第十二話 英雄への切符
「大型魔物の数を把握したら戻ってきます」
ロント小隊長に言い置いて、俺はミツキと一緒にボルスに向かった。
まばらに木が生えている湿地を駆け抜け、ボルスから立ち上る煙に目を向ける。
パンサーに乗ったミツキが俺に併走しつつ、自動拳銃を太もものホルスターから抜いた。
「十中八九、魔物との戦闘になるけど、方針は?」
「エビとザリガニは目を撃ちぬいて視覚を奪う。カメとタニシは放置」
甲殻系の魔物は単純に防御力が高いため、銃撃は効果が薄い。カメの大型魔物であるタラスクに至っては傷を負わせられるかもわからない。
だが、エビにしろザリガニにしろ、目玉を保護する物が存在しない。目玉であれば銃撃で破壊が可能だろう。
ミツキが頷きつつも疑問を挟んでくる。
「触角があるけど、どうする?」
「空気の振動を感じ取れるほど優秀な感覚はないだろうから大丈夫だ」
匂いだけで動き回る兵士に狙いを定められるとも思えない。
今度はミツキも納得したようだ。
「それじゃあ、行こうか」
ディアの索敵魔術に反応があったため、俺は気を引き締めて速度を上げる。
ここから先は戦闘地帯だ。
すぐにザリガニ型の魔物ブレイククレイが現れ、ハサミを振り上げる。
ミツキが自動拳銃の引き金を引き、ブレイククレイの視力を奪った。
俺も肩に担いだ対物狙撃銃はそのままに、護身用に携帯している自動拳銃を構える。
ボルスに近付くほど戦闘音が激しさを増してくる。同時に、魔物の数も増えてきた。
対処しきれない数の魔物は精霊獣機の機動力に物を言わせて戦闘を回避しつつ、ボルスに向かう。
耳を撫でる風が轟々と煩くがなり立てる。木や魔物を避けるために急減速と急加速を繰り返す度に、体を後ろに引っ張られるような感覚がする。
到着したボルス周辺には甲殻系の魔物が大挙して押し寄せていた。雷槍隊の二機を主戦力に押し寄せる魔物に対処しているようだが、それでも壁は所々破壊されており、タニシ型の中型魔物ルェシが壁をよじ登っている。
ボルスの防衛に残っていたらしい精霊人機も三機が破壊されており、壁のそばに放置されていた。
いまボルスの防衛に当たっている精霊人機は雷槍隊の二機と最新型の精霊人機が七機。かなりの戦力に思えるが、甲殻系の中型魔物を歩兵が仕留めるのは時間がかかるため、防衛に当たっている精霊人機も余裕が見えない。
「ヨウ君、タラスクが近くに三体いる」
パンサーで木に登って周辺の確認をしていたミツキが報告をくれた。
カメ型の大型魔物タラスクは精霊人機でなければ駆除できない。それでも、精霊人機がボルスの防壁から動けずにいるのは余裕がない証だった。
ひとまずロント小隊長へ報告しに戻ろうと、来た道を振り返ったその時、昼間だというのに周囲が明るくなった。
眩しさを感じたのは一瞬、次の瞬間にはすさまじい熱気が頭上から襲いかかり、俺は思わず顔を庇いながら空を仰ぐ。
「――マジかよ」
二階建ての建物なら丸々飲み込んでしまえそうな巨大な火の玉が俺たちの頭上を過ぎ去り、ボルスの外壁を守っていた二機の精霊人機に直撃した。
周辺に火の粉というにはあまりにも大きな火の玉がまき散らされ、随伴歩兵を焼き払う。
あまりに凄惨な光景に、俺は顔をそむけた。
「ミツキ、今のはどこから飛んできた?」
「多分、北東だと思うけど、あっちに魔物の姿はなかったよ」
「遠距離攻撃か、さもなければ中型魔物が隠れて攻撃したのか。とにかく行くしかないな」
あんな火の玉を連発されたら一帯が火の海になりかねない。正体を突き止めてロント小隊に報告した方が良い。
すぐに北東に向かってディアを走らせる。
中型や小型の魔物を避けながらボルス周辺の森を抜けて行くと、二十分ほどでそいつを見つけた。
「やっぱりタラスクか」
カメ型の大型魔物タラスクが崖の裏に体の大部分を隠しながらボルスに向かって巨大な火の玉を撃ち出していた。
タラスクが打ち出す火の玉の行く先を見つめて、ミツキが呟く。
「ボルスまで八キロメートル近くあるんだけど」
「支援砲撃ってところか。こいつをどうにかしないと、いくら精霊人機でもまともに戦えないだろうな」
タラスクの砲撃が直撃すれば精霊人機でもただでは済まない。歩兵に至っては即死する。
ディアの頭をロント小隊の待機位置に向けて、砲撃タラスクを後にする。
俺に並んだミツキが前方のアップルシュリンプを銃殺して、弾倉を入れ替えた。
「ロント小隊だけで魔力袋持ちのタラスクを倒せると思う?」
「無理だろうな。それでも、時間稼ぎは出来るはずだ。ボルス周辺の魔物を一掃すれば、あとは雷槍隊が処理するだろ」
雷槍隊の精霊人機が持つ特殊兵装は雷を纏っているため、甲殻の防御を無視して内部にダメージを与えることができる。
途中で出会う魔物を避けつつ、戦場を走り抜ける。その間にも、タラスクの砲撃はやまずにボルスに向かっていくつもの火の玉が飛んでいく。
被害の大きさはあまり想像したくない。
湿地を駆け抜けて、合同部隊を護衛しているロント小隊を見つけた。精霊人機への魔力補充は済んでいるらしく、いつでも戦闘に移行できる態勢を整えていた。
しかし、ロント小隊の精霊人機三機に並んで見慣れない精霊人機が一機、起立していた。
非常にスマートなデザインのその精霊人機は、隣に並ぶロント小隊の精霊人機よりも背が高く、腕も長い。全高八メートルほどはある。
脚部、腰部、肩回りはバネが増設されて出力を高めてあった。特に左の肩から手首に掛けては衝撃を緩和するためのサスペンションが多く、右に比べて二割近く太くなっている。それでも、全体的に細く、遊離装甲さえ持たない超軽装、高機動の精霊人機。
その精霊人機の正体は背負っている全長六メートル以上の巨大な弓からも明らかだ。
「……アーチェ?」
ベイジルの扱う、新大陸でも残存する機体の少ない弓兵仕様の精霊人機アーチェ。
三十年ほど前の、型遅れというのもおこがましい骨董品じみた機体でありながら、弓兵という唯一無二のコンセプトを持つがゆえに現役で稼働する古強者の機体。
スマートな外見に高身長、各所に見える設計の古臭さが逆にこの機体が屠ってきた魔物の数を表していた。
「自分も出陣しないといけません」
ベイジルの声がアーチェの拡声器越しに俺たちへ降ってくる。
アーチェの足元では整備士たちが敬礼していた。
「ボルスは、かつての戦友の人生の終着点。これからの戦友の人生の出発点。自分のような老兵こそが守らなくてはなりません」
何を言っても、ベイジルは戦場に行くだろう。そう俺にも確信できるほど、ベイジルの声はしっかりしていた。
俺とミツキが索敵に出る前は肩を借りて歩いていたくらいなのに、誰がベイジルを機体に乗せたんだか。
俺は整備士君を横目に見る。敬礼を崩さずアーチェのコックピットを見上げる整備士君は苦い顔をしていた。
俺はロント小隊長のいる整備車両の助手席にディアを横付けする。
「タラスクはボルスの周辺に三体、更にボルスから北東のやや離れた場所に魔力袋持ちのタラスクが一体います。魔力袋持ちのタラスクはボルスに向けてファイアボールで支援砲撃を行っていて、ボルスでは随伴歩兵や精霊人機にかなりの被害が出ているようです」
ロント小隊長は俺の報告に頷いた。
「優先して砲撃タラスクを潰す必要があるな。幸い、我が小隊の存在はまだ気づかれていない。奇襲を仕掛ける事もできる」
ロント小隊の方針は、砲撃タラスクへ奇襲をかけてボルスへの砲撃を止めた上で、砲撃タラスクを撃破し、ボルス周辺の部隊と共に魔物の群れを前後から挟み撃ちにするというモノだ。
出発を指示したロント小隊長が俺を見た。
「まだ何かあるのか?」
そりゃ、あるさ。
俺は病み上がりのベイジルが乗っているアーチェを指差す。
「アーチェを守る随伴歩兵は?」
アーチェは近接戦闘が苦手な機体だ。しかも、他の精霊人機とは違って弓の特性上、小型や中型の魔物への対抗手段がほとんどない特殊機体でもある。
随伴歩兵との運用が大前提の機体なのだ。
ロント小隊長は無言で合同部隊を指差した。
合同部隊から数人の歩兵が仲間に見送られながら出てくる。
「……こう言うと侮辱と取られるでしょうけど、あの人たちは病み上がりで役に立ちませんよ?」
「事実を口にする事を躊躇う必要はない」
ロント小隊長はそれきり口を閉ざしたが、時折俺に何か言いたそうな視線を向けてきた。
俺たちが随伴歩兵の代わりをすることを望んでいるらしい。
俺はロント小隊長の下を離れ、ミツキに並ぶ。
「随伴歩兵はリスクが高すぎる。俺たちは遊撃に回ろう」
「そうだね。拠点防御は苦手だもん」
意見がまとまって、俺は護身用の自動拳銃の弾倉を確認する。
俺たちが話している間に、ベイジルが随伴歩兵として出てきた合同部隊の歩兵を追い返していた。
弓兵仕様で自分の身もろくに守れない機体に乗っている癖に単独で行動するつもりらしい。病み上がりの随伴歩兵など連れて行ってもいたずらに死者を増やすだけだから当然の判断ではある。
それ以前にベイジルが大人しくしていれば良いだけなんだけどな。
しかし、ロント小隊の精霊人機三機は操縦者の実戦経験が少ない。魔力袋持ちのタラスクを仕留める実力があるかは疑問だった。
ベイジルの腕がどれほどのものか知らないが、曲がりなりにも三十年精霊人機に乗り続けたベテランだ。下手なはずはない。
ミツキが俺の袖を引っ張った。
「なんだ?」
「あのままだとベイジルが死ぬよ」
凄く嫌そうに、ミツキはアーチェを見る。
ベイジルが死ぬことが嫌なんじゃない。ベイジルに大してそこまでの感情を抱いていないのだから。
「狙ってやっているなら、顔面に拳を叩き込みたくなるな」
俺もうんざりしつつ、アーチェを振り返った。
寝てればいいのに、と思うが、ベイジルがボルスを守りたいという気持ちも分かる。
ボルスはギスギスしていた弓兵隊が死ぬ間際に結束して戦い抜いた場所だ。
守らなくては、戦友が命をかけて築いた物がガラガラと崩れ去る。
俺は死ぬ間際の喪失感を思い出す。
ボルスがなくなれば、ベイジルはあの喪失感を味わうことになるだろう。
「ヨウ君、大丈夫?」
ミツキが心配そうにのぞきこんでくる。
あの喪失感を思い出したせいで顔色が悪くなっているのは自覚していた。右足が幻の痛みを訴えてくる。
最悪な気分だ。
「ミツキ、ベイジルの援護をする。付き合ってくれ」
「ヨウ君がそんな顔するんじゃ仕方ないね」
「悪いな」
「それは言わない約束でしょう」
軽い調子のミツキの返事に救われながら、俺はベイジルが乗るアーチェにディアを近づけて声を掛ける。
「ベイジル、あんたに死なれると気分が悪い。そこで提案がある」
「提案ですか?」
ベイジルの不思議そうな声が降ってくる。
俺は深く頷いた。
「ベイジルに英雄になる機会をくれてやる。嫌われ者の俺とミツキの指揮下に入れ」
俺とベイジルの会話に聞き耳を立てていたロント小隊が全員そろって唖然としたのが気配でわかった。
ロント小隊とは対照的に、ミツキがパンサーの上で声を殺して爆笑している。足をじたばたさせて笑いをこらえているようだ。
英雄視される古強者? 壁の外の話だろう。俺は興味ないね。
言葉を失っている様子のベイジルに、俺は続ける。
「指揮下に入るのか、入らないのか、どっちだ?」
「……いいでしょう。ワステード司令官には怒られそうですが」
拡声器越しのベイジルの声は、少しだけ笑っていた。
笑いの滲む声で、ベイジルは続ける。
「どんな目で見られようとも、それがボルスを守ることに繋がるのならばそれでよいはずですから」
「交渉成立だ。それじゃ、作戦を始めよう。その前に」
俺は笑いの波が収まった様子のミツキがパンサーを寄せてくるのを確認して、ベイジルに質問する。
「その機体、最高速度はどれくらいだ?」




