第二十話 雷槍隊
街道に引きつけたヘケトを引き離して、再び森に入る。
森に分散しているヘケトをミツキが樹上から発見し、ディアとパンサーの健脚で接近、一当てして注意を引く。
リンデたち随伴歩兵のいる付近を重点的に動き回ってヘケトを引き離しては街道まで釣り上げるの繰り返しだ。
計四回ほど、ヘケトを何匹誘導したかも分からないくらいになって、ようやくリンデたちのそばに魔物はいなくなった。
休憩を兼ねてリンデたちが作るロックウォールの裏に戻る。
体のスレスレを幹や枝がかすめていく森の中での移動はかなり神経を使うため、ロックウォールの裏に辿り着いた時にどっと疲れが出た。
ミツキも同じなのか、パンサーの首に抱き着くように体から力を抜いていた。
リンデが緊張した面持ちで駆け寄ってくる。
「状況はどうなってますか?」
「この辺りのヘケトは街道に誘導した。今頃は俺たちの事を探し回ってるだろうけど、しばらくしたらまたこっちに来るかもしれない。撤退準備をしてくれ」
「それが、まだ撤退の命令が出ていなくて……」
リンデが眉を寄せて車両がいるはずの方角を見る。すでに木々の奥に隠れてしまって、姿は見えない。二機あるはずの精霊人機も同様だ。
時間を考えれば、車両はすでに河原へ到着しているはずだ。
「俺たちが全滅するまで壁にするつもりらしいな」
ヘケトは街道へ誘導したから当分の間この辺りは安全地帯だ。
だが、ここに留まるという選択肢はない。補給もなければ援軍だって期待できないのだから、ここにいても死ぬだけだ。
「護衛隊長からの命令はヘケトに対処しろという物だったはず。それなら、対処を終えたいま、キャラバンに合流しても命令違反にならないと思うけど、どうだ?」
リンデに聞くと、ゆっくり首を振った。他の随伴歩兵たちも悔しそうな顔をしている。
「命令違反ではないと判断するのは護衛隊長です」
「ここの状況を知らない事を逆手に取られて、敵前逃亡扱いされるのか。軍人さんは大変だな」
さてどうしたものか、と随伴歩兵たちと顔を見合わせた時、ミツキが「あれ、なに?」と短く呟いて空を指差した。
ミツキの指差す先には火の玉が打ち上がっている。あのあたりは河原のはずだ。
「……救難信号?」
誰かが呟いた時、微かに重たい物が倒れるような音が救難信号の打ち上がった方角から聞こえてきた。
「もしかして、キャラバンが河原で襲われてるんじゃないだろうな?」
「河原で精霊人機が二機もあって、救難信号を出す状況って……」
俺の予想にリンデが暗い顔をする。
救援に行ったら今度こそ死ぬ。
リンデがため息を吐いて仲間の随伴歩兵を見回した。
「自分が救援に向かいます」
「一人で行ってどうにかなるはずないだろ。それにお前は負傷してる。戦える状態じゃない」
「しかし、全員で行ってもまた捨て駒にされるだけです。自分が向かって事情を伝えますから、みんなは開拓者の二人と一緒に防衛拠点ボルスまで先行して援軍を頼んでください」
「辿り着けるかどうかも分からないのに援軍なんて当てにするな。全員でキャラバンに向かえば、精霊人機と協力してしのげるかもしれないだろうが」
リンデと随伴歩兵たちが言い争う。
俺はミツキに残り少なくなった自動拳銃の予備弾丸を渡して、ディアの側面ケースから対物狙撃銃を取り出し肩に掛けた。
ディアの設定も通常の物に戻そうとした時、ディアが鳴いた。
続けざまにミツキのパンサーが唸る。
リンデたち随伴歩兵が一斉に口を閉ざし、俺とミツキを見た。索敵魔術の警報だと気付いたのだろう。
「もう帰って来たのか。結構引き離したつもりだったんだけど」
すぐに索敵魔術の設定を弄って魔物との距離を測る。
その時、巨大な何かが近づいてくる足音が聞こえた気がして、俺は慌てて距離ではなく対象の大きさを測る設定に変更した。
「……大型魔物?」
反応から想定されるのは高さ七メートル強。ギガンテスに匹敵する。
こうしている間にも足音は急速にこちらに接近していた。
ミツキがパンサーで近くの木に登り、枝葉に隠れて双眼鏡を覗き込む。
すぐに地面に着地したミツキは双眼鏡をポシェットに仕舞うと、ほっと息を吐き出した。
「魔物じゃなかったよ」
魔物以外で七メートル越えの動く物――
「精霊人機!」
随伴歩兵の誰かが叫んだ直後、雨雲のような黒にカラーリングされた精霊人機が三機、街道方面から走ってくるのが見えた。二の腕にそれぞれ黄色い稲妻模様が描かれている。
森から現れた精霊人機が手に持つ槍は魔導鋼線が螺旋状に張り巡らされた柄に見たことのない青い金属でできた刃が付いている。
三機の精霊人機は俺たちのそばで足を止めた。遊離装甲が重なり合ってガラガラと音を立てる。
分厚い遊離装甲に覆われているため遠目には重装甲の機体に見えたが、間近で見ると機体そのものは標準程度の装甲だ。細マッチョが板金鎧を付けたような外見だった。
この森の中を駆けてきたにもかかわらず隊列に一切の乱れがなく、停止もぴたりとタイミングを合わせた操縦士の腕はかなりのものだろう。
「こちら防衛拠点ボルス司令官ワステード直属雷槍隊である。そちらはマッカシー山砦からの輸送部隊か?」
指揮を執っているらしい精霊人機から拡声器越しに声を掛けられる。
リンデが一歩踏み出した。
「マッカシー山砦からキャラバンの護衛をしていました。現在、中型魔物ヘケトの群れと交戦中です。本隊は河原に向かいました」
「やはり、ヘケトに襲われていたか。君たちもついてきてくれ。群れを相手に戦うのは我々でも随伴歩兵の力を借りないと難しい」
随伴歩兵たちが頷いて、リンデを見る。肩の骨にひびが入っているらしいリンデに戦闘は無理だ。歩くだけでも辛いだろう。
それでも、ここにいるよりはマシだと判断したのか、リンデはついて行く意思を固めたようだった。
「……急ぐぞ」
雷槍隊の精霊人機が言葉を飲み込んでから、短く出発を宣言する。
リンデが歩き出すが、明らかに傷を庇っていて速度が遅い。
俺はリンデの横にディアを駆け寄らせた。
「乗れ。そのまま歩かれると全体の速度が落ちる」
「置いて行ってくれませんか?」
「周りを見てみろよ。お前一人を置いていける空気じゃないだろ?」
リンデが仲間たちを見回して、困ったように眉を寄せる。
ミツキが俺の横に並んだ。
「放っておけばいいでしょ。ヨウ君、私以外にかまい過ぎてるよ」
「嫉妬に見せかけて俺の行動を縛るのはやめろ」
指摘すると、ミツキはわざとらしく頬を膨らませた。童顔なのもあってやたらと〝らしい〟表情になっている。
俺とミツキのやり取りにリンデがさらに困っていた。
無理やり乗せる事も出来ない空気になってしまい、俺は諦めてディアの速度を上げる。
「ヨウ君、怒ったの?」
俺に追いついてきたミツキが心配そうな顔で訊ねてくる。
「別に怒ってないさ。ミツキは、リンデたちが俺たちの事を利用しているだけかもしれないって警戒してるんだろ」
「――違うよ」
ミツキはきっぱりと否定して、周りに聞かれないように日本語に切り替えた。
「ここは新大陸で、リンデは随伴歩兵なんだよ。それも、派閥争い真っ只中の軍の人間で、今回みたいに捨て駒にされることもある人間なんだよ。それでもヨウ君は関わり合いになる覚悟ができてるの?」
死に別れる覚悟ができているかと問われ、俺はディアのレバー型ハンドルを強く握る。
覚悟なんてできるはずがない。
だが、覚悟ができるのを待っているだけじゃ何もできない。
俺の問題が解決しないとしても、ミツキの問題は解決できるはずだ。そのために無理をして開拓者になったのだから。
誰かに頼りにされる未来をミツキが掴む手伝いをしたい。
「私はヨウ君だけで良いって言ってるのに」
ミツキが呟いた時、雷槍隊の精霊人機から注意が飛んでくる。
「そこの奇妙な二人組、ここは危険地域だ。無駄口を叩くな」
「了解」
軍人にとっては無駄口でも、俺たち二人にとっては大事な話だったんだが。
文句を言うわけにもいかず、ただ注意をしてきた精霊人機を振り返る。
その時、精霊人機のうちの一機に違和感を覚えて、俺はディアの速度を緩めた。
何かが引っかかった。三機とも同じカラーリングで所属も同じ司令官直属部隊というからには機体はすべて同じ調整を施されているはずだ。
しかし、その中の一機がおかしい。
「もしかして、ここに来る途中で戦闘しましたか?」
声を掛けると、訝しむような声が返って来た。
「街道付近だけ妙にヘケトの密度が高かったんでね。一度戦闘して追い散らしたんだ。それがどうかしたか?」
「ヘケトに舌に絡め取られて転倒しましたか?」
「……良く分かったな」
訝しむようなそれから警戒したような声に変わる。
俺は随伴歩兵たちに声を掛ける。
「こっちの精霊人機の右足に注意しておいてくれ。多分、魔導鋼線とバネの接触が悪くなっている。左右どちらの足を踏み出すかで歩幅が若干違うから、距離を見誤らない様にな」
魔導鋼線は蓄魔石から魔力を各部に伝える働きをしている。
この魔導鋼線とバネの接触が悪いと、バネに魔力が十分に伝わらずバネの動作が悪くなる。バネが魔力によって伸び縮みする特殊な金属でできているためだ。
足の上げ下げを行うバネの働きが悪い場合は最悪転倒するが、今回の場合は魔力の伝達不足でバネの伸縮幅が小さくなってしまい、歩幅に影響が出ている。
詳しい事は分解しないと分からないが、戦闘には支障がないだろう。
しかし、精霊人機の周囲で戦闘を行う随伴歩兵にとって、精霊人機の歩幅の狂いは敵との目測にも影響が出てしまい、要らぬ混乱をもたらしかねない。
俺の注意を聞いた随伴歩兵たちが問題の精霊人機の足を注視する。
「……確かに。言われないと分からないが、右足を踏み出した時の歩幅が左足に比べて小さいな」
「膝関節を見た方が分かりやすいぜ」
「お、ほんとだ」
随伴歩兵たちが口々に言い合い、歩幅の違いを認識し始める。
指揮を執っているらしい精霊人機の操縦士が、調子の悪い精霊人機に声をかけた。
「だから、飛び出しても碌なことにならないと言ったろう。精霊人機はデカイが精密な兵器なんだ。いたわって動かすんだよ」
「ヘイ、申し訳ありませんでしたぁ!」
調子の悪い精霊人機の乗り手はぶっきらぼうな声で謝って、すぐに真剣な声を出す。
「キャラバンがやばいみたいですよ」
精霊人機の声を聞いて河原の方角を見れば、救難信号が再び打ち上がっていた。
二度目という事は、現場はかなり危険な状態らしい。
もっとも、そうでもなければ援軍なんて期待できない街道から外れたこの場所で、わらにもすがる思いの救難信号など上げないだろう。
救難信号を真剣な目で見上げていたリンデが精霊人機を振り返る。
「雷槍隊の皆さんは救難信号を見てこちらに?」
「いや、ヘケトの大量発生と聞いて様子を見に来たところで救難信号を見たんだ。拠点からこの地域までは目が届かない」
「つまり、これ以上の援軍は望めないという事ですね」
本音を言えば歩兵も欲しかった、とリンデは言う。
「とにかく急ぐぞ。まだここから近いが、少しずつ遠ざかっているようだからな」
雷槍隊の精霊人機が僅かに速度を上げる。
疲労の溜まった随伴歩兵たちが何とか付いて行ける速度だが、余裕はない。
森を抜け、河原に出るとヘケトの死骸が転がっていた。
リンデがヘケトの死骸の位置を見定めて眉を寄せる。精霊人機の長剣によるものと思われる両断された死骸が川に浸かっている。
「川から上がってきたヘケトに奇襲を受けたようですね」
視線を上流に転じれば、仲間の死骸を食べているヘケトの集団の奥で水しぶきが上がっている。川が湾曲しているため森に阻まれて死角になっているが、どうやら戦闘は継続しているようだ。
雷槍隊の精霊人機三機が前に出ると、共食いしていたヘケトたちが音に気付いてこちらに注意を向ける。
雷槍隊の三機は河原を塞ぐように横一列になり、手に持つ槍を一斉に構えた。
森を無理なく駆け抜けられるように機体近くを漂うように設定されているらしい遊離装甲が機体の外部装甲と擦れあい、更には遊離装甲同士で重なり合って音を奏でる。まるで遠雷のように響くその音は次の瞬間、幾重にも連なって木霊した。
精霊人機が一斉に一歩を踏み出し、槍を突き出したのだ。
いかずちのように高速で突き出された槍の穂先には即死したヘケトの死骸がいくつも突き刺さっている。
そして、その槍は比喩ではなく雷を纏っていた。
バリバリと音を立てて槍の穂先に白い雷がまとわりつき、ヘケトの体を焼き焦がす。
精霊人機の胴体に格納されている魔導核、それに刻まれた魔術式に魔力が流され、魔力でできた雷を発生させて槍に通しているのだ。
槍の柄に巻かれた魔導鋼線の役割を推測していると、精霊人機が槍を振るって川にヘケトの死骸を投げ込んだ。取り巻く雷が槍に付着した血糊を蒸発させる。
「随伴歩兵、あまり我々の前に出るなよ」
槍から滴ったヘケトの血に引っ張られるように雷が地面に落ちる。中型魔物のヘケトの血の量だからこの程度で済んでいるのだ。
もしも大型魔物に対してこの機能を発動した槍を突き刺したなら、飛び散る血潮に従って雷が拡散し、周辺の小型魔物が一網打尽になるだろう。
あんなもの喰らったら人間でも容易に感電死する。
おそらく、本来は小型魔物を精霊人機の足元に近寄らせないための機能なのだろう。槍で突いた獲物を感電死させる事が目的ではなく、小型魔物の浸透を防ぐための機能だ。
というか、あのバカみたいな広範囲かつ高威力の魔術を発動し続けていると相応の魔力を消費するはずだが、大丈夫なのだろうか。
そもそも、魔導核に刻める魔術式の数は決まっているが、あの雷の魔術式だけにかなりのリソースを取られているだろうに、よく精霊人機が動作するものだ。
リンデが雷槍隊の精霊人機を見上げて呟く。
「流石は専用機……」
専用機、国軍が持つ超高品質の魔導核を使用した特殊機体の事だ。
なるほど、俺の想像する魔導核よりはるかに良質のものを使っているおかげでリソースを取られても十分動作するわけか。
「ではいくぞ。キャラバンを救出する!」
雷槍隊の精霊人機が宣言して、河原を駆け出した。