第十七話 鉄の獣の毒牙
町の港にある倉庫の一つにボールドウィンたち開拓団〝青羽根〟は滞在していた。
立ち上げたばかりで資金も少ない青羽根は倉庫で雑魚寝しているらしい。精霊人機と整備車両がある他は物も碌に置かれていなかった。
「――それで、鉄の獣を連れてきたのかよ。何やってんだ、団長」
副団長兼整備士長の青年があきれ顔でボールドウィンを詰る。
開拓学校を卒業したばかりの青年だけで構成されているため、全体の年齢が若く、開拓団の幹部でさえ経験の浅い青年で占められているらしい。しかも、団長のボールドウィンを含めてたった十人の小規模な開拓団だ。
俺とミツキが変なことをしないように監視するという名目でついてきたマライアさんにデイトロさん、ドランさんとリーゼさんが倉庫を見回している。
リーゼさんが整備車両の荷台を覗き込んで顔を顰めた。
「最低限の物は揃えているようですが、予備は見当たりませんね。うちの整備士を応援に呼んできます」
「よしよし、このマライア姉さんも一肌脱ごうかね。経験の浅いひよっ子じゃ手が付けられない事もあるだろう。おい、誰か呼んできな」
マライアさんが大男を使いに走らせる。
デイトロさんも大男に伝言を頼み、回収屋の仲間に連絡を取っているようだ。こういう時は開拓団〝飛蝗〟だった頃の繋がりを使うらしい。
面白くなさそうな顔をしている青羽根の整備士長を無視して、俺は弄り倒していいと言われた精霊人機を見上げる。
最新型には劣るがそこそこ新しく開発された機体だ。全体的なバランスが良く、扱いやすい。開発されてから時間が経っている事もあり、運用ノウハウがギルドにも蓄積されていて、経験の浅い青羽根が使うにはちょうどいい機体だった。
青いカラーリングの装甲に曲線を多用したデザイン。確か、指回りの細やかな動きが特徴だったはず。
隣にボールドウィンが立った。
「どうだ。俺たちの精霊人機スカイだ。弄る所なんかどこにもねぇだろ」
「ないなら作ればいいんだ」
当たり前のことを言ったのに、ボールドウィンは何言ってんだこいつと言いたそうな目で俺を見てくる。
さて、まずは脳みそから弄っちゃおうね。
「ミツキ、さっそく取り掛かろう。魔導核に圧空の魔術式を記述、マッピング魔術式を用いた遊離装甲の最適化術式も頼む。遊離装甲は半円柱を使用。俺は部品関係をチェックする」
「はーい。ボールドなんちゃらさんこっち来て。使用してる武器の説明とか、基本的な動かし方を教えて」
ミツキに呼ばれて、ボールドウィンが眉を寄せる。
「待て、まさか魔導核まで弄るのか?」
「当たり前でしょ。ほら、半月で終わらせるんだから、キリキリ動いて」
ミツキに急かされたボールドウィンがなおも抗議しようとした時、マライアさんがわざとらしく咳払いした。
渋々と言った様子でボールドウィンがミツキに向かって歩き出す。
俺はボールドウィンの背中に声をかけた。
「ミツキに手を出したら、お前の愛機が人の形を留めないからな?」
「初めて聞く脅しだよ、それ!」
ため息を吐きつつ去っていくボールドウィンを見送って、俺は整備士長に向き直る。
警戒心を隠そうともしていない整備士長を連れて、俺は倉庫の入り口に留めてあるパンサーに向かう。
「まず、腕周りのバネを稼働させてる魔導鋼線を俺たちが開発した魔導チェーンに総入れ替えだ」
「魔導チェーン? あんな伝導率の悪いもん使って何する気だよ。開拓学校も出てない素人はこれだから――」
「俺たちが開発した、と言っただろ。魔力伝導率は従来品に比べて百四十パーセント増加している。流石に魔導鋼線と同じとまではいかないけどな」
魔導鋼線は柔軟性に乏しい。これを解消するために様々な試みが今までなされてきたが、成功した部類と言われる魔導チェーンでさえ体積比では魔導鋼線の四十パーセント以下の伝導率と言われている。
この魔力伝導率の差はチェーンを形作る環の一つ一つの接触が不安定なためにおこる。また、同じ体積で見ると輪同士の接触面積が小さいチェーン形式は一本の線である魔導鋼線より魔力伝導率が悪くなる。
それでも需要がある理由はひとえに三次元的な柔軟性を得ることができるからだ。
「これが俺たちの開発した魔導チェーンだ。すでに特許は取ってあるし、量産も始まっている。ギルドにも在庫があるから、今取り寄せているところだ」
「これって、この尻尾の部分か?」
整備士長の言葉を肯定して、俺はパンサーの尻尾を手に取る。
俺たちが魔導チェーンを自作した理由は、パンサーの尻尾の自動迎撃機能を万全にするためだった。
パンサーの尻尾は背後からの攻撃を叩き落とし、左右側面と後方の敵を尻尾の先にある扇形の刃で斬り殺す機能を持っている。
これらの機能を実現するためには三次元的な動きが必須で、尻尾というデザイン上、細く強靭で柔軟性があり、何より魔力伝導率が良くないといけなかった。
整備士長はパンサーの尻尾を睨むように見据えながら、首をひねる。
「玉鎖?」
「ちょっと違うが似たようなものだ。円柱の上下をへこませて半球状の窪みを作り、そこに玉を挟み込んで作ってある。接触面積が大きいから魔力伝導率は従来品とはけたが違う。中身が詰まっているから外部からの圧力にも強い。引張強度は円柱と玉とを繋いでいる鋼線に依存する」
「引張強度は鎖っていうか、ワイヤーで担保してるんだな」
「重要なのは鋼線の部分じゃなくて魔導鋼で作ってある円柱と玉の三次元的な自由度なんだが、まぁ、ワイヤーという認識でもいい」
さぁ、腕の筋肉を換装しちゃおうね。
精霊人機の設計図を取り出して接続する場所を確認し、換装作業に入る。
腕周りの魔導鋼線を片端から引っぺがして魔導チェーンに入れ替える。出力が低下する代わりに不意の衝撃に強く、多少無理な挙動をしてもチェーンのおかげで断線の危険性を減らす処置だ。
これをしておかないと次に移れないんだよ。
「ヨウ君、魔導核の書き換えはいったん終わったよ。遊離装甲から始めよう」
ミツキが俺に手を振ってくる。ミツキの隣では呆然とした顔で魔導核を見つめているボールドウィンと竜翼の下の整備士がいた。
「無駄を削りに削ったと思ったら新たな無駄を突っ込んでいきやがった。本格的に理解不能だ」
何がしたいんだ、と呟くボールドウィン達は気にする必要もない。
「――ご注文の品をお届けに参りました」
倉庫の入り口から聞こえた声に振り返れば、精霊人機の部品購入を代行するギルドの係員が立っていた。後ろには運搬車両が見える。
「全部運びこんでください」
「あ、はい……」
次は何をやらかすのか、と胡乱な目で見てくる倉庫内の面々に係員が困り顔をしつつ品物を搬入してくる。
次々に入ってきたのは超重量級遊離装甲セパレートポール。半円の底面を持つ柱のような遊離装甲だ。
魔力を馬鹿食いするこの遊離装甲だが、防御力はそんじょそこらの板状遊離装甲とは格が違う。
青羽根の面々が唖然としていた。
リアクションには期待していないので、俺は腕まくりをしつつセパレートポールの説明書に目を通す。
「やっぱり重すぎるよな。よし、中身をくり貫くか!」
「ちょっと待て!」
いち早く我に返ったボールドウィンが俺の腕を掴んで止めようとしてくる。
嫌なこった。俺は止まらない。このロマン街道をひた走ると決めたんだ。
だが、俺を止めようとしてくるのはボールドウィンだけではなかった。青羽根の面々が次々に俺とミツキの進路をふさぐ。
「中身くりぬいたらせっかくの超重量が台無しだろうが!」
「いや、そもそもこんなもの遊離装甲に採用したら、魔力いくらあっても足んねぇよ!」
「セパレートポールは精霊人機を二十機くらい同時運用する軍が使うもんなの! 魔力切れによる戦闘時間の短さを精霊人機の数で補って使う決戦武装なの!」
ええい、やっかましい。
「教科書に書いてある事がすべてじゃないんだよ! これは中身をくりぬいて使った方が効率的だろ。何のために魔導核に魔術式を追加したと思ってんだよ!」
青羽根と口論していると、マライアさんたち開拓団長大人三人組が揃って石の丸太に腰掛けて茶をシバいていた。
「若者が集まると元気だねぇ」
デイトロさんが達観した顔で青い革ジャケットを撫でながら呟く。
ドランさんが腕を組んで大きく頷く。
「俺たちにもあんな時代があったな。セオリー無視して無茶やったもんだ」
しみじみした声のドランさんの言葉をマライアさんが否定する。
「あたしはまだ若いよ」
デイトロさんがマライアさんを横目に見て、疲れたようにため息を吐いた。
「本当に、姉御は昔のまんまだよね」
中身が、と付け足しそうなデイトロさんの言葉に大男たちが一斉に頷く。
デイトロさんの言葉の真意に気付いているのかいないのか、マライアさんは「ありがとよ」と笑い声をあげた。
あの和やかなやり取りを聞く限り、俺の援護はしてくれそうにないな。
「仕方ないな。……圧空」
呟いた直後、ミツキが素早く身を伏せる。以心伝心だ。
すぐに俺はポケットに入れている圧空の魔導核に魔力を流し込み、発動する。
魔術で生み出された圧縮空気が瞬時にはじけて暴風をまき散らした。
突風に対処できずよろめいたボールドウィンを蹴り飛ばし、俺はセパレートポールに走る。
「だ、誰かあいつを止めろ!」
「くっそ、なんだよ、この風!」
後ろが騒がしいけれど、知った事ではない。
「セパレートポールは中に土が詰まってる。機体に合わせて重量を調整するらしい」
「なら中の土を全部掻き出せばいいんだね」
「そういう事。まずは背面のボルトを外すぞ」
平たい背面部分を固定しているボルトを手早く外す。俺たちの手慣れた作業風景に、竜翼の下や回収屋の整備士が感心している。
ボルトを外すと背面が扉のように開き、中の土が露わになった。
ロックジャベリンを発動して形状を調整する。スコップ上になったロックジャベリンを使ってミツキと共にセパレートポールから土を掻き出した。
俺たちの後ろで青羽根の面々が頭を抱えている。
「誰が掃除すると思ってんだよ!」
「これで終わりだな、次のも同じ手順で掻き出すぞ」
「――聞けよ!」
青羽根の抗議を無視してセパレートポールの土をすべて取り出した俺は、ミツキとハイタッチを交わす。イエーイ。
次に扉状になっている背面部分を取り外しに掛かる。いくつもついている蝶番を外せば完成だ。
「ミツキ、説明書に基本重量と寸法が記載されているから、それに合わせて遊離装甲の魔術式を設定しておいてくれ。すぐに試運転に入る」
「分かった。ボールドなんちゃら、準備しておいて」
精霊人機の操縦士であるボールドウィンにミツキが指示を飛ばす。
ぶつくさ言いながらボールドウィンが操縦席に向かった。
倉庫に来たのは朝だったが、試運転に入ったのは日も落ちた夜だった。
中身を抜いたセパレートポールを遊離装甲として纏った精霊人機をボールドウィンが起動する。
倉庫の外に出て少し慣らしてみたところ、ボールドウィンの困惑した声が拡声器から聞こえてきた。
「……反応速度が上がってる」
「それは竜翼の下と回収屋の整備士が協力して調整してくれたからだ。俺とミツキの仕事じゃない」
脚と腰回りの調整に定評がある竜翼の下の整備士と、巨大な鎖鎌をその腕で自在に操るレツィアを担当する回収屋の整備士が共同で調整したのだ。換装した事で配置に狂いが生じていた魔導チェーンを最適化する手順は流石という他なかった。
俺は倉庫前に置いてある大槌を指差す。ボールドウィンが乗っている精霊人機スカイの装備品だ。
「武器を構えてみてくれ。魔力伝導率が若干劣る魔導チェーンに換装した腕は出力が落ちてるはずだ。ボールドウィンの感想を聞きたい」
「おう、いまやってみる」
少し素直になったか?
ボールドウィン操る精霊人機スカイが大槌を手に取り、持ち上げた。
握りを確かめるように数回ゆっくりと振った後、大振りで勢いよく振り抜く。
「確かに少し出力が落ちてる。もっと早く振れたはずだ。ただ、柔軟性が上がったのも分かる。少し無茶な動きをしても出力自体は変わってないな」
「よし、それだけ分かれば今日のところは終了だ。これ以上は倉庫前でやるわけにもいかないし、ギルドに行って郊外演習の届けを出して、俺たちは帰る」
帰り支度を整えていると、操縦席から降りてきたボールドウィンがやってきた。
「泊まってかないのか?」
「この町に家を借りてるからな。明日に備えてゆっくり寝る」
「あれだけポンポン特許品を並べるくらいだからうすうす感じてはいたけど、やっぱり金持ちなのか」
「そこそこな」
ミツキのマッピングの魔術式や俺の開発した魔導チェーンなど、特許による収入はなかなかのものだ。
ボールドウィンが「ちぇっ」と演技がかった舌打ちをした。
「開拓学校の話でも聞かせてやろうと思ったのによ」
「いらねぇよ。もともと、両親に厄介払いを兼ねて放り込まれそうになったところだからな」
絶対に入りたいと思っていたわけではない。
それに、入らなくてよかったとも思っている。
「ヨウ君、早く帰ろう。お腹すいたでしょ?」
俺とボールドウィンの間に割って入るようにして、ミツキが口を挟んでくる。
「あぁ、動き回ったからな。ガッツリ食べたい気分だ」
「オッケー、揚げ物でも作ろう」
ミツキが俺の右手首を掴んで歩き出す。俺は引っ張られるようにしてついて行き、倉庫を後にした。




