が戻ってきた。
「なんだよ、あの無駄の多い魔術式。わざわざ空気を作り出す風魔術なんて魔力を無駄使いするだけだろうが」
不満そうに言う整備士長だが、やっぱり理解してないなという感想しか俺は抱かない。
「その風魔術は圧空って名前の、俺が開発した魔術式だ。どこで発動するように設定されていたか分かるか?」
「……分からなかった」
整備士長が悔しそうに歯を食いしばる。
「その圧空って魔術の発動個所の指定が遊離装甲の魔術式に紐付けされてたのはかろうじて分かったが、遊離装甲の魔術式も徹底的に改造されていて原型がほとんど残ってない。だから……わかんねぇ」
そうだろうな。
徹底的な省エネを行うために遊離装甲の魔術式を書き換えた後、常に一定の強度で張られる魔力の膜にあえて強弱を作るためにまた遊離装甲の魔術式に変更が加えられている。
さらにはマッピングの魔術式の効果範囲を極端に狭めつつ精度を上げた改変マッピング魔術式を遊離装甲の魔術式と統合して魔導核のリソースを無駄にしないようにした。
マッピング機能で得た敵の攻撃の直撃予想箇所にセパレートポールを自動で移動させる防御機能も遊離装甲の魔術式に組み込まれている。
そんな遊離装甲の改変魔術式に圧空の発動箇所を指定させているのだ。
プログラマーならもっと分かりやすく美しく書け、と小一時間説教されるだろう暴挙である。
「魔力を温存しつつ、必要な時に最大出力を出す。それが今回の設計思想だ。圧空の発動個所はセパレートポールの背後やハンマーの前後に自動指定されるようになっている」
敵の攻撃を受ける時にセパレートポールの背後で瞬時に圧縮空気を作り出して空気圧によって攻撃に耐えるのだ。精霊人機の魔力量で発動した圧空なら十分にセパレートポールを支える圧力を生み出せる。
「ついでに、ハンマーを振る速度も上がる」
圧空で生み出した突風による効果だ。
人間が扱う武器の大きさではあまり恩恵を得られなくとも、精霊人機が扱うハンマーともなれば追い風の影響も向かい風の影響も大きくなる。
しかも、スカイの魔導核に刻んでいる圧空の魔術式は改変バージョンだ。圧縮した空気を生み出すとすぐに指向性の強風となって弾ける。
説明すると整備士長が眉を寄せる。まだ納得がいかないようだ。
「強い追い風が欲しいなら普通の風魔術でも可能だろう。魔力消費量は普通の風魔術の方がはるかに小さい」
「通常の風魔術では圧空の魔術式と同等の圧縮空気を作るのに時間がかかる。しかも、セパレートポールや精霊人機がその図体で空気の通り道を遮断するから空気を集めにくい。さらに、圧縮した空気を維持する魔術も別に必要で魔導核の容量を余計に食う。時間に比例して必要な魔力量も増えるから結果的には圧空の方が効率的で魔力消費量も少なくなる」
整備士長がついに口を閉ざした。
納得してもらった事だし、改造を続けよう。
今日と明日で改造の大部分を終えて、一週間ほど試運転などを行い、三日前後の訓練を経てデュラ奪還作戦に送り出すのだ。




