表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第二章  だから、彼も彼女と諦める

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/174

第二十二話  壁の扉は閉ざされた

 防衛拠点ボルスは湿地帯のど真ん中に作られた城塞だった。

 広範囲をぐるりと囲む高く分厚い防壁の中に精霊人機のガレージの他様々な施設が作られている。聞けば、温泉まであるとの事だった。

 精霊人機は雷槍隊の五機にくわえて常駐戦力として十機が存在し、来たるべきリットン湖攻略隊が集結すればさらに二十機が加わるという。

 広く作られたこの防衛拠点は網目状に精霊人機も通行可能な幅の広い道が作られており、各所にガレージと宿泊設備が存在する。

 また、リットン湖の攻略が成った暁にはこの防衛拠点ボルスがそのままリットン湖開発を行う入植者などを一時的に受け入れて町としての機能を果たすため、各種ギルドや製材工場などがあるという。

 中途半端に町としての機能を持った軍事拠点という位置づけらしい。

 雷槍隊の三機に案内されてようやくキャラバンや護衛部隊と共に防衛拠点ボルスに到着した俺とミツキは肩の力を抜いてため息を吐き出した。

 まったく、ひどい目にあった。

 倉庫に向かうキャラバンや到着の報告をしに司令部へ向かう護衛部隊とは入り口で別れて、俺とミツキは宿に向かう。

 町の中央からやや外れたところで営業している宿屋は新築で、精霊人機のガレージまで備えている。


「ごめんください。一晩泊めてもらいたいんですけど」


 入り口から声を掛けると愛想笑いを浮かべた若いおかみさんが出てくるが、精霊獣機を見るなり顰め面になった。


「ガレージも借りたいです」


 先手を打って頼むと、若いおかみさんは沈黙した。

 何か葛藤するように視線をさまよわせて、若いおかみさんはため息を吐く。


「ガレージは別料金だよ」


 そう前置きした若いおかみさんが提示した金額はぼったくりもいい所だった。

 精霊獣機にガレージを使用させたくないらしい。

 ミツキが俺の袖を引いてパンサーにまたがる。他を当たろうという意味だろう。


「失礼しました」


 若いおかみさんに頭を下げて、俺はディアに跨る。

 町としての機能を持っているとは言っても周辺の開拓がまだ進んでいないとあって、防衛拠点ボルスの人口は少ない。

 精霊人機の通行が可能なように作られた幅の広い道に人影はまばらだ。さびしい通りをディアの背に揺られながら進む。

 途中で見かけた宿に片端から頼んでみたが別料金で吹っかけられたり、あからさまに嫌な顔で追い払われたりした。

 いっそこのボルスを早く出て行って拠点にしている港町に戻りたいところだが、精霊獣機の足でも二日はかかってしまう。野宿は免れないだろうし、周辺はまだヘケトが闊歩していて危険だ。

 どうしたものかと歩いていると、道の先に墓が見えてきた。

 この防衛拠点ボルスの土地を開拓するために周辺の魔物と戦って死んでいった人々の慰霊碑まで立っている。


「端まで来ちゃったみたいね。まだ宿を探す?」


 ミツキが特に期待もしていないような顔で来た道を振り返る。宿が見つかるとは俺も思えなかった。


「防壁のそばで野営するしかないな」

「ふかふかのベッドの上でゆっくり休みたかったけど、仕方ないね」


 ミツキも妥協してくれたところで防壁に向かおうとした時、遠くから走って来た見慣れない人物に声を掛けられた。


「そこの開拓者二人、司令部まで来てくれ!」


 またどこかに追い払われるのかとうんざりした顔をミツキと見合わせる。

 見慣れない人物は軍服を着ていた。それも、精霊人機の操縦士が着る軍服で、胸に付いたワッペンは雷マークを背景にした槍の意匠。

 雷槍隊の操縦士だ。


「ヘケトの大量発生に関する報告を聞きたいとワステード司令官が仰せだ。時間は取らせないから、一緒に来てくれ」


 俺が跨っているディアを一瞥した雷槍隊の操縦士は職務に忠実らしく無駄口を叩かず呼び出しの理由を口にする。

 断るわけにもいかず、司令部に足を運ぶ。

 防衛拠点ボルスの全体を一望できる中央の高い建物が司令部らしい。雷槍隊のガレージもこのそばにあるようだ。

 重厚な造りの司令部の玄関で、精霊獣機と武器を置いて行くように命じられて思わず眉を寄せてしまう。

 今回のキャラバン護衛任務に同行することになったのも、マッカシー山砦の司令官ホッグスに出口をふさがれ、抵抗の術がなかったからだ。

 とはいえ、司令官に自動拳銃を持った民間人を近づける事が出来ないのも道理。


「いたずらされないよう設定を弄るのでしばらく待ってください」


 ディアとパンサーの設定を弄って迎撃システムを起動させる。

 パンサーの尻尾へ魔術で作り出した小石を放り投げ、寄らば斬るぞの実演をして見せた後、司令部に足を踏み入れた。

 三階にある会議室に通された俺とミツキを待っていたのは、四十代ほどの男性とその副官らしき男、さらに護衛部隊の隊長と精霊人機の操縦士、何故かリンデまでいた。

 リンデは俺と目が合うとすっと目を伏せ、顔をそむけた。

 おかしな反応に首を傾げる間もなく、会議室の奥にいた四十代ほどの男性が声をかけてくる。


「キャラバンの護衛に同行した二人組の開拓者かね?」


 ミツキと揃って頷くと、男性は笑みを浮かべた。


「ようこそ、防衛拠点ボルスへ。私は司令官を務めるワステードという者だ」


 やはりこの人が司令官か、と俺はそっと観察する。

 灰色の髪は整髪料で綺麗に整えられ軍服には皺ひとつない。細面で鼻梁はすっと通っている。ナイスミドルってやつだろうか。几帳面さが見て取れるが、右耳に黒い二重リングのピアスをしていた。

 結構おしゃれしているらしい。

 隣の人物はおそらく副司令官だろう。

 ワステード司令官は俺とミツキをざっと観察し「なるほど」とひとりで納得した。


「開拓者になってどれくらいになる?」

「半年ちょっとです」


 答えると、ワステード司令官は組んだ脚の膝を右手の人差し指でトントンと叩く。

 いつの間にか、ワステード司令官の注意が俺やミツキから会議室の全員に均等に割り振られているのが視線から分かった。


「マッカシー山砦からのキャラバン護衛、ご苦労だった。途中ヘケトの群れに夜襲を掛けられたと聞いているが、事実かな?」


 ワステード司令官が質問した瞬間、会議室の空気が僅かに緊張したのが分かった。

 空気の変化を感じ取ったのは俺だけではないらしく、ミツキが俺のそばに寄る。

 俺も警戒を深めつつ、ワステード司令官の質問に答えた。


「事実です」


 ワステード司令官は「ふむ」と頷くと、続けて質問してくる。


「その時、周囲に魔物の影はなかったと護衛部隊は証言している。ついで、君たち二人が索敵のために飛び出したそうだが、事実かな?」

「それも事実です。俺たちは索敵の魔術を使って魔物の接近を知りました。ただ、種類や数が正確には分からなかったため、索敵に出ました」

「ヘケトの群れであると分かったのはその時であっているのかな?」

「あってます」


 事実確認の連続。他に答えがあるはずもない。

 しかし、部屋の空気がどんどん張りつめていくのが分かる。

 ワステード司令官が次の質問を発する。


「君たちは索敵を済ませてキャラバンと合流後、森を抜けて河原へ移動した。護衛隊長の発案によるものらしいが、妥当だと思ったかな?」

「軍の決定に感想を述べる立場にはありません」


 一開拓者の俺に護衛隊長の決定を評価する権限はないし、発言を求められても困る。

 ちなみに、護衛隊長のあの時の判断は妥当だった。ヘケトの群れを突っ切るのは論外、森の中を突き進んで街道に向かおうとしてもおそらくヘケトに遭遇していた。とにかく距離を取るという判断はあの時点では正しかったはずだ。

 ワステード司令官が笑みを浮かべた。


「うむ、確かに君たちに聞くのはおかしかったな。今の質問は忘れてくれ」


 緊張している部屋の中でただ一人余裕の表情を浮かべているワステード司令官は軽い調子で言うと、まだ質問を続けてくる。


「河原に到着した君たちは魔物と戦闘して、たった二人で中型魔物を倒したらしいが、これも事実なのかな?」

「ザリガニに似た魔物の事であれば、事実です」

「自分たちの力に自信はあるかな?」

「ありません」

「中型魔物をたった二人で撃破したにもかかわらず?」

「狙撃で先手を取り、ハサミを二つとも撃ち抜いてまともな攻撃手段を奪えたから倒せただけです」


 ワステード司令官は会議室の面々を見回して、口を開く。


「次の質問に移ろう。我が雷槍隊と君たち二人が合流する直前の出来事だ」


 ワステード司令官が改めて切り出した時、衣擦れの音がした。

 反射的に向けた視線がリンデにぶつかる。

 目線を伏せて平静を装うように息を殺しているリンデを見て、俺は嫌な予感がした。

 ワステード司令官が注目を集めるように身を乗り出す。


「彼らが言うには、河原から街道に戻る段になり、君たち二人が独断で森の中へ索敵に出てヘケトに囲まれ、護衛隊長が随伴歩兵を向かわせたと聞いている。事実かね?」

「――は?」


 一瞬意味が分からなかった。

 わざわざ思い出すまでもなく、あの時の俺たちはキャラバンの護衛部隊に随行していた。それも独断専行どころか殿としての位置で、だ。

 ヘケトの群れと遭遇してキャラバンと護衛部隊が撤退する際に俺とミツキ、そしてリンデたち随伴歩兵が足止めの捨て駒としてその場に残され、命がけで戦ったのだ。

 俺は涼しい顔をしている護衛隊長を睨む。

 護衛隊長が自分に都合よく事実を捻じ曲げて報告したのだろう。

 俺はワステード司令官に事実を説明する。


「街道に戻るために河原を離れ、森の中を進む事を決めたのは護衛隊長です。事前の会議で提案がなされ、反対者がいない事から決定しました。俺もミツキも単独で森の中を索敵に出てはいません。キャラバンの護衛部隊の殿を随伴歩兵と共に務めていました。森の中でヘケトの群れに遭遇して護衛隊長が河原への撤退を決定し、俺たちと随伴歩兵を足止めに残して撤退しました。俺とミツキはヘケトを待ち構えるだけでは多勢に無勢で勝ち目がないと考えて森の中に入り、ヘケトを街道へ誘導しました」

「――嘘です」


 俺が説明した直後、部屋の中から否定する声が上がった。

 俺は信じられない思いで否定した当人に目を向ける。


「リンデ、俺は嘘なんてついてないだろう?」


 俺の証言を嘘と断じたリンデを問い詰める。

 だが、リンデは俺から視線を逸らしてワステード司令官を見た。


「今の証言はでたらめです。この二人が独断で森の中へ先行し、ヘケトの群れに取り囲まれてしまったため自分たち随伴歩兵が救助に向かいました」

「おい、リンデ!」


 一歩踏み出した俺の前に精霊人機の操縦士が割って入る。

 おかしい。こいつは新大陸派で、旧大陸派であるリンデたち随伴歩兵を庇う理由がない。


「嘘の次は暴力かよ。開拓者は野蛮だな?」

「誰が暴力なんて振るうか。俺はただ事実を言えと――」

「落ち着きたまえ」


 静かに、しかし有無を言わせぬ声でワステード司令官に注意され、俺は口を閉じる。

 ワステード司令官が俺とリンデを見比べる。


「証言が食い違ったようだが、これはどういう事だろうか」


 こっちが聞きたい。

 新大陸派である護衛隊長の肩を持っても、リンデたちの得にはならないはずだ。嘘を吐く理由が見当たらない。

 ワステード司令官が腕を組んでわざとらしく唸った。


「嘘をついても、リンデ君に利はない。ひるがえって、開拓者二人はどうだろうか?」


 そんなの決まっている。

 リンデのついた嘘が採用されれば俺とミツキは精霊人機の周囲から随伴歩兵が離れざるを得なかった責任を負わされる。

 逆に、俺が言う真実が採用されれば、随伴歩兵が精霊人機から離れた責任は護衛隊長の采配ミスによるところとなる。

 護衛隊長が俺とミツキに精霊人機二機が破損した原因を被せたのだ。

 ワステード司令官が護衛隊長を見る。


「君、出身はどこかな?」

「ガランク貿易都市であります」

「あぁ、あのにぎやかな街か。では、リンデ君は?」


 問われたリンデが旧大陸の町の名前を挙げると、ワステード司令官は目を細めた。


「そうか。では、ますますリンデ君に嘘を吐く理由がなくなってしまったな」


 旧大陸派と新大陸派の派閥争いはワステード司令官も知っているらしい。軍事拠点の一つを任されているくらいなのだから当然か。

 しかし、これではますますリンデの証言の説得力が増してしまう。

 現場に居なかったワステード司令官から見て、より説得力があるのは嘘をついても利益がなく、敵対派閥を庇ってさえいるリンデの証言だ。

 ワステード司令官が納得したように頷いて、俺を見た。


「安心してほしい。これはあくまでも軍の問題だ。君たち二人の独断専行が原因だったとしても、精霊人機の修理費などを請求することはない。では、退出してくれたまえ。ご足労を願って悪かったね」


 なんだそれ。

 まるで、俺たちのせいみたいじゃないか。

 俺もミツキも、やりたくもないキャラバンの護衛を無理やりやらされて、捨て駒扱いされても踏みとどまって、それでも足りないから命がけでヘケトを街道まで誘導したのに。

 その結果がこれか。

 感謝しろとまでは言わない。

 だが、恩を仇で返されるのはまっぴらだ。

 リンデが裏切ったのはもう間違いない。どんな理由があるのかは知らないが、リンデは護衛隊長を庇い、俺とミツキに責任を押し付ける選択をした。

 結局、リンデは俺やミツキを頼りにしていたわけではなくて、随伴歩兵という仲間を守るために利用していただけだ。

 随伴歩兵を助けるために命がけで戦っても、こうして簡単に裏切られる。

 その時、ため息が聞こえた。

 俺のものではない。ミツキがため息を吐いたのだ。

 ただ利用されるだけだった前世やデュラで才媛と呼ばれていた頃を思い出したのかもしれない。重い溜息だった。

 何してんだ、俺は。

 ミツキが頼りにされ、慕われる未来を掴みたいなんて言って、その結果がこれか。

 頼りにされるどころかいいように利用されて、ミツキの古傷を抉っただけじゃないか。

 これなら――何もしない方がはるかにマシだろ。

 どうせ誰にも頼りにされないのなら、俺がミツキを頼りにしていればいい。

 俺だけでいい。

 気付くのが遅かった。最初から、ミツキが言う通り俺だけでよかったんだ。

 時間を無駄にしてしまった。


「ミツキ、今までごめんな」


 日本語で謝る俺に、一瞬きょとんとしたミツキだったが、すぐに笑みを浮かべて肩を軽く叩いてきた。


「謝らなくていいよ。ヨウ君は私のためを思ってやってくれていたんだから。ねぇ、それよりもヨウ君は私だけでいいの?」

「あぁ、ミツキだけでいい」


 他の連中を大事に思える日なんてきっと来ないだろう。

 今までは、この世界の人たちと関係を築くのが怖かった。それが大事に思えてしまったら、死の間際のあの喪失感を思い出すことになってしまうから。

 でも、ただ利用して切り捨てるような奴らとの関係が大事に思える日なんて絶対に来ないだろう。

 そんなものと仲良くする道を探すより、ミツキとの関係を育んでいく方がずっと重要だ。

 俺にはミツキしかいない。ミツキには俺しかいない。歪な関係だとしても、これが世界の真実なのだから。

 自分の中で折り合いがついて、俺はミツキと一緒に会議室を出て、後ろ手に扉を閉めた。

 抗弁しない俺やミツキを意外そうに見送るワステード司令官や、決して目を合わせようとしないリンデ、澄ました顔ながら口元にうっすらと笑みが浮かんでいる護衛隊長の姿が扉で完全に遮られる。

 俺はミツキに手を差しだした。

 ミツキは笑みを浮かべて俺の手を握る。

 手をつないだまま、司令部を後にする。

 バカバカしいほど遠回りをして辿り着いたのは二人だけの世界だが、これで十分だろう。俺たちが求める物が壁の外にはないのだから、壁の中で二人、支え合って生きていけばいい。

 ミツキがくすくす笑って俺の手を握る力を強くする。


「アダムとイブになってみる?」

「もう少し胸がでかくなってから言え」


 言い返すと、ミツキが繋いでない方の手で俺の手を抓った。

 うちのイブは少々暴力的なようです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ