第九話 調査隊との合流
指示をあらかた出し終えたワステード司令官が俺たちを見た。
「これで人払いは済んだ。申し訳ないね。そばに部下がいると君たちに感謝の言葉も満足に伝えられない立場なんだ。調査隊の危機を知らせてくれてありがとう。やはりベイジルに君たちを連れて行かせたのは間違いではなかったようだ」
ワステード司令官はそう言って笑顔を見せた。
矢継ぎ早に指示を出していたかと思えば、人払いを兼ねていたとは。
気持ち悪い精霊獣機を乗りまわす俺とミツキに礼を言っている場面を見られたくないという事だろう。
蓄魔石に魔力を補充しつつ、俺はワステード司令官を見る。
「どういたしまして。救援部隊は先ほど渡した文書にある地図に従って動かしてください。俺たちは早く戻って調査隊の援護をしないといけないので、準備が整い次第出発します」
形ばかりのお礼なんてさっさと受け流して、事務的に応じる。心がこもったお礼ならこちらも真摯に返すつもりだが、心のこもったお礼をするのに人払いは必要ないだろう。
見透かされている事に気付いたのか、ワステード司令官が頭を掻いた。
「感謝しているのは本当なのだ。だが、公私は分けないといけない。君たちは調査隊にいる間、あまりいい空気を吸えなかったのではないかな?」
「そうでもないですよ。ミツキもそうだろ?」
水を向けると、ミツキは満面の笑顔で頷いた。
「ヨウ君がいればそれで満足だからね。周りとか、どうでもいいことだよ」
「俺ってばマジ空気洗浄機」
しかも多機能。会話ができるし、狙撃もできる。
「一家に一台と言いたいところだけど、ヨウ君は私専用なのでした」
ミツキが締めくくる。
夫婦漫才をかましていると、ワステード司令官が反応に困っていた。漫才の肝である空気洗浄機をそもそも知らないだろうから、無理もない反応だ。
結局、ワステード司令官は俺たちの漫才に突っ込みを入れる事を諦めて話を戻した。
「ともかくだ。嫌われながらも君たちが調査隊のために危険な湿地を駆け抜けてくれたことに――」
「いえ、調査隊のためではなく自分たちのためです」
きっぱり否定しておくと、ワステード司令官は口を閉ざした。
少しの間をおいて、ワステード司令官は空を仰ぐ。
「究極的には自分たちのため。例え捨て駒にされ失敗の責任を背負わされても、そのように割り切れる者がどれだけいるのか。やはり、君たちがベイジルの依頼を受けてくれてよかったと思うよ」
口振りから察するにワステード司令官も、ベイジルが背負った英雄像に振り回されている事に気付いていたのだろう。
もっとも、俺たちが依頼を受けたところでベイジルが変わるかどうかは別の問題だ。
それを指摘する義理もないので、俺は蓄魔石への充填が終わると同時に立ち上がった。
ミツキもパンサーに魔力の充填を終えている。
「もう戻るのか? 今夜は新月だ。明かりもない中、湿地を抜けるのは難しいと思うが」
ワステード司令官に言われて空を仰ぐ。
調査隊と別れたのは朝だったが、今はすでに日も落ちてすっかり暗くなっていた。月の姿は見当たらない。
魔術で明かりを灯せば問題ないが、俺やミツキと違って普通の人にとって魔力は遠距離攻撃用に温存しておくべきものだ。
俺とミツキが使う魔導銃も弾を撃ち出す際に魔力を消費するが、通常の魔術に比べて消費量ははるかに小さい。
さらに、精霊獣機ならば魔物との戦闘を避けることもできると、ここまでの道中で確認している。
つくづく普通の歩兵とは違うのだ。
俺はディアの背に乗り、ワステード司令官を見る。
「俺たちなら夜でも問題ないですよ。合流地点は河になると思います。こちらが河に到着していなければ、調査隊がまともに動けなくなっている可能性が高いと思ってください」
ワステード司令官に言い置いて、俺はミツキと一緒に司令部を後にする。
ここから調査隊の下までとんぼ返りだ。合流は明け方頃になるだろうか。
防衛拠点ボルスを駆け抜けて、門を潜り抜ける。
門番は新月の夜に出発する俺たちに何も言わずに見送った。心配されるほど仲がいいわけでもない。
来た道を引き返すだけだが、昼と夜では受ける印象が全く違った。
ディアの速度を調節しつつ、パンサーに並ぶ。
「先に俺が明かりを出す」
「分かった。最初の川に差し掛かったら交代ね」
俺は光の魔術ライトを使用する。こぶし大の光の球が俺とミツキの間に浮かんだ。
魔力の量を調節して光を強くすると、進行方向に何があるか程度は分かるようになる。
整備された道を無視して一直線に突き進む。
順調そのものだが、どうも違和感があった。
暗くて方角を誤っているのかと確認するが、問題はない。
「ミツキ、何かおかしくないか?」
「……魔物がいない」
そう、ボルスを出てから全く魔物に遭わない。
「ヘケトの群れの影響だと思うか?」
調査隊と共に出発した時から、魔物の密度は際立って低かった。まだヘケトの群れの影響で密度が回復していない可能性はある。
ヘケトは同種でも遠慮なく食べてしまう魔物だ。この辺りに生息していた魔物がヘケトの群れに出くわして食べつくされたという可能性もないわけではない。
それでも、あまりにも静かすぎた。
「早く抜けた方が良いね」
「そうだな」
ミツキの提案に乗って、俺は前を見る。
川を越え、沼を迂回して道が途切れた地点までたどり着く。
見上げれば満天の星空が広がっている。月がない分、星が良く見えた。未開拓地で地上に光源がない事も理由の一つだろう。俺が発動している光の魔術を消せばもっとよく見えるのかもしれないが、今は星を鑑賞するより調査隊と合流する方が先だ。
湿地を駆け抜けて川に到着しても、魔物が索敵魔術に引っかかる事はなかった。
ボルスを出てからすでに三時間近くかかっている。夜で見通しが利かないため自然と速度を落とすしかなかったため、時間がかかっていた。
俺はディアの索敵魔術を最大にして魔物の有無を調べる。
夜という事もあり、眠っている魔物もいるだろうが、周囲に魔物はいないようだ。
念のためにしばらく索敵魔術を発動したままにして、現在位置から崖までの時間を予想する。
「多分、崖に上って調査隊を探すよりも、崖に沿って移動した方が早く合流できるね」
ミツキの言葉に頷く。
そろそろ調査隊も七段になった高い崖を迂回して移動を始めた頃だろう。俺たちが逆回りに崖を回る事で、どこかで合流できる。
いっこうに、索敵魔術に反応はない。
安全を確認して、俺はミツキと共に川を渡り始めた。
ボルスを出発するときに油を差したばかりだが、これでまた差し直しだ。
川を渡っている間に一度反応があってドキリとしたが、川上から流れてくる木の枝に反応しただけだった。一メートルほどの長さの木の枝は夏らしいさわやかな色の葉をたくさん付けている。
川の上流に森でもあるのだろう。
ミツキがパンサーに乗ったまま流れてきた枝を拾い上げる。葉に付いた水が光の魔術に反応してキラキラと川面に落ちていく。
川を渡り切って一息吐いた時、ミツキが声をかけてきた。
「ヨウ君、この枝の付け根を見て」
川を渡っている間に拾った枝をミツキが差し出してくる。
枝を受け取って付け根を見る。
「折られてるな」
自然に落ちた物ではない。青々とした葉がついている事からもほぼ間違いないだろう。
河の上流は未開拓地だ。この枝を折ったのは野生の動物か、魔物という事になる。
「結構な太さだし、大型動物でないと折るのは難しいだろうな。意図的に折ったのでないとすれば、なおさらだ」
まぁ、あまり気にすることでもないだろう。そもそも、どれくらい上流から流されてきたのかも分からないのだから。
そう思った時、ディアとパンサーの索敵魔術がほぼ同時に発動した。
即座に対物狙撃銃に手を掛けたが、予想に反して索敵魔術に反応したのは魔物ではなかった。
索敵魔術に引っかかったのは、河の上流から流れてくる幾つかの木の枝だ。
小枝もあったが、今俺が持っている物と同じような立派な枝もちらほらと見受けられた。
上流に何かがいるのは間違いないが、無数の枝を川に流す意味は分からない。枝を流すことに意味はなく、別の行為の結果だとすれば、その行為はいったいなんだろうか。
「木の枝を食べていて、これはその食べ残しとか?」
ミツキが予想を口にする。
「ずいぶんと食い方の汚い奴だな。ボロボロ落としてる」
「後は……そうだね。大きな体の魔物が群れを作って森の中を移動していて、折れた枝がこうして河を流れている、とか」
「ベイジルが言ってたな。経験上、魔物の密度が下がっている時は別の場所で群れを作っているって」
もしもベイジルの予想した群れがこの河の上流を移動しているのなら、規模や進路は気になる所だ。
だが、仮に群れの場所を突き止めても俺とミツキの二人ではどうする事も出来ない。
「調査隊との合流を急ごう」
「結局それしかないよね」
件の魔物の群れと先に出くわしてドンパチ始めていないといいんだけど。
ディアの頭を河から崖の方角に向けて、ミツキと一緒に走り出す。
俺の代わりに光の魔術を発動してくれたミツキに礼を言って、俺は魔術の光を消した。
再び湿原を駆け抜ける。
星空を背景にした崖が見えてくる頃には、ボルスを出発して五時間以上が経っていた。
周囲に調査隊の姿は見えない。おそらくは夜通し移動しているはずだから、もうじき合流できるはずだ。
光の魔術を使用していないとも思えないので、遠目からでも分かるだろう。
崖に沿って移動していくと、ディアの索敵魔術が反応する。すぐにパンサーが唸った。
崖の向こうから光が漏れているのに気付き、俺はディアの速度を落とす。
魔物と勘違いされて攻撃されたらシャレにならない。
調査隊の前に出ると、先行していた歩兵たちが一斉に攻撃態勢を取りかけた。
しかし、前に出てきたのが俺とミツキだと気付いて、慌てた様子で武器を降ろす。
「救援はどうなった!?」
歩兵の一人が駆け寄ってくるが、下っ端にいちいち説明していられない。この手の報告は最初に指揮官へ伝えるべきだ。
歩兵たちの間を抜けて整備車両に近付くと、雷槍隊の操縦士の一人が助手席の窓から身を乗り出した。
「救援は?」
開口一番、下っ端と同じことを言っている。よほど切羽詰まっているのだろう。
「救援の要請は無事に済みました。もうボルスを出発したころでしょう。合流地点は河になると予想していましたが、この様子だと川を渡った先の湿地帯で合流することになるかもしれませんね」
調査隊の進みが予想よりも幾分か早いため、合流地点がボルス寄りにずれることが予想された。
しかし、操縦士は首を横に振る。
「いや、河を渡った辺りで停止することになる。すでに精霊人機の操縦士で動けるのは俺だけなんだ。まだ無事な者達も体力の限界が近い。朝からほとんど休みなしだからな」
「……熱、ですか?」
「あぁ、高熱で倒れて、今は車両の中だ。幸い、まだ死者は出てないが、すでに倒れている者も多い」
言われて、俺は周囲に目を凝らす。
整備車両や運搬車両で寝ている者がいるとしても、歩兵として車両に合わせて移動している者が少ない。よくよく見れば、整備士君まで歩兵に混ざっていた。
俺の視線に気付いた操縦士が苦い顔をする。
「歩兵に脱落者が出ている。整備士を数人、歩兵に組み込んで戦力を維持しているんだ」
そこまで追い詰められてるのか。
「ベイジルは?」
「昼を過ぎた頃から意識がない」
聞けば、雷槍隊の副官も意識が混濁して危険な状態らしい。
操縦士が苦い顔で前に目を向ける。
「魔物の姿がないのだけが救いだ。動けている者もあくまで動けているだけに過ぎないからな。……お前たちは何ともないのか?」
「えぇ、まったく」
「他にも全く影響が出てない者が数人いるが、違いが分からない。心当たりはないか?」
「ないですね」
あるわけがない。俺は医者でもなんでもないのだから。
ミツキが隣で欠伸を噛み殺す。
「ヨウ君、私はそろそろ寝たいんだけど」
「そうだな。俺も疲れたし」
「悪いが、車両の中は貸せないぞ。すでに病人を寝かせていて足の踏み場がない。それに、君たち二人にはまだ働いてもらいたい。今はとにかく、戦力が欲しいんだ」
操縦士に言われて、俺たちは仕方なく徹夜を決めた。




