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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第一章  何故に、彼と彼女は手を離さないか
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第三話  人食い山羊

 町から延びる地下通路の出口は森の奥、街道からやや離れた崖下にあった。

 俺と芳朝は家を出て早足で出口に先回りして、魔物に襲われている港町デュラから逃げてくる避難民を待つ。


「他の出口から逃げてくる可能性は?」

「避難するときは住民それぞれが指定された地下通路を使う事になってるの。中で渋滞して出口や入口から小型の魔物に襲われたりしたら元も子もないからね」


 住民それぞれに避難経路が設定されているため、町からの退避が決定した時点ですべての地下通路の使用が決定づけられるとの事らしい。

 もちろん、魔物の襲撃があった方角へ続く地下通路は使用されないが、俺と芳朝が陣取っているこの地下通路の方角は魔物が来た方角とは違うらしい。


「芳朝が居てくれてよかった。俺は狼煙の見方なんてわからないからな」

「町ごとでも違うけどね。私もデュラの狼煙の見方しかわからない。旧大陸だと狼煙の見方を覚えたりしないものなの?」

「魔物の被害も多いけど、俺の実家は男爵家だから、避難するより討伐に動く側なんだ」

「ますます狼煙の見方を覚えておくべき立場だと思うけど」


 俺はあさっての方向を向いて口ごもる。

 前世の記憶の影響もあって口下手な俺は討伐隊の士気を落としかねないため、半ば部屋に軟禁状態だった。狼煙の見方なんて覚える機会がそもそもない。

 何と言ってごまかした物かと考えた瞬間、右足にギリギリとした痛みが走り、思わず顔を顰めた。


「――え、何か癇に障ること言った?」


 俺の表情の変化に気付いた芳朝が困ったように聞いてくる。


「いや、違うんだ。前世で右足を失ったせいで、右足が痛む事があるんだ。幻肢痛だと思う」


 しばらくすれば治るから、と芳朝を安心させて、俺は右足を睨む。そこに自分の足があるのだと強く認識する事で早く幻肢痛から解放されるのだ。


「そんな形の後遺症もあるんだね」


 芳朝が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 痛みを紛らわせるために芳朝と話していると、地下通路の奥から人の足音がこだましてきた。

 徐々に大きくなってくる人の足音は幾重にも重なっており、人数の多さを窺わせる。

 俺は芳朝と一緒に地下通路から距離を取り、周囲の森を警戒する。

 これから人が大勢やって来るのだ。魔物の類が嗅ぎつけてやってこないとも限らない。

 地下通路からデュラの守備兵の格好をした男が三人、先行するように出てきて、俺と芳朝の姿に驚いた顔をする。


「お前達、ここで何を――」

「町の外にいたので、出口に先回りして守備に当たっていました」


 芳朝が先手必勝で恩を売る。危険な町から避難してきた住人達の仲間意識に俺たちを受け入れる下地を作るため、俺が事前に芳朝に提案していた台詞だ。

 俺が言えればいいのだが、避難民たちとこれから二日ほどかけて隣の港町まで行くことを考えてしまうと、俺の口は重くなる。今も、俺は彼らを直視できなかった。

 俺は守備兵たちに背を向け、町の方角に目を凝らす。すでに日も落ちていて空は暗いが、おかげで町の明るさが火の手によるものだと分かる。かなり被害が出ていそうだ。

 守備兵たちに続いて、町の住人達が地下通路の出口から顔を出し始める。

 暗い地下通路の中を進む不安もあったからだろう。町の住人達は出口にたどり着くとほっとしたような顔で互いの無事を喜び合い、先に到着した人々の中から知り合いを探そうとする。

 そして、芳朝を見ると一様に渋面となり、化け物が、と吐き捨てた。

 だが、嫌いながらも恐れているらしく、芳朝に聞こえるように悪口を言う者はいない。

 俺は隣に立つ芳朝に横目を向ける。


「嫌われたもんだな」

「最初は擦り寄ってきてたんだけど、突っぱねたらこれだよ。使えない道具はいらないんだろうね」


 そう言って、芳朝は陰のある笑みを浮かべた。

 芳朝が失敗したこの世界での人生を端的に表す人々の態度に、俺は思わず舌打ちする。

 何人かの住人が音に気付いて俺を見た。

 ここで騒動を起こしても何の益もないと思い直し、俺は素知らぬふりで顔をそむける。

 だが、胸の内にわだかまる嫌な気分だけはぬぐえなかった。

 出口から殿を務めていた守備兵が七名出てくると、隊長が柏手を打って注目を集める。


「状況を説明します。ご清聴ください」


 少しざわついていたが、時間がもったいないと判断したのか、隊長が港町デュラの戦況を教えてくれる。

 港町デュラを南西から襲った魔物集団は大型魔物の一種であるギガンテスと中型魔物であるゴライア、小型魔物であるゴブリンの混成群らしい。

 どれも人型をした魔物で、ギガンテスは体長六から八メートル、ゴライアは四メートル前後が標準だ。ゴブリンは一メートルほどだが、時折二メートルを超える強力な個体がいるらしい。


「防衛に当たっていた精霊人機が三機大破した時点で皆さんの避難誘導が決定しました。おそらく、他の精霊人機四機も破壊されるでしょう。夜を徹して隣町まで移動することになります」


 細々した注意事項を述べた隊長は住人を見回して質問の有無を訊ねる。

 今日デュラに到着したばかりの俺が口を挟める状況ではないのだが、住人の何人かが芳朝を見てひそひそと何事か相談すると、挙手した。


「開拓者を傷だらけにするような化け物が混ざっているが、どうするんだ?」


 明らかに芳朝を指した質問だった。

 隊長は眉を寄せて芳朝を見る。


「集団の先頭を歩いてもらいたい。魔物の襲撃があれば、戦闘にも参加してもらう」


 この集団の不満を抑えようと思えば、隊長の案しかないだろう。下手に追い出せば、今後、避難してきた住人達の多数決で気に入らない者や弱い者がつまはじきにされかねない。


「別にいいよ」


 芳朝が投げやりに承諾し、俺に目も向けず先頭へ歩き出した。

 俺と無関係を装って巻き添えを避けようとしたのだろうが、俺は気にせず芳朝について行く。

 俺の足音に気付いた芳朝が肩越しに振り返り、呆れた顔をした。


「空気読めないの?」

「読まないんだよ。それに、俺は一人で集団に放り込まれたら生きていけないんだ」

「すごく情けないセリフに聞こえるんだけど」

「俺にもいろいろ事情があるってことだ。そのうち話すよ」


 俺と芳朝が話していると、住人達からの鋭い視線がいくつも突き刺さってくる。

 向こうから関わり合いになろうとしないなら、俺も居心地がいい。

 隊長が俺たちの前にやってきて、出発を告げた。

 隊長の先導に従って街道に出る。

 デュラを襲う魔物の影響だろうか、夜行性の動物さえ息を潜めているようで、森は至って静かだ。

 群れからはぐれたらしいゴブリンが居ても、守備兵が出合い頭に撫で斬りして仕留めていく。あまりにも鮮やかな手際で、デュラで負けて逃げてきているのが嘘みたいだった。

 隊長が俺の顔を見て、悔しそうな顔をする。


「個人の技量がいかに優れていても、生身では中型魔物の足止めが精いっぱいです。ましてや、大型魔物が相手では手も足も出ません。市民を守るのが務めの我々の不甲斐なさを笑ってください」


 笑えるわけないだろうが。後ろにいる市民とやらにリンチされるわ。

 冗談はともかく、大型魔物を相手にするにはどうしても精霊人機が必要になるようだ。

 俺は開拓学校で乗った精霊人機の感触を思い出す。

 体高七メートルに迫る鋼鉄の巨人。魔導核に刻まれた魔術式を蓄魔石から供給した魔力で起動し、操縦者の意思と魔力を汲んでその力を振るう、人類の最終兵器。

 乗ったからこそ、精霊人機の強力さは理解できる。

 だが、港町デュラにおける戦いではその精霊人機さえ大破したのだ。どれほど強力でも数の暴力には敵わないという事だろう。

 しかし、隊長は首を横に振った。


「確かに、精霊人機でも複数の大型魔物を相手取れば勝てません。ですが、デュラでの戦いの敗因は別にあります」

「と言うと?」

「歩兵戦力ですよ」


 隊長が言うには、精霊人機はその大きさから小型魔物への対処が難しく、小型魔物による町への浸透を防ぎきれないという。

 歩兵戦力はこの小型魔物に対処して戦線を維持しつつ、場合によっては中型魔物を足止めし、精霊人機が大型魔物を全滅させるまでの時間稼ぎをするのが主任務となる。

 歩兵戦力には町の守備隊の他、ギルドに登録された開拓者が参加する。


「出払っていた開拓者が少なければ、あるいは戦線の維持も可能だったのでしょうが……」


 悔しそうな隊長の表情にいたたまれなくなって、俺は視線を逸らした。

 町を出払っていた登録済みの開拓者の一人が俺です。すみませんでした。

 まぁ、俺の戦闘能力なんてたかが知れているんだけどさ。

 芳朝が無言で俺の背中を叩いてくる。気にするなと言いたいのだろう。

 夜を徹して歩き続け、他の地下道から避難してきた住人と合流していく。

 住人達は数が増えて気が大きくなったのか、雑談が増えてくる。同時に、芳朝を悪く言う声が聞こえてくるようになっていた。

 いつ魔物に襲われる分からない緊張感の中で、周囲の人間と認識を共有して仲間意識を高めようとしているのだろう。早い話が、敵を作って一致団結しようとしているのだ。


「適当なところでこの集団から離れた方が良い気がするな」


 俺の提案に、芳朝は意外そうな顔をした。


「てっきり、悪者役を甘んじて受けるのだと思ってたけど……。意外と薄情ね」

「情があるからこそだ。このまま排斥の機運が高まると兵たちでも不満を抑えきれなくなる。兵たちが暴力で統率を取れるなら隣町まで集団を率いることは可能だろうけど、隊長は暴力を許容できるタイプじゃない。人数も増えているし、我を通せると分かったらみんなが自分勝手なことを言い出して集団そのものが崩壊する。これ以上人が増えるようなら、俺たちはいない方が良いだろう」


 すでに懸念事項はある。

 この逃避行は魔物の襲撃によって突発的に引き起こされたもので、誰も食糧などを携帯していない。足の速い兵士が数人、隣町まで先回りして増援と物資の手配をしているが、今日中に着くとは到底思えない。

 人間、腹が空くと怒りっぽくなるものだ。一日二日なら人を食ってまで腹を満たそうとはしないだろうけど、暴力沙汰が発生する可能性は高い。

 暴力でストレスを発散しようと思った場合、真っ先に標的になるのは芳朝だ。何しろ、誰も止めないだろうから。


「なんだ、私の事を気にしてたんだ……」


 盲点だった、と言って、芳朝は照れたように笑った。


「久しぶりに優しくされるとやばいね。コロッといくね」

「よし、ばっちこい」

「いまの一言で我に返ったよ。ありがとう」


 気安いやり取りが久しぶりなのはお互い様で、俺もコロッといくところだった。肩の傷を押さえて心を落ち着ける。

 芳朝が守備兵に指示を出している隊長を見てから、俺だけに聞こえる大きさで声をかけてくる。


「気にしてくれるのは嬉しいけどさ。デュラの人たちも馬鹿じゃないんだよ。あの人たちは安全圏から悪口を言って人を誹謗中傷する事で不安や恐怖と戦ってるの。私たちが居なくなったら、誹謗中傷の矛先が町を守れなかった守備隊に向かうよ。そうなれば統率なんて取れなくなる。それが分かってるから、あの隊長さんも町の人たちを諌めないし、明らかに和を乱している私たちを一番人目につく先頭に出してるんだよ」

「ようは、俺たちをスケープゴートにしてるのか」


 俺は守備兵の善性を信じすぎていたようだ。

 さすが芳朝だ。嫌われ者としての年季が違うと考え方の下地が違ってくるらしい。

 芳朝が俺を横目でにらむ。


「失礼なこと考えてない?」

「いやいや、感心していたところだ。それにしても、芳朝の読みが正しいなら、俺たちは集団から抜けない方が良いんだな」

「そうだよ。導かれる羊たちのスケープゴートとして、精一杯ご奉仕しましょう」

「キリスト教徒だったのか?」

「日本人的多神教だよ」


 俺たちの会話が聞こえたのか、隊長が振り返って怪訝な顔をしている。知らない単語ばかりで会話する俺たちに注意を払っているのが見て取れる。

 生贄の山羊が下手なことをしてパニックを引き起こさないよう監視しているのだろう。あいにくと角笛を持ってはいないので安心してほしい。

 だが、注意がこちらに向いているのならちょうどいい。


「集団の維持に俺たちが必要だとしても、俺たちに集団が必要とは限らないよな」


 魔物の襲撃を受けて慌てて飛び出したデュラの住人とは違い、俺と芳朝は避難準備を行う余裕があった。

 最低限の着替えや金銭の他、食料品を持ち出しているのだ。

 聞き耳を立てていた隊長が振り返り、苦い顔をする。

 俺はにっこりと愛想笑いを浮かべておいた。俺の考えを察したのか、芳朝も同じように隊長へ笑いかける。

 隊長が根負けしたように口を開いた。


「休憩時には私のそばを離れないでください」

「ありがとうございます」


 隊長のそばにいれば、暴力を振るわれたり所持品を奪われることはないだろう。

 隊長と言外の取引を終えた俺に、芳朝が笑みを浮かべる。


「人を喰ったような性格してるね」

「人聞き悪いな。手紙しか食べないさ」


 山羊だけに。

 俺の気の利いたジョークは芳朝に「つまらない」と一言で切って捨てられた。


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