第五話 大きな宿屋はシェルター
町に到着すると、避難民は順次解散となった。
避難所の類を用意してもらえるのかと思っていたがどうも違うらしい。
ほとんどの避難民は親類縁者を頼ってどこかの町へ移動する。中には旧大陸行きの船に乗る者もいた。
だが、頼る先のない人々もいる。
そんな頼る先のない人である芳朝は、俺の隣でのんきに欠伸を噛み殺していた。
二日間ほとんど眠ることなくこの港町まで避難してきたのだから当然ともいえるが、疲労がたまっているらしい。
「あの人たちは開拓者として登録して、別の土地を開拓していくと思うよ。何人死んじゃうか分からないけど。デュラは旧大陸との交易をするうえで重要な港町だから、一年もすれば奪還作戦があると思う。それまで生き残っていれば、あの人たちも作戦に参加するかもね」
「芳朝は登録しないのか?」
「ギルドが登録者で込み合うと分かっているのに、今日登録する必要はないでしょ。私たちは金銭的な余裕もあるし、今日は宿を探しましょ」
「宿も混むだろうしな」
デュラの住人達も、二日間の野宿で疲労困憊のはずだ。どこかへ頼るにしても、今日のところは疲れを取るため何処かで眠りたいと思うのが人情だろう。
逃げ出すときに金目のものを持ってきている人がどれほどいるかはわからないが、知り合いと金を出し合って安宿に泊まる算段をしている人も幾人か見受けられる。
ここに残ると恐喝される可能性もあるので、俺は芳朝と一緒に大通りへ歩き出す。
「つけられてない?」
芳朝が後ろを振り返って目を細める。
俺たちが金を持っているのは、住人達も知っている。今までは隊長の目があったので襲われなかっただけだ。
「大通りで襲うほど短絡的だとは思えないから、大丈夫だろう。寝込みを襲われるかもしれないけど」
「解決してないよ」
「少しいい宿に泊まるしかないな」
防犯がきちんとした店なら、部屋に閉じこもっているだけで向こうも諦めてくれるはずだ。
暇つぶしの道具もある。開拓学校に入れなかった俺だが、教科書は未だに持っているのだ。
芳朝が僅かに躊躇った後、ため息を吐く。
「一緒の部屋で良い?」
「別にいいぞ。今後の事も話したいし」
「……可愛い女の子と同室というところに反応しないのは、やせ我慢かしら?」
「ははっ、ナイスジョーク」
頬を抓られた。この暴力女のどこが可愛いのか。
「冗談はさておき。俺としては芳朝が別室で一人になっている方が心配だ。ただでさえ嫌われているうえに、金銭問題までからむと、最悪の場合殺される。それと、俺は芳朝を襲ったりしない。せっかくこうして気軽に話せる相手を見つけたんだ。嫌われるようなまねをするはずないだろ」
「嫌わないって言ったら?」
「襲う、しっかり襲う」
ノリで言ってから、隣を歩く芳朝を見て俺はげんなりした。童顔かつ発育不良、十三歳でこれは少し将来が心配だ。
「十年くらい様子見てからな」
「その憐れむような視線をやめて」
大通りだけあって立派な店構えの宿を見つけて、俺と芳朝は五泊分の代金を払った。
二階に上がる階段を店主に先導されていると、バランド・ラート博士の殺害現場が脳裏をよぎる。
またしても廊下には死体が転がっていた、なんてことはなく。いたって平和そのものの廊下を進んで奥から二つ目の扉の鍵を渡された。
手始めに五日間、町がまだ騒がしければさらに連泊すると伝えておいたおかげか、店主は愛想よく笑いながら防犯は万全だと説明してくれる。
「精霊人機の格納庫にも使われている魔導錠です。スペアはありませんので、紛失には気を付けてください」
「ありがとうございます」
部屋はベッドが二つ、テーブルが一つに木の椅子が二つ、窓際には揺り椅子が備え付けられていた。
クローゼットも広く、簡易ながら調理台まで備え付けられている。
「長逗留にはもってこいだな」
「夜は騒がしそうだけどね。それを踏まえてのこの値段かな」
芳朝が窓から外の大通りを見下ろして考えを口にする。
宿の前の大通りは飲み屋も多くあり、夜ともなれば酔っ払いが出歩くだろうと予想された。
だが、強盗や恐喝を警戒している俺たちにとっては、夜でも人の目が途切れないこの環境はむしろありがたい。
俺は部屋の鍵を閉めて、テーブルの上に荷物を置いた。
「芳朝、これからの話をし――寝るなよ」
「二日間ほとんど徹夜だったんだから寝かせてよ。今話をしても聞いても、一眠りしたら忘れちゃう」
すでにベッドに倒れ込んで枕に顔を埋めながら、芳朝は反論してくる。
俺は諦めて荷物の整理をして、教科書を取り出した。
開拓者として有名になる方法について、俺は精霊人機の代わりになる物を開発しようと考えていた。
この世界には前世で言う自動車にも似た乗り物がある。精霊人機の整備車両や歩兵人員の運搬車両だ。
だが、開拓者の活動範囲はほとんどの場合は未開の森や湿地など、車を乗り入れるには適さない環境だ。走行可能な場所が限られる車は魔物に狙われやすく、車を守るための人員も必要とされる。
俺と芳朝の二人だけで使うには不便な代物だった。
だが、体を鍛えていない俺たちは長距離を移動する手段を確保しておかなければならない。
そこで、精霊人機を簡略化、小型化した兵器を開発して、中型魔物を専門に狩る傭兵のように活動したいと俺は考えている。
精霊人機は大型魔物との戦闘に特化している反面、小型や中型の魔物と戦いにくい。特に小型魔物の浸透作戦には抗えないと守備隊を率いる隊長さんも言っていた。
小型に対抗する戦力である随伴歩兵も中型魔物を相手にするには数人で連携しなくてはならず、大変な危険が伴う。
中型魔物を専門に狩る人間がいれば、隙間産業的に儲かるし頼りにもされるだろう。
というわけで、俺は精霊人機の教科書を開いて内部構造などを調べ始めた。
打算的な考えで開いた教科書だったが、読んでみると案外面白い。
精霊人機とは、魔導工学の研鑽の末生み出された人型の対大型魔物用兵器だ。
内蔵された蓄魔石から魔力供給を受けて、魔導核が発動し、操縦することが可能になる。
本来、精霊人機はその膨大な全体重量を支える事は出来ない。
しかし、とある魔物の生態に関する研究が重量の問題を解決した。
人骨型の魔物、スケルトン種だ。
スケルトン種は筋肉や内臓、皮膚すら持たないが人型を維持している。これに目を付けた科学者がスケルトン種の体を維持している魔術が存在すると仮定して調査し、発見した。
魔力によって物を支えるこの魔術の発見により、精霊人機は重量の上限を大きく引き上げることに成功した。
また、この魔術には副産物として、遊離装甲の概念を生み出した。
スケルトン種に布などを被せると、魔術的な作用を受けて布はスケルトンから一定の距離を保って浮くという。これを精霊人機に応用したものが遊離装甲であり、他のパーツから完全に独立した宙に浮く装甲である。
遊離装甲はクッション性があるため衝撃の緩和を行いながらも閉所での精霊人機の活動を妨げないため、急速に配備が進んでいるという。
俺は教科書のページをひっきりなしにめくりながら、読み漁る。なんだかんだで巨大ロボットにあこがれた少年時代を過ごしてきたのだ。俺の時代は人型ではなく獣型やら恐竜型のロボットアニメが流行っていた。Zが付くやつだ。
そういえば、この世界には獣型のロボットはないのだろうか。
「重量制限がなくなると脚部への負荷も軽減されるし、芳朝が銃を開発するまでは飛び道具もなかったから人型に落ち着いたのか?」
納得いかないが、教科書をいくらめくってみても獣型の兵器は存在しない。
――ないなら作ればいいだろう。
心の中の俺がインテリぶって眼鏡を押し上げながら囁いてくる。
「常識破りの、俺専用ロボット。疾く駆けるスマートな決戦兵器……いいじゃないか」
ぐっと拳を握り、俺はひそかな決意を秘めながら精霊人機の基本構造に関する記述を読み漁る。
スケルトンを模した基礎骨格に、胸部にあるコックピットや魔導核、蓄魔石を守るための内部装甲、その外側には外部からの衝撃を軽減し、骨格やコックピットを守るための外部装甲が存在し、最外縁には遊離装甲が存在する。
動作にはスケルトンの魔術を解析して魔導核に刻み込んだ魔導式と、各部に供給される魔力で動作する強靭なばねが使われているようだ。
組立自体は工具があればどうにかなる範囲に思えるが、魔導核の適用範囲から出てしまうと動作しないなどの問題もある。一朝一夕で組み立てられる物ではない。
当然と言えば当然だ。
俺は教科書の端に鉛筆で獣型精霊人機を設計しつつ、考える。
部品の入手や魔導核に関する知識がどうしても必要だ。魔導核に関する知識は教科書である程度学べるにしても、一から作るとなると道具も手に入れなければならない。
「整備工場の見学とかさせてもらえないかな」
あわよくば、技術を盗みたい。
教科書を読み進め、俺は最大の問題を思い出す。
俺が精霊人機の適性を持っていなかった理由だ。
教科書の記述によれば、精霊人機は魔導核との間に魔力で繋がりを作る事で同調し、細かい操縦が可能になるという。
だが、先天的に操縦者が手足を動かせない場合はこの限りではない。俺は前世の記憶が原因で、いまだに幻肢痛にさいなまれているため、この例外に該当してしまったのだろう。
だが、考えてみると妙な話だ。俺は転生してから立ち上がったり歩きだすのが遅かったが、今ではきちんと歩けるし走れもする。
教科書の記述を読む限り、先天的に手足を動かせない操縦者の場合、魔力経路が繋がらないという。逆に、事故などで手足を失った操縦者はしばらくの間は魔力経路を繋げることができる。
教科書のコラム欄には、事故で足を失った精霊人機乗りがその後も訓練を続けて精霊人機に乗り、戦い続けた事例が乗っている。
もしかすると、俺も訓練次第では精霊人機に乗る事が出来たのかもしれない。
とはいえ、開拓学校も俺を訓練するくらいなら初めから適性のある者に訓練を施す方がよほど効率的なので、いまさら知ってもしょうがない話だ。
「問題は、適正がない俺でも動かせるような仕組みを作る方法を確立できるかどうかだな」
外で酔っ払いたちが騒ぐ声を聞きながらぼーと考えていると、部屋の中から艶めかしい声が聞こえてドキリとする。
慌てて目を向ければ、芳朝がベッドの上で丸くなっていた。
同じ部屋にいたのを完全に忘れていた。
寝相が良い方ではないらしく、布団はベッドの下に落ちている。枕を抱えるようにして眠っている芳朝の服がめくれて白い肌が見えていた。
「ピンク……いいと思います」
何がとは言わないけど。
パジャマのズボンの紐って締めると寝苦しかったりするよね。うん、お兄さんも経験あるよ。
しかし、アレには白黒、赤や水色、ベージュなんかがある。ベージュはまぁ見た瞬間ドキリとするけど、ちらリズム的観点で考えるなら白一択だと思うんだ。
だって白だよ? ブリーフで考えてみればわかるじゃん。年頃になったら隠そうとするよね。腰パン白ブリーフとか絶対避けるじゃん。腰パンとスカートひらりは似て非なるものだけど似ている部分があるんだよ。白下着的な意味で。あるいは見せパン的な意味で。
分かるかな? わっかんねぇだろうな。
なんて愚にもつかない事を真面目に考えている自分は寝不足だと気付き、俺はさっさとベッドに倒れ伏した。