第四話 今後の方針
奪い合うように支援物資に群がる住人達を遠巻きにしつつ、俺は芳朝と一緒に隊長のそばに腰を下ろす。
「一段落着いたし、今後の身の振り方を考えた方がよさそうだな」
腹を満たし、のどを潤すことしか考えられずにいる住人達の鬼気迫る輪から外れている俺はゆっくり休憩しつつも頭を働かせる。
「まずはバランド・ラート博士の足取りを追いたい」
芳朝は自前の水筒に口をつけて水を飲んでいたが、俺の話は聞いていたらしく頷いた。
「現状で手がかりと言えばバランド・ラート博士の最期の言葉だけなんだし、順当だよね。ただ、足取りを追うにしたって町という町を虱潰しに聞き込みするわけにもいかないでしょ。どうするの?」
「そこなんだよな。正直、情報が少なすぎて予定が組み立てられない」
俺は荷物の中のスクラップ帳を思い出す。何度も読み返したおかげで大体の内容は頭に入っていた。
「魔術師として軍に所属していたらしいから、その手の施設がある町を当たってみようか」
「軍事拠点だと、私達みたいな一般人は入れてもらえないよ?」
「開拓者として登録してあっても駄目かな?」
「肉壁扱いされて魔物の前に立たされて死ぬだけだね」
芳朝が現実の厳しさを教えてくれる。嫌われ者のボッチ隠居だけあって、他人が自分をどう扱うかを穿った見方で考えている。
しかし、芳朝の考えにも一理あるので反論はしない。
どうしたものかと考えていると、住人達の物資の取り合いが始まっていた。
すぐに隊長が守備兵たちを事態の収拾に向かわせ、自らも仲裁に歩き出す。
俺は芳朝と顔を見合わせる。
隊長に付いて行くと鉄火場に踏み込む事になってしまう。だが、ここに残っても住人に絡まれる危険性があった。
隊長が俺たちの逡巡に気付いて、予備の小剣を鞘ごと俺に投げて寄越した。
「男なら自分の女くらい守って見せろ」
カッコいいけど誤った認識のせいで滑っている台詞を言い置いて、隊長は颯爽と仲裁に向かった。
渡された小剣を見つめていると、芳朝に肩を叩かれる。
「期待してるよ、王子様」
「え? なに言っちゃってんの?」
「ほら、私は才媛、漢字は違っても姫だし」
「は? なに言っちゃってんの?」
鼻で笑いつつ煽ったら頬をつねられた。暴力的なお姫様だ。
痛む頬をさすっていると、俺たちが隊長の庇護下から離れたのを察した住人が二人歩いてきた。
見たところ、歳は三十に入ったばかりといった風情の夫婦だ。
夫婦を見た芳朝の顔がこわばる。
住人達が俺と芳朝に向けていた視線も、敵意が抜けて興味をそそられたような、観察するようなものに変わっている。
夫婦が俺の前に並んで立つ。
「君は何者だ?」
「あなた方は?」
名乗る前に相手の素性を訊ねると、旦那の方が眉をピクリと動かし、芳朝を一瞥した。
「大変不幸なことに、そこの化け物の生みの親だ」
芳朝のこの世界でのご両親だったか。
隣に座っている芳朝を見ると、顔を伏せていた。
俺は芳朝の家の玄関に飾ってあった絵を思い浮かべ、夫婦を無視して芳朝に声を掛ける。
「絵が下手なんだな」
「……うん」
芳朝が言い返すこともなく小さな声で答えた。
完全に委縮した様子の芳朝に声を掛ける事もなく、夫婦は俺を見る。
「それで、君は何者だ? そこの化け物と親しいようだが」
「えーと、探偵仲間、みたいな、そんな感じ、です……」
駄目だ、このままだと俺の口下手が炸裂する。
早くも俺の弱気な態度を見抜いて、デュラの住人達が嫌味な笑みを浮かべ始めていた。この夫婦をやり過ごしても、続けて他の住人に絡まれるのは明らかだ。
俺は片手を夫婦に向けて突き出して話を遮り、芳朝に声を掛ける。
「この二人と縁を切る気はあるか?」
「え……?」
俺の質問が唐突過ぎたのか、芳朝が硬直する。
質問に答えたのは芳朝ではなく彼女の両親の方だった。
「とっくに縁を切っている。才能が枯れたのか知らんが突然何も作らなくなって……ただ賢しいだけの引き籠りに成り下がった。気味の悪い言動に耐えていたのは発明品が売れるからだというのに、恩を仇で――」
「あぁ、もういいです。十分なので、その辺にしておいてください。それと、彼女は俺の仲間なので、あまり悪く言わないでください」
自分でも現金な物だが、今後この二人とかかわる必要がないと分かっただけで幾らでも舌が回るようになる。
勢いがついた俺は夫婦を見上げて笑みを浮かべる。
「そもそも、縁を切ったなら近付かないでくださいよ」
「……それが化け物だと知った上での付き合いなら良い。心配して損をした」
面白くなさそうに言って、芳朝の両親は俺たちに背を向けた。
嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、火種を撒くのはよくないと思い直す。
代わりに、俺は芳朝に声を掛ける。
「なんで言い返さなかった?」
芳朝は空を仰いで苦笑した。
「いまさら、なんて呼ばれても構わないだけだよ」
嘘だと指摘する事は出来る。
何と呼ばれても構わない、なんて諦めている奴が、人間であることに固執して誰彼かまわず斬りつけて自己との同一化を図ろうとするはずがない。人間であることを認めてもらいたいから、目の前で一緒なんて言葉を口にする。
だが、指摘して何かの解決になるのだろうか。
芳朝とこの世界の両親との関係は、もう修復不可能なほどに壊れているように見えた。
嘘を指摘しても、芳朝の傷を抉るだけだ。
俺はため息を飲み込んで、空を仰いで、気付く。
芳朝が俺を横目でちらちらと窺っていた。
「なんだよ」
「なんで縁を切るつもりかなんて聞いてきたのかと思って」
もっともな疑問だった。
ちょうどいい機会だ。俺は周囲を見回して出発までまだ時間があるのを確認してから口を開く。
「芳朝があの二人と縁を切れば、今後関わり合いになる事がなくなる。それなら、俺はどもったり、緊張したりせず話せるんだ」
芳朝が少し考えて、首を傾げる。
「人と話すのが苦手なの? 私とは普通に話しているみたいだけど」
「話すのが苦手というより、話すのも苦手なんだ。死んだら人間関係が全部リセットされる。人生で築き上げた関係が跡形もなくなる喪失感に身構えて、人と親しくなれないんだ。だから、この場限りの関係だと割り切れたなら、ちゃんと向き合って話せる」
頭で理解しているし、このままではいけないとも思っていると話すと、芳朝は白い指で彼女自身を指差した。
「私との関係もこの場限りってこと?」
「いや、俺と芳朝は転生者だから、他の人間とは少し関係性が違う。俺と芳朝はどちらか、あるいは両方が死んでも記憶の齟齬が生じない可能性が高いだろ。転生者が死んだら記憶が消えて再転生するなら、この関係は来世に引き継ぐことはないけど、それをお互い認識できないから喪失感に悩まされることはない。逆に死んでも来世で記憶を維持しているなら、何らかの方法で互いに連絡を取り合って再会することもできる」
身勝手な考え方なのは俺も理解している。
それでも、この世界の人たちとは違って芳朝との関係は俺にとって唯一安心材料がある関係だった。
利用するなと怒られるかと思ったが、芳朝はほっとしたように笑った。
「前世の自分に振り回されている者同士だね」
それで何故ほっとするんだろうか。
俺の疑問をよそに、芳朝は安心した顔でため息を吐く。
「あぁ……最後のチャンスだと思って身構えちゃってたなぁ」
芳朝の呟きを聞いて、俺はようやく気付いた。
住人達の騒動が収束して、守備兵たちが持ち場に戻り、隊長が帰ってくるのを見て、俺は口を閉ざす。
喪失感に身構える俺には芳朝との関係が必要だ。俺にとって、芳朝は代えの利かない存在でもある。
そして、芳朝は俺に必要とされる実感を得ることができる。それは彼女が前世を含めた今までの人生で求めて手に入らなかった、誰かの役に立てる関係だ。
きっと、俺たちの関係は歪なのだろう。
自分が抱える問題を解決してくれる存在が相手だけだから依存している。
他に選択肢がないから一緒にいるだけだ。
それでも、俺たちはこの関係を続けるのだろう。
もうすぐ出発の時間だと告げる隊長に促されて、俺は立ち上がる。
「貸してくれてありがとうございました」
小剣を隊長に返し、芳朝の両親やデュラの人々を盗み見る。
「なぁ、芳朝、一つ提案があるんだ」
無言で先を促す芳朝に、俺は切り出す。
「開拓者として有名になろう」
「どうして?」
一見すると、転生した理由を探すという俺たちの目標とは何ら関係のない提案に、芳朝は怪訝な顔をしつつも理由を聞いてくれる。
「理由は二つある。軍属だったバランド・ラート博士の足取りを辿るには軍の関係施設に行く必要がどうしても出てくる。開拓者としての活動実績があれば、士気を落とさない様にむやみに使い潰されることはないだろうし、俺たちも実績を積む過程で実力がつくから死ににくくなる」
ふむふむ、と演技がかった仕草で頷いていた芳朝は周囲の守備兵たちを見回した。
「あの守備兵さんたちみたいな剣術や魔術は一朝一夕に身につくとは思えないね」
「魔導銃があるだろ。芳朝が作ったんじゃないのか?」
「家に置いてきちゃったよ」
芳朝が自宅の方角を振り返る。
取りに戻るのは無理だが、町によっては魔導銃を売っている店もあるだろう。幸いというべきか、資金は十分にある。
「実際に撃った経験は?」
「何度かあるよ。魔物を仕留めたこともある。魔導銃を使うなら即戦力になれるけど、硬い皮膚を持っている魔物相手にも効くような魔導銃は重たいよ?」
「基本的に精霊人機用に開発された兵装だもんな。生身で扱えるように小型化しても、限界はあるか」
芳朝の口振りから察するに、特に鍛えているわけでもない俺や芳朝が担いで戦場を動き回るのはあまり現実的ではない重さらしい。
拳銃のようなものも流通しているそうだが、小型魔物の中でもゴブリンのような柔らかい魔物にしか通用しないという話だった。
だが、俺たちが活躍するには魔導銃の運用が必要不可欠だという結論は芳朝も同じらしい。
芳朝は少し考えて、首を横に振る。
「中には精霊人機を運用している開拓団もあるそうだけど、赤田川君のコミュニケーションスキルを考えると加えてもらえるとは思えないよね」
「無理だな。そもそも、俺は精霊人機に乗れないんだ」
開拓学校の入学試験で、俺は史上例をみないほどに適性がないとお墨付きをもらっている。
芳朝に説明すると、彼女は額を押さえた。
「前世で手や足の欠損を経験したら乗れないって話が事実なら、たぶん私も無理だよ。火事にあって上から落ちてきた何かに手を潰された時の夢を未だに見るもん」
芳朝も芳朝で壮絶な最期を迎えていたらしい。
不幸自慢をするつもりもないので、俺は開拓者として有名になりたいと考えた理由についての話に戻す。
「もう一つの理由だけど……」
口ごもった俺を、芳朝は真剣な目で見つめてくる。
このセリフを言うのは気恥ずかしかったが、言わずに済ませる方法もない。俺は腹をくくって口を開く。
「芳朝はこの世界での人生を諦めてるみたいだけど、たとえこの世界で過ごした時間で失敗していたとしても、これからを諦めるには早すぎると思うんだ」
芳朝の前世の話は聞いたし、転生してからの話も聞いた。芳朝なりに精いっぱい頑張った結果が今の状況だと分かっている。
芳朝が諦めてしまうのも理解できる。たった一日、デュラの住人達の反応を見た俺でも関係修復が絶望的だと思うほどだ。年単位でこの悪意にさらされてきた芳朝が諦めるのも仕方がない。
だが、それで諦めてはいけない気がした。
「その、なんだ……。もう、一人じゃないんだからさ」
思わず顔を背けつつ言うと、芳朝が小さく笑う声が聞こえた。
「私は赤田川君一人で良いんだけど、このままじゃやっぱりいけないよね」
呟くように言って、芳朝は視線を前に向けると深く頷いた。
「せっかく町を出るんだし、三度目の正直を狙ってみるのもいいかもね」
「決まりだな」
俺は芳朝と頷きあい、目標に向かって大きく一歩を踏み出した。