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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第三章  彼と彼女は見つめあう

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第十四話  荷物を降ろした老兵

 砲撃タラスクの討伐に成功してから、戦況は一気に傾いた。

 ボルスの防壁を守っていた精霊人機の行動が自由になり、残りのタラスクを仕留めると中型魔物や小型魔物がリットン湖へ引いて行く。

 追撃はほどほどで打ち切られたが、ボルス周辺には大量の魔物の死骸が転がる事になった。

 いま、開拓者はギルドを通じて参加を義務付けられた死骸の回収と除去に専念していた。

 俺もミツキと一緒に砲撃タラスクの近辺に転がる魔物の死骸を片付けていた。


「この数を二人だけでって言うのはキツイな」


 俺は周囲を見回す。数える事さえ諦めたくなるほどの死骸が広範囲に散らばっていた。

 この区域における中型、小型魔物の六割ほどを俺とミツキで倒している。つまり、所有権は俺とミツキにある。残りは全部ベイジルの分だ。

 タラスク以外の魔物は今回の戦闘でかなりの数が討伐されており、魔物の死骸には価値がほとんどない。

 だが、死骸の中の魔力袋は別だ。


「原形を留めてるのが私たちの取り分だから、ロープで縛ってディアとパンサーに引っ張らせようよ」


 ミツキの提案に賛成して、魔物の死骸にロープをくくりつける。

 湿地帯をズルズルと引っ張り回して死骸を一か所にまとめ、魔力袋の回収をミツキに任せた。

 俺はベイジルの操る弓兵仕様の精霊人機アーチェの攻撃でお亡くなりになった魔物の死骸を片付ける。死骸、でいいはずだ。原型とどめてないけど。


「とったどー」


 ミツキが魔力袋を見つけたらしい。

 視線を向けてみると、かなり大きめの魔力袋だった。中型魔物からとれたとは思えないレベルだ。

 ミツキが得意げに魔力袋を保存用の袋にしまい込む。


「精霊人機でも動かせるかもよ」

「大きいだけの粗悪品って可能性もあるけどな」

「そういうテンションが下がることは言わないの」


 てきぱきと片付けを進めていると、ギルドの運搬車両がやってきた。

 運搬車両の助手席から降りてきたギルドの職員が大量の魔物の死骸に口を半開きにする。


「……これがお二人の取り分ですか?」

「そうです。むこうの原形を留めてない死骸はベイジルが矢で殺戮した分なので、回収しないでください。後で軍の回収班が持って行ってくれるそうです」


 職員は俺が乗っているディアを見て眉を顰めた後、運搬車両に合図を送る。

 運搬車両の荷台から精霊人機が一機、降りてきた。


「それでは、お二人の討伐分の死骸を回収します。数は分かりますか?」

「小型魔物アップルシュリンプが四十七、中型魔物ブレイククレイが二十一、ルェシが十一です」

「……本当に、お二人の戦果ですよね?」

「信じてもらわなくても結構です。軍の回収班にベイジルが同行して証言することになっているので、それまで待っていてくれてもいいですよ」


 その間に魔力袋を取り出す作業を進めるだけだ。

 ギルドの職員はベイジルを待つことにしたらしい。まぁ、数が数だ。信じられないのも無理はない。

 俺も魔力袋の回収を始めると作業はスムーズに進み、魔力袋が十も得られた。


「多くない?」


 ミツキが魔力袋で一杯になった保存用の袋をパンサーに積んで、首を傾げる。


「魔物は魔術を使ってこなかったよね?」

「使う暇がなかっただけだろう。もともと動きの遅い魔物だし、俺たちはずっと走り回っていたんだから」


 ボルスの防壁周辺の戦いでは中型魔物による魔術攻撃が度々あったらしく、そちらでもかなりの被害が出ていたらしいとロント小隊長から聞いている。

 車が走ってくる音が聞こえてくる。

 振り返ってみると、軍の運搬車両がギルドの運搬車両に並ぶところだった。

 助手席から降りてきたベイジルがこちらに歩いてくる。


「分別を任せてしまってすみません。会議が長引いてしまって」

「いえ、ひとまず確認をお願いします」


 ベイジルが魔物の死骸の確認を終えて死骸を軍の運搬車両に積み込むよう指示を出すと、ギルドの職員もようやく俺たちの戦果を信じたらしく、運び出し始めた。


「死骸の買い取り料金ですが、今回の戦闘でかなりの量が出回るので値崩れを起こしています。収入としては期待しないでください」


 そんな事だろうと思っていた。


「どうぞ、適当に処分してください。魔力袋も取り出しましたから、死骸には興味ないです」


 俺とミツキが倒した分の魔物の死骸を運んでいくギルドの運搬車両を見送って、俺たちも宿に戻ろうと精霊獣機に乗る。

 その時、ベイジルがやってきた。


「ワステード司令官がお二人とお話ししたいとの事なので、司令部にいらしてくださいませんか?」

「お断りします、とお伝えください。明日の朝には出発しようと思っているので、今日は準備に忙しいんです」


 今回の戦闘でボルスは大損害を被った。人的被害も物的被害もかなりのもので、ボルスの放棄こそされないもののしばらく復旧作業に専念することになるとみられている。

 そのため、ボルスの開拓者たちは活動場所をボルスから移す算段を始めている。何しろほとんどが一線級の実力者で構成されている開拓団だ。ちまちま復旧作業の手伝いをするよりも別の最前線で魔物を狩った方が儲かるのだから。

 開拓団が揃ってボルスを出るとなれば、食料品が高騰する。今日のうちに旅の準備を整えておかないと、ボルスから出られなくなる恐れがあった。

 ワステード司令官に呼ばれようが関係ない。俺もミツキも軍人ではなく開拓者だからな。

 ベイジルは苦笑気味に頭を掻いた。


「では、宿へ直接お訪ねしましょう」

「どうぞ、ご勝手に」


 明日に備えて寝てるかもしれないけど。

 ミツキと一緒にその場を後にし、ボルスに戻る。

 ボルスへの道中、動きの早い行商人が馬車を走らせてどこかへ向かって行った。


「防壁の復旧で需要が増えると見越して、資材を買い付けに出たんだろうね」

「ボルスの人員穴埋めで兵も派遣されるだろうし、帰りは兵に護衛してもらうのかもな」


 どこもかしこも戦後処理で慌ただしいが、商人たちは未来を見据えて動き出しているらしい。商魂たくましい事で。

 予定通り食料品を買い込んで宿に戻り、ディアとパンサーの整備に入る。

 帰り道はロント小隊がヘケトの群れを討伐してくれているため安全だが、備えあれば憂いなしだ。

 整備を終えて部屋に戻れば、ミツキが夕食を作り始めていた。


「まだしばらくかかるから、体を洗ってきなよ」


 部屋に備え付けの簡易調理台を見れば、豊富な食材が乗っていた。

 ベイジルがワステード司令官を連れてくることを見越して、手の込んだ料理を作っているらしい。

 だが、豊富なのは種類だけで、量はそれほどでもない。ベイジルやワステードの分を用意する意味はないから当然か。


「ベイジルたちが来ても、俺の準備が整うまで部屋に入れないでくれ」

「分かってるって。私とヨウ君の武装がちゃんと整ってないと危なくて中に通せるわけないよ」


 ミツキの言葉に甘えて、狭い浴室に入って体を洗う。

 ディアやパンサーを整備している時に付いた油汚れを落として、体の水気を拭いて服に着替える。

 浴室から出ると、ミツキは火にかけた鍋の様子を見ながら本を読んでいた。

 髪にタオルを当てていると、部屋の扉が叩かれる。


「どなたですか?」

「ベイジルです。ワステード司令官もおります」


 扉を開けると、ベイジルとワステード司令官が立っていた。今日は副司令官を連れてこなかったらしい。

 ボルスの補修その他で忙しいだろうから、司令部を空にするわけにはいかなかったのだろう。

 俺は戸口に立ったまま、二人に訊ねる。


「ご用件をどうぞ。バランド・ラート博士について新情報が得られたわけではないんでしょう?」


 防衛拠点ボルスから港まで約二日、旧大陸の本国に問い合わせるなら海を渡る時間も必要になる。俺たちがボルスを留守にしている間の時間では往復する事も出来ない。

 案の定、ワステード司令官は「残念ながら、まだだ」と首を振った。


「バランド・ラート博士については後一カ月ほど掛かる見込みだ。今日は君たち二人に依頼を出したくて訪ねたのだ」

「依頼ですか」


 明日にはボルスを出発すると言ったはずだが、ベイジルから話を聞いていないのだろうか。

 ワステード司令官は俺の表情から疑問を読み取ったのか、ベイジルを横目に見た。


「明日発つと、ベイジルから話は聞いている。しかし、この度のボルス防衛戦における二人の戦果を考えると、どうしてもリットン湖攻略戦へ参加してもらいたくてね」


 ワステード司令官が一枚の紙を取り出した。

 受け取って中身を確かめると、ボルス防衛戦の個人戦果の上位者をまとめた資料だった。

 精霊人機の操縦者で埋め尽くされた上位陣の中に俺とミツキの名前が載っている。備考欄に開拓者ギルド所属と記載されていた。

 獲物の取り合いになる防壁付近の戦いと違って、他に狙う者のいない魔物を狩りまくっていた俺たちが、精霊人機の戦果に肩を並べてしまったらしい。


「そしてもうひとつ、誰が倒したかもわからない中型、小型の魔物が防壁周辺に屍を晒しているのが散見された。解剖の結果、銃弾が出てきたのだが、君たちの仕業かな?」


 ロント小隊長に言われて索敵に出た際に倒した奴だな。完全に忘れていた。

 ……あの時、何体倒したかな?


「数を覚えてないので権利を放棄しますが、俺たちも倒したのは確かです」

「やはりか。銃を使う者はボルスにいない。ロント小隊の精霊人機操縦士かとも思ったが、精霊人機から降りてないという。もしかしたらと思ったのだが、当たりだったな」


 とはいえ、俺たちが権利を放棄したので、魔物の死骸は軍が処分するという。


「さて、話を戻そう。リットン湖の攻略に参加してもらいたい。ベイジルのアーチェを最大効率で運用するには君たち二人の索敵能力と機動力が必要だ」

「精霊獣機が欲しいのなら、作りますよ?」


 わざと申し出て、ワステード司令官の反応を見る。

 ワステード司令官は渋い顔をした。


「乗り手がいない」

「乗り方くらい教えましょう」


 間髪を入れず答えると、ワステード司令官は根負けしたようにため息を吐いた。


「乗りたがる者がいないのだ。精霊獣機はそれほど嫌われている」

「そんな事だろうと思いました。リットン湖攻略は大規模作戦でしょう。それなりの数の軍人が同行する中で嫌われ者の俺たちが参加してどんな目に遭うかは想像に難くありません。その依頼はお受けできませんね」


 依頼を突っぱねると、鍋の火を消したミツキがやってきた。


「そもそも、報酬に何を提示するつもりなの? 私たち、お金は間に合ってるんだけど」


 元々が特許料で儲かっている上に、今回の防衛戦で魔力袋も手に入っている。当面、金には困らない。

 ワステード司令官は難しい顔をしていた。


「その点は相談次第だと思っていたのだが、何か欲しい物はあるのかな?」

「バランド・ラート博士の情報くらいですよ。ベイジルの依頼報酬として設定されていますから、これも間に合ってますけど」


 ワステード司令官が思案顔をしていると、それまで黙っていたベイジルが口を挟んだ。


「では、バランド・ラート博士殺害事件の容疑者、ウィルサムに関する情報はいかがでしょう?」


 ベイジルの提案は一考の余地があった。

 容疑者ウィルサムに関する情報は新聞でほとんど得られていない。熱心な精霊教徒であったという事くらいで、まともな情報は新聞でも報じられていないのだ。

 すでに事件は話題性を失っており、新たな報道も期待できないだけあって、ベイジルの提案はありがたい。


「リットン湖攻略に参加する場合、指揮権はどうなりますか?」

「もちろん、軍の雇われという形になる」

「ではやはり、遠慮しておきます」


 軍の指揮下で戦っても碌なことはない。

 ワステード司令官が腕を組んで目を閉じる。


「……君たち二人だけならば自由行動を認めても構わない。一方的に契約を破棄するのも自由、という条件ならばどうだ?」

「かなり譲歩しますね」

「攻略戦は魔物に不意を突かれることも多い。索敵能力の強化は必須だ。だが、リットン湖までは湿地帯が広がっていて歩兵や車両で斥候を展開するのが難しい。君たち二人がいるかどうかで動きがかなり変わるのだ」


 少し悩んだが、ワステード司令官の譲歩で俺たちのリスクは大きく低下した。

 報酬のウィルサムに関する情報は転生した理由を調べる上で重要度が低いものの、あるに越したことはない。

 ミツキと視線で確認し合って、意見をまとめてから、俺はワステード司令官に向き直った。


「攻略隊の出発は何時ですか?」

「しばらくはボルスの復旧作業で掛かり切りになる。攻略隊の編成と合わせ、出発まで二カ月ほどかかるだろう」

「では、それまでは自由ですね。分かりました。先ほどの条件で依頼を受けましょう」

「参加してくれるなら、ワクチン接種の手続きをしておこう。私の名前を出してしまえば、無下には断られないだろう」

「それは助かりますね」


 ワステード司令にとってもいざ攻略戦という最中で俺たちが発症すると攻略部隊そのものが危ないと考えたのだろう。

 今回の調査隊は一歩間違えれば全滅していた。予防は重要である。

 その場で依頼書を作り、内容を確認する。

 依頼の開始は攻略戦の出発日から、出発日の前にギルドを通じて俺たちへ連絡を入れるという。

 依頼書は俺たちの方でボルスのギルドに持ち込む事にした。明日、ボルスを発つ前にギルドによって、依頼書を出せばいい。

 二か月後に再会する約束をして、ワステード司令官は俺たちに背を向けた。


「そうだ。攻略隊が出発する頃なら、バランド・ラート博士に関する情報も手に入っているだろう。資料を作れる内容かどうかわからないので、司令部に連絡してほしい。こちらから君たちを訪ねよう」


 帰り際にそう言って、ワステード司令官はベイジルの肩を叩いて帰って行った。

 残されたベイジルが笑顔で俺に防衛拠点ボルスの歴史と題された小冊子を差し出してくる。


「いくらか追記しておきました。この内容でギルドでも新しく頒布される予定です。自分の証言内容を補強するため、当時の手記を同時に公開することも、ワステード司令官に許可をもらいました。次に会う時、自分は英雄とは呼ばれていないでしょう」


 ベイジルは言葉の内容とは裏腹に肩の荷が下りたような顔で言って、帰って行った。



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