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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第三章  彼と彼女は見つめあう

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第十話  伝染病

 崖を迂回して湿地を突き進み、河に到着する。

 上流の車両が通行できる地点に移動して、河を渡った。

 雷槍隊の操縦士が助手席から降りてきて、歩兵や整備士たちを集める。


「熱のある者は車両の中に移れ。動ける者は湯と流動食の準備をしろ。伝染病の可能性が濃厚である以上、健康な者は車両への接近を極力控えるように。俺も熱が出ている。救援が到着するまでは精霊人機の搭乗席にいる。指示は拡声器で行う。お前たちからの報告には整備車両の拡声器を使え」


 矢継ぎ早に命令を出し、操縦士が俺とミツキを見る。


「ベイジルさんに雇われている君たちが俺の命令を聞く理由がない事は知っている。それでも、力を貸してほしい。俺もいつまで戦えるか分からないんだ」

「危なくならない限りは助けますよ」


 魔物の姿がない広々とした湿原を見回しつつ、答える。

 調査隊と崖で合流してからここまでも魔物の姿はなかった。いよいよ嫌な予感がする。

 俺とミツキは調査隊から少し離れた場所で精霊獣機を停めた。


「いざという時に動けなくても困るから、一機ずつ整備に入ろう」

「どっちから始める?」


 ミツキがパンサーの頭をポンポンと軽く叩きながら聞いてくる。


「パンサーの方から始めよう。ディアよりも激しく動くからな」


 白み始めた空を見上げて、俺は対物狙撃銃を下ろす。

 いい加減、睡魔に抗い続けるのも厳しくなっていたが、もう少しの辛抱だと自らに言い聞かせる。

 何かをしていないと寝てしまいそうなので、パンサーの整備をのんびり始める。


「デュラの調査もそうだったけど、調査依頼を受けると期限より早く切り上げることが多いね」


 ミツキの言葉に苦笑しながら頷く。

 どちらにせよ、依頼の報酬は払われるから別に問題はない。

 金銭的に困っているわけでもないのだ。伊達に特許を持ってはいない。

 日が昇り、ミツキが朝食の準備を始める。

 俺はパンサーに油を差しながら、今後の事を考えていた。


「朝ご飯できたよ」


 パンサーの整備を終えた時、ミツキが日本語で声をかけてきた。

 仲間が病で苦しんでいる調査隊の面々はぼそぼそと言葉を交わしながら食事をとっていたが、場違いに明るいミツキの声に顔を上げた。

 何か言われる前に睨みつけると、調査隊の面々は陰気な顔を俯けた。俺たちがいないと中型魔物に襲われた時に対処法が限られるから、逆らえないらしい。

 ミツキが作った朝食をディアの角に渡した板の上に並べる。

 原因が食物にあるかもしれないと考えた調査隊の面々は瓶詰などの密閉されていた食品を念入りに加熱した味気ない食事を摂っていた。

 俺とミツキは自前の食材を持ち込んでいるため、問題がない。そんなわけでミツキがここぞとばかりに腕によりをかけて作った料理が目の前に並んでいた。

 パンはレーズン入りの少し甘い物を選択し、オムレツに似た卵料理フリッタータや柑橘系の香りがするチャツネを使用した簡単ドレッシングをかけた根菜サラダ。デザートにラズベリーのゼリー。


「……このゼリー、どうやって冷やした?」

「どうって、こうよ」


 そう言って、ミツキは手のひらに水魔術を発動する。

 水魔術で発生した水は気温とほぼ同じになる。火の魔術を併用すれば温度を上げることも可能だが、下げるのは難しい。

 朝の湿原という低い気温条件を利用して水魔術を発動し続けて水の温度をゼラチンの凝固点以下に保ったらしい。

 魔導銃を使う俺たちでなければ、魔力の無駄遣いと怒られそうな所業だ。そうでなくても単純に面倒くさい。


「ヨウ君には美味しい物を食べてほしいからね」

「可愛いとしか言えないじゃねぇか」


 これだけ手を尽くされた料理を出されては、あざといなんて口が裂けても言えない。

 しかも、徹夜明けの頭にパンの甘さが強烈な刺激となって、チーズを使っているのに重たくないフリッタータが程よく腹にたまる。根菜サラダに使われたドレッシングの柑橘系の香りは眠気を爽やかに遠のかせ、根菜の歯ごたえが噛むたびに頭を目覚めさせてくれた。

 ゼリーを食べると、加熱された事で甘みを増したラズベリーがゼラチンのつるりとした食感にわずかな酸味というアクセントを伴って喉を滑り落ちていく。

 美味い。限られた食材でよくぞここまで今の体調に合わせた朝食を用意できたものだ。

 調査隊の連中に思わず自慢してやりたくなるような朝食を食べ終えて、ディアの整備を始めていると、パンサーが唸った。

 索敵魔術に反応があったらしい。

 しかし、戦闘は起こらなかった。


「救援部隊だ!」


 歩哨に立っていた整備士君が指差す先に、雷槍隊の精霊人機二機を先頭に進む数台の車両が見えた。

 防衛拠点ボルスから出てきた救援部隊が夜を徹して湿地帯を抜けてきたらしい。迅速な対応だった。

 救援部隊が合流すると、すぐに医療器材が積まれた車両へ病人が搬送される。その中にベイジルの姿もあった。

 救援部隊の隊長が調査隊の指揮を臨時で取っていた雷槍隊の操縦士と言葉を交わし、指揮権を移譲される。

 病人の数は多く、治療のためにしばらくここに留まる事となった。

 ようやく眠れる、とディアとパンサーに布を張って簡易のテントを組み立てていると、整備士君がやってきた。


「あの、ちょっと話があるんだけ――ですけど」


 途中で言葉使いを改めて、整備士君は複雑な顔で頭を下げてきた。


「救援を呼んでくれてありがとうございました」

「どういたしまして」


 会話とも呼べない短いやり取りをして、テントの中に入ろうとしたその時、救援部隊の隊長がやってきた。


「お前たちが噂の開拓者か」


 ミツキ曰く地獄耳の俺に届いているのは悪罵の類ですが、それも噂ですか?

 今なお、救援隊の方から素敵なお声が届いておりますけれども、幻聴でしょうか。

 否定も肯定もせずに見つめ返していると、救援隊の隊長は焦れたように口を開く。


「調査隊には体調不良を訴えている者が多いが、お前たち二人は大丈夫なのか?」

「見ての通り、問題ありませんよ」


 質問に答えると、隊長はむすっとした顔で俺とミツキを睨みつけ、パンサーに目を留めた。


「聞いた通りに気味の悪い乗り物だな。伝染病を媒介したようにも見えないが、病人の視界に入らないところへ移動しろ。体が衰弱すれば気も弱る。こんな気味の悪い物を見て気が滅入ってはことだ」


 その病人がいま治療を受けていられるのは俺とミツキが精霊獣機でお前ら救援部隊を呼んだからだけどな。

 どうせ言っても理解できないだろうから、口答えせずに簡易テントを撤去する。


「離れると索敵が難しくなるので、自分たちでどうにかしてくださいね」

「言われなくてもそのつもりだ」

「とはいえ、あんまり魔物もいないんですけどね」


 隊長の意気込みを空回りさせて、俺はミツキと一緒にその場を後にする。

 困った顔をしていた整備士君だが、結局は何も言わずに隊長と一緒に戻って行った。

 俺たちは調査隊から三百メートルほど離れた場所で簡易テントを張り直す。

 ベイジルや雷槍隊の副隊長などの容体が安定するまで、この河原で手を尽くす予定なので、しばらくは眠れるだろう。

 ミツキは早々に簡易テントにもぐりこみ、パンサーの背中に横になった。


「おやすー」

「あぁ、おやすみ」


 前々から思っていたが、ミツキは絶対ネットゲームで46とあいさつ代わりに打ち込んで一部の反感を買うタイプだ。

 ネットもパソコンもないこの世界だと、だからどうしたって話だけど。

 思考も散漫になっているので、いい夢を見られますようにと思いつつディアの背中に寝転がった。

 救援部隊や調査隊の方で人が動いている気配はするが、こちらに誰かが近付いたら索敵魔術が反応するため寝首をかかれる心配はない。

 瞼を閉じるとすぐに眠りに落ちた。



 夕暮れ時に目が覚めて、俺は簡易テントを出る。

 すでに起きていたミツキがコーヒーもどきを淹れていた。


「飲む?」

「あぁ、欲しい」


 俺の分も淹れてくれたミツキに礼を言って、髪を手櫛で整える。

 すると、ミツキが立ち上がってパンサーの収納スペースから櫛を取り出した。


「やってあげるからあっちを向いてて」

「ありがたいけど、遊ぶなよ?」

「大丈夫、大丈夫。ちょっとかっこよくするだけだから」

「遊ぶ気満々じゃねぇか」


 されるがままに髪を整えてもらう。

 横目で調査隊を盗み見れば、まだあわただしく人が動き回っていた。

 まだ回復していないようだ。そもそも原因は特定できたのだろうか?

 救援部隊の隊長の態度を考えると、俺たちに原因を教えてくれるかどうかは怪しいものだ。

 仮に伝染病だとすれば俺たちも感染している可能性があるため、動けるうちにボルスに戻って治療を受けるべきかもしれない。

 精霊獣機を隠しておけば、治療は問題なく受けられるだろう。

 ミツキに相談しようと声をかけようとした時、調査隊の方で歓声が上がった。

 なんだろうかと目を向けてみれば、調査隊に随行していた軍医が歓声を上げる調査隊と救援部隊に苦笑しつつ整備車両に戻る所だった。

 人が死んで喜ぶほどぎすぎすした部隊ではなかったはずだから、病人の誰かに回復の目途が立ったのだろう。つまり、きちんとした治療を受ければ十分回復できるという事だ。

 いよいよボルスに戻ってしまおうか。


「ミツキ、感染のリスクを考えると俺たちは先に戻った方が良いんじゃないか?」

「戻っても門番に止められるかもね」

「それは考えてなかった」


 ボルス内で伝染病が流行ったらそれこそ大変だ。俺たちを受け入れるリスクを負うとは思えない。

 ここから医療設備が整っていそうな町というと――


「隊長が来たよ」


 ミツキに言われて顔を上げて見れば、救援部隊の隊長がこちらに歩いてきていた。

 隊長は俺たちから五メートルほどのところで立ち止まる。すごく遠い心の距離、満足に伝わらない声、それでも届けたいこの思い、なんてキャッチコピーが浮かんだ。届けられるのは悪口だろうからこの距離で良いけどね。


「二日後の朝に出発する。用意しておけ」

「さっき歓声が上がっていたようですが、回復の目途が立ったんですか?」

「あぁ、原因も特定し、対応もした。明日の午後にはある程度動けるようにはなるだろう」

「原因は?」

「伝染病だ。最近の兵士であれば事前にワクチンを接種しているのだが、今回の患者は世代的にワクチン接種を受けていなかったのだろう」


 この世界、ワクチンとかあったのか。初耳だぞ。

 いや、開拓学校の教科書に書いてあったか?

 どちらにせよ、俺もミツキもワクチン接種など受けていない。罹患する可能性は十分あった。


「俺たちが感染する可能性を考えて、先にボルスへ戻ろうと思います。依頼人のベイジルに取り次いでください」

「面会謝絶だ」


 きっぱり断られて、無理もないと思い直す。今朝方、すでにベイジルは意識がなかったのだ。治療したとしても一瞬で元気になるわけもない。

 二日後までは面会謝絶のままという事で、途方に暮れる。


「仮に俺たちが発症した場合は?」

「開拓者だろう。自分たちでなんとかすればいい。そもそも、お前たちは調査隊が雇い入れたのではなく、ベイジルさん個人が雇ったのだ。我々が治療する義理はない」


 伝えるべきことは伝えた、と隊長は俺たちに背を向けて戻って行く。


「いよいよ面倒なことになったな」

「ベイジルと連絡が取れない以上、依頼を破棄して勝手に消えるわけにもいかないもんね。とりあえず、今日は暖かくして寝ましょうか」

「それと、調査隊には近付かない方が良いな。ワクチンがあるってことは病原体もいるんだろうし、病人に近付くのは得策じゃない」


 調査隊からさらに距離を取るため簡易テントを回収する。

 調査隊から五百メートルほど離れて、俺たちは一息ついた。

 出発までの二日間、そこまで持てば何とかなるだろう。



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