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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第二章  だから、彼も彼女と諦める

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第十七話  責任の押し付け合い

 これは追い付かれるな。

 遅々として進まない整備車両を見て、俺は確信する。

 周辺が湿地でも、森の中は木の根が張り巡らされているおかげか地盤が安定している。ぬかるみはさほどない。それは月明かりを頼りに進んでいる俺たちの唯一の救いだ。

 だが、木の根が所々で隆起して整備車両の行く手を阻み、その都度、精霊人機の長剣で簡易のスロープを作って乗り越えている。

 木が邪魔で容易に方向転換できないのも影響していた。整備車両の全長は九メートル、長すぎて木を避けて進むのさえ一苦労だ。

 ディアの索敵魔術でヘケトの群れとの距離を測る。やはり、距離は縮んでいた。


「おい、もっと早く動けないのかよ!」

「足手まといだろうが! 車両なんか捨てちまえ!」


 キャラバンの商人たちが罵声を飛ばしている。小回りの利く馬車を使っている彼らにとって、車両は足手まとい以外の何者でもない。

 しかし、キャラバンの中にも運搬車両が存在することが事態を複雑にしていた。


「ふざけんな! どれだけの商品を積んでると思ってやがる」

「死んじまったら元も子もないだろうが」

「置いてっちまったらどの道、首をくくるしかねぇんだよ!」


 キャラバンの商人同士が何度目か分からない罵り合いを始める。

 動きが止まるたびにこの始末だ。乗り越えると口を閉じるから、危機感はあるのだろう。

 ギスギスした空気を察した馬車馬が興奮状態にあるのも始末に悪い。

 後方を警戒しているのが俺たちと随伴歩兵、俺たちの前に車両があり、次に馬車、最前列が精霊人機という隊列なのもおかしい。

 機動力のある俺と芳朝が最後方で警戒するより、先行して索敵しつつ車両が通行可能な場所へ案内する方が効率的なはずだ。


「まったく、なんで軍はマッピングの魔術を導入してないんだよ」


 ミツキが開発したマッピングの魔術があれば、周辺の地形を一瞬で把握して最適な進路を選べる。

 俺たちが発動できない事もないのだが、消費魔力が多すぎる。精霊獣機でマッピングを発動すると索敵魔術の使用を制限して魔力消費を抑える必要が出てしまう。

 また車両が止まり、精霊人機が長剣でスロープを作り始める。

 ミツキがため息を吐いて周囲を見回した。


「あの木が良いかな」


 ミツキが目をつけたらしい木は周辺では一番幹が太く背の高い木だ。


「気をつけろよ」

「大丈夫だよ」


 ミツキが何をするつもりか分かって、注意を促すと、彼女は気負った風もなくパンサーに助走をつけさせて勢いよく目当ての木に向かう。

 パンサーの四肢に内蔵された強靭な爪が伸びたかと思うと、重量軽減の魔術出力を上げて跳躍した。

 太い木の幹に爪を立てたパンサーがミツキを乗せたままするすると木を登って行く。


「すっげぇ……」


 傍らにいた青年随伴歩兵リンデが、樹上のミツキとパンサーを見上げて呟く。凄いのは当然だ。俺とミツキで協力して作った専用機だぞ。

 樹上のミツキが腰のポシェットから双眼鏡を取りだし、覗き込む。

 双眼鏡で周囲を見回したミツキはパンサーを操作して木を降りはじめた。

 ちょうど車両が障害物を乗り越えて動き出す。

 木を降り切って俺の横に並んだミツキが進行方向を指差した。


「川があるよ。それも広い川。多分幅は十メートル以上あるね」

「ヘケトの数は?」

「木に隠れちゃってて確認できなかった」


 護衛隊長に報告するというミツキと一緒に整備車両へディアを走らせる。

 ミツキの報告を聞いた護衛隊長は、睨んでいた地図をくしゃくしゃに丸めた。


「地図も当てにならん。くそっ!」


 もうちょっと早い段階で気付いてほしかったよ、それ。

 護衛隊長が拡声器に魔力を流す。


「一時停止だ!」


 護衛隊長の命令で全体が停止する。

 主だった者が整備車両横に集められ、作戦会議という名目で責任の押し付け合いが始まる。


「このままでは追い付かれる。何か対策を取りたいが、案はないか?」


 そう護衛隊長が切り出すとすぐさま商人が食って掛かった。


「それを考えるのがあんたの仕事だろうが!」


 正論ではあるのだが、いきなり話の腰を折っている上にこの集団で一番の責任者を糾弾している。収拾がつかなくなるとは考えていないのだろうか。

 護衛隊長が商人を睨みつけた。


「車両や馬車をすべて放棄、軽装となった上で森を走り抜けて一直線に防衛拠点ボルスに駆け込むのが最も生還率の高い作戦となる」


 口振りからするに、護衛隊長も本気で言っているわけではないだろう。商人から意見を引き出すためにあえて極論を口にしただけだ。

 しかし、護衛隊長の言葉に商人は目を剥き、わなわな震えながら拳を固く握りしめた。


「貴様ら軍人はそれでも命を拾えるだろうが、我々商人は違う。借金で首が回らなくなるんだ。馬車や車両の放棄は出来かねる!」


 護衛隊長の提案を突っぱねて、商人は対案も出さずに口を閉ざした。

 精霊人機の操縦士の一人が元来た道を振り返る。


「そもそも、森に入ったのがまずかったんだ。ヘケトの群れだか何だか知らないが、中型魔物くらい精霊人機で蹴散らして逃走できたかもしんねえのに」

「報告によれば五十匹からの大群だぞ。馬が怯えて突っ切ることなどできるはずがない!」

「へっ、その五十匹って話も嘘臭いけどな」


 商人の抗議を鼻で笑って、操縦士が俺を見る。

 この操縦士の自信がどこから来るのか知らないが、味方の歩兵を踏まないように精霊人機を動かすだけで手間取るような腕でヘケトの群れを突っ切ろうとすれば、舌に足を絡め取られて引きずり倒されるだろう。

 こんな時、回収屋のデイトロさんがいれば鎖つき大鎌でヘケトを蹴散らしてくれるのだろうけど、ここにデイトロさんはいないし大鎌もない。

 中型魔物に一般歩兵はあまりあてにならないし、精霊人機も操縦士が未熟で群れを相手取れる戦力にならない。

 整備士も動員し、魔術を用いて弾幕を張ればしばらく戦線の維持ができるかもしれないが、ヘケトは舌を使った攻撃をするため間合いが四メートルある。こちらが魔力を使い切った瞬間に戦線が崩壊して、近接攻撃を挑む事も出来ずに殺されるだろう。

 精霊人機の操縦士が言うヘケトとの戦闘を含む作戦は自殺行為でしかない。


「そんなに言うなら、精霊人機単騎で後方を確認すればよい。歩兵が居なければ引き返すこともできるだろうし、ヘケトが散らばっていたならあなたの言うように突っ切ることもできる」


 商人が意見すると、操縦士がよし来たとばかりに精霊人機へ足を向ける。

 行ってらっしゃい。十中八九、逃げ帰ることになるだろうけどな。


「やめてくださいよ。精霊人機でなら突っ切ることができても、歩兵には無理です。ヘケトが散らばっていたとしても変わりません。精霊人機だけが逃げ切っても意味はありませんし、護衛戦力が大幅に減ってしまいます」


 随伴歩兵隊から代表として出されているリンデが意見すると、歩兵隊長も同意した。

 操縦士が腕を組んで「じゃあどうすんだよ!」と凄む。自分の意見が歩兵に否定された事が腹立たしいようだ。この操縦士は新大陸派閥だというから、旧大陸派閥の随伴歩兵であるリンデが相手だというのもイラつく原因だろう。

 対案を求められたリンデが困ったように俺を見てくる。なんで俺を見るんだ。

 俺から意見できることなんて今はないっての。

 紛糾する会議から一歩引いて、ミツキに声を掛ける。


「地図はどうだ?」


 護衛隊長が丸めたせいで皺くちゃになった地図に、樹上から目視した地形を書き込んでいたミツキがため息を吐いた。


「この地図、本当に役に立たないんだけど」

「大まかでもいいから相違点だけでも書き込んでくれ。このままじゃ逃走経路を模索する事も出来ない」


 マッカシー山砦から防衛拠点ボルスまでの道のり以外、当てにならないらしい地図を睨む。

 ミツキが書き込んだ大まかな川の流れから、ある程度上流に向かう事で防衛拠点ボルスに近づける事が分かった。

 河原は砂利に覆われており、木々に邪魔されることはない。ぬかるみに嵌まる可能性は無視できないし、川に住む魔物に奇襲される可能性もあるが、森を走るよりも速度が出せるだろう。

 開けた河原は護衛部隊も展開しやすいし、巨大な精霊人機も戦闘が可能になる。

 ディアとパンサーがいれば魔物の奇襲を簡単に受けることはない。

 問題はどうやって提案するか、だ。

 俺の口からでは効果が薄いだろうし、随伴歩兵のリンデに頼んでも旧大陸派らしい護衛隊長が聞き入れるかはわからない。

 思考を誘導するしかないな。


「地図ができたよ。あまり当てにできないけど」


 ミツキが護衛隊長に地図を渡す。

 考え込む様に地図を見る護衛隊長の説得を後回しにして、俺は精霊人機の操縦士二人に視線を移す。


「この護衛部隊で一番の戦力は二機の精霊人機です。彼らが自由に戦える場を用意することを念頭に置きたいんですが、どうでしょうか?」


 口火を切ると、ミツキが横目で俺を窺ってきた。

 まぁ、任せろ、と俺は頷いておく。ミツキが小さく顎を引いて応じた。

 俺が商人に視線で意見を求めると、商人は眉を寄せつつも頷いた。


「戦うかどうかはともかく、精霊人機がとっさに動ける場所で戦うのは悪くない」


 これは俺や商人だけでなく、この場の全員が同じ意見のようだ。戦うにしても、逃げるにしても、精霊人機が動けるかどうかで選択肢の幅が大きく変わる。

 共通認識を明確にしたうえで、俺はあえて深刻な顔を作った。


「いや、自分で言っておいてなんですけど、ダメですね」


 俺がため息交じりに首を振ると、操縦士の二人がむっとしたのが気配でわかった。

 文句を言われる前に、俺はさっさと口を開く。


「精霊人機の魔力残量がどれだけ残っているか分かりませんが、もうあまり動けないでしょう?」

「何を言ってる。満タンとは言えないが、七割がた残ってんだ。戦闘が無ければ明日の昼までは動ける」


 月が沈むまであと五、六時間だろうか。この世界でも一日は二十四時間だから、十八時間は動ける計算になる。

 俺はすぐに明るい顔を心がけて、操縦士二人を見る。


「そうなんですか! いや、よかった。それなら頼りに出来ますね」


 胡散臭く聞こえないように短く言いきって、操縦士二人の反応を見る。

 俺があっさり手のひらを返したことに戸惑っているようだが、頼りにされるのは嫌いではないらしい。それでいい。後はこの二人、つまり精霊人機が活動できる広い空間を提案してもらうだけだ。

 リンデが俺の考えに気付いたのか、考える振りをしながら呟く。


「二人が十分に戦える場所が必要ですけど、馬車が走って逃げられるだけの平坦な場所という条件も満たしたいところですよね。馬車が巻き込まれては元も子もないですし、せっかく二人が戦えるのに馬車を気にして全力を出せないなんて状況は避けないと」


 精霊人機のそばで戦う随伴歩兵であるリンデが言うと説得力がある。わざわざ精霊人機とは言わずに二人と言葉を置き換える配慮も素晴らしかった。

 ファインプレーだ、リンデ。

 地図から顔を上げた護衛隊長が、気分を良くしている精霊人機の操縦士に気付いて苦い顔をする。


「街道に戻ることができればそれが一番だが、ここは川沿いに上流へ向かう方が安全だろう。河原の状態にもよるがな」


 もくろみ通りの結論が出て内心ガッツポーズしつつ、会議を後にする。

 全員が持ち場に付いたことを確認した護衛隊長が拡声器で出発を指示した。

 同時に、俺とミツキに河原の状態を見てくるように指示が飛んでくる。


「ようやく俺たちを斥候に使う気になってくれたか」

「違うよ。地図が役に立たなくなったから、進路の情報を私たちに頼ることで進路決定の責任を分散させるつもりなんだよ」

「そうだとしても、俺たちに自分の判断で動く大義名分をくれただけマシだろ」


 すぐにディアを加速させ、整備車両や馬車、精霊人機を抜き去る。

 月明りで視界が狭まっていても問題がない。障害物を認識する魔術式は魔力の力場内の物を認識するため、暗闇の影響を受けない。

 乗っている俺から見ると、闇の中から突然木だの枝だのが出現しては後方へ流れていくように見えるわけで、そこそこ怖い。

 キャラバンに先行する形で森を抜けた俺はミツキと一緒に川に出た。

ディアを一時停止させて周囲を確認する。

 足元は砂利になっており、川の流れは緩やかだ。馬車には少し辛いかもしれないが、最悪でも車両で引っ張ることができる。

 所々に草が生えているのに目を瞑れば、そう悪くない道だ。

 月明りを反射する暗い川も範囲に含めて、索敵魔術を使用する。


「魔物はなし、と戻ろう」

「うん」


 河付近の安全だけ確認して、俺はミツキとキャラバンへ舞い戻った。


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