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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第三章  彼と彼女は見つめあう

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第八話  贖罪の英雄

 重量軽減の魔術を強化、精霊獣機はもとより、騎乗者である俺の重量も含めて軽減する。

 泥が関節部へ入らない様に魔力膜流を展開。

 索敵魔術を前方にのみ設定して魔力消費量の軽減を図る。


「さて、行きますか」

「半日でボルス、援軍に河原で合流するように地図を渡し、先行して調査隊へ合流、魔力はギリギリ持つかな」


 ルートを考えていたミツキが少し心配そうにしながらもパンサーを加速させる。

 同時に俺もディアを駆けさせる。

 リットン湖を背中に、最初に向かうのは崖だ。

 高速で湿地を駆け抜けていく。魔物はまばらで、動きが遅い者も多く戦闘にはならない。

 ぬかるみに片足を突っ込んでも、即座に重量軽減の魔術式を利用して重心を別の足に移すことで難を逃れる。

 鋼鉄の蹄は足元の泥を蹴り飛ばすが、高速で移動しているためディアは舞い上がった泥を置き去りに突き進む。


「ヨウ君、前に魔物」

「アップルシュリンプか」


 甲殻に覆われたアップルシュリンプは小型の魔物だが、威力の低いミツキの自動拳銃では数発撃ち込まないと倒せない。


「無視の方向で」


 ミツキが頷いたのを確認して、俺はディアの進路を左に逸らす。ミツキが右に逸れ、左右に別れた俺たちは狙いを定められないでいるアップルシュリンプの横を走り抜ける。

 アップルシュリンプが俺たちを追うために振り返った頃には、到底追い付けない距離が開いていた。

 魔物を避けながら進むこと四時間ほど、目的の崖が目の前に見えてきた。

 精霊人機や車両では乗り越える事が出来ずに迂回を強いられ、その分大幅なタイムロスになるその崖の下に到着する。


「ミツキはパンサーの爪を引っ掻けて登れるんだろ?」

「うん、いつも木に登っているのと同じやり方だよ。ただ、柔らかくて落ちるかもしれないから、いつもより慎重に進むけどね」


 そう言って、ミツキはパンサーの四肢の爪を伸ばす。

 元々木や崖を登る事も機能として組み込まれているパンサーはともかく、ディアには爪がない。

 俺は崖を見上げて、細かく観察する。

 重量に関してはパンサーと同じく重量軽減の魔術がある。問題は足を置く場所だ。

 ディアから降りて、四肢のキャンバー角を調整する。左右の足の間隔を狭めて崖のぼりを容易にするためだ。

 さらに左右の角を限界まで背中側に寄せる。崖に角が引っかかっては、足運びどころの話ではなくなってしまう。

 調整が終わって上を見上げれば、五つの段になった急な崖の下から三つ目の段にミツキを乗せたパンサーが到達したところだった。


「早く登っておいでよ」


 ミツキが俺に手を振りながら声をかけてくる。

 俺は手を振り返してディアに跨る。

 崖の壁面にディアの胴体をつけるようにして、少しずつ登り始める。足の置き場が見つからない時は石魔術で足場を作る。

 順調に上って、無事に下から三つ目の段に到着した。


「いい眺めだな」


 所々に岩の見える広大な湿地帯が眼下に広がっていた。薄黄色の穂を持つススキに似た草が群生していたり、所々に赤や白の花が咲いているのが見える。


「――ここからだともっといい景色だよ!」


 五段目にいるミツキが手を振ってくる。

 誘われるままに、崖を上る。

 五段目についたが、どうせなら最上段である七段目からの景色が見たいと思い、視線を崖に向けたまま登り続ける。

 この湿地帯を構成することになる湧水があちこちから湧き出て流れ落ちる崖は湿っていて、場所によっては苔も生えていた。

 滑り落ちない様に神経を使うが、それでも登れない事はない。

 そして、ついに天辺まで登り切った俺は、ミツキに出迎えられた。


「じゃあ、せーの、で振り返ろうか?」


 ミツキが愉快な思い付きを口にする。どうやら、俺が昇り切るまで景色は見ないでいたらしい。


「あぁ、じゃあ、ミツキが合図をくれ」

「なら……せーの!」


 揃って振り返り、俺はその景色を目にした。

 ススキに似た穂を持つ薄黄色の植物が点々と群生する湿地帯の向こうに青い水面を太陽の光に輝かせるリットン湖の姿。

 距離のせいか、それとも角度によるものか、薄黄色の植物の穂はここからだと金色に輝いて見えた。

 足元に視線を転じれば、苔の緑と湧水の煌めき、高所から落ちた湧水が霧雨のように降り注ぐ湿地が見える。

 遮蔽物のない湿地帯の全景は様々な色を内包しながら自然の美しさの多様性を教えてくれる。

 それは、絶景だった。


「――っと、見惚れてる場合じゃないな。行こうか」

「もう少し見ていたいけど、仕方がないね。どうせ私たちしか来ることのできない秘密の場所なんだから、落ち着いたらまた観光に来ましょう」

「いいな、それ。新大陸中を駆け巡って、名所、絶景エトセトラ、全部極めてみようか」


 引きこもりの解消にもなるし、という言葉は喉に留めたのだが、ミツキは見透かしたように笑う。


「たまに家に帰ってのんびりしないとだめだけどね」

「観光旅行には乗り気なんだな」

「ヨウ君と廻るのならきっと楽しいだろうから」

「あぁ、飽きさせないよ」

「言うねぇ」


 軽口を叩きながら、索敵魔術で周囲に魔物がいないのを確認する。

 崖の上は以前にも見たとおり、森が広がっていた。

 元々ここは周囲を崖で囲まれた台地のようになっており、湧水が出ている事からも分かる通り内部には水が貯蔵されている。

 詳しく調べれば、崖を登り切ったこの場所にも池くらいありそうだが、目的とは違うので捜索は見送った。


「行くぞ」


 崖に囲まれているため独自の生態系がある可能性を考慮しつつ、ディアを森へ進める。

 あまり悠長に森の中を進むつもりはない。

 ディアを加速させると、後ろにミツキを乗せたパンサーがついた。乗り手を保護するための角を持たないパンサーに乗ったミツキは、例のごとくディアの後ろを走るのだ。

 ディアの後ろを走らなければ危ないほど、崖の上の木はしっかりと枝を伸ばしていた。

 索敵魔術に反応がないまま森を駆け抜けること一時間ほど、森の反対側に出た俺は開けた視界を確認し、眼下に広がる湿地帯の先に河を確認した。

 防衛拠点ボルスとリットン湖を隔てる河だ。この辺りはまだ川底が深く、車両が渡れない。調査隊と一緒に渡った場所はさらに上流にある。

 崖の上から湿地帯を見回して魔物がいない事を確認し、崖を慎重に下りる。

 登る時よりも下りるときの方が怖いが、段々になっているため高さをあまり感じないで済んだ。

 順調に下から三番目の段まで下りた時、先に下りていたミツキに呼び止められる。


「ヨウ君、魔物が河原の近くにいる。今のうちに倒せる?」


 ミツキが指差す先を見れば、河原に赤い甲殻を持つ中型魔物の姿があった。特徴的な鋏もある。ザリガニ型の中型魔物ブレイククレイだ。

 いささか距離が遠すぎるため、一撃で仕留める自信がない。


「とりあえずやってみるか」


 ディアの足を止め、照準誘導の魔術式を起動してブレイククレイの頭を狙う。

 八百メートルくらいありそうだ。俺が素で狙っても絶対に当たらない。

 だが、ディアの照準誘導の魔術式の精度をもってすれば、当たるかもしれない距離ではある。


「風、それも追い風が吹いてるね」


 長い黒髪を押さえながら、ミツキが森を振り返る。


「弾が流されないならありがたい」


 風力を計算しつつ、狙いを少しだけ逸らして引き金を引く。

 発砲音と共に、銃弾を撃ち出した反動を殺すためにディアの首が縮まる。

 肝心の銃弾はブレイククレイの頭ではなく、足元の石を撃ち砕いた。

 狙撃に気付いたブレイククレイがさっと河に飛び込み、そのまま下流へと泳いで行く。


「倒せなかったけど、結果的にはこれでもいいだろ」


 本当は仕留めたかったけど。


「死骸が残ると魔物が寄ってくるかもしれないもんね」


 ミツキが同意してパンサーを崖の縁に立たせ、緩やかに下りはじめる。

 俺もミツキに続いて崖を下りる。

 崖の下に無事下り立った俺たちは方角を確認してから、索敵魔術を通常通り周囲三百六十度に設定し直した。俺はついでに、崖を上る前に弄っていた足のキャンバー角を修正する。

 ミツキがパンサーの背中に足を乗せる。


「それじゃあ、泳いでもらおうか、パンサーちゃん!」

「ちゃっかり自分の足が濡れないようにするのな」


 幅も深さもある川に向かって、ミツキがパンサーを進める。重量軽減の魔術は出力最大となっている。

 俺もミツキに続いて河にディアを乗り入れる。

 流れはそこまで急ではないが、すぐにディアの足が川底につかなくなる。

 犬かきの要領でディアが泳ぎ始める。ボルスに到着したら油を差し直さないといけないだろう。

 パンサーがすいすい泳いで行く。ディアと違って角がない分、抵抗も少ないのだ。

 川を渡り終えて、俺たちはまたすぐに精霊獣機を走らせた。

 ここからは湿地帯を直進してボルスへ駆け込むだけ。ラストスパートだ。

 すでに十時間近く経っているだろう。それでも、車両とは比べ物にならない速さで踏破している。

 ディアの加速に合わせて体を撫でていく風も勢いが強くなる。川を渡った時に付着した水分はすぐに機体の表面を流れ、後方に滴となって消えていく。

 まだ、ディアは加速する。

 普段と違って角を調整したために空気抵抗が減っているのだ。

 進行方向にいたゴブリンがミツキの自動拳銃の前に命を散らす。

 俺はゴブリンの死骸の横を走り抜けた。

 湿地帯を高速で走り続けると、進路上に道が見えてくる。

 調査隊と一緒にボルスから通って来た道だ。


「行きはボルスからここまで半日くらいかかったっけ?」

「行きは、な。俺たちだけなら事情は変わるだろ」


 ミツキが笑みを浮かべて頷く。


「道は無視してボルスまで直進しよう」


 目の前にある道は河や沼、崖を迂回しながら蛇行する道だ。車両であればこの道を通った方がはるかに速いだろうが、俺とミツキの乗る精霊獣機なら、河も沼も崖も乗り越えた方が圧倒的に速い。


「我が前に道はなく、我が後ろに道が作られるのだ」

「誰の言葉?」

「忘れた。開拓学校の教科書のコラム欄に書いてあった」


 俺のあいまいな記憶に、ミツキが苦笑して肩を竦めた。


「というか、もう道があるし」


 ミツキがすでに通り過ぎた道を背中越しに指差す。


「それに、私たちは私たちだけの道を進めばいいんだよ。後ろの事なんか気にしないでさ」

「それもそうだな」


 どうせ、俺たちが進んできた道をたどる物好きもいないだろう。

 沼を抜けて、また川を渡ると、防衛拠点ボルスが見えてくる。

 俺はミツキと共にボルスの入り口を守る兵士に手を振った。

 道ではなく湿地を抜けてきた俺とミツキを見て驚いた様子の門番だったが、精霊獣機を見てすぐに俺たちが誰か気付いたらしい。

 門の前でディアの足を止めて、騎乗したまま門番に声を掛ける。


「調査隊で問題が起きた。隊長のベイジルと副隊長のブレッドファーの二人が高熱で倒れ、他にも何人か不調を訴えている」


 事情を説明すると、門番は目を見開いた。


「ベイジルさんが!?」


 生ける伝説みたいなベイジルの名前はここでも有効に機能した。

 だが、次の瞬間門番は険しい顔で俺とディアを交互に見る。


「……本当なのか?」

「ほら、文書も貰ってきてる。いまは雷槍隊の操縦士が二人で指揮を取っているけど、援軍を派遣してくれないと全滅も有り得るんだ。早くワステード司令官に取り次いでくれ」


 怪しむ門番の視線などいつもの事、予想していた事だ。

 信じないならベイジルたちが無駄死にするだけで、さらに言えばこの門番が罪悪感に苛まれるだけだ。ベイジルみたいな立派な英雄になれるといいね。

 皮肉を飲み込んで門番を急かすと、半信半疑ながらも副司令官に取り次ぐことに決めたらしい。ワステード司令官に直接取り次ぐのではなく、副司令官というところに保身の心が見え隠れしているが、俺の知った事ではない。

 ディアに乗ったままボルスに入る。ミツキが隣に並んだ。


「さて、すんなり話が通じるかな?」

「そう言えば、副司令官は精霊獣機と俺たちを嫌ってたな」

「感情や印象で判断が鈍るような人なら、ワステード司令官に直談判だね」


 司令部が見えてくる。

 司令部前を守っていた兵士が俺たちを見て嫌そうな顔をした。


「その気持ち悪い物から降りろ。武装も解除してもらう」

「ならここで待ってますから、副司令官を呼んできてください」


 言い返すと、兵士たちが一瞬何を言われたのか分からないとばかりに顔を見合わせる。

 俺はディアの背中から降りて、洗浄液と潤滑油を取り出した。

 ここまで一気に駆けてきたから整備が必要なのだ。援軍を呼び終わったら調査隊の元にとんぼ返りしないとならない。


「兵士さんが副司令官を呼んできてくれるそうだから、ミツキも整備しておけ。援軍を呼んだらすぐに調査隊に戻らないと」

「そうだね。ほら、兵士さんたちも早く動いてよ。お仲間がリットン湖の近くで死んじゃうかもしれないよ?」


 まったく忙しいんだから、とミツキがパンサーから降りて俺と同じように整備を始める。

 兵士が何か言ってくるが無視した。

 援軍を呼びに来たのはあくまでも俺とミツキの善意であって、依頼内容には含まれていない。

 善意を持って行動することに否やはないけれど、武装解除して司令部に入るなんて危険なことをするつもりはない。

 兵士が呼んできた副司令官と共に、何故か苦笑を浮かべたワステード司令官までもやってきた。

 整備を進めている俺とミツキを見て、副司令官は顔を顰め、ワステード司令官は苦笑を深める。


「これはいったいどういう状況かね?」


 ワステード司令官の言葉に、俺は雷槍隊の操縦士から渡された救援要請の文書が入った筒を渡す。

 俺やミツキの口から何を聞いたところでどうせ信用しないのだ。門番の例もある。

 直接文書を見せた方がずっと早く話が進むだろうと思って渡したのだが、効果はてきめんだった。

 苦笑を浮かべて筒を受け取り、中身を確認したワステード司令官の表情が引き締まる。


「残っている雷槍隊に出陣の準備をさせろ。整備車両、運搬車両は各一台、それから医者と医薬品の準備だ」


 筒の中には救援要請だけでなく、必要と思われる薬品や医療器材のリストも入っていたらしく、ワステード司令官は副司令官にリストを押し付けて医務室に走らせる。

 また、司令部を守っていた兵士にも声をかけ、雷槍隊の操縦士や部隊長への召集をかけ始めた。


「待ってくださいよ、司令官! 俺たちがここを離れたらだれが司令官を守るんですか!?」


 ワステード司令官を守る人間がいなくなること、すぐそばに得体のしれない開拓者である俺とミツキがいる事で兵士は渋る。

 しかし、ワステード司令官は有無を言わせぬ口調で再度同じ内容を命じてから、続ける。


「こうしている間にもベイジルが死に近づいている。早く動け! 英雄を死なせるつもりか!?」


 ベイジル本人が聞けばなおさら死にたくなるだろう、とワステード司令官の喝を聞いて思ったが、口には出さない。

 整備が一段落ついて蓄魔石に魔力を補充していたミツキが俺を見て、日本語で囁く。


「死んだ英雄の亡霊を背負っているから生きたままでも英雄で、しかも生かされ続ける英雄なんだね」

「それがベイジル曰く罰なんだろ。好きに贖罪の英雄を気取ってればいいさ」



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