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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第二章  だから、彼も彼女と諦める

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第十六話  キャラバン護衛任務

 防衛拠点ボルスへ向かうキャラバンは食料品を積んだ馬車四台と精霊人機の部品を満載した運搬車両一台で構成されていた。

 マッカシー山砦から出された護衛の戦力は精霊人機が二機、顔色の悪い随伴歩兵が十人、歩兵が二十人、運搬車両と整備車両が各一台だ。

 大所帯にみえるが、大型魔物の奇襲を受けようものなら歩兵がバタバタ死んでいくため、護衛は多いに越したことがないという。

 防衛拠点ボルスへは丸二日かかる。湿地帯を大きく迂回しての道のりだ。

 今回のキャラバン護衛任務、不本意な形で参加させられたことだけでも不愉快な気分だったが、キャラバンを形作る五人の商人や護衛の兵士の態度も悪かった。

 言葉使いこそ取り繕っているものの、明らかに俺やミツキを下に見ているのが伝わってくる。

 精霊獣機を気持ち悪い兵器だと陰口を叩いている姿も見た。

 マッカシー山砦を出てからというもの、ミツキがむすっとしている。多分俺も似たような顔をしている事だろう。


「アウェー感をビシビシ感じるな」


 ミツキが無言で頷く。ノリの悪さは機嫌の悪さという格言を思いついた。


「――おい、そこの二人、周囲の警戒を怠るな! それくらいはできるだろう!?」


 整備車両から護衛隊長の叱責が飛んでくる。同時に俺はイラっとくる。

 出発してから魔物に三回出くわしたが、いずれも俺とミツキが最初に発見しているにもかかわらず、あの言い草だ。俺たちの索敵技能を意地でも認めたくないらしい。

 護衛部隊に対する印象が最悪なためか、彼らの精霊人機の動きも精彩に欠いているように見える。力任せの動きが多く、足元への注意が散漫で小型魔物の浸透を容易に許している。

 いちいち小型魔物の処理に回る俺とミツキの身にもなれってんだ。何のために魔物の早期発見を心がけてると思ってんだ。

 あぁ、イライラする。


「ヨウ君、敵」

「左からだな」


 ミツキの注意に頷き返して、俺は魔物の接近を知らせるべく火球を打ち上げる。

 護衛部隊が動き出すが、やはり精霊人機の動きが鈍い。随伴歩兵の展開が先に完了して、接近してきたゴライアと先にドンパチ始めてしまうほどだ。

 ちょっと精霊人機の操縦者の腕がへぼすぎる。どうなってんだ、これ。


「ヨウ君、ゴライアを仕留めて。私はゴブリンを殺す」

「ミツキちゃんや、ちょっと言葉使いに気をつけようか」

「むごたらしく殺す」

「いや、そうじゃなくてね」


 ミツキの怒り方が危険水域に達しているのを実感しつつ、俺は対物狙撃銃を下ろしてゴライアに狙いを定める。

 精霊人機が歩兵を踏まない様にもたもたしている間に、ゴライアの右肩を打ち抜き、続けざまに腹部へ一発、動きが鈍ったところにとどめを撃ち込む。

 パンサーに乗ったミツキが精霊人機をあっという間に追い抜いて随伴歩兵の頭上を飛び越えた。

 ゴブリンの群れに襲い掛かったパンサーが尻尾を振り回し、爪で斬り裂く。パンサーに乗ったミツキが自動拳銃の引き金を引けば、パンサーから距離を取っているゴブリンが倒れ伏す。

 あれで少しはストレスを発散してくれるといいんだけど。

 結局、精霊人機が戦闘に参加する前にゴブリンたちが逃げ散った。

 幾分すっきりした顔でミツキが戻ってくる。

 俺はディアの腹部の収納スペースから水筒を取り出して、ミツキに渡す。


「お疲れ」

「うん、少しすっきりした」

「あれだけ暴れればすっきりもするだろうよ」


 恐慌状態でゴブリンが逃げ散った方角を見る。体勢を立て直して再襲撃という事もなさそうだ。

 随伴歩兵は助かったと言いたげな顔をしているが、歩兵たちは手柄を取られて忌々しそうな顔でこちらを睨んでいる。

 護衛隊長が俺を睨んでいるが、知った事じゃない。

 再出発して体感三時間ほど進み、野営予定地に到着した。

 緊張しっぱなしだった随伴歩兵たちが何故か他の歩兵の分までテントを設営している。

 精霊人機の操縦士や整備士、その他の歩兵は何をするでもなく体を休めていた。

 かいがいしく働く随伴歩兵たちと何もせずにごろごろしているようにしか見えない歩兵たちという光景は見ていてあまり気分の良い物ではない。


「階級ごとに決まってるんだろうけど、随伴歩兵の人たちの扱いが悪すぎないか?」

「懲罰部隊なのかもね。かわいそうだけど、あまりかかわらない方が良いよ。随伴歩兵だけじゃなく、護衛部隊全体にね」


 ミツキの中で護衛部隊は半分敵のような扱いらしい。

 休む間もなく食事を作り始めた随伴歩兵たちを気の毒に思いつつ、俺は食事の準備をする。

 料理人芳朝ミツキが本領を発揮している横で、俺はただディアの角に板を渡してテーブルを作るだけの簡単なお仕事。

 簡易のテーブルを作った俺は、ディアに座って手帳と鉛筆を取り出す。

 マッカシー山砦にも入った事だし、ここらでバランド・ラート博士の情報をメモしておこうと思ったのだ。

 まぁ、ほとんどないんだけど。

 バランド・ラート博士は享年六十歳。年齢の割にかなり若く見えたのを思い出す。見た目は四十代、と。

 軍属ながら所属部隊は不明、新大陸にて開拓者登録を済ませており、直後にマッカシー山砦に滞在し、二年間を過ごす。今から二十年ほど前の事だ。

 マッカシー山砦でバランド・ラートが過ごしていた当時を知る者はおそらくほとんどいない。だが、口振りから考えて司令官のホッグスは何かを知っていそうだ。年齢を考慮すると博士との面識があってもおかしくない。

 バランド・ラート博士は旧大陸の港町にある宿屋で殺害された。現場は俺も見ている。

 現場から立ち去った男はのちの新聞報道によると熱心な精霊教徒であるウィルサム。確か革のスーツケースを提げていた。

 現在は軍がバランド・ラート博士殺害事件を捜査しているとホッグスは言っていた。

 そして、ホッグスは俺とミツキにこの事件を嗅ぎまわるなと釘を刺してきた。


「こんなものか」


 まとめ終えた手帳を眺める。

 不明な点が多すぎる。しかし、ホッグスから釘を刺された事を考えると、バランド・ラート博士が軍の関係者であった事は間違いないように思う。

 惜しむらくは、マッカシー山砦でバランド・ラート博士が何をしていたかの情報を得られなかった事だ。これが一番重要だったんだが。

 ここから探るとすると、博士とホッグスの関係だろうか。それに、軍がバランド・ラート博士殺害事件を捜査しているという話の裏を取りたい。

 だが、ホッグスに釘を刺されたばかりだ。すぐに探りを入れると火の粉が降りかかるかもしれない。

 ここは軍へのアプローチを諦めて、バランド・ラート博士がマッカシー山砦を出た後の足取りを追ってみるのもいい。

 ここから一番近いのはガロンク貿易都市だろうか。

 ミツキの意見を聞こうと思い振り返る。


「夕食ができたからテーブルの上を片付けて」


 言われた通りにテーブルから手帳とペンを退けると、ミツキが作った料理が並べられる。

 ハンバーガーと、スモークサーモンを細かく切ってフレークにして潰した粉ふき芋に加え柚子胡椒で味付けしたサラダ。カップには乾燥ホタテでダシを取った簡単なスープが入っている。

 この間、キッチンで何かしていると思っていたらこの柚子胡椒を作っていたのか。


「ちゃんとしたお肉はしばらく食べられないから、味わって食べた方が良いよ」

「生肉を二日目まで持ち越すわけにはいかないしな」

「冷蔵庫でもあればいいんだけどね。ディアのお腹の中を冷蔵庫にしてみようか?」

「俺のディアが腹を冷やしちゃうだろ。虐待はよくない」


 ミツキの作ってくれた夕食は相変わらずおいしい。

 食べながら今後の方針を相談すると、ミツキはスープを飲みながら考える。


「ガロンク貿易都市に行くのが良いと思うよ。まだ何もわかっていないようなこの状況で、軍に探りを入れるのはリスクが大きいから」


 藪蛇になったら困るでしょ、とミツキが言うのに、俺も同意する。

 方針が決まったところで食事も終わり、そろそろ寝ようかとディアの角に布をかけてテントにしようとした時、足音に気付いて振り返る。

 立っていたのは茶髪の青年だった。たしか、随伴歩兵の一人だ。


「何か用ですか?」


 先手を打って声を掛ける。

 随伴歩兵の青年の出方を窺っていると、彼は唐突に頭を下げた。


「今日の事でお礼を言いたいと思って、代表で僕が来ました」

「……お礼?」


 随伴歩兵にお礼を言われるようなことをしただろうか。

 訝しんでいると、言葉足らずだったことに本人も気付いたらしく、頭をあげて話してくれた。


「今日の戦闘で一人も死なずに済んだのはお二人のおかげです。特に最後のゴライアと戦う時は全滅を覚悟しましたから、本当に助かりました」


 そう言って、また頭を下げる。

 随伴歩兵たちは最も危険な場所にいるため、俺やミツキの援護に感謝しているらしい。

 精霊獣機を開発して以来、こんなにも面と向かって感謝されたのは始めてだ。

 ちょっと感動していると、ミツキが俺に後ろから抱きついてきた。俺の肩に顎を乗せて青年随伴歩兵に話しかける。


「なんで随伴歩兵の地位が低いのか聞いてもいい?」


 ミツキが単刀直入に問いかけると、青年随伴歩兵は声のトーンを落とす。


「地位が低いのは随伴歩兵だけではないんですよ」

「というと?」


 青年随伴歩兵はちらりと整備車両を見て、誰もこちらに注意を払っていない事を確かめてから、重たそうに口を開く。


「マッカシー山砦では旧大陸派の兵はみんな地位が低いんです。僕も旧大陸派で……」


 あぁ、派閥争いか。

 旧大陸、それも開拓学校の卒業生を中心にした旧大陸派閥と、新大陸で生まれたり開拓学校を落第した者を中心とした新大陸派閥があり、軍の内部で揉めているらしい。

 組織が大きくなれば派閥が生まれるのは当然の話で、軍隊だって例外ではない。

 ミツキが「へぇ」と興味なさそうに呟く。実際ありきたりすぎて驚きもしないのは俺も同じだ。

 命がかかっている青年随伴歩兵にとっては重要な問題でも、部外者の俺たちにはあまり関わりのない話だ。

 だが、感謝されたのは素直に嬉しかったし、できる範囲で手を貸そうとは思えた。少なくとも、ホッグスよりもずっと好印象だ。


「そっちが大変なのはわかったけど、俺たちはあくまでも部外者だ。死人が出ない様に戦うし、護衛部隊の中で派閥があるならそれを念頭に置いて援護するけど、あまり期待しないでくれ。何しろ、こっちも手が足りないからな」

「十分です。いや、本当に今日は助かりましたから。明日もどうかよろしくお願いします」


 青年随伴歩兵がまた頭を下げる。

 下げ慣れていそうな頭に同情を覚えた時、ディアが鳴いた。


「――ちっ、夜襲かよ!」


 ディアの鳴き声は索敵の魔術に魔物が引っかかった時に鳴らされる。

 すぐにパンサーが唸り声をあげた。索敵範囲内に魔物が来たのだ。

 俺はすぐにディアの角から布を取り払い、戦闘態勢を整える。

 ディアの鳴き声の意味を知らない青年随伴歩兵が目を白黒させていた。

 野営地全体を見回すが、誰もまだ魔物の接近に気付いていない。

 ミツキがパンサーの索敵魔術の精度や範囲を調整して魔物の規模や距離を割り出しにかかっている。

 俺は青年随伴歩兵に声を掛ける。


「魔物が来る。全体に知らせてくれ」

「――ヨウ君、ちょっと待った!」


 珍しく焦りの色を浮かべた声でミツキがストップをかけてくる。

 この一分一秒を争う状況で止めるからにはあまりいい予感がしない。

 ミツキは眉を寄せて自動拳銃を太もものホルスターから抜く。


「目視しないと分からないけど、もしかすると中型魔物の群れかもしれない」

「群れ?」


 群れと言われて思いつくのはギガンテスに率いられた人型魔物の群れだ。仮にあの規模の群れと出くわしたなら、ひとたまりもない。

 青年随伴歩兵が青い顔をしている。


「そ、それ本当ですか?」

「まだ確証はないけど、近くに中型魔物がいるのは確実だ。撤収の準備をするようにお仲間に言ってくれ」


 俺はディアに跨り、索敵魔術の反応を確かめる。

 間の悪い事に、街道からやってきているらしい。まだ距離はあるが、楽観はできない。


「ミツキ、確認に行こう」

「そうした方がよさそうだね」


 頷きあって、あとの事を青年随伴歩兵に任せて街道方面にディアを走らせる。

 街道への道を走らせると、ペチャペチャと湿った物が地面にたたきつけられる音が無数に響いてきた。

 範囲を狭めた索敵魔術に反応が出た瞬間、俺はミツキと一緒に光の魔術を発動する。


「……うわ」


 ミツキがドン引きしたように呟く。

 街道への道を埋め尽くしているのは、ぬらりと光る粘膜に覆われたカエルの魔物だった。


「ヘケトか。中型魔物だな」


 水辺や湿地に生息する中型魔物だが、大量に産卵して同時期に孵化するために群れを作りやすい魔物の一種だ。

 高さ三メートル強、強力な粘着力のある長い舌を持つ。舌の長さは平均四メートル、百キロ程度の物なら容易く引き寄せるだけの力を持っている。精霊人機が足を絡め取られて転倒させられる事案が数多く報告されている厄介な魔物だ。

 しかも、道を埋め尽くしているヘケトの数は尋常ではない。五十は下らないだろう。


「ヨウ君、森の中にも多分、いるよ」

「お行儀よく道の上だけを行進するとも思えないもんな。……逃げるぞ」


 ヘケトと距離がある今のうちに野営地にディアの頭を向け、加速させる。

 護衛部隊の精霊人機は二機、戦闘可能な人員は多く見積もっても四十人、中型魔物のヘケトの群れを相手に出来る戦力ではない。

 だが、こうして街道への道を塞がれている以上どうやって逃げるのか、そこが問題だ。

 野営地に戻ると、随伴歩兵はすでに撤収準備を終えて戦闘態勢に入っていた。随伴歩兵は開拓学校卒業生を中心とした旧大陸派閥で構成されているから、夜襲における対処方法も知識として学んでいるのだろう。

 問題は精霊人機と歩兵たちだ。一応戦闘態勢を取ってはいるが、これから就寝しようとしていたところだけあって動きが鈍い。

 こんな状態でヘケトの群れとぶつかれば、最悪全滅する。

 俺はディアに乗ったまま整備車両の助手席に駆け寄り、護衛隊長に報告する。


「ヘケトの大量発生を確認、街道からの道をこっちに向かってきている。即撤退した方が良い」

「本当か?」


 嘘ついて俺に利益があるとでも思ってるんだろうか。


「本当だよ。五十匹はいる。戦えと言われても断るね」


 護衛隊長だけではなく、民間人であるキャラバンの商人たちにも聞こえるよう声を張り上げる。


「ヘケトが五十!?」

「なんでだ。湿地を迂回したのに、これじゃ意味がないじゃないか!」


 商人たちが慌てふためき始めると、護衛隊長が忌々しそうに俺を一瞥して、整備車両の拡声器を起動した。


「森を突っ切ってヘケトを振り切る。幸い足の遅い魔物だ。精霊人機は車両が通れるように道を開いてくれ!」


 護衛隊長の声で二機の精霊人機が街道とは反対方面の森へ入り、木の枝を折る。

 この辺りは森とはいっても木が密集していない地域だ。ぬかるみに気をつければ車両での移動も可能だろう。

 だが、一度森に入れば精霊人機の動きはどうしても阻害される。

 ヘケトに追いつかれた時の事はあまり想像したくなかった。


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