第六話 体調不良者
朝を迎え、調査隊はリットン湖の湖岸に沿って湿地帯から森へと動き出した。
今日は丸一日調査に当てて、明日は午後に撤収の準備を整えることになっている。
今日のメインは生態調査だ。中型魔物も含めた全体の食物連鎖などを確認したいとの事だった。
朝から雷槍隊の精霊人機が三機とも起動しており、今は運搬車両の荷台で片膝をついている。いわゆるアイドリング状態だ。
俺とミツキは調査隊に先行しながら小型や中型の魔物を捜索していた。調査するにしても、対象が居なくてはやれることが少ない。
パンサーに乗ったミツキがポーチから双眼鏡を取り出して周囲を見回す。索敵の魔術はあるのだが、まだ朝も早い時間でもあり、魔物が寝ている可能性もある。範囲内の動く物を検出する索敵魔術では寝ている魔物を発見しにくい。
「だいぶ風通しが良くなったね。昨日の一件が効いたのかな?」
ミツキがくすくすと上機嫌に笑いながらそんなことを言う。
朝から、正確には昨日の夕食時から、俺たちと調査隊の間には一線が引かれていた。もちろん物理的なものではなく、精神的なものだ。
ベイジルは俺たちと関わり合いになる事を諦めたらしく、昨日の夕食から仕事以外の用事で話しかけてこない。
調査隊も変化に気付き、歓迎しているようだった。
不満に感じているのはベイジルただ一人だろう。それを汲み取るつもりは全くないけれど。
「ヨウ君も引き籠りが板についてきたね」
ミツキがパンサーの頭に両肘を乗せて前かがみになりつつ、俺を双眼鏡でのぞき込む。
「双眼鏡って正面から見ると結構間抜けな絵面になるな」
「またそうやって誤魔化す。別に悪い事じゃないでしょ。私がいるんだから」
「言っておくけど、一日中家の中で引き籠りデートはやらないからな」
「なら引きずり込んでデートするよ」
アリジゴクかよ。
突っ込みを入れようとしたその時、ディアが鳴き声を上げる。
素早く視線を巡らせて、湿地の中で不自然な形の岩を見つけた。円錐状のソレをスコープで覗き込む。
「ルェシか」
タニシ型の中型魔物だ。動きは遅いが頑丈な殻を持つ。分泌する粘液は強力な接着剤の役割を果たし、通りがかった獲物や殻の内側の本体に攻撃を加えようとした者の動きを奪ってゆっくり捕食する。
飛び道具で仕留める分には何ら問題のない相手だ。
ミツキに周囲の警戒を頼んで、俺は対物狙撃銃で殻の中から出てきたルェシの頭を狙う。
殻の下のわずかな隙間から出ているルェシの頭は湿地の雑草に隠れて狙いを定めにくい。
俺はディアの首の半ばにあるボタンを押して照準誘導の魔術式を起動する。
ディアの首が自動で動いて、対物狙撃銃の照準をルェシの頭に誘導してくれた。
引き金を引くと、射線上にある草葉を数枚貫通してルェシの頭に命中する。
ルェシの頭が吹き飛ぶが、生命力が強いのかまだ絶命する様子がない。ゆっくりと身が殻の内側へ収縮し、硬そうな蓋で入り口が閉じられた。
しばらく観察していると、力が抜けていくように蓋と入口の間に隙間ができ始め、中身がだらしなく伸び出てくる。
「死んだみたいだな」
俺は調査隊に合図を送り、ルェシを回収してもらう。
精霊人機がルェシの殻を横倒しにして、金属製のフックをルェシの身に食い込ませると一気に引き抜いた。
なかなかにグロテスクだったので目をそむけ、次の獲物を探す。
昨日のゴブリンの胃から検出された物から判断すると、カエル型の中型魔物であるヘケトやザリガニ型の中型魔物ブレイククレイなどもこの辺りには生息しているとされている。
今日のうちにどれも三体ずつ倒して湿地帯に住む魔物の調査を終えたいところだ。
こんな時ばかり考えが合うらしく、調査隊の方から早く中型魔物を探してきてくれと頼まれた。
「死骸の運搬はこちらで行うので、魔物を倒したら合図を送ってください。数が多すぎて手が付けられない場合も合図をお願いします」
信じられない事に、くすんだ金髪の整備士君が丁寧語を使ってお願いしてきた。
ベイジルとの距離が開いたため、整備士君も俺たちを警戒する必要が薄くなったのだろう。一応の仕事仲間だから仕事の領分を超えない限り私情を挟まないつもりらしい。
公私を混同しているベイジルとは正反対だが、やりやすいのも事実だ。
「了解です。見つからなくても定期的に戻って来ます」
「そうしてください。この調査を終えたらすぐに移動しないといけないので」
森まで遠いですからね、と付け加えて整備士君は調査隊の方へ戻って行った。
俺はディアを進ませつつ、ミツキに声を掛ける。
「とりあえず、湖岸に沿って探そう。水生生物の特徴を持った魔物ばかりだから、水辺からそう離れられないだろ」
「そうね。未だに魔物の密度は低いし、当たりをつけて調べた方がよさそう」
ミツキを乗せたパンサーにディアを並走させて、湖岸に沿って走る。
調査隊からあまり離れた場所で仕留めても、調査隊が死骸を回収する前に腹を空かせた魔物が寄ってくる可能性があるため、ある程度進んでから湖岸を離れる進路を取る。
しばらくして見つけた、生存競争真っ只中のルェシとヘケトを遠距離からしとめて漁夫の利を得る。
調査隊に合図を送ると、雷槍隊の精霊人機が一機、こちらに走って来た。
「さすがに仕事が早いな」
雷槍隊の副隊長ブレッドファーが拡声器越しに俺たちの仕事ぶりを評価する。
ヘケトとルェシの死骸を両手で持って、ブレッドファーは精霊人機を調査隊の方へ向けた。
「二人も戻ってくれ。数が多すぎて捌くのに時間がかかるから、その間は休むといい」
「分かりました」
ブレッドファーの勧めに従って調査隊に戻る。精霊人機が持つ二つの死骸を見た調査隊の面々は整備士まで駆り出して解剖を始めた。
精霊人機から降りて外の空気を吸おうとしたブレッドファーが、解体中の死骸から漂う血なまぐささに辟易した顔をする。
ブレッドファーの気を紛らわせるためでもないが、俺は精霊人機の肩に立つ彼を見上げて声をかけた。
「足の調子はどうですか?」
「足?」
不思議そうに俺へ聞き返したブレッドファーが自らの足を見下ろす。
だが、俺が聞きたいのは彼自身の体調の事ではなく、精霊人機の足回りに関してだ。
「精霊人機の足関節がギチギチ言っているので、大丈夫なのかなと」
「……本当か?」
どうやら操縦士であるブレッドファーには聞こえていなかったらしい。
比較的近くで精霊獣機に乗っていた俺も、昨日ミツキに指摘されるまで気付かなかったくらいだ。コックピットの中にいるブレッドファーに聞こえなくても無理はない。昨日からしている異音ではあるが、今日のそれは明らかに昨日よりも大きくなっていた。
「誰か、足回りのチェックを頼む」
比較的近くにいた整備士君にブレッドファーが精霊人機の肩の上から声をかける。
整備士君が精霊人機に駆け寄るのと入れ違いに、俺はその場を離れた。
ミツキがパンサーの背中の上でだらけながら、俺を横目に見る。
「放っておくんじゃなかったの?」
「死骸の運搬中に倒れたら、俺たちまで足止めを食らうだろ」
あのまま放っておくと俺たちが巻き込まれる。だから口を挟んだ。
案の定、精霊人機の足関節に泥が入り込んでいたらしく、洗浄が必要と判明した。
魔物の解剖が続けられる中、精霊人機まで解剖されるわけだ。早期に発見したため部品交換は必要ないとの事で、時間はあまりかからないらしい。
次の指示があるまでのんびりと待っていると、整備士君が駆け寄ってきた。
「ちょっと質問したいんですが、いいですか?」
「答えられることなら」
整備士君は俺のディアの足を指差す。
「洗浄してます?」
「森に入ったら洗浄しようと思ってます。洗浄液もそんなに持ってきていないので」
車両と比べるとどうしても積載量に限界がある。一週間の野営準備となると食料品もかなりの量に上り、どうしても予備部品などを厳選せざるを得なくなるのだ。
整備士君は少し考えた後、整備士車両を振り返る。
「洗浄液を少し融通しましょう」
「いらないです」
整備士君が一瞬硬直して不機嫌になる。だが、いままでの言動を振り返ったのか、すぐに落ち着いたようだ。
「勘違いしないでください。こちらの整備不良を発見してくれた借りを返すだけです」
ツンデレっぽく聞こえない事もないセリフを口にした整備士君に、ミツキが顔を背けて笑いをこらえた。
気持ちは分かる。
俺は整備士君の誤解を解くため、ディアの足を指差す。
「文字通り、洗浄液はいらないんですよ。遊離装甲の魔術式を大幅に弄って、足周辺に薄い魔力の膜を張ってるんです。その膜で泥が内部に入り込みにくくなってるんですよ」
整備士君が怪訝な顔をする。
実際に魔術式を組み立てたミツキに説明してもらおうと思ったのだが、まだ笑いの波を堪えていた。アカタタワシさん以来の笑いのツボだったらしい。
仕方なく、俺から説明する。
「スケルトン種の魔物に布を被せると一定の距離を保って浮きますよね」
「遊離装甲の元になった魔術ですね」
整備士だけあって精霊人機の開発史もしっかり頭に入っているらしい。
俺は整備士君の答えに頷いて、続ける。
「あの魔術は単純に魔力を張るだけでなく、物理的な干渉を避けるためのものです。スケルトンが泥だらけにならないのも、この魔術のおかげですよ」
「理屈は分かりますが、その精霊兵器の速度を考えると、泥もかなりの勢いで跳んできますよね? 魔力の膜程度では防げないと思いますが……」
防げたら遊離装甲を持つ精霊人機に泥が跳ねるはずもない。
ただ、ディアやパンサーに組み込まれているのは遊離装甲の魔術式そのものではないのだ。
「遊離装甲は装甲を保持するための魔術なので、魔力の膜は流動しません。これはスケルトンも同じです。ですが、精霊獣機に組み込んである魔術式は意図的に魔力の膜を外部に向けて流動させているので、跳ねた泥の勢いを削いで弾いてます」
噛み砕いた俺の説明に整備士君も合点が入ったのか、感心したように頷いた。
しかし、すぐに整備士らしい顔つきになって整備車両を振り返る。
「その魔術式、魔力の消費量はどれくらいですか?」
「精霊人機に応用するのは無理ですよ。遊離装甲の魔術式と干渉してしまいます。設定次第では両立もできるでしょうけど、魔力の消費量は馬鹿にならないですね。機体全体の遊離装甲を絶えず移動させているようなものだと考えてくれればわかりやすいですか?」
「あぁ、そりゃあ無理だわ」
砕けた口調で独り言を零し、整備士君は悔しそうな顔で整備車両を見る。
精霊人機に比べてはるかに小型の精霊獣機だからこそ可能な荒業だ。そんな俺たちでさえ、足回りにしか作用させていないほど、魔力の消費量が馬鹿にならない。性質上、常時起動状態にせざるを得ないのも痛い。
この湿地帯を抜けて森に入ったらすぐに停止させるような限定的な状況下で使う魔術式だ。いくら専用機で書き込める魔術式の量が多い雷槍隊機と言えども、この魔術式を組み込む余裕があるのなら他にもっと有効な魔術式がいくらでもあるだろう。
たとえば、俺の開発した照準誘導の魔術式とかな。特許の出願がまだだから公開されてないけど。
「なんかあったら言ってください。力になるので」
諦めた整備士君が整備車両に戻る。
整備士君を見送りながら、沸騰していた笑いを鎮めたミツキが日本語で呟く。
「凄くビジネスライクな距離感になったね」
「ミツキ以外が相手ならこの距離感がちょうどいいだろ」
「かくして、縄張り争いは終息したのでした」
「棘に刺された後だけどな」
昨夜ミツキが持ち出した例え話を持ち出して言い返す。
「私が傷を舐めて癒してあげるよ」
ミツキがくすりと笑う。
「だから、笑えないって」
呆れつつ周りの作業風景に目をやった時、リットン湖の水面に浮島を見つけた。
あんな場所に浮島なんてあっただろうか。
ゆっくりと流れていく浮島を観察していた時、整備車両から整備士君が飛び出してきて、ベイジルの下へ走って行った。
ミツキがベイジルとやり取りする整備士君を眺めて、首を傾げる。
「何かあったみたいね」
「ほぼ間違いなく面倒事だな」
ベイジルが何事か告げると、整備士君がすぐに魔物を解剖している仲間の下へ走り出す。
「……お呼びみたいだ、行こう」
俺たちを手招いているベイジルを見て、俺はディアを進ませた。
ベイジルは俺たちに愛想笑いを向けて、口を開いた。
「お二人とも、体調は悪くありませんか?」
俺はミツキと顔を見合わせてから、首を横に振る。
「何ともありませんよ。調査隊に体調を崩した方が出たんですか?」
「えぇ、いきなり熱を出したそうです」
「……アップルシュリンプの食中毒ですか?」
昨日調査隊が食べていたアップルシュリンプの毒を警戒して訊ねると、ベイジルは否定した。
「ブレッドファーはアップルシュリンプを食べていませんから、違いますね」
どうやら、熱を出したのは副隊長のブレッドファーらしい。
ついさっきまで問題なさそうだったのに、本当に突然だな。
いまのところ日程に変更はないものの、体調が悪くなったらすぐに教えてほしいと言って、ベイジルはブレッドファーの様子を見に整備車両へ歩き去った。




