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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第三章  彼と彼女は見つめあう

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第十一話  英雄ではない

 救援部隊が到着して二日目の朝、出発の日。

 伝染病による犠牲者はなし、療養が必要な者が多数おり、調査の再開は不可能。

 そんなわけで、防衛拠点ボルスに帰還の運びとなったのだが、調査隊と救援部隊で構成される合同部隊はピリピリとした緊張感に包まれていた。

 この二日間、魔物の襲撃が一切なかったのだ。

 いくら密度が低いとはいえ、ここは魔物の生息地域である未開拓地だ。

 二日間魔物を一切見かけないというのは明らかな異常事態だった。

 朝食の時間もそこそこに、合同部隊はボルスに向けて出発する。


「追い立てられてるみたいだな」


 合同部隊の右側、少し離れた場所をディアの背に揺られて進みながら、合同部隊を眺める。

 背後を気にする殿の歩兵たち、整備車両の中から周囲に目を凝らす整備士たち、先頭を進む雷槍隊機の二機も合同部隊から少し離れて遭遇戦に備えている。

 動けない調査隊の人員に加えて救援部隊の医療班もいるため、人数が多い割に救援部隊の戦力は多くない。

 精霊人機も救援に来た雷槍隊の二機しかないため、魔物の規模次第ではなすすべがない。

 ベイジルも言っていたが、今回のように魔物が特定地域から姿を消した場合はどこかで群れを作っていると考えられるため、戦力に乏しい合同部隊はなおさらピリピリしていた。

 今朝になっても念のために面会謝絶との事でベイジルに会う事が出来なかった。もしも会えていれば、俺たちだけで先にボルスに帰っていたところだ。

 こんな危険地帯を合同部隊の速度に合わせてのんびり進むのがまだるっこしい。


「ヨウ君まで焦っちゃだめだよ」

「分かってるけどさ」


 治療を受けたりワクチンを接種した合同部隊の連中と違って、俺もミツキもまだ感染リスクがある。のんびり散歩していられる状態ではない。

 ベイジルの面会謝絶も、俺たちに勝手な行動をさせないために救援隊長辺りが画策したのではないかと勘繰ってしまう。

 救援隊長にとっては目障りな俺とミツキが消えてくれた方が嬉しいだろうから、的外れな読みだと理解はしているが、一度芽生えた疑惑の芽はなかなか消えない。

 俺は深呼吸して、視線を前に向ける。

 途中まで整備された道が見えてきた。湿地の途中で途切れたそれは、人類の生存圏に入った証だ。緊張していた合同部隊の兵士が僅かに安堵の息を吐き、上官にどやされて気を引き締め直している。

 今回は合同部隊の車両も一緒にいるため、道なりに進むしかない。俺とミツキだけなら救援を呼びに行った時のようにまっすぐ突き進んで時間の短縮もできたのに。

 道なりに進むこと四時間ほど、ふとボルスがある方角を見ると、うっすらと煙が上がっていた。

 一瞬、煮炊きの煙かと思ったが、煙の黒さに気付いてすぐに異常事態を悟る。


「全体、停止しろ」


 救援隊長が助手席から合図を送ると、周りの兵士がボルスに不安そうな目を向けつつ立ち止まった。

 救援隊長がボルスの方角を睨む。

 双眼鏡を持った兵士が雷槍隊の精霊人機の手に乗って高さを確保してから、ボルスの方角を調べ始めた。

 だが、兵士は救援隊長に向かって首を横に振る。ここからでは距離があってボルスの様子を調べる事は出来なかったようだ。

 救援隊長は俺たちを見て、ボルスの方角を指差した。見て来い、という事なのだろうが、救援隊長に俺たちへの指揮権は存在しないので無視する。


「ちっ、気色悪い役立たずが」


 悪態吐く救援隊長は俺たちの態度に苛立ったようだが、軍人だけあって命令権がいかに重要かは理解しているらしく、すぐにあきらめた。

 何人かの歩兵をボルスへ斥候に出し、帰ってくるまで周囲の警戒を命じている。

 俺は戦闘に備えて対物狙撃銃の残弾を確認し、呼吸を整える。

 ミツキがボルスの煙を眺めながら、口を開く。


「魔物に先回りされてたのかな?」

「ヘケトの群れが戻ってきたのかもしれないけどな。ヘケトだった場合、中型魔物の群れ程度にあの防衛拠点が落とされるはずはないから、魔力袋持ちが混ざっているかもしれない」


 魔力袋は後天的に発生する体内器官らしいが、発生条件は分かっていない。

 キャラバン護衛の依頼に随行した時の戦闘で、ヘケトの群れを街道に誘導した時には魔術を使ってくる個体はいなかったが、安心はできない。

 斥候が戻ってきたのは一時間ほど経ってからだった。

 転がるように走って来た斥候の後ろにはザリガニ型の中型魔物ブレイククレイが三体、追いかけてきている。

 すぐに歩兵隊が迎撃態勢を整え、斥候を通してからブレイククレイとの戦闘を開始した。

 前線基地である防衛拠点ボルスに詰めている軍人だけあって腕は確かだ。危なげなくブレイククレイの甲殻を魔術で剥ぎ取り、取り囲んでから隙を見て致命傷を加えていた。

 肩で息をしている斥候が救援隊長のいる助手席に駆け寄る。

 斥候の報告を聞く救援隊長の眉間に見る見るうちに皺が寄った。

 救援隊長が魔導核に魔力を流して、拡声器を起動する。


「ボルスが魔物の群れに襲撃を受けている。襲撃している魔物は甲殻種アップルシュリンプ、ブレイククレイ、ルェシ、さらに大型魔物、タラスクの全四種だ」


 エビ型の小型魔物アップルシュリンプや先ほど歩兵部隊が始末したブレイククレイ、タニシのような形の中型魔物ルェシまでは俺も見たことはあるが……タラスクなんて見た覚えがない。

 ミツキが記憶を探るような顔をしながら、口を開く。


「タラスクって、確かカメ型の大型魔物だよね」

「全長十メートルの甲羅を背負ったカメだ。突進か咬みつきかの二通りの攻撃方法しかないうえに動きも鈍いから対処は難しくない。魔力袋さえ持ってなければな」


 魔力袋を持ったタラスクはさながら動く砦だ。

 甲殻系の魔物全般に言える高い防御力をもち、無尽蔵の魔力で遠距離攻撃を放ってくる。

 特に、タラスクの甲羅の防御力は甲殻系の中でさえ突出しており、物理的な攻撃はほぼ効かないとされている。頭などを引っ込める穴をも石魔術などで防ぐ知恵を身に付けていると最悪の部類の魔物だ。

 救援隊長が拡声器越しに方針を発表する。


「群れの規模が分からない以上、ボルスへの帰還には危険が伴う。しかし、物資も少ない。マッカシー山砦とボルスの分かれ道で調査隊の護衛に最低限の戦力を残し、残りでボルスの戦力と共に魔物の群れを挟撃する」


 足手まといに護衛をつけて純粋な戦力だけでボルスの救援という作戦らしい。救援部隊も大変だな。

 調査隊を指揮するベイジルの指揮下にある俺とミツキには関係のない事だ。

 一時間ほど進んでマッカシー山砦との分かれ道に到着する。右に行けば防衛拠点ボルス、左に行けばマッカシー山砦だ。

 この辺りには魔物の姿がない。歩兵隊を数人置いて、救援部隊の戦力がボルスへ向かう後姿を見送る。


「精霊人機を二機ともボルス救援に向かわせちゃって、いいのかな」


 ミツキが遠ざかる雷槍隊の精霊人機二機を見送って呟く。

 調査隊の操縦士のうち、曲がりなりにも動けるのは雷槍隊の隊員一人だけ、つまりこの場には戦力としての精霊人機が一機だけしかない。その操縦士も熱が引いたとはいえ体調が万全とは言い難い状況だ。

 ボルスを襲撃している魔物の群れがこちらに来たら、すぐに壊滅しそうだった。


「あの救援隊の隊長、突発的な事態には弱そうだね」

「他にいい手があるかと言われると困るけどな。とりあえず、ボルスの戦況次第では救援隊の隊長も諦めてこっちに戻って来るだろ」

「その場合はマッカシー山砦に増援を呼びに行くんだよね。やだなぁ」


 心底嫌そうに呟くミツキに賛同しつつ、ディアの索敵魔術の効果範囲を最大にする。

 今のうちから魔物の襲撃に備えようと思っての行動だったが、範囲を拡大した途端に索敵魔術が反応した。

 しかし、反応があるのはボルスではなく、マッカシー山砦方面だ。


「……戻ってきたヘケトに反応してるなら、逃げ道ふさがれてアウトだなぁ、なんて思ってるんだけど」

「噂をすると影が差すぞ」


 窘めながらも、考慮した方が良い可能性なのも自覚していた。

 ディアの頭をマッカシー山砦方面に向ける。


「確認に行こう」

「りょうかい」


 ミツキもパンサーをマッカシー山砦に向ける。

 駆け出した俺たちを不思議そうに見ている合同部隊の面々の中で、整備士君だけは事態に気付いたのかすぐに歩兵部隊に連絡しに走って行く。

 横目に見つつ、俺たちは道を駆け抜ける。

 索敵魔術の設定をこまめに調整して対象の位置を特定していると、道の先から聞きなれた足音がした。

 俺はディアの速度を緩める。


「ちょうどいいタイミングだな……」


 道の先から重厚な音を立てて歩いてくるのは精霊人機が三機、更に後方には鱗状の遊離装甲で覆われた整備車両と運搬車両の姿。統率の取れた歩兵たちに守られた整備車両の助手席には、俺たちを見て無表情に片手をあげて挨拶してくるロント小隊長の姿があった。

 リットン湖攻略隊ロント小隊だ。

 俺はディアの速度を調節しつつロント小隊に合流し、助手席のロント小隊長に声を掛ける。


「奇遇ですね。奇遇ついでにちょっとお伝えしたいことがあるんですけど」

「ヘケトの群れなら道中であらかた始末してきた。ここから先は安全だ」


 俺たちが拠点にしている港町へ帰る途中だと思ったのか、ロント小隊長は無感情に教えてくれた。

 おおかた、修理が終わってマッカシー山砦に到着した途端に司令官のホッグスからヘケトの討伐を命じられたのだろう。新大陸派のホッグスと開拓学校卒業生を多く組み込んでいるロント小隊は派閥が違うだろうし、不快な思いをしたのは想像に難くない。


「――おい、なんだアレ」


 話している間にも道を進んでいたためか、ロント小隊の精霊人機がボルスから立ち上る煙に気付いたようだ。

 ロント小隊長が説明を求めるように俺を見た。

 俺はボルスが魔物に襲われている事や調査隊の事などを手短に説明する。

 説明を聞いたロント小隊長が拡声器に手を伸ばした。


「速度を上げるぞ。この道の先に部隊がいる。一度合流して詳細を確認した後、ボルスの救援に向かう。全員準備しておけ」


 ロント小隊が速度を上げる。デュラの偵察任務の頃と比べると、目に見えて練度が上がっていた。


「中型魔物の群れなんて相手にすれば、嫌でも練度は上がる」


 誇るでもなくロント小隊長は言うが、そもそもヘケトの群れを相手に練度の低い新兵ばかりの小隊で戦っている時点で異常な気がする。雷槍隊のような特殊兵装を持つ専用機でもないただの精霊人機が三機でよく勝てたな。

 ロント小隊長がボルスの煙を睨みながら声をかけてくる。


「アカタタワにホーアサ、指揮下に入れ。お前たち二人は遊ばせておくには惜しい戦力だ」

「遠慮しておきます」

「……ベイジルさんとなら交渉する」


 ロント小隊長でもベイジルにはさん付けなのか、と意外に思いつつ、首を横に振る。


「誰かの指揮下に入っても行動が制限されるだけで不利益ばかり被る事が分かったので、遠慮してるんです。同じ指揮下にいる連中に悪態吐かれながら命がけの戦いなんてばからしいですからね」


 デュラの人々やロント小隊内の兵士の態度を知るロント小隊長は、言葉を返せずにため息を吐き出した。


「使える者を有効に使う。それができない奴から死んでいくのが軍人というモノだが、我が小隊には若い者が多い。目を瞑ってくれ」

「無理ですね。我慢するに足るメリットがどこにもないので」


 正直に真正面から突っぱねると、ロント小隊長は先ほどよりも重苦しいため息を吐いた。


「では、協力という形で構わない。手を貸してくれ。具体的には、ボルス周辺にいる大型魔物の数を知りたい。索敵を頼めないか?」

「ベイジルとの交渉を終えてください」

「……そこは雇われとしての筋を通すのか」

「契約ってそういうものですから」


 合同部隊が道の先に見えてきて、ロント小隊が速度を緩める。

 思わぬ増援の到着に合同部隊の兵士たちが胸をなでおろしていた。

 ロント小隊長が助手席から下りて暫定指揮を取っていた雷槍隊の操縦士と共にベイジルが寝ている整備車両へ入っていく。

 俺はミツキと一緒に彼らから距離を取って、ロント小隊長が出てくるのを持った。

 ベイジルの性格から考えて、俺たちに出した依頼は調査隊の中断をもって終了とし、指揮権を破棄した上でロント小隊長の指示に従うよう頼んでくるだろう。

 予想通り、整備車両から降りてくるロント小隊長の後ろに雷槍隊の操縦士に肩を借りて下りてくるベイジルの姿が見えた。

 三人が俺たちの下へ歩いてくる。ベイジルが肩を借りてまで向かう先が俺とミツキの下だと気付いて、合同部隊の何人かが憎悪さえ混ざった眼を俺たちに向けてきた。

 ぼくらのえいゆうにむりをさせるなぁ、とか考えているんだろうか。

 整備士君が俺たちに向かって走ってくる。

 また面倒な因縁をつけられるのかと思いつつうんざりして目を向けると、俺たちの前で足を止めた整備士君はその場で深く頭を下げた。


「こんなこと頼める立場じゃないのは分かってる。でもベイジルさんはボロボロなんだ。これ以上歩かせないでほしい」


 整備士君の言葉の途中で、俺はすでにディアを操作してベイジルの下へ歩き出していた。

 別にベイジルを苦しませる意味なんかどこにもないし、ベイジルが依頼の終了を宣言してくれれば俺もミツキも晴れて自由の身だ。


「ミツキはそこで待っててくれ。ベイジルから感染するといけないから」

「ヨウ君が感染したら白衣のナースコスプレで看病してあげるよ」


 本気でやりそうで怖い。

 手を振るミツキに見送られて、俺はベイジルの前に出る。

 ベイジルは苦笑気味に、ディアの背中に座る俺を見上げていた。


「……英雄と称賛されることが英雄の条件でしょうか?」


 ベイジルの問いに、俺は肩を竦める。


「そう思うなら、そうなんじゃねぇの? ただ、英雄でないと人助けしちゃいけないって法律もないけどな」


 ベイジルの苦笑が深まる。血色の悪い者もちらほらいるが死者のでていない調査隊を見回して、ベイジルは苦しそうに顔をゆがめた。


「では、君たちは英雄ではないのでしょう。自分が成らなければいけないモノも英雄ではなかった。自分は蔑まれてでも真実を広め、英雄ではない何かにならなければいけなかった。……いや、これからなろう」


 一度目を閉じたベイジルは俺に向き直る。

 数瞬の後に開かれたベイジルの瞼の裏からは決意を秘めた瞳が現れた。


「調査隊のために命を張ってくれてありがとう。依頼は終了です」


 そう言って、ベイジルは手に持っていた札を差し出してくる。

 ギルドに出せば依頼が無事に完了したことを証明してくれるその札を受け取ると、ベイジルが頭を下げてくる。


「君たちの持っている防衛拠点ボルスの歴史の冊子を貸してくれないだろうか」


 頼まれるままに、俺はディアの腹から小冊子を取り出す。ベイジルが何をするつもりなのかは見当がついていた。

 喜べミツキ、手間が省けたぞ。



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