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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第三章  彼と彼女は見つめあう

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第五話  人への忌避感

 リットン湖に到着したのは防衛拠点ボルスを出発した二日後の昼だった。

 川の渡れる場所が判明しているため、帰りは多少時間の短縮ができる見通しだが、調査に割ける時間が短い事に変わりはない。

 急ピッチでリットン湖の水質の調査や周辺の地図作成が始まった。

 リットン湖は対岸が霞んで見えるほど巨大な湖で、二日間ではとても全体像を把握できない。今日のところは一部地域のみを調査して、周辺の魔物の種類などを調べた上で武装を整え、本格的な次回以降の調査に生かすらしい。

 俺は対物狙撃銃のスコープを覗き込んで対岸を眺める。

 俺たちのいる防衛拠点ボルス側は湿地帯だが、対岸は崖と岩場で構成されているようだ。湿地帯との境は俺から見て左側、しかし右側を見ると林があった。

 リットン湖は湿地と崖や岩場、林の三つで周辺の地形が構成されているらしい。

 今回は湿地帯から林まで向かう予定だから、ディアやパンサーは整備と同時に足回りの調整が必要になるだろう。調査隊の精霊人機や車両も同様だ。


「地図の作成、終わりました。いつでも移動できます」


 マッピングの魔術式を搭載した雷槍隊の副隊長機から操縦士が下りてきてベイジルに報告する。

 ワステード司令官直属の専用機部隊である雷槍隊よりもベイジルの立場が上らしい。副隊長自身、ベイジルに従う事に何の躊躇もない様子だった。通常、専用機部隊のそれも副隊長となれば実質的にその軍事拠点のナンバースリーに相当し、上には緊急時に拠点全体の指揮を取る副司令官と直属の上司である司令官しかいない。

 司令部にキャラバン護衛時のヘケト襲撃に関する報告をしに行ったときにも見た副司令官はベイジルとは別人だ。


「ベイジルは特殊な立場みたいだな」

「生ける伝説だからでしょう」


 ミツキが興味なさそうに返事をして、パンサーの上に寝そべる。


「副隊長の名前ってなんだっけ? サラブレッドさんだっけ?」

「ブレッドファーとかなんか、そんな感じの名前だった気がする」


 俺もあまり自信が持てない。


「それがどうかしたのか?」

「サラブレッドさんの機体、足回りに泥が入り込んでるよ。関節がギチギチ言ってる」


 ミツキの指摘を受けて、俺はブレッドファーの機体を見る。足回りは清掃してあるらしく、泥はねは微々たるものだ。おそらく、関節内の洗浄をしていないのだろう。


「洗浄液も潤沢にあるわけじゃないから、浪費しない様にしてるんじゃないか?」

「兵器の整備を怠るなんて死にたいとしか思えないけど、まぁ、軍人さんがそう判断したならそれでいいかな」

「いいんじゃねぇの」


 俺も投げやりに返して欠伸を噛み殺す。

 極論を言えば、俺たちが巻き込まれない限り調査隊の面々がどれほど杜撰な仕事をしたって構わない。調査結果にまで俺たちの責任はないしな。

 ベイジルさんが俺たちの下に歩いてくる。右にはブレッドファー、左にはくすんだ金髪の整備士君を連れていた。


「一仕事、お頼みしてもかまわないかな?」

「なんですか?」

「周辺に小型魔物がいれば狩ってきてもらいたくてね。できるだけ綺麗な死体が欲しい。胃の内容物なども調べないといけないから、首筋に一撃で仕留めてくれると嬉しいね」

「中型はどうしますか?」


 ディアの設定を弄って索敵魔術を使用、周辺の魔物を探しながら問いかける。

 ベイジルは一瞬目を瞬いた後、合点が入ったように頷いた。


「そう言えば、二人で中型魔物も仕留める凄腕だったね」

「……できっこないですよ、こんな奴らに」


 整備士君がボソッと口を挟む。煽ってる様子もないから、単なる独り言だろう。口のねじを締め直すことをお勧めするよ、整備士君。右ポケットのドライバーは飾りかな?

 だが、整備士君の言葉に反応したのは意外にもブレッドファーの方だった。


「ヘケトの群れをかき乱しながら森を走り回って二十体近く殺して回った二人だぞ。中型相手の戦闘力なら並みの操縦士が扱う精霊人機以上だ。俺が森の中で死骸を確認してる」

「あれ、もしかしてキャラバンを助けに来てくれた雷槍隊の人?」

「いまさら気付いたのか?」


 えぇ、いまさら気付きました。

 だって、あんた、ずっと精霊人機に乗ってたじゃん。

 聞けば、キャラバンを助けに来てくれた三機の精霊人機のうちの一機、指揮を取っていた操縦士がブレッドファーらしい。


「その節はお世話になりました」

「よく言う。お前ら二人だけならその気持ちわる……ソレに乗っていくらでも逃げ切れただろう」


 直前で言い直すくらいの分別はあるらしい。ベイジルがにこやかな笑みをブレッドファーに向けたことも思い直した理由だろうけど、結果オーライだ。

 一人で否定することになった整備士君が面白くなさそうな顔でそっぽを向いている。いまどんな気持ち?

 整備士君をからかっても得る物はないので、俺は話を戻して質問の答えをベイジルに促す。

 ベイジルは忙しく働いている調査隊を振り返ってから、首を横に振った。


「中型魔物は無視して、小型魔物を三体仕留めてきてほしい。同種の魔物を三体だよ」

「了解です」


 索敵魔術の反応を確かめてから、俺は自動拳銃を太もものホルスターから抜いた。小型魔物を相手に対物狙撃銃を使うと、最悪の場合原形を留めないから、今回は自動拳銃を使う方が良い。

 ディアの頭を湿地帯に向けて、ミツキと目配せし合ってから加速する。

 調査隊が豆粒大に見えるくらい離れた頃、ミツキのパンサーが唸った。

 ミツキが進行方向に目を凝らす。


「正面にいるね」


 ミツキの言う通り、正面五百メートルほど先の沼でゴブリンが水を飲んでいた。

 まだこちらに気付いていないゴブリンにミツキを乗せたパンサーが飛び掛かり、押し倒す。

 驚き暴れるゴブリンは鋼鉄のヒョウの前足に押さえつけられてまともに抵抗もできないまま、ミツキの狙い澄ました銃弾に喉を貫かれて絶命した。


「まずは一匹」


 パンサーが口でゴブリンの死骸を咥える。

 すぐに調査隊のいる場所へ取って返してゴブリンの死骸を届け、次の獲物を探しに出た。

 防衛拠点ボルスからこのリットン湖までほとんど魔物を見かけなかったから魔物を発見できるか心配していたのだが、密度が低いだけで魔物自体は生息しているらしい。

 索敵魔術が無ければ苦戦しただろうが、精霊獣機の機動力と魔術の索敵範囲と精密さのおかげで見逃すこともなく獲物を狩っていく。

 人型の魔物ゴブリンと、十歳くらいの子供と同じサイズのエビ型魔物アップルシュリンプが湿地に生息している小型魔物だ。アップルシュリンプを持って調査隊に戻ると何故か喜ばれた。


「リンゴに似た仄かな香りと酸味を有しながら上質で濃厚なエビの旨味を持ち、身はプリプリと弾けるような弾力が茹でても一切失われない。ジビエ料理の高級食材なんですよ」


 とは、ベイジルの言である。

 ちなみに、毒があるのできちんと処理しないと二日間は嘔吐で苦しむそうだ。最悪の場合脱水症状を起こす。

 解剖され始めているゴブリンをちらりと見たミツキが呟く。


「もしかして、さっきふらふらしてた顔色の悪いゴブリンって……」

「まぁ、同じ場所に生息する魔物ならそういう事もあるだろ」


 ミツキの予想を証明するように解剖中のゴブリンの胃からアップルシュリンプの殻が出てきた。殻ごと丸かじりしたらしい。

 日が暮れた頃になって水質調査その他の簡単な調査を済ませて、野営に移る。

 調査隊のテントから少し離れた場所で野営の準備をしていると、ブレッドファーがやってきた。


「二人がとってきたアップルシュリンプの身だ。毒抜きも済ませてある」


 そう言って、木皿に乗せた白くはじけるようなプリプリの身を差し出してきた。

 俺はミツキと顔を見合わせて、首を横に振る。


「いらないのでそちらで処理してください」

「魔物料理は嫌いか?」


 どちらかと言えば好きだ。某ジビエ料理屋の影響で。

 だが、万が一が怖いのはもちろん、調査隊を信用しきれないのが大きい。毒を盛るとは考えたくないが、整備士君の態度などを思い出すと用心に越したことはない。

 正直に答えると、ブレッドファーは頭を掻いた。


「まぁ、気持ちはわかる。そういう事ならこの皿はこちらで処理しよう」


 ブレッドファーが諦めて調査隊の野営地に戻って行く。

 俺はミツキと一緒に作った貝柱と根菜とリンゴチャツネを混ぜ合わせたソースを絡めたペンネを食べる。

 燻製肉よりはマシだろうと思って干した貝柱を水で戻して加えてみたが、リンゴチャツネとの相性が良いんだか悪いんだかわからない事になっていた。

 チャツネに残っているリンゴの繊維の舌触りと貝柱の相性は最悪で、リンゴの風味も悪い方向に作用している。だが、チャツネに加えてある各種香辛料は貝柱の旨味を引き立てていて、香辛料独特の辛みでリンゴの甘みを強調しつつ貝柱の旨味との橋渡しをしている。

 評価に困る味だった。

 ミツキも困った顔でペンネをソースの上で転がしている。


「何も言わないで、自分でもわかってるの」


 ミツキが若干の悔しさを滲ませた声で言う。

 アップルシュリンプの料理で盛り上がっている調査隊の野営地を盗み見たミツキは少し頬を膨らませた。


「次は負けない」

「何と戦ってるんだ」


 苦笑した時、こちらに近付いてくる足音が聞こえてきて、俺は野営地を見る。

 性懲りもなくベイジルが俺たちに近付こうとして整備士君に止められていた。距離があるのでここまで会話は聞こえてこないが、またもや揉めているようだ。

 困ったように笑いながら、ベイジルは整備士君の肩を軽く叩いてまた歩き出す。もちろん、俺たちの下へだ。

 ミツキが警戒するように身構え、立ち上がる。


「何かご用ですか?」


 言葉だけは丁寧に、しかし用がないならさっさと帰れという気持ちが滲んだ排他的な調子でミツキがベイジルに声を掛ける。

 ベイジルはケンカ腰で何かを言おうとした整備士君の前に手を突き出して止め、愛想の良い笑みを浮かべて口を開く。


「一緒に食事をどうでしょうか。せっかくお二人がとってきたアップルシュリンプです。みんなで味わおうでありませんか。自分たちと一緒ならば心配もないのではありませんか?」


 確かに、調査隊と同じ皿の品を食べる分には意図的な毒の混入を警戒する必要は低くなる。

 だが、ベイジルたちと机を囲むこと自体に拒否感がある俺にとって、毒を盛られているのと大して違いを感じない。


「お断りします。そこの整備士君みたいな人ばかりなのに、食事がおいしいはずがありません」


 ミツキが整備士君を見もせずに拒絶する。

 ベイジルは整備士君を見た。


「そうですか。残念ですね……では、こうしましょう。自分とあなた方二人の三人で食事をどうでしょうか?」

「――ベイジルさん! 本当にいい加減にしてくださいよ!」


 整備士君が怒鳴る。

 俺は整備士君に、思わずナイスフォローと喝采を上げたくなった。

 ミツキが口の端をわずかに吊り上げながら整備士君を指差す。


「三人で食事、素敵なご提案ですけど、こんな人もいるのに和やかな食事会ができますか?」


 無理ですよね、と付け加えてミツキはディアの角を利用した簡易テーブルを振り返る。


「それに、私たちはもう食べ始めてます。ベイジルさんのご提案は今回もご遠慮します」


 今回は、ではなく今回も、と含みを持たせて断ってから、ミツキは俺を見る。ダメ押しをしろという事らしい。


「俺はミツキと作った料理を食べていたいので、食事会はお断りします」


 じろじろと嫌悪の視線を向けられながら得体のしれない料理を食べる事と、ミツキと作った料理を二人で楽しく食べる事、比べられるはずもないし選ぶまでもない。

 明確な拒絶を感じ取ったか、ベイジルは肩は落としながらも当たり障りのない笑みを浮かべる。


「そうですか。それは残念だ」


 そう言って、調査隊のテントに戻るかと思えば、ベイジルは隣の整備士君の肩を叩いてテントを指差して見せる。


「先に戻っていなさい」


 整備士君は何を言われたのか分からないとでもいうように一瞬きょとんとした後、慌てて口を開く。


「馬鹿なことを言わないでくださいよ。こんな奴らのいるところにベイジルさん一人残して戻れるはずないでしょう!?」


 整備士君の反論を聞き流して、ベイジルさんはもう一度、今度は有無を言わせぬ口調で言う。


「先に戻っていなさい」


 整備士君は言葉に詰まると、俺を睨んだ。俺のせいじゃないと思うのだが、それで気が済むなら好きにしろ。

 整備士君はテントに向かって歩きながら、何度も振り返ってベイジルを見る。保護動物を野生に返す映像が脳裏に浮かんでくる、哀愁漂う姿だ。

 ベイジルは整備士君が十分離れたのを確認すると、俺たちに向き直る。


「この間のマッカシー山砦からの護衛で責任を押し付けた件、同じ軍人として謝罪します。ですからどうか、仲良くしてはいただけませんか?」

「別に最初から怒ってませんよ。もう愛想が尽きたというだけの話です。仲良くするのは無理ですね。お互いにその気もないんですから、諦めてください」


 ベイジルが頭を下げる前に言い返す。

 ベイジルは「困ったなぁ」とのんびりした声で呟いた。


「怒りを向けられるより根が深いですね。これは弱りました……」


 いくら弱られても、こちらは何も思わない。

 ミツキは興味も失せた様子で食事を再開した。俺も同じく食事を再開し、ベイジルがテントに戻るのを待つことにする。

 食事を再開した俺たちを見てベイジルが弱弱しい笑みを浮かべる。それがとても、とても気持ち悪かった。


「――無理に仲良くしようとするの、やめてもらえません?」


 つい俺は口を滑らせ、内心舌打ちする。ミツキが上目づかいで俺を見た。


「ヨウ君、無視した方が良いよ」


 分かっている。理解もしている。だが、口を滑らせてしまった以上、言い切ってしまわないと始末に悪い。

 俺はため息を飲み込んで、口を開く。


「困っているのはベイジルだけでしょう。あなただけを困らせないように、俺たちや調査隊の全員に気持ちを押し殺して交流しろというのはわがままですよ。仕事はきっちりこなしますが、それ以上をする気はありません」


 俺はフォークを置いてベイジルを睨む。


「ほとほと愛想が尽きたんです。これ以上誰かと関わってもこちらが傷つくだけと分かっているのだから、距離を置く方が自分たちのためだと理解したんです。二度と近づかないでください」


 力こめて言い切って、俺は調査隊のテントを指差す。ベイジルが整備士君にやったのと同じだから、すぐに意味は伝わったようだ。

 ベイジルはゆっくりと俺たちに背を向けて、テントへと帰って行った。

 ミツキが俺のフォークを手に取り、自分のフォークと合わせて調査隊の方に向ける。


「ヤマアラシ、なんちゃって」

「笑えねぇよ、それ」



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