第二話 出発準備
「――話は分かった」
俺とミツキでマッカシー山砦でのやり取りを説明すると、ワステード司令官はそう言って腕を組んだ。
「ホッグスは身内びいきのきらいはあっても、それ以外に取り立てて問題のない男だったのだけれども、君たち二人の話を聞く限り何か裏があるようだね」
ワステード司令官は思案顔で副司令官を見る。
「バランド・ラート博士について緘口令が敷かれていた覚えはないけれども、何か聞いているかい?」
「いえ、本国からそういった指示は届いておりません。半年前の事件となると連絡が遅れているとも思えません」
「では、ホッグスの独断かな。一応調べておいてくれ。ただし、慎重に頼むよ」
ワステード司令官は顎を一撫でしてから、俺とミツキを見る。
「さて、調査結果は問題がなければ君たちにも提供しよう。しかし、今回、バランド・ラート博士を調べる君たちに対してホッグスが警告で済ませたのは単純に侮っていたからだろう。少し脅せば諦めるだろう、とね。ホッグスが何を隠しているのか分からないが、君たちもこれ以上目をつけられないように迂闊な行動を控えるべきだ。仮に私がホッグスの味方であれば、君たちは暗殺されていた可能性もある。分かっているね?」
ワステード司令官は俺たちの行動を迂闊と断じた。
だが、俺もワステード司令官とホッグスが繋がっている可能性はすでに考えてあった。
「ワステード司令官がホッグスの味方なら、護衛隊長がわざわざ嘘を吐く必要がないでしょう。ワステード司令官とホッグスの間に協力関係がないにもかかわらずバランド・ラート博士の事件に関して黙秘するなら軍の総意という事になります。その時には手を引いていましたよ」
俺が考えた上で質問していたのだと知り、ワステード司令官は意外そうに目を瞬かせた。
「たった二人であれほどの戦果をたたき出すだけあって、状況判断は正確なようだ」
ワステード司令官は隣でにこにこしているベイジルをちらりと見てから、俺たちに真剣なまなざしを注いでくる。
「なおのこと、この調査への同行をお願いしよう。護衛部隊が君たちを探しているからね」
「……どういうことですか?」
護衛部隊が俺たちを探す理由が分からない。むしろ神経が分からない。
だが、ミツキは心当たりがあるようで、俺に日本語で話しかけてくる。
「嘘を吐いたことがばれないように口封じとか」
「そこまでするか?」
「さぁね。嘘がばれたら護衛隊長の出世に響くだろうし、可能な限り芽は摘んでおきたいと思うんじゃないかな。どちらにせよ、護衛隊長と同じ新大陸派のホッグスに話が届くと面倒くさいことになりそうだよ」
「ほとぼりが冷めるまでの間、リットン湖の調査に同行するのも選択肢の一つ、か」
ミツキと頷きあう。
一応、バランド・ラート博士殺害事件を軍が調査しているというホッグスの証言は虚偽の可能性が高いとワステード司令官から情報も貰っている。
対価をもらった以上は働かないといけない。
俺はベイジルに向き直る。
「分かりました。その依頼を受けましょう。ただし、使い潰されると思ったら遠慮なく依頼を破棄して離脱します」
「先ほどのバランド・ラート博士とやらについて、自分から情報提供もできませんでしたから構いませんよ。離脱する前に声をかけてもらいたいですけれども」
「状況が許せば、声を掛けましょう」
すでに作ってあったという依頼書を差し出され、ミツキと一緒に不備がないのを確認する。
調査日数ギリギリに依頼期間を修正してから、書類にサインした。
出発は明後日との事で、当日また会いましょうと言い残してベイジルたちは帰って行った。
すっかり冷めてしまったミガスを食べ始めながら、頭の中で情報を整理する。
バランド・ラート博士がマッカシー山砦にいたことは確定、またホッグスが殺害事件に関して何か知っている、もしくは関わっているのも間違いない。
どうやって調べようかと考えていると、スープを飲んでいたミツキが顔を上げた。
「ワステード司令官が代わりに軍とバランド・ラート博士の関係を調べてくれるから、私たちはマッカシー山砦の次に博士が向かった大工場地帯ライグバレドに行けばいいと思うよ」
「そうだな。しばらくは軍と関わらない方が良いのも確かだし」
リットン湖の調査依頼はほとぼりを冷ますために受けたのだ。またすぐに軍を調べてホッグスに睨まれる事態に陥るのはまずい。
ミツキが右手に持ったスプーンでスープをかき回しながら欠伸を噛み殺す。
「それより、明日からの食事が問題だよ。しばらくはピクルスかぁ」
この辺りは開拓途中でまだ畑らしい畑もないから、生の野菜類が非常に高い。宿を探してさまよっていた時に見た市場の傾向からして、肉類も高めだ。
だが、魚の燻製などは近くに川があるおかげで比較的安い。干物もあった。
「香辛料かハーブを買って、バリエーションを補強するとして――」
うぬぬ、とミツキがレシピを考え始める。
「干物でムニエルは無理だろうし、落ち着く先はパスタ系だよね」
「凝らずに焼くだけでもおいしいと思うんだけどな」
「飽きるでしょう?」
「パンをこだわればいいだろ。ジャムをもってくだけでも飽きずに楽しめる」
「それだと軍人さんから手抜きをした貧相な食事だと思われちゃうからだめ」
両手の人差し指を交差させてバツ印を作るミツキさん。なにに張り合ってらっしゃるんでしょうかね。
料理人ミツキの邪魔にならない様に食事を食べ終えて、食器を洗いにかかった。
一晩ぐっすり寝てから、俺は部屋の中で設計図を眺め、知恵を絞る。
「ディスペンサーかぁ」
今朝の新聞になかなか興味深い事が載っていた。
精霊兵器に魔力を供給する蓄魔石に関する新発見だ。
どうやら、蓄魔石は一定以上の温度に熱すると魔力の排出量が増加するらしい。
ただし、蓄魔石そのものは五十度を超えると緩やかに溶解を始めるため、排出量を上昇させても蓄魔石を使い潰すことになるという。
魔力排出量が増加するという事は出力の上昇を意味する。代わりに稼働時間の短縮を招く。
そこで、俺は蓄魔石の魔力排出量を任意で変更するディスペンサーに温度調節機能をつけて出力の上昇をコントロールできないかと考えたのだ。無論、蓄魔石なんて高価な物を使い潰す気はない。
今頃は大陸各地で同じようなことを考えている技術者がわんさといるだろう。
一方的なシンパシーを覚えながら、俺は知恵を絞り、ある結論に辿り着いた。
「ディアやパンサーの出力を上げても魔導鋼線が焼き切れるんじゃね?」
ダメじゃん!
いまの安物の魔導鋼線だと出力を上げた瞬間青い火花が飛び散ってしまう。
質のいいパーツが欲しい。大工場地帯ライグバレドならいくらでもあるだろうけど、代金の問題もあるし……。
いっそ作るか?
作っちゃえばいいんじゃね?
脳裏で悪魔が囁いてくる。
工具も材料もない中で質のいいパーツなど作れるはずもないので、拠点に帰ってから取り組む事にしつつ、思いつきを設計図に書き込んでいく。
「――ヨウ君、出かける準備できたよ」
ミツキがテーブルの横に立つ。
肩に小さなカバンを掛けたミツキは青のワンピース姿だ。一見、清楚に見えるミツキだが、肩に下げたカバンの中に自動拳銃が入っているのを俺は知っている。
「買い物に行くよ」
「あぁ、ついでにボルスのギルドにも顔を出しておかないとな」
防衛拠点ボルスの開拓者ギルド。国軍に舐められない様に実力者ばかりが出入りすると聞く。
「買い物前にギルドだね。パンや魚の干物を持ってギルドに行ったら舐められちゃうし」
「レイトウマグロならきっと舐められないだろうけどな」
「無駄に切れ味いいよね。水属性ついてるし」
モンハン族がこんなところにもいた。
「引き籠りは素材に事欠かないのよ」
「自慢するなよ。かわいそうになるだろ」
言い合いながら部屋を出て、苦い顔の店主に挨拶して宿を後にする。
予定通りギルドに向かう。
ギルドの建物は石造りのがっしりしたものだった。どこぞのラブホもどきとは比べるべくもない重厚さの中に機能美が見える。これだよこれ、こうでなくっちゃ。
精霊人機を十機置くことのできるガレージが併設され、建物そのものも魔物の襲撃に備えた作りをしている。通りへ突き出すように伸びたバルコニーは防衛拠点ボルスの約半分を一望できる高さだ。
中に足を踏み入れると、よく磨かれた石の床は大中小三つの石を複雑に組み合わせて作られている。職員のスペースであるカウンターの向こう奥の壁に掛けられたタペストリーは縦一メートル、横三メートルほど。防衛拠点ボルスが成立するまでにこの地方で行われた人と魔物による激戦の様子を描いた物らしい。
カウンターの端に防衛拠点ボルスの歴史と題した小冊子が売っている。ちゃっかりしてんな。
建物内から無数の値踏みするような視線が俺たちに向けられていたが、俺が小冊子を一冊取ってカウンターの職員に購入を申し出ると視線が一斉に外された。
見ない顔だと思ったらやっぱり新参だったか、みたいな反応だ。
俺は職員に小冊子の代金を渡しながら、今日ギルドを訪ねた理由を説明する。
「ベイジルという方から指名依頼を受けていまして、手続きをお願いしたいのですが」
昨日ベイジルから渡された書類を提出すると、職員さんの反応が一気に変わった。
外されていた視線までもが一斉に俺たちへ向けられる。
「本当にベイジルさんだ……」
職員さんが書類を見つめて呟く。
なんだ、ベイジルって有名人なのか?
反応に戸惑っていると、小冊子の見本をぺらぺらと捲っていたミツキが俺の肩を叩いてきた。
目を向けると、見本誌を開いて掲げ、一文を指差す。そこにはこの付近一帯の湿地に巣食っていた鴨のような形状の大型魔物の群れを討伐した精霊人機乗り達の生き残りの証言が載っていた。
証言者の名前はベイジル。
「ベイジルってこの防衛拠点を作った戦いの功労者の一人みたいだね」
ミツキの言葉で、俺は初めて会った時のベイジルの姿を思い出す。
墓に祈りをささげていた。あの墓地には慰霊碑もあったはずだ。
小冊子にも名前が載っているほどの有名人でしかも現役となれば、注目度も高くて当然か。
俺は手が止まっている職員さんに声をかける。
「早く手続きをしてほしいんですけど、何か不備がありましたか?」
この後食材を買いこんだり、ディアやパンサーに魔力を充てんしたりと忙しいのだ。
何しろ出発は明日なのだから。
職員さんが慌てて仕事にかかる。
手続きを済ませるまでの時間がもったいないので、俺はメダルを片手に精霊人機の部品を取り扱う係員に声を掛ける。
「在庫に魔導鋼線と潤滑油、それから洗浄液はありますか?」
これから行く場所はリットン湖周辺だ。湿地も多く、まず間違いなく関節部へ泥が入り込んで動作不良を起こす。洗浄液や潤滑油は必須だ。
こんなこともあろうかと多めに在庫を確保してくれているらしく、少し割高ながらすぐに購入できた。
「たったそれだけで足りるんですか?」
「小さいので、問題ないです」
全高七メートルの鉄の巨人である精霊人機と二メートルから三メートル程度の精霊獣機では必要になる潤滑油や洗浄液の量はおのずと少なくなる。
わざわざ説明しても嫌悪感を抱かれるだけなので口を閉ざし、購入した魔導鋼線などをリュックに入れる。
ちょうど手続きも済んだらしく、職員さんに二言三言確認を取られてから受理された。
その後、ギルド館を出た俺たちは市場に行って食材などを買い込んだうえで宿に戻る。
「私は一足先に部屋に戻って準備するから、ヨウ君はディアとパンサーをお願い」
「わかった。明日以降の食事で軍に勝てるかどうかはミツキにかかっている。健闘を祈る」
「勝つと決まっている戦いほどむなしいモノはないわ」
やけに自信満々な階段を上って行くミツキを見送って、俺は宿併設のガレージに向かった。
軍の料理当番も勝手に対抗意識を燃やしてるとは思わないだろうな。




