第十九話 ゲリラ戦法
森に入って三時間ほど、そろそろ街道に合流できるという段になって先頭を行く精霊人機の拡声器から罵声が飛んだ。
「なんでまだ居やがんだよ、こいつらっ!」
一割くらい悲鳴が混じっているその罵声を向ける先には街道からやってきたとみられるヘケトの群れがいた。
最悪の状況だった。
整備車両や運搬車両は森の中での方向転換ができない。進行方向からヘケトの群れが来た以上、戦闘を余儀なくされていた。
ゆるやかにバックして元来た道を戻る整備車両から、護衛隊長の指示が飛んでくる。
「随伴歩兵はヘケトに対処しろ。歩兵は車両後方へ二重の陣を敷け。川まで後退する。開拓者、ヘケトの数を減らせ!」
本来、こんな時にこそ歩兵部隊の出番なのだが、何故か俺たちにお鉢が回ってきた。
早い話が俺やミツキ、随伴歩兵を捨て駒にして河原まで逃げきろうという算段らしい。体力が尽きかけている随伴歩兵よりも歩兵を優先しようというのだろう。
「ヨウ君、どうする?」
「遠距離で仕留めていくしかないだろ。ヘケトが相手なら拳銃でも有効打を与えられる」
「それじゃあ、私は上から撃ってるよ。ヨウ君は随伴歩兵の援護をお願い」
「わかった。はぐれるなよ」
ミツキがパンサーの重量軽減の魔術を操作してから樹上に飛び上がる。
俺は対物狙撃銃をディアの角に置いて狙撃姿勢を作りつつ、随伴歩兵の動きを見る。
十人からなる随伴歩兵たちは五人一組の二手に分かれてヘケトに対処することを決めたようだ。
リンデが俺に声をかけてくる。
「森の中でも狙撃ができるんですか?」
「射線が通っていれば、当てる事は出来る」
射線が通ってなくても、木の一本くらいは貫通して後ろの魔物にダメージを与える事は出来るが、致命傷になるかは疑問だ。
リンデは随伴歩兵たちを振り返り、後退していく車両と精霊人機を見つめた後、意を決したように俺を見る。
「随伴歩兵全員でロックウォールを使用して壁を作り、ヘケトの浸透を防ぎます。壁と壁の隙間から狙撃することは可能ですか?」
「あぁ、たぶんできる」
「では、よろしくお願いします」
リンデが頭を下げて、随伴歩兵たちに片手で合図を送る。
次の瞬間、森の中に魔術ロックウォールで作られた壁が連なって出現した。高さ四メートル、幅三メートルほどの岩の壁が全部で十枚、三日月型に並べられている。
隙間は二十センチほどだろうか、壁は所々に歪な四角い穴が開いており、向こう側を狙い撃てるようになっている。
「開拓学校ってこんな魔術も習うのか?」
「ロックウォール自体は歩兵科の必須項目ですよ。穴を開けるのは初めてなので、形が歪なのには目を瞑ってください」
リンデが答えてくれる。
確かに穴は歪だが、銃弾を通すには十分だ。
俺はディアの照準誘導の魔術式を起動し、ロックウォールに開いた各穴をスコープ越しに覗き込む。
横に広いヘケトの図体がちらちらと見えている。ロックウォールに阻まれてこちらに来れないものの、餌と認識している人間の匂いは感じ取れているのだろう。
頭上から銃声が響く。
パンサーに乗ったミツキが木の上からヘケトの群れに向けて自動拳銃を発砲していた。
「ミツキ、効果はありそうか?」
声を掛けると、ミツキは悩む様に自動拳銃を見た。
「弾かれたりはしてないけど、倒すなら急所を狙うか至近距離から撃たないとダメかな。そっちは?」
「やってみる」
対物狙撃銃でロックウォールに開いた穴からヘケトを狙う。
無防備に胴体を晒しているヘケトを見つけて、俺は引き金を引いた。
ディアの照準誘導の力を借りた銃弾は狙い過たずロックウォールの穴を潜り抜けて向こう側のヘケトに命中する。
次の瞬間、ヘケトの胴体がはじけ飛び、赤い血が周囲にまき散らされた。
有効どころか即死させる事ができるようだ。
俺は次弾を装填しつつ、リンデを見る。
「三人くらい攻撃に回してくれ。ロックジャベリンでも仕留められるはずだ」
リンデが頷いて、率先して動き出す。
随伴歩兵が壁と壁の隙間からロックジャベリンを撃ち出せば、延長線上にいる複数のヘケトに手傷を負わせる事ができる。
「車両が離れたら撤退の合図があるはずです。それまでにヘケトの死体を増やして共食いを誘発してください」
リンデが攻撃組全体に指示を飛ばす。
ヘケトは仲間の死体でも構わず食べるらしい。
後方の車両は緩やかにバックして距離を稼いでいる。ヘケトの群れは随伴歩兵のロックウォールで完全に押さえているため、車両の後退は順調に進んでいる。
せわしなく動く攻撃組に誤射しないよう、俺は慎重に狙撃を続ける。ディアの照準誘導の効果が素晴らしく、ほぼ必中だ。
しかし、ヘケトの数が減る様子がない。
魔力にも限界がある。中型魔物を抑え込むほど巨大なロックウォールなんて長時間維持できるはずもなく、随伴歩兵たちにも焦りの色が見えていた。
俺は樹上のミツキを振り仰ぐ。
「群れはどこまで続いてるんだ?」
「双眼鏡で確認したけど、街道までまばらに群れが点在してて、数までは分からない」
弾倉を入れ替える度にすぐ撃ち尽くしていたミツキが、銃身を冷ますために銃撃を止めて木から降りてくる。
「近距離攻撃に切り替えられないのが厳しいね。パンサーで仕掛けられれば、動きの鈍いヘケトくらい何とかなりそうなんだけど」
ミツキの言う通り、ヘケト自体は動きの鈍い魔物だが、舌の間合いが四メートルあるため迂闊に近付くこともできない。
そのため、ヘケトとの戦闘は魔術による遠距離攻撃を余儀なくされ、自らの魔力量との戦いになる。
群れを作ると非常に厄介な魔物だと実感しつつ、俺が対物狙撃銃で本日十匹目のヘケトを仕留めた直後、鈍い衝突音が近くから聞こえてきた。
「リンデ!」
随伴歩兵の誰かが叫ぶ。
ロックウォールの間を抜けてきたヘケトの舌にリンデが捕えられ、引き込まれたらしい。
ロックウォールの隙間が狭いため、舌に引き寄せられたリンデは壁の隙間を通り抜けられずに背中から叩きつけられたようだ。
壁の向こうのヘケトまで引っ張られなかったのは幸いだが、ヘケトの力で壁に押し付けられているリンデの表情は辛そうだ。
助け出そうにも粘着性のある舌を引き剥がすのは容易ではなく、二次被害の可能性もある。
俺が救出方法を考えている間に、ミツキが木の上に上っていた。
何をするつもりかと見上げれば、ミツキは自動拳銃を太もものホルスターに収めてロックジャベリンを壁の向こうに放つ。
ロックジャベリンがリンデを捕まえていた舌に命中し、斬り落とす。
ヘケトが痛みに悶えて転がるのを後目にミツキが俺にリンデを指差して見せた。
ミツキの考えを理解して、俺はディアを加速させる。
壁に押し付けられたときに骨にひびでも入ったのか、つらそうにしているリンデに駆け寄った。
「ちょっと我慢しろよ」
壁の隙間から別のヘケトがこちらを狙っているのに気付いて、俺は乱暴にリンデをディアの角に引っかけてその場を退く。
直後、壁の隙間から延びてきた舌が俺とリンデのいた地面を叩いた。間一髪だ。
ロックウォールから離れ、リンデをディアの角から下ろす。攻撃組の随伴歩兵が一人、駆け寄ってきた。
「いま手当てする」
「自分でできる。それより、ヘケトの数を減らしてくれ」
手当てを断るリンデに、随伴歩兵は苦い顔で頷いた。いま攻撃の手が減るとヘケトを抑えきれなくなると判断したのだろう。
随伴歩兵がすぐに壁の向こうへ攻撃を再開する。
リンデが俺を見上げた。
「助けてくれてありがとうございます。攻撃を再開してください」
肩を押さえているリンデをディアの背の上から見下ろして、俺はこらえきれずにため息を吐いた。
「泣き言を言える状況じゃないけど、やばいと思ったら助けを求めろ」
先ほど、ヘケトの舌に絡め取られた時、リンデは悲鳴一つ上げなかった。
少人数でヘケトの大群を抑えている以上、人一人減るだけで戦力が大きく低下し、士気も下がる。悲鳴を上げなかったのも、仲間の士気を下げないためだろう。
「仲間に気を使い過ぎだぞ、リンデ」
そんな態度だから生理的な嫌悪感を催すという精霊獣機に乗る俺やミツキとの交渉役に選ばれるんだ。まぁ、俺の口から言う事でもないが。
ディアの歩を進めようとした時、リンデが呟いた。
「仲間から嫌われて死ぬよりはずっといいんですよ」
新大陸で軍人なんて、それも随伴歩兵なんてやっていれば、仲間の死の瞬間を何度も見ただろう。
その死んだ仲間の中に嫌われ者もいただろう。
あぁはなりたくない、と思うような死を迎えた仲間もいただろう。
いつの間にかそばに来ていたミツキがリンデをじっと見つめて、口を開く。
「嫌われる事に怯えるより好かれる努力をした方が良いよ。さもないと、嫌われるどころか誰にも関心をもたれなくなるから」
さりげなく前世の体験談らしきものを交えて忠告したミツキは自動拳銃の弾倉を入れ替え、俺を見た。
「さっき木の上から見たら、街道付近にいたヘケトまで戦闘音を聞きつけたみたいでこっちに向かってきてた」
「これ以上数が増えるってのか」
現状で既に処理能力を超えている。ただでさえ徹夜で行軍してきた随伴歩兵は疲労がたまっていて動きも悪いのだ。
車両はかなり離れているが、俺たちに撤退の指示はまだ出ていない。出す気がないのかもしれない。
ミツキが自動拳銃の銃口を樹上に向けた。
「このままここにいると死ぬと思うよ?」
「それはやだなぁ」
だが、ここで撤退するわけにもいかない。車両組に合流したところで、連中が役に立つとは思えない。
精霊人機は強力だが、七メートルの巨人が動けるだけのスペースをこの森の中では確保できないし、ヘケトの舌で足を絡め取られて転倒しようものなら俺たちや随伴歩兵を下敷きにする可能性もある。
まだここにいる十二人で戦闘を継続した方が良い。
しかし、このままではじり貧なのも事実だ。
「ミツキ、作戦はないか?」
「あまりやりたくなかったけど、ヨウ君が頑張るみたいだから教えるよ」
ミツキはリンデを見て、随伴歩兵たちにも聞こえるように声を大きくする。
「私とヨウ君でヘケトの群れを誘導するから、もう少しここで耐えて」
「誘導って……囮になるつもりですか?」
リンデが驚いたように目を見開く。
ミツキはにっこり笑って頷いた。
「私たちにここまでさせるんだから、全員そろって撤退しようね」
ミツキはパンサーが発動している各魔術の出力を調整し始める。
「ヨウ君、森の中を疾走してヘケトを街道に誘導するよ。魔術式だけでも調整しておいて。時速で百二十キロは出すつもりでね」
「マジか」
まばらとはいえ木が乱雑に生えたこの森の中を時速百二十キロで走り抜ける。想像するだけで背筋が寒くなった。実際は木が邪魔で八十キロも出ないだろうが、それでもそこらの絶叫マシンより怖い。
しかし、ヘケトを誘導しようと思えばそうせざるを得ないか。
俺は随伴歩兵たちに声を掛ける。
「調整に入るからしばらく戦線の維持を頼む!」
ディアから降りて対物狙撃銃をディアの側面ケースに収める。時速百キロを超えて森の中を疾走するのに対物狙撃銃の長さは邪魔にしかならない。
護身用に持っている自動拳銃の弾倉を確かめてから、ディアの調整を行う。
障害物の認識範囲を拡大し、索敵魔術も範囲を拡大、重量軽減の魔術も強くする。
腹部の格納部から出したモンキーレンチで角の角度を弄る。脚部も調整したかったが、今は仕方がない。
角の角度を調整したおかげで正面から見た時の表面積が小さくなったディアに跨る。この角の角度なら高速走行中に木の幹と接触する可能性を減らせるだろう。
「準備できた?」
「大体な」
頷きあって、俺は随伴歩兵たちに声を掛ける。
「ロックウォールの穴を塞いで、完全に身を隠してくれ。流れ弾に当たるなよ?」
随伴歩兵たちがロックウォールの穴を塞いだのを確認してから、俺はディアを一気に加速させた。
空気でできた薄いベールを突き破るような感覚の直後、ディアは俺を乗せたままロックウォールの端に到達する。
ディアの右足が地面に突き立てられ、それを軸にほぼ直角に旋回する。
右折してさらに加速、風と景色が一瞬で後方に流れた。
俺は自動拳銃を右に向ける。
そこにはロックウォールから高速で飛び出してきた鋼鉄のシカに反応もできずにいるヘケトの群れがいた。
これだけ的がデカければ、狙いをつける必要もない。
引き金を立て続けに五回、引く。
近距離からの銃撃は例え中型魔物といえども堪えたらしく、三匹のヘケトが腹部から血を流す。一匹は目から脳へと到達したらしく、即死したようだ。
俺に続いて出てきたミツキが自動拳銃の引き金を引き、更に二匹のヘケトが傷を負い、二匹が死亡する。
まだ俺たちに対応できていない様子のヘケトに対して、俺はロックジャベリンを放った。
群れの側面から撃ち込んだ甲斐もあって、ヘケトたちはロックジャベリンを避ける事も出来ず串刺しになっていく。
群れの後方に回り込むと、ヘケトたちが俺たちを脅威と認識したのか方向転換を始めた。
俺たちの動きを止めようと続けざまに舌を伸ばして絡め取ろうとしてくる。
だが、俺の後方にはミツキが乗るパンサーがいた。
刃のついたパンサーの尻尾が迎撃の魔術式に従って銀線を描けば、伸びてきた舌は赤い血をまき散らして地面に落ちる。舌の持ち主が前足で先っぽを切り落とされた舌を押さえた。
ヘケトたちが俺とミツキを追って動き出す。完全に気を引くことができたらしい。
「ミツキ、一度連中から距離を取った後、側面から奇襲を仕掛ける。異論は?」
「なし!」
俺はディアの背から腰を浮かして前傾姿勢となり、直進する。
ディアが避けているのか木が避けているのか分からなくなるほど目まぐるしく周囲の景色が変わっていく。
速度に緩急をつけて木々を躱すディアの背中で、俺は自動拳銃の弾倉を入れ替えた。
索敵魔術を使用してヘケトとの距離を測ってから、俺はディアを操作して左回りに急角度のカーブを描き、ヘケトの側面に向かう。
木々の梢の向こうにヘケトの姿を見つけた瞬間、俺は自動拳銃の引き金を引いた。
発砲音が木霊し、木の幹に穴が開く。ヘケトには届かなかったか。
発砲音に気付いたヘケトがこちらに方向転換しようとした時、俺の後ろを走るミツキが立てつづけに発砲する。
最も手前にいたヘケトの胸から血が噴き出した。
「距離を取るぞ」
「なんかゲリラっぽい!」
「似たようなもんだ!」
完全なヒットアンドアウェイ戦法であり、森に身を隠して高速で近寄ってからの急速離脱だ。ただでさえ動作が鈍いヘケトたちは完全に翻弄されていた。
しかし、時折伸びてくる舌が俺たちのそばにあった木の幹にぶつかる所を見るに、向こうも反撃の機会を虎視眈々と狙っている。
まだまだ気は抜けない。
「ヨウ君、近くに別のヘケトの集団がいるよ」
「方角と数は?」
「北東方面のはず。少し速度を落として」
俺がディアの速度を緩めると、俺を横から抜き去ったパンサーがミツキを乗せたまま木の幹を駆け上がる。パンサーの爪に削り落とされた木片がぱらぱらと地面に降り注いだ。
樹上から目視で周辺を探索したミツキが地面に降り立ち、俺に併走する。
「あっちの方だよ。距離は二百メートルとちょっとかな。数は十匹以上」
索敵魔術で確認してみると、確かに中型魔物の反応がある。
「さっきの集団と合流させて、まとめて処理する。加速できるか?」
「加速性能はパンサーの方が上だよ」
「そうだったな」
タンッとパンサーとディアの足音が重なり、加速する。
北東方面へ加速している途中、パンサーが俺の後ろに回った。角を持たないパンサーでは木の枝が邪魔で加速時に乗り手であるミツキを傷つけかねないのだ。
その分、ディアはその角を盾にして乗り手である俺を保護するため、枝を折りながら進む事ができる。
また、ミツキが俺の後ろにいる事でヘケトの舌の追撃を受けても尻尾の刃で迎撃できる。
俺が前でミツキが後ろの布陣は理に適っていた。
前方にヘケトの集団が見えてくる。リンデたち随伴歩兵のいる方角へ向かっているらしく、側面はがら空きだ。
容赦なく自動拳銃の引き金を引いて三匹に手傷を負わせ、ディアを左に方向転換、群れの後方へ走り抜ける。
ミツキが銃撃で一匹仕留めたようだ。仲間の死体を乗り越えようとしたヘケトに対し、俺はロックジャベリンを放つ。
魔力を多めに込めたロックジャベリンはヘケトを貫いて後ろの木の幹に突き刺さった。
俺の後ろを走っていたミツキがロックジャベリンを放つと、更に一匹のヘケトが頭を貫かれて絶命する。
ヘケトの反撃は例によってパンサーの尻尾が斬り刻み、俺たちはその場を離脱する。
ヘケトたちが追撃のために動き出すのを肩越しに確認して、俺は二分ほど直進した後、方向を転換する。
「二つの群れを街道に近付けつつ合流させる」
「待った、次の集団が東にいる」
「そっちは後回しに出来ないか?」
「距離が近くて難しいよ。多分、今の発砲音を聞きつけてると思う」
「ならそいつらも合流させるしかないな」
あまり大所帯にしてしまうと反撃を処理しきれなくなるのだが、挟み撃ちにされるよりはマシだ。
ディアの足が地面を強く蹴る。
いくつもの幹で視界が遮られているものの、先にある開けた場所にヘケトが固まっているのが見えた。
ヘケトはそれぞれがてんでばらばらの方向を見ているため、接近に気付かれる可能性が非常に高いと判断した俺は、奇襲を断念して気を引くだけにとどめる事に決める。
まだ距離はあるものの右折して、自動拳銃をヘケトに向けて発砲する。放った三発の銃弾はどれも木の幹に穴を開けただけだったが、ヘケトの注意は完全にこちらに向いていた。
いち早く俺に気付いたヘケトが口を開けたのが見える。
次の瞬間、俺の頭をかすめるように伸びた舌が木の幹に引っ付いた。
俺は舌打ちしつつその場を駆け抜ける。
後ろから発砲音がして振り返ると、パンサーが木の幹を蹴って強引に方向転換をしているのが見えた。パンサーが蹴った木にヘケトが伸ばした舌が殺到する。
間一髪で避け切ったミツキがそれでも笑みを浮かべていた。
「こっわい。もうギリギリすぎて笑うしかないよ」
「笑えてるだけ凄いっての」
追撃を仕掛けようとするヘケトたちを誘導しつつ、俺はミツキに声を掛ける。
「一度、街道まで誘導するぞ」
「分かった。その後は?」
「別の集団を釣って街道に集める」
方針を決めて、俺はディアを再度加速させた。