第二十一話 危機を乗り切って
専用機、それは国がすべてを独占している高スペックの機体の総称だ。
いくつかの軍事拠点に置いて最高戦力に位置付けられ、司令官直属の部隊として活躍する。
中でも、雷槍隊は比較的新しく創設された専用機の部隊である。
防衛拠点ボルス司令官ワステードの直属部隊である彼らが新大陸で活動を始めたのは今からおおよそ四年前。
だが、その戦果は華々しい。
去年、一昨年と大型魔物の撃破数はトップをひた走り、部隊単位で見れば新大陸最強の呼び声も高い。
そんな雷槍隊の専用機が三機、俺の前で槍を振るっていた。
耐電仕様の黒い遊離装甲に包まれた機体は動くたびに遠雷に似た重低音を奏で、槍にまとわりついた白雷が突き殺した中型魔物ヘケトを焼く。
ヘケトを切り払うたびに血糊が前方へとまきちらされ、白い雷が網目状に広がってヘケトたちを感電させて動きを奪う。
一方的な殺戮の後を、俺はミツキや随伴歩兵と一緒に付いて行くだけだった。
せいぜい、感電を免れて舌を伸ばそうとしたヘケトを狙撃するくらいしか仕事がない。
ディアの上でヘケトを狙い撃ちしていると、雷槍隊の右足が不調の機体から声を掛けられた。
「一発も外さないんだな。まだ子供だってのに、末恐ろしいわ」
「どーも」
安定した虐殺を繰り広げながら河原を進むと、河原の先にキャラバン護衛部隊の精霊人機が見えた。
右足の膝関節から先を失い、右腕を破損している。おそらく、ヘケトの舌に右足を絡め取られて右側面から河原に倒れ込んだのだろう。
コックピットがある胸部の装甲は開かれており、操縦士は脱出した事が分かる。
俺はざっと河原を見回して歩兵の死体がないのを確認した。血だまりがあるという事は、食われたのだろう。
「遊離装甲がはじけ飛んでる。こりゃ、転倒時に仲間の機体と派手に接触したな」
雷槍隊の隊長機が現場を分析する。
精霊人機の回収をしている時間はないため、放置したまま河原を進む。
すぐにヘケトに囲まれ、整備士まで動員して対抗しているキャラバンの姿を見つけた。
ロックウォールで周囲を囲み、ロックジャベリンでヘケトの数を減らそうとしているらしい。傍らには大破した精霊人機が横たわり、操縦士が歩兵たちと共にヘケトに抵抗していた。
歩兵たちがこちらを見た。
「ら、雷槍隊!?」
「やった……助かったぞ!」
キャラバンの護衛たちが雷槍隊の機体を見つけ、強力な援軍の到来に沸き立つ。そばにお前たちが見捨てた随伴歩兵や俺たちがいるのに、現金な奴らだ。
雷槍隊の精霊人機が同士討ちを避けるために槍に纏っていた雷の魔術を消した。
「随伴歩兵、一仕事頼む!」
雷槍隊に声を掛けられて、随伴歩兵たちが目配せをしあう。
雷槍隊の三機の精霊人機はキャラバンのそばに駆け寄ってヘケトの討伐を開始した。
雷を纏わずとも鋭い槍捌きでヘケトを次々と斬り殺していく。
体高七メートルの精霊人機がその腕で振るう槍の間合いは、ヘケトの血しぶき飛び交う暴風圏と化していた。
しかし、血と槍が乱舞するその間合いから外れた場所で、ヘケトが口を開く。
槍が振り抜かれた僅かの隙をついて、ヘケトが精霊人機の足を絡め取るべく舌を伸ばした。
「――ロックウォール」
糸目の随伴歩兵の一人がヘケトと精霊人機の直線上に走り込むや否や石魔術ロックウォールを発動し、ヘケトの舌を防ぐ。
精霊人機の足元を守る役目を見事に果たした糸目の随伴歩兵は、己の仕事ぶりを誇る事もなく、精霊人機の攻撃の邪魔にならないように素早く槍の間合いから離脱した。
ヘケトが遠距離から舌を伸ばそうとするたびに随伴歩兵が割って入って精霊人機の隙を埋めていく。
足元を気にする必要のない雷槍隊は強かった。
雷の魔術を発動せずともヘケトを次々と屠っていく。
「ヨウ君、そろそろリンデを安全圏に」
ミツキに言われて、俺はリンデを見た。
「リンデ、森沿いに走って整備車両に合流してくれ。俺とミツキで援護する」
「分かりました」
リンデがひびの入った肩の骨を庇いながらキャラバンのそばにある整備車両へ走り出す。
注意を向けたヘケトを素早く狙撃しつつ、俺はリンデに併走した。ミツキが自動拳銃で進行方向にいるヘケトを撃ち殺していく。
雷槍隊が暴れている事もあって、苦も無く整備車両にリンデを届ける事が出来た。
整備車両の助手席にいる護衛隊長に状況と次の作戦を説明しに行くリンデを見送って、俺はミツキと共に森へ入る。
戦闘音を聞きつけた森の中のヘケトを処理、または誘導するためだ。
森の中では取り回しにくい対物狙撃銃を肩からおろし、あらかじめディアの角の上に置く。自動拳銃を使いたいところだが、あいにくと残弾が心もとなかった。
「ミツキ、誘導場所は雷槍隊のいる河原だ。街道までの障害になりそうな群れを誘導するぞ」
「ネトゲで言うところの釣り役だね。廃狩り仕様でいく?」
「あんまり無茶はさせない方が良い。雷槍隊は無事でも、随伴歩兵が処理しきれずに死ぬかもしれない」
「りょーかい」
軽い口調で応じたミツキが木の上に登って周囲を見回し、ヘケトの群れの位置を探る。
河原の戦闘が少しずつおさまっていく。余裕が出てきたらしい。
「西にいるね。多分、七匹」
「そいつらからいくぞ」
ミツキと頷きあって、俺はディアを加速させる。
二百メートルほど進んだところで、梢の向こうにヘケトの姿が見えた。
俺は一時停止して狙撃銃を構える。
ヘケトはまだこちらに気付いていない。距離は五十メートルほど。まばらに生える木々の隙間を縫って十分に撃ち殺せる。
人差し指を少し動かせば、森の中に発砲音が木霊して、ヘケトの胸がはじけ飛んだ。
仲間の死に驚いて跳び上がったヘケトが着地した瞬間に引き金を引く。
ヘケトの腹が破裂し、着地した姿勢のまま倒れ伏す。
「まずは二匹。ミツキ、離脱するぞ」
「次は北西の十三匹」
いつの間にか木の上に上っていたパンサーにまたがったミツキが、方角を教えてくれる。
パンサーが地面に降り立ち、ミツキが首に下げた双眼鏡を服の中に入れた。直後に太もものホルスターから自動拳銃を引き抜いて、こちらに向かってくるヘケトに五発の銃弾を見舞う。
一匹仕留めたのを確認しつつ、ヘケトを誘導するため河原の方角へ逃げる振りをして引き離してから、北西に向かう。
ミツキの報告では十三匹いるというヘケトの集団はすぐに見つかった。
どうやら、就寝中のようだ。
「ヨウ君は狙撃の準備をしておいて」
ミツキがパンサーを加速させる。
言われた通りに対物狙撃銃をディアの角に乗せながら、ミツキを見送る。
就寝中のヘケトたちに本物のヒョウよろしく忍び寄ったミツキが、パンサーを木の上に飛び上がらせる。
幹を蹴り飛ばしてヘケトの頭上から襲いかかったパンサーはその爪を長くのばした。
パンサーの爪に引き裂かれたヘケトが夢から目覚めることなくあの世へ旅立つ。
突然の襲撃に目を覚ました周囲のヘケトの目玉に容赦なく銃弾を撃ち込んで絶命させ、ミツキがパンサーを走らせた。
パンサーの尻尾が振り回されて、ヘケトに切り傷をつけていく。手傷を負わせて動きを鈍らせておいて、ミツキはパンサーの背中で体をひねると後方のヘケトたちをさらに銃撃する。
離脱しながら追い打ちをかけたミツキが射線から外れた直後、俺は無傷のヘケトを狙撃した。
パンッと音を立ててヘケトの腹を突きぬけて背中から銃弾が飛び出す。わずかに息があるようだが、もう動けはしないだろう。
ミツキを追おうとしているヘケトたちの先頭に狙いを定めてもう一発。
飛び上がる直前に後ろ脚がはじけ飛んだヘケトが無様に地面を転がり、仲間を巻き込んだ。
「ミツキ、離脱するぞ!」
声を掛けると、ミツキがパンサーの背中で頷いた。すぐに河原へパンサーの頭を向ける。
混乱していたヘケトが俺に気付いて動き出す。
俺はある程度引きつけてからディアを河原に向けて走らせた。
引き離さないように注意して、けれど決して追い付かれることのないように気を使いながらディアを走らせる。
河原に到着すると、ヘケトとの戦闘を終えた雷槍隊の面々が森に向かって陣を敷いていた。
雷槍隊の隊長機が拡声器越しに声をかけてくる。
「来たか。数は?」
「手負いも交ざってますが、十三匹ほどこちらに来ます」
「ちょうどいい数だ」
雷槍隊の後方には疲労した随伴歩兵がいる。徹夜と連戦で顔色がかなり悪い。
歩兵はどうしているのかと目を向ければ、整備車両のそばで負傷者の看護などを行っていた。
随伴歩兵の動きを思い出すと、あの歩兵たちで代わりが務まるとも思えない。
「言いたいことは分かるが、今は口を噤んでいてくれ」
雷槍隊の隊長機に言われて、俺はため息を飲み込んだ。
「俺たちは狙撃での援護に移ります」
俺は宣言して、ミツキと共に随伴歩兵の後方にディアを走らせる。
森から這い出してきたヘケトに槍を構えながら、雷槍隊の隊長機が声を上げた。
「もうひと踏ん張りだ。何としても乗り切れ!」
森から出てきたヘケトを即座に狙撃して一匹減らす。
雷槍隊が槍を突き出してヘケトを刺し殺し、いまだに生き残っているヘケトたちに向けて随伴歩兵が必死にロックジャベリンを撃ち込んで反撃を防ぐ。
即席の連携だが、待ち伏せる側という事もあり、うまく機能していた。
ヘケトを倒しきって随伴歩兵たちが休憩している間に、俺はミツキと一緒に再び森に入る。
街道までに点在しているヘケトの群れをすべて誘導して雷槍隊に処理させるためだ。
「ちょっと疲れてきたんだけど」
「あぁ、日差しが目に刺さる」
徹夜の影響もあって集中力が落ちているのは自覚している。
パンサーは近距離攻撃が主体であるため、騎乗者であるミツキの疲労の蓄積も早い。
「ミツキは攻撃に参加しない方が良い。そろそろ凡ミスをやらかす頃だ」
「だね。ヨウ君の狙撃でも気は引けるし」
方針をまとめて、ヘケトの誘導を始める。
これが終われば、防衛拠点ボルスまでの道が開けるだろう。
ヘケトを河原へ誘導し、雷槍隊や随伴歩兵と共に駆逐する。ひたすらそれを繰り返して、ヘケトの死骸が土手のようになった頃、ようやく街道までの道が開けた。
大量発生とはいえ、よくぞここまで増えたものだとヘケトの死骸を見回して感心してしまう。これでも群れの一部でしかないというから驚きだ。川の下流、マッカシー山砦の方へ行けば他のヘケトが散り散りになって生を謳歌しているのだから。
死骸を燃やそうにも数が多すぎるため、魔力が枯渇してしまう。
仕方なく死骸をそのままにして、キャラバンは雷槍隊に先導されながら森の中に入った。
整備車両で護衛隊長が面白くなさそうな顔で雷槍隊を見て、舌打ちする。
危機がほぼ完全に去った事で、今後の事に頭が回るようになったらしい。
随伴歩兵を捨て駒にして河原へ撤退し、ヘケトの襲撃に対処できず精霊人機を二機大破させたのは隊長として大失態だろう。
河原への撤退に際し、捨て駒にするべきは歩兵だったはずだ。随伴歩兵と違って体力が残っていたし、数も多い。
精霊人機の足元を守る随伴歩兵を失ったばかりに、河原での戦闘時に精霊人機の足を絡め取られたのが敗因である以上、叱責は免れない。
最後の最後で派閥争いにかまけて判断を誤ったツケだ。甘んじて受けていただこう。
リンデたち随伴歩兵はあまりにも疲労が溜まっているため、護衛隊長が整備車両に乗るよう命令していた。雷槍隊の手前、疲労がたまっている随伴歩兵を歩かせて歩兵だけを優遇する事が出来なかったのだろう。
いまさら取り繕っても遅いと思うが、リンデたちが体を休められるなら何も言うまい。
ミツキがパンサーの上で水筒の水を飲む。
「死ぬかと思った」
「本当にな。今回は本格的に危なかった」
多分、生き残る事にだけ集中すれば全く問題のない状況だった。
精霊獣機の機動力があれば、ヘケトの群れの合間を縫って森を駆け抜け、防衛拠点ボルスに駆け込む事は十分可能だった。その証拠に、俺たちはヘケトを挑発して街道に集めたり、河原に集めたりしている。
今回、危なかったのは可能な限り随伴歩兵に死者を出さないよう命がけで動いたからだ。
「ミツキ、付き合わせて悪かったな」
「どうせ私の事も考えて助けるって決めたんでしょ。謝られる事じゃないよ」
ミツキが苦笑する。
「それに、結果的に誰も死ななかったんだからそれでいいじゃない。まぁ、整備車両を守っていた歩兵は何人か食べられちゃったらしいけど」
「助けられれば良かったとは思うけど、そこまで自惚れてないさ。仕方のない事だって割り切るしかないだろ」
誰一人死なないなんて幸運が許される状況じゃなかった。
全滅しなかっただけでも御の字だ。雷槍隊が来てくれなかったら確実に全滅していた。
ミツキが俺の答えに安心したようにほっと息を吐き出した。
「割り切れるなら良いんだよ」
ミツキが整備車両に目を細める。
「護衛隊長が助手席にいない」
ミツキの視線の先を追ってみると、確かに助手席に護衛隊長の姿がなかった。
「荷台の方に行ったのかもな。大破した精霊人機の修理にかかる時間とかも見積もらないといけないだろうし」
軍の整備車両は運転席や助手席のあるスペースと荷台とが繋がっていて、行き来ができるように設計されている。
大破した精霊人機は雷槍隊の力を借りて二機とも回収して荷台に積んでいた。
だから、精霊人機の様子を整備士長に聞くために荷台に移ったと考えるのが自然だ。
自然なはずなのに、どうにも嫌な予感がぬぐえなかった。